私はYouTubeに動画をアップロードしている。ピアノで練習して弾けるようになった曲や、PCで作成した音楽データをボーカロイドに歌わせたりした動画だ。5分程度の動画を作るのに長時間を要するため、数ヶ月に一本公開できる程度だ。

そのYouTubeからある日連絡が来た。私が上げたある動画で、洋楽の曲をカバーして曲データを作り、ボーカロイドに歌わせたものがある。バディ・ホリーやファッツ・ドミノなど、今の流行とは無縁のオールディーズをカバーしたものだ。音源は自分のPCから音楽ソフトを使い作成したものだが、曲自体は当然第三者に著作権がある。しかしその動画に対し「第三者が作曲した曲のカバーである場合は、この動画を収益受け取りの対象にできる可能性があります」というメッセージが届いた。この動画に広告を載せれば、著作権者と広告収入を分配できるというのだ。

目を疑った。数年前であれば、私は著作権法によって使用料を払わなければならない立場だ。今はYouTubeが著作権管理団体と包括契約を結んでいるので、違反にはならず堂々と公開できるのだが、収益を受け取れるなんて話になると数年前と正反対の対応だ。

今から十数年前、まだインターネットが黎明期だった頃、ネット上ではMIDI音源による曲が溢れていた。MIDI音源とは音楽が鳴らせる共通規格のプログラムだ。当時のPCスペックではYouTubeの動画も再生できないような時代だった。Midi音源はどんな低スペックPC環境でも鳴らせる反面、音質は悪くCDやMP3の音源とは比較にならない代物だ。その上殆どがアマチュアによる作成だったため質も良いとは言えなかった。それでもMIDIが溢れていたのは、自分の好きな音楽を自分の作成したWEBサイトで鳴らしたい、少しでも賑やかにしたいといった理由からだ。音楽好きが好きな音楽をカバーしていただけで、利益目的やビジネスで公開する人は全くといってよいほどいなかった。

しかし日本最大の音楽著作権管理団体JASRACは、それらをすべて著作権法違反として個人のサイトにまで公開中止を求め、違反者には使用料を請求するなどの強固な態度に出た。結果MIDI音源が鳴るサイトはほぼ絶滅にまで追いやられた。

それがなぜ今、より高音質な楽曲が公開できる動画サイトで、作成者に利益分配などということになったのか。私は、これも初音ミクの影響だと思う。MIDI音源がネットから姿を消した数年後、DTM(デスクトップミュージックの略。PCを使っての楽曲制作を指す)は初音ミクによって息を吹き返した。初音ミクが歌う動画が動画サイトに溢れ、DTMはこれまでにないほどの盛り上がりを見せる。中には著作権がある曲をカバーした動画も無数にあり、CDの音を直接コピーして使ったような悪質なものは削除されたり、JASRACに訴えられる寸前になったものもある。

それでも初音ミク人気が衰えなかったのは、オリジナル曲を作って勝負する人が増えてきこと、それから初音ミクというキャラクター自体は、非営利に限り著作権フリーで使用が認められたことにある。

それに合わせ、YouTubeをはじめとする大手動画サイトも著作権団体と包括契約を結んだ。一定の使用料を動画サイトが著作権管理団体に払う代わりに、著作権のある楽曲の動画も公開が認められることになった。YouTubeをはじめとした各動画サイトには、著作権のある楽曲も大手を振って公開できるようになったのだ。

それによって、新しい事実に気付かせることにもなった。楽曲制作者が堂々と好きな曲を作成し、発表をしていくことで大きな宣伝効果が生れている。DTMで出来の良い楽曲を作り、初音ミクに歌わせることで数万回再生、人気があるものは百万回の再生数に上る楽曲もある。それらの曲をCD化して、結構な売上を出すまでになった。著作権のある既存曲のカバーCDも販売された。ボーカロイドは電子音声であるが故かYMOや小室哲哉といった電子音主体の曲と相性がよく、両者のカバーCDも出ている。CDとして商用販売すれば、著作権管理団体に当然使用料を払い、利益が生まれる。いちいちアマチュア製作者一人一人に使用料の請求などという面倒なことをしなくてもよくなった。だからこそ今、著作権のある曲を使用しても、その動画が人気になり広告収入が得られるなら、利益を分配してでも配信させたいのだろう。

勿論著作権管理団体は、管理をするのが目的で利益を生むことではない。このような行動の背景には、レコード会社をはじめとした売上不振の音楽業界があの手この手を尽くした事の、一つの結果だろう。

MIDI音源が主流の十数年前は、一曲でも公開すれば片っ端から取り締まりを受けた。今では手のひらを反して、取り締まっていた人たちに収入を得させてでも支援する方向に動いている。著作権管理団体のしたたかさというべきか、不況の音楽業界の方針転換と取るべきか、初音ミクというビッグ・スターが音楽業界をも変えてしまったとみるべきか。

長くアマチュアとしてDTMに携わっている人間としては、歓迎すべき時代の流れではあるが、胸中は複雑だ。MIDI時代の強固な取り締まりによって、間違いなく音楽制作という文化は数年間停滞してしまった。はっきり言えばおかしくなった時代の流れが、ようやく正常化してきたと言ってもいい。その間に楽曲制作を止めてしまったアマチュア音楽家も無数にいることを忘れないでおきたい。もしバンドマンが、自分の好きな楽曲のコピーもカバーも禁止されたら、ビートルズもストーンズも生まれなかったということだ。

(戸次義継)