筆者が冤罪の疑いを抱き、取材していた事件の被告人の男性が先月4日、最高裁に上告を棄却され、有罪が確定した。その男性は、森田繁成氏(44)。発生当初に大きく報じられた事件の被告人だから、名前をご記憶の方も少なくないだろう。

事件の舞台は滋賀県の米原市。2009年6月12日の朝、2日前から行方不明になっていた派遣社員の女性A子さん(28)が市内にある汚泥タンクの中から遺体で見つかった。解剖の結果によると、A子さんは鈍器で頭部や顔面を乱打された上、瀕死の状態でタンクに落とされて窒息死していたという。「むごい」としか言いようがない事件だった。

そして一週間後、殺人の容疑で逮捕されたのが森田氏だった。森田氏はA子さんが働いていた会社の正社員。妻子ある身だったが、A子さんと不倫関係にあり、A子さんが行方不明になる直前にも会社の近くでA子さんと会っていた。そうしたことから警察は森田氏に疑いの目を向けたようである。森田氏は一貫して無実を訴えたが、2010年12月に大津地裁の裁判員裁判で懲役17年の判決(求刑は無期懲役)を宣告される。そして控訴、上告も実らず、このたび有罪が確定したのだ。

以上が事件の概略だが、この事件を語る時に忘れてはいけないのが、森田氏の逮捕当初に凄絶な犯人視報道が展開されたことである。たとえば、当時の報道では、A子さんが森田氏から暴力を振るわれていると同僚に相談していたとか、森田氏の車のフロントガラスにひびが入っており、捜査本部が車内でA子さんと争った痕跡だとみているなどと伝えられていた(※)。このような犯人視報道の影響により、森田氏に対する有罪判決が妥当なものだと思っている人が世間では多数派だろうと思われる。

しかし、実は森田氏の裁判では、当時の報道がかなりマユツバだったことが明らかになっているのである。

たとえば、A子さんに対する森田氏の暴力については、森田氏を有罪とした確定判決でも事実上否定されている。というのも、A子さんから森田氏の暴力を相談されていた友人も相談を受けた時点ではA子さんの訴えを深刻に受け止めていた形跡が見当たらなかった上、A子さんが森田氏に暴力を振るわれていたと示す具体的な事実も存在しなかったからである。むしろ、二人のメールの履歴を見ると、A子さんは森田氏に不満があればその都度積極果敢に不満を伝えており、一方で森田氏がA子さんに暴力を振るっていたと窺わせる文面は何も見当たらなかった。確定判決はこうした事実関係に基づき、森田氏から暴力を振るわれていたというA子さんの訴えは「誇張」したものであった可能性を認めざるをえなかったのだ。

また、森田氏の車のフロントガラスのひびについては、「事件以前」に生じたものだったことが裁判で明らかになっている。要するにこれが犯行の痕跡だと示唆した逮捕当時の報道は「飛ばし記事」に過ぎなかったのである。

さらに裁判では、犯人は返り血を浴びていることが濃厚であるにも関わらず、森田氏の車の運転席から一切血液が検出されていないことなど、森田氏が犯人であることに疑いを抱かせる事実も明らかになっていた。加えて、控訴審段階で弁護側から提出された証拠によると、事件以前からインターネット上にA子さんを誹謗する書き込みが多数あったことが確認されており、森田氏とは別の真犯人が存在する可能性すら浮上していたのである。

にも関わらず、このような公判で提示された数々の疑問が充分に報じられないまま、森田氏の有罪判決は確定した。森田氏は第一審の論告求刑公判の際、意見陳述でマスコミの犯人視報道に自分や家族がいかに苦しめられたかを切々と訴えていたのだが、そのこともマスコミに黙殺された。筆者は判決確定後、まだ森田氏に会えておらず、再審請求の意向があるかどうかは未確認だが、再審請求がなされたら、裁判の問題のみならず、そうしたマスコミの嘘とずるさも周知される可能性があるだろう。

筆者の力は小さいが、実際にそうなることを期待しつつ、今後もこの事件については機会あるごとにレポートしたい。

(片岡健)

※たとえば、下記の2009年6月20日付け共同通信の配信記事など。
http://megalodon.jp/2013-0303-1402-14/www.47news.jp/CN/200906/CN2009062001000509.html

★写真の手前のフタから被害女性は汚泥タンクに落とされた。