先日の選挙を前後して、「選挙に行かない男子を投票所まで連れていくのが、女子の大事な役割です」のような意見が、ネット上で飛び交った。
私のパートナーは、生まれてから一度も投票に行ったことがない。それはそれで一つの見識、と思っていた。
これまで、政治社会に関心のある相手だと、それが元でケンカになることが多かった。同じ考え方だと思ってたのに、と、少しの違いでも諍いになるのだ。
だから、政治社会に無関心なパートナーは、とてもありがたい。実際に、ほとんどケンカはしない。

ところが、今回の選挙で「棄権党」がさらに増えるであろうことが予測できると、私は、にわかに苛立ってきてしまった。1票の格差はあるにしても、国民が選挙権を得るまでに、どれだけの血と汗と涙が流されてきたのか、と。
選挙のポスターを見ると、私の地区では、入れたい人が1人もいない。入れたい人は、別の地区から立っている。しかたがないから、消去法で、よりましな人、に入れることになる。よりまし、と言っても、自分の本当の思いからは、かなり、かけ離れている。
自分が入れたい人に入れられない今の制度は、あまりにくだらない、と思うが、選挙がまるでないよりはまし、と思った。

そんなふうに思って「棄権党」のパートナーと、ケンカではないが少し冷たい雰囲気になった。
そこで私は、投票はしなくてもいいから、投票所まで散歩だと思ってつきあってくれ、と言い、パートナーは納得した。そして、どうせ投票所まで来たんだから、何も書かなくていいから投票を経験してみなよ、と言い、白票が投ぜられた。

今回の選挙は、投票率は過去最低。そして朝日新聞の集計によると、白票や候補者以外の名前が書かれた「無効票」が約204万票に上った、という。これは、投票者数の3.31%に当たり、2000年の2.99%を上回る、ということだ。
わざわざ投票所に行って白票を投じる、というのは、はっきりとした意思の表明だ。
また、自分の地区以外の候補者の名前を書いたのだとしたら、この、おかしな選挙制度への異議申し立てではないか。

3.31%というのは、決して小さな数字ではない。
国民の政治不信は、極めて深くなっている。
自民党大勝の揺れ戻しがまた次の選挙で来る、という予測も多いが、そんなことはない、と思う。
3年前、私は民主党には投票しなかったが、「政権交代」にわずかの期待を持ったのは確かだ。変革などは起きないだろうが、少なくとも、自民党長期政権の膿を出してくれるのでは、と思った。
蓋を開けてみると、自民党から民主党への交代は、店を経営していた旦那が、番頭にそれを委ねた、くらいの変化にしか過ぎなかった。

選挙などは、日本を民主主義だと見せかけるためだけのシステムではないか。やはり「棄権党」が正しかったのかもしれない。そんな思いが、込み上げてくる。
民主党に再び期待する者などいない。この政治への不信感は、「他のどの党だって同じさ」という、深い諦念に繋がっている。

だが、「棄権党」が増えれば、自民党の長期政権が再び続くことになる。
投票所に行って白票を投じる意志の力を、何らかの形で活かすべきではないか。
無効票が3%を超えたら、その選挙は無効とする。そんな法律を提案する党があったら、その党だけは、信じてもいいような気がする。

(FY)