サラリーマンのランチタイムはささやかな楽しみであり息抜きの場でもある。午後の仕事へのパワーを補給する意味もある。
愛妻弁当に舌鼓を打つ者もいればコンビニ弁当を食べる者、ファストフード店ですませる者もいれば近くの定食屋を利用する者もいるだろう。
ある程度大きな事業所に限られるだろうが社員食堂の利用者も多い。福利厚生の一環である社員食堂では市中の飲食店より価格設定が低く抑えられており、毎日の昼食代を考えるとありがたい存在だ。「ウチの社食は不味い」などと言っている人はぜいたくを省みよう。

社員食堂での支払い形態は様々だ。社員カードで利用額を記録し、食べた分だけ翌月の給与から天引きする会社もある。しかしこれは正社員をはじめ、その会社の直接雇用者のみが利用する施設に限られ、今は少数派と思われる。
たとえば百貨店やスーパーなど大規模小売店舗のような職場では、派遣会社から来ているスタッフや、メーカーなどの取引先に所属する販売員のほうが正社員や直接雇用のパートなどよりはるかに多い。この場合は現場での精算が必要になる。
昔からあるのは、券売機で食券を購入し、料理と引き換える方法だ。最近では専用のプリペイドカードを購入し、取った料理の横にあるカードリーダーに通して支払う方式もある。あるいはカフェテリア方式で好きな皿を取りながら進んでいき、最後にレジ係が計算してプリペイドカードから引き去る形もある。

都内のある大手百貨店の社員食堂には、昨年から「食券は廃止されました・現金は使用できません」のポスターが掲示してある。支払いはすべてSuica(あるいはPASMO)で行うのである。メニューごとにSuicaの読み取り機が置いてある。皿を取ると食堂のスタッフがピッと金額を表示し、そこにSuicaをかざすだけだ。まことに簡便である。ワンタッチで支払いができ、食券を買うための現金も、食堂専用のプリペイドカードも不要だ。

だが、これは本当に便利なだけなのだろうか。家計を管理している側からすると、交通費として支払ったはずのSuicaの残高から食費が消えていく。履歴を確認することもできるが結構な手間でもあり、費目別に家計管理をしている者にとってはそれほど利便性を感じない。

さらに別の問題もある。社員食堂の運営を考えてみる。
食券やプリペイドカード販売方式であれば、券売機の現金回収や売上計上、食券用紙の補充などの仕事がある。回収した食券のとりまとめや経理的処理も必要だろう。カフェテリア方式であればレジ係の人員が必要だ。
Suicaを導入することにより、これらの仕事は必要がなくなる。会社にとっては業務を合理化して人件費の削減ができるという利点がある。

2001年にJR東日本の交通カードとして東京近郊区間で導入されたSuicaは、2004年よりSuicaショッピングサービスという電子マネーとしての機能が加えられた。当初はキオスクなど駅構内での支払いをキャッシュレスにすることにより混雑緩和をはかることが目的だったが、次第に電子マネーの利用による手数料を収入源として大きく見込むようになった。
現在では鉄道事業、生活サービス事業に次いで、Suica事業は経営の第3の柱と位置づけられている。
JR東日本の2013年度第2四半期の決算短信によると、Suica電子マネーが利用可能な店舗等の数は約234,820店舗とされている。2012年度期末決算では約205,910店舗と報告されており、半期の間に約28,910店舗増加したのが分かる。
これらの店舗等では、主にレジや出納関係の労働力の合理化がなされたとも考えられる。
同決算短信では、電子マネーの決済に必要なICカード関連機器の売上増が、増収増益に大きく寄与していることも述べられている。

労働者は消費者でもある。消費者の利便をはかるという名目のもとに、他ならぬ消費者の仕事が奪われているとはいえまいか。
昔から八百屋のおじさん、駄菓子屋のおばさんなど商売人はお金の計算が早かった。社員食堂のレジ係もトレーに乗せられた皿を一瞥して合計金額を出す。暗算が早いのは日本人の長所でもある。だが日本人の長所を生かした仕事が単純労働とみなされて合理化されていく。
彼らに支払っていた人件費はどこへ行ったか。一方では利益として会社に残り、一方では電子マネーの手数料やICカード関連機器の売上としてJRの利益となっているのである。

(ハマノミドリ)