2009年に裁判員制度が始まって以来、裁判員裁判の死刑判決が控訴審で破棄され、無期懲役に減刑されるケースが相次いでいるが、今年1月の淡路島5人殺害事件でそれは7件目となった。死刑を破棄された殺人犯たちは一体どんな人物なのか。筆者が実際に会った3人の素顔を3回に分けて紹介する。

第2回目の今回は、伊能和夫(69)。無罪を主張しながら公判で黙秘し、一言も発さなかった男だ。

◆面会室ではよくしゃべったが・・・

伊能の裁判が行われた東京高裁・地裁の庁舎

裁判の認定によると、伊能は2009年11月、東京・南青山のマンションの一室に金目当てで侵入し、住人の飲食店経営者の男性(当時74歳)を持参した包丁で刺殺した。伊能は1988年に妻(同36歳)を刺殺し、部屋に放火して娘(同3歳)も焼死させた罪で懲役20年の刑に服しており、事件の半年前に出所したばかりだった。

そんな伊能は2011年3月、裁判員裁判だった東京地裁の一審で死刑判決を受けたが、東京高裁の控訴審では2013年6月、死刑判決が破棄され、無期懲役に減刑された。「被害者は1人で、当初から殺意があったとは到底言えない」ということなどがその理由だ。そして2015年に最高裁で控訴審判決が是認され、無期懲役が確定したのだった。

筆者がそんな伊能と面会するため、初めて収容先の東京拘置所を訪ねたのは、伊能が最高裁に上告中の頃のこと。死刑を免れた伊能だが、裁判では無罪を主張していたうえ、公判では黙秘して一言も言葉を発しておらず、どういう人物なのかを会って確かめたいと思ったのだ。

伊能はその日、刑務官の押す車椅子に乗り、面会室に現れた。報道で見かけた写真では、健康そうな感じだったが、実物の伊能は痩せており、身体が弱っているように見えた。目の焦点が合っておらず、正直、不気味な雰囲気を感じる男だった。

まず、単刀直入に事件について、白か黒かを質したところ、伊能は「全部やってないですから・・・自分は無罪ですから・・・」と言い切った。そして裁判への不満などを次々に口にした。

「裁判がメチャクチャなんで、最高裁では徹底的にやろうと思ってるんです・・・」
「自分は裁判で住所不明、無職にされましたが、住所も職業もちゃんとしています・・・」

「今は午前中に裁判に出すものを色々書いて、昼からは息子への手紙を書いています・・・」

筆者は正直、こうした伊能の無罪主張や裁判批判がまったくピンとこなかった。裁判では、現場室内から伊能の掌紋が見つかったとか、伊能の靴の底から被害者の血液が検出されたとか、有力な有罪証拠がいくつも示されていたからだ。

また、息子に手紙を書いているという話も違和感を覚えた。伊能に息子がいるのは知っていたが、妻と娘を殺害した伊能が息子と良好な関係だとは思えなかったためだ。

◆面会するたびに金や飲食物の差し入れを催促

その後、筆者は伊能と面会を繰り返したが、伊能の無罪主張は何度聞いても信ぴょう性が感じられなかった。

まず、現場室内で見つかった自分の掌紋や、靴の底から検出された被害者の血液などの有力な証拠については、伊能は「全部偽物の証拠や」と言ってのけるのだが、何か根拠を示すわけではない。裁判で黙秘した理由についても、「裁判では、『無実だから何も出ない。無罪になるだろう』と思ってましたから」と言うのみで、やはり説得力は皆無だった。

もっとも、このように無理な無罪主張を言い連ねる伊能から、やましそうな雰囲気は一切感じ取れなかった。そのため、筆者は伊能と面会を重ねるうち、この男は人を殺しても罪の意識を感じない、サイコパス的な人物なのではないかと思うようになった。

そんな伊能について、もう1つ印象深いのは、面会に訪ねるたびに金や飲食物の差し入れをせがまれたことだ。

「お金と甘い物入れて。お金は多めに、甘い物は何品か。大福餅があったら、大福餅がええな」

このように差し入れをせがんでくる時、伊能は悪びれる様子が無いばかりか、ニンマリと笑みさえ浮かべ、「取材に応じたのだから、差し入れてしてもらって当然」といった雰囲気を漂わせていた。きっと人の物を奪うことにも罪悪感を覚えない人間なのだろう。

最高裁で無期懲役が確定した際、伊能から初めて手紙が届いたが、案の定、金を無心する内容だった。死刑を免れ、今は東日本の某刑務所で無期懲役刑に服している伊能だが、自分の罪を悔い改めることは永遠にないだろう。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。

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