滋賀県米原市でこの事件が起きたのは8年前に遡る。2009年6月12日の朝、伊吹山のふもとを走る農道脇に設置された2つの汚水タンクの1つから作業員が被害者の女性A子さん(当時28)の遺体を発見。A子さんは2日前から行方不明になっており、家族が警察署に捜索願を出していた。

この事件が当初からセンセーショナルに報道されたのは、まず何よりA子さんの亡くなり方があまりに痛ましかったためである。A子さんの遺体は派遣社員として勤務していた大手メーカーの工場の作業着姿だったが、鈍器のようなもので頭部や顔面を頭蓋骨が陥没するほど乱打されており、両手の防御創を合わせると、30回以上も攻撃を受けていた。そして瀕死の状態で汚水タンクに突き落とされ、し尿を吸引して窒息死していたという。

加えて、容疑者として検挙された男性B氏(当時40)は、A子さんが勤める大手メーカーの正社員だったが、妻子がある身でありながら独身のA子さんと不倫関係にあった。そのために報道はいっそう過熱し、A子さんが事件前、B氏のDVを友人に訴えていたという疑惑も報じられるなどして事件は社会の耳目を集めたのだった。

B氏はその後、2013年2月に最高裁で上告を棄却され、懲役17年の判決が確定している。B氏は裁判で無実を訴えていたのだが、その訴えを正面から報じたメディアは皆無に近かった。

事件現場となった汚水タンク

◆裁判で浮かび上がっていた有罪を否定する事情

実を言うと、私はこの事件を取材し、B氏のことを冤罪だと確信している。B氏がA子さんを殺害した犯人であることを否定する様々な事情があるからだ。

まず、B氏の車の血痕の付着状況だ。B氏はA子さんが行方不明になった日、その直前まで自分の車でA子さんと一緒にいたのだが、車の左後輪ブレーキドラムの内側からA子さんの微量の血痕が検出されたことが有罪の大きな根拠の1つとされている。しかし、A子さんの遺体の状況からすると、犯人は返り血を浴びていることが濃厚であるにも関わらず、B氏の車の運転席やその周辺からは一切の血痕が検出されていなかったのだ。

一方、左後輪ブレーキドラムから検出されたA子さんの微量の血痕について、B氏は「A子さんがタイヤ交換をした際、足を怪我したことがあるので、その時のものではないか」と説明していたのだが、この説明はとくにおかしくない。こうしてみると、B氏の車の運転席やその周辺から血痕が一切検出されていないにも関わらず、左後輪ブレーキドラムの微量の血痕を有罪の根拠にするのは無理がある。

また、A子さんに対するB氏のDV疑惑については、たしかにA子さんは事件前、友人に「殴られ、首を絞められるなどしている」「このまま殺されるかもしれない」などと訴えていたようだ。しかし、裁判で明らかになったところでは、友人たちはA子さんのこのような訴えを深刻には受け止めておらず、A子さん自身も警察に相談するなどの対策を講じていなかった。むしろメールの履歴を見ると、A子さんはB氏に何か不満があれば、積極果敢に伝えており、B氏がA子さんに暴力をふるっていたような兆候は見受けられなかったという。

事件現場の汚水タンクのある場所。昼間は走行中の車からもよく見える

◆一見有力な目撃証言は存在するが……

私は2010年に大津地裁でB氏の裁判員裁判が行われた頃、現場の汚水タンクがある場所を訪ねている。事件当日の夜10時30分頃、この場所をトラックで通過した運転手が「B氏の車と似た車」が汚水タンクのかたわらに停まっていたのを目撃したと証言し、この証言も有罪の根拠の1つとされている。

しかし、このトラック運転手の証言は、夜間に時速60キロくらいで走行中のもので、視認状況が良いとは言えないうえ、車種に関する証言内容の変遷も激しかった。そこで私も実際、この時間にレンタカーで汚水タンクがある場所を走ってみたのだが――。

結論から言うと、視認状況は思ったよりはるかに悪く、汚水タンクやその周辺の状況など何も見えなかった。昼間は目印になる汚水タンク脇の「ポイ捨て あカン!!」の大きな看板も闇の中に沈み、間近に迫るまで一切見えないほどだった。目撃証人の運転手は「B氏の車と似た車」について、「ヘッドライトを切った状態で停まっていた」と証言しているが、ヘッドライトを切っている車など通りすぎる際に到底見えないだろうと思わざるをえなかった。

B氏の裁判では、裁判官や裁判官が実際に汚水タンクがある場所まで足を運び、自分の目で現場の状況を確認するような検証は一切行われていない。そういう検証が行われていれば、私はトラック運転手の証言が有罪の根拠として裁判でまかり通ることはなかったろうと思えてならない。

控訴審段階で弁護側から提出された証拠によると、事件以前からインターネット上にA子さんを誹謗する書き込みが多数あったことも確認されており、B氏とは別の真犯人が存在しても何ら不思議はない。被害者やその遺族のためにも、B氏が犯人だということで片づけていい事件ではないと思う。

夜になると、走行中の車から現場の汚水タンクがある場所はまったく見えない。目撃者によると、実際には車はヘッドライトもつけていなかった

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

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