ドラマや小説の殺人事件では、犯人は綿密な計画に基づき、完全犯罪を目指すのがお決まりだ。しかし、現実の殺人事件では、ああいう犯人はあまりいない。むしろ犯人は冷静さを欠いた状態で、無計画に犯行に及んでいる事件が圧倒的に多数なのが現実だ。

私が近年取材した中では、堺市資産家連続殺人事件の西口宗宏(57)がそうだった。

◆非道な犯行内容と裏腹に弱々しい雰囲気の犯人

「パンジョ」の駐車場

西口は2011年11月、堺市のショッピングセンター「パンジョ」の駐車場で、同市の歯科医夫人(当時67)を車に監禁し、河内長野市まで連れ去った。そして現金約31万円やキャッシュカードなどを奪うと、顔にラップを巻いて息ができないようにして殺害。死体は山林でドラム缶に入れて焼却した。

さらに西口は同年12月、知人である象印マホービン元副社長の男性(当時84)の堺市の自宅に押し入り、「騒いだら殺すぞ」と脅したうえで、両手足を結束バンドで拘束。現金約80万円やクレジットカードなどを奪ったうえで、またしても顔にラップを巻き、窒息死させた。

こうして犯行のあらましを見ただけでも、とんでもない凶悪事件であることは間違いない。西口はそれ以前にも保険金目的で自宅に放火した罪で服役しており、この連続殺人事件を起こしたのは出所後まもない時期だった。それゆえに、見るからに狂暴そうな人物を思い描いた人も少なくないはずだ。

だが、事件後ほどなく検挙され、死刑判決を受けた西口と大阪拘置所で面会してみると、実際の西口は小柄で、弱々しい雰囲気の人物だった。事件を起こした動機を聞いてみると、当時同居していた交際相手の女性に「仕事が決まった」と嘘をついてしまい、なんとかお金を得ないといけないと思いつめた末、強盗殺人をするほかないと決意するに至ったという。

◆現場が物語る、犯人の冷静さを欠いた心理状態

犯行現場の駐車場にはこういう防犯カメラがあちらこちらに設置されていた

その程度の事情で、なぜ2人もあんな酷い方法で殺さないといけなかったのか……と思った私だが、第1の犯行現場である「パンジョ」の駐車場を訪ねてみると、西口が当時、冷静な心理状態でなかったことだけはよくわかった。

というのも、その駐車場はあちらこちらに防犯カメラが設置されており、冷静な心理状態なら、こんな場所で犯行に及ぶはずがないことは疑いようがなかったからである。実際、西口が捜査線上に浮かんだ理由の1つが、この駐車場で様々な女性の後をつけている様子が防犯カメラにとらえられていたことだった。

私が「あんなに防犯カメラの多い場所で、あんなことをしたら、すぐに捕まると思わなかったんですか?」と尋ねると、西口は「当時はもう、そういうことを考える余裕はなかったんです……」と申し訳なさそうに言った。

当時の西口の心理を正確に解明するのは難しい。しかし、あんな残酷な殺害方法で生命を奪われた被害者やその遺族たちの無念さは筆舌に尽くしがたいものがある。

西口が駐車場で様々な女性の後をつけていたあたり。天井の防犯カメラにその様子が写っていた

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

月刊紙の爆弾10月号

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)