ヤクザのシノギのひとつに、実録系Vシネマの製作があった。あった、というのは現在ではほとんど製作されなくなっているからだ。実録系ではなく、フィクションのヤクザVシネマ(北野たけし・小沢仁志などが製作)ならば、いまなお盛んに作られているが、作品に登場する俳優が好きでないかぎり、わたしは観たいと思わない。「仁義なき戦い」いらい、ヤクザ映画はリアリティこそ命だと感じるからだ。

実録・広島四代目 第一次抗争編 (販売元: 株式会社GPミュージアムソフト)

わたしの好みはさておき、広島ヤクザ抗争、山口組全国制覇抗争、四国・松山ヤクザ抗争、九州・沖縄ヤクザ抗争など、名だたる抗争事件を素材にしたVシネマはよく売れた。そんな実録系のVシネマがヤクザのシノギである理由は、いうまでもなくモデルとなった当事者からのクレーム対応が、ふつうの製作プロダクションでは不可能だからだ。

わたしが知っているクレーム事件では、ドル箱の広島抗争をあつかったミュージアム(現GPミュージアム)の作品中、抗争事件で撃たれたヤクザの親分が「痛い!」と叫ぶシーンがあった。作品が貸しビデオ店の店頭をかざった頃合いで、当事者(「痛い!」の親分の組織)からクレームが入った。

「うちの親分は、あのとき『痛い!』とは言うてへんで!」
「いや、あれはその。撃たれたわけですから、痛いだろうと」
「おまえら、親分が痛いと言うたん、聞いてたんかい?!」と、猛抗議。

けっきょく、その作品は全国の貸しビデオ店から回収となった。製作費1500万円は露と消えたのである。当時、9000本とも8000本とも言われていた売り上げ、約3000万円もお釈迦……。いらい、ミュージアムはヤクザ系の製作会社に製作を投げるようになったのだ。


◎[参考動画]仁義なき戦い 予告編集(田島次郎2017年7月30日公開)

◆遺族は映画化にNG

実録ものである以上、たとえば本多会(のちに大日本平和会)などの場合は、消滅してしまった団体の元幹部に取材することになる。そこではわりと率直に、最後の組長の人となりが語られたり、組織の弱点を忌憚なく話してくれたものだ。関わっている事業は港湾業務とか水商売であったり、現役時代と変わらない人が多かった。

ただし、派手な抗争歴やかつては羽振りの良かった話をする人でも、いまや食い詰めた老人という風情の方もおられた。どうして大きなクラブを経営していたのに、どの時点で覇気がなくなったのか。まったく不思議な零落を感じさせられたものだ。過去が重みなのか「わし、ヤクザをやっとったですからねぇ」と、昨今の反社キャンペーンに煽られたかのごとく、自嘲的な人も少なくなかった。

遺族はことごとく、父親(逝去した組長)の話を嫌ったものだ。「できれば、そういうの(評伝映画)は、つくらないで欲しい」「いま、うちは堅気をやっていますから」などと。奥さんから勝手に名前を使ったと、抗議が来ることもあった。

組の意向で、元親分(故人)のものは書いたりしないでくれ、というケースもすくなくない。その組織には、その元親分と現役親分をめぐる過去の因縁が隠されていたのだ。かつて、骨肉相食む内部抗争があった時に、亡き親分が当代の親を撃った、と。

今野敏の小説『任侠学園』

◆警察と銀行による、製作会社への圧力

冒頭に、現在ではほとんど製作されなくなっている、とわたしは書いた。登場人物の名前を変えていてもそれとわかる、いわゆる実録ヤクザ系のVシネマは皆無といっていいだろう。

流れを追って、説明しておこう。60~70年代の抗争、90年代の暴対法(みかじめ料の禁止など、ヤクザの小商いが排除される)とパチンコプリペイドカード(北朝鮮への仕送り資金の排除)を通じて、ヤクザ組織は小組織から大組織へと統合されてきた。みかじめ料などの小商いは断たれたが、巨大プロジェクトへの参入という経済ヤクザへの転身、あるいは下請け業者としての生き残りである。そして大組織への統合とは、山口組という一強支配の完成である。したがってまた、その過程は地元の独立系有力組織との抗争の拡大でもあった(福岡県における道仁会と山口組が典型)。

そして2011年の暴排条例を境に、Vシネマへの締め付けが厳しくなったのだ。暴排条例の骨格は、徹底的にヤクザの利権を断つこと。すなわち取り引き先から締め上げていくことにある。ヤクザ系の製作プロダクションへの銀行融資の停止、そして販路の締め付けである。このあたりは、任侠業界誌である「実話時代」が休刊に追い込まれたのと同じ構造である。

八尾河内音頭まつり

かくして実録ヤクザ系Vシネマは息の根を止められ、代替わりや親子の固めの盃事、年末の事始めの儀式を記録する映像会社・カメラマンも締め出されるようになった。ヤクザの盃事に関わっていると警察に知れたら、公共行事や行政の仕事から締め出されるというわけだ。

そのいっぽうで、今野敏の小説『任侠学園』(シリーズに「任侠書房」「任侠病院」「任侠浴場」)が人気を博し、映画化されるという。指定暴力団ではない、古きよき時代の阿岐本組は、組長が文化的な素養が高く、地域のピンチになった病院や風呂屋を立て直すというストーリーだ。

『任侠学園』では、愛と厳しさにあふれる教育で学校が再建される。もともと、任侠道は「強気をくじき、弱気を助ける」人の道である。河内音頭がその大半の素材を、ヤクザの股旅物に採っているように、日本人の心の故郷でもあるのだ。抗争事件とバブル経済で暴力団と化したヤクザを、原点に復帰させることで社会に融合させる方途こそ、じつは本来の取り締まり手法とは言えないか。

【横山茂彦の不定期連載】
「反社会勢力」という虚構

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年2月号

『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』