昨年6月に東名高速で起きた、あおり運転事故をおぼえておられるだろうか。サービスエリアの進入路のはみ出し駐車を注意されたトラブルから、高速道路の追い越し車線で停車させて、うしろから来たトラックが衝突。停車させられたクルマの夫婦が死亡した事件である。車内にいた娘たちはケガで済んだものの、幼くして両親をうしなったのだ。そして、あおり運転をしたI被告(26歳)は、自分のせいではないとうそぶいているようだ。

その裁判が、12月3日に初回公判をむかえた。


◎[参考動画]現実に追いつかぬ法律……あおり運転事件で苦悩の捜査(ANNnewsCH 2018/12/03公開)

◆「罪刑法定主義」で無罪を主張

裁判の冒頭、被告側は「罪刑法定主義」が履行されることを訴え、無罪を主張した。注意されたことにハラを立て、被害者一家のクルマを追いまわした挙げ句、高速道路上で停車させて事故を招いた人物が、自分の行為は直接の原因ではないから無罪だというのだ。このニュース報道に接して、憤りに耐えられない方も多いのではないだろうか。今回は道路交通法に新設された「危険運転致死傷罪」の不備もさることながら、殺人罪適用に踏みきらなかった検察の及び腰を問題にしなければならない。

「危険運転致死傷罪」(懲役20年以下の実刑)は博多で起きた、福岡市職員による酔っ払い運転による死傷事故をうけて施行されたものだ。それまでの酔払い運転事故では、刑事罰がほとんど問えない現状から、あわただしく法制化されたものだ。ところがこの「危険運転致死傷罪」は、運転中の行為を取り締まるものであって、本件のように停車したあとの行為では要件が適用されないのである。今回、I被告側が「無罪」を主張しているのも、停車中の行為にまで法の規定がおよばないからにほかならない。

◆逮捕監禁罪で補強するも、拡大解釈が甚だしすぎる

すでに横浜地方裁判所の担当裁判官は、裁判の事前整理(論点を明確にする)において、「危険運転致死傷罪」の適用は無理との判断をしめしている。これは条文上、じゅうぶんに予測されていた判断である。そこで検察は「逮捕監禁罪」を適用することで、逮捕監禁によって生じた致死傷の罰則(懲役20年以下の実刑)を補強的に訴因に入れたのだった。

ところが、これにも無理がある。高速道路上に「逮捕・監禁」と、事件の態様はちがうのだ。被害者はI被告に胸ぐらをつかまれて、クルマから引きずり出された(訴状)のだ。クルマに監禁されたのならともかく、東名高速道路に「監禁した」とはどんな犯行の態様をもって犯罪の構成要件にできるのか。

◆検察の無能が問題だ

この2つの訴因について「答案に2つの解答を書いて、0点になる可能性もある」と云うのは八代英輝(TBSのひるおびコメンテーター)である。むしろ「未必の故意」の殺人罪を適用したほうが、法の適用性にとってはマシだと云う。

わたしも賛成である。誰がどう見ても、あおり運転の挙げ句に進路を妨害し、高速道路の追い越し車線上にクルマを止めさせたI被告に事件の全責任があるのは明白である。直接、事故を起こしたのが後続のトラックであったとしても、むしろトラック運転手は被害者であろう。2つの罪名が認められず、暴行罪だけの判決になった場合、2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金である。死刑をはじめとする重刑をよしとする立場ではないが、これではあまりにも均衡を欠いた裁判になってしまう。検察は殺人罪を適用をするべきだった。

事実、I被告は「なめてんのか、殺すぞ」と殺意を口にしている。「高速道路に放り出すぞ」とも脅している。高速道路に放り出すことで、相手が死ぬかもしれないと認識していたのである。無能な検察官はこの意味がよくわからないのであろう。死んでもかまわないと、I被告は被害者をクルマから引きずり出したのである。したがって、殺人罪の要件は成立する。おびただしい冤罪事件、冤罪で獄死まで強要している日本の司法が、事実関係を争わない被告の言い逃れを許そうとしているのだ。

おそらく担当検事はクルマに乗ったことがないか、高速道路で追い越し車線を利用したことがないのであろう。筆者は自動車を手放し、自転車を愛用するようになって10年ほどになるが、高速道路ほど無用なものはないと思っている。それはクルマの利便性を否定したいのではない。利便性や快適性の裏側に、人間が無軌道(道路)上を毎秒27メートル(時速100キロ)で走行するという、とてつもなく無理なシステムがあるからだ。近年は若者がクルマに乗らない(必要としない)ことから、年間の交通事故死傷者も減っている(死者1万人から数千人に)が、膨大な死傷者を生み出す構造は変っていない。だからこそ、自動運転システムの実用が急がれているのだ。

裁判は来週にも判決を迎える。今回は裁判員裁判であり、裁判長の法的な指導に裁判員が異議を唱えられないとしたら、制度そのものの問題点も浮上してくることになるだろう。裁判のゆくえに注目したい。


◎[参考動画]東名の夫婦死亡事故 遺族の思い 6月5日で1年(SBSnews6 2018/06/04公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

板坂剛と日大芸術学部OBの会=編『思い出そう! 一九六八年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)