いわゆる「首都圏連続不審死事件」の被告人で、マスコミが「毒婦」と呼ぶ木嶋佳苗さん(38)の控訴審初公判が東京高裁で開かれた先月17日、筆者は島根県の松江刑務所を訪ね、1人の女性被告人に面会していた。いわゆる「鳥取連続不審死事件」の被告人で、マスコミが木嶋さんになぞらえて「西の毒婦」と呼んだ上田美由紀さん(39)である。

上田さんは2009年11月、同居していた男性A氏と共に詐欺の容疑で逮捕されたのち、過去に周囲の男性たちが次々に「不審死」していたという疑惑をマスコミに騒ぎ立てられた。そして計8回も逮捕を繰り返される長期捜査の結果、借金の返済を免れるために2人の男性に睡眠薬などを飲ませ、溺死させたとして強盗殺人の容疑で起訴された。また、そのほかにも12件の詐欺事件、1件の住居侵入・窃盗事件の容疑で起訴された。裁判では、2012年12月に鳥取地裁で死刑判決を受けたが、2件の強盗殺人については一貫して無実を訴えており、現在は広島高裁松江支部に控訴中である。

筆者が上田さんを訪ねたのは、この日が2度目。この事件のことは4年前にマスコミが報道合戦を繰り広げた当初から気になってはいたが、物理的な事情や経済的な事情から取材に乗り出すことなく、「放置」したままだった。しかし今年7月、鳥取地裁の裁判員裁判を取材したテレビディレクターから、上田さんに対する有罪認定に色々疑問を感じていると聞かされた。その話が興味深く、自分でもこの事件の真相を調べてみたくなったのだ。

「今日は木嶋さんの裁判に行ったんだと思ってました」
この日、面会に訪ねた筆者に対し、彼女はそう言って笑った。マスコミでは、女性ながらコワモテのイメージが喧伝されてきたが、実際の彼女は小柄で、むしろ弱々しい感じもするタイプ。結論から言うと、彼女に対する筆者の心証は悪くない。何を聞いても率直な答えが返ってくるし、わからないことは憶測で語らず、「わかりません」と言ってくれるのもいい。事件の真相については、まだ確かなことは言えないが、裁判で認定された殺人のストーリーと彼女のイメージは結びつかず、彼女本人と会ったことにより事件を調べ直してみようという意欲がますます高まっている。

もちろん、彼女のイメージだけで、そういうことを言っているわけではない。筆者は事件の検証を始めるにあたり、とりあえず第一審の判決を読んでみたが、その説得力の無さは予想以上であった。まず何より、有罪認定はほとんどが、詐欺の共犯者だった同居男性A氏の証言に依拠しているのだが、その証言内容には首をかしげざるを得ない部分が(判決に現れているだけでも)少なくない。犯行動機に関する認定を見ても、270万円とか53万円という程度の債務を免れるために人を殺してしまったというもので、違和感を覚えざるをえない。他ならぬ第一審判決も「一般にはこの程度の事情は殺害を決意させるようなものではないが……」と認めてしまっているほどなのである。

上田さんは第一審では、無実を訴えながら被告人質問で黙秘したため、彼女自身の主張が明らかにならなかった。だが、12月10日から始まる控訴審では、自分の言葉で無実を訴えたい思いがあるという。公判は可能な限り傍聴したいと思っているので、当欄でまた裁判の経過などをレポートさせて頂くこともあるだろう。

(片岡健)

★写真は、上田さんが収容されている松江刑務所