臨時国会の予算委員会を終えて、日本学術会議の会員任命拒否の問題点が明らかになったので、整理して論点をまとめておこう。

「総合的・俯瞰的な観点から任命を考えたということです」「会員と結びつきのある任命を従来の会員任命を既得権と考えて、任命権者として判断したということです」「憲法15条第1項の公務員の任命権」と、オウムのように繰り返すしかなかったのが菅総理の答弁である。そして新たに、内閣府と学術会議の「事前調整がなかあったから、任命拒否という結果になった」と、学術会議の推薦に事前関与してきたことを明らかにしたのだ(自民党議員への答弁)。これは迂闊だったのではないか。

そしてその中身は「考え方のすり合わせということ」としながら、内容はすでに論理破綻している「旧帝国大学に偏っている」「多様な人材の登用」「若い人材の登用」である。けっきょく、個別の人事にかかわることなので、公表することは差し控えたい、という理屈に持っていくのだ。

1985年の中曽根政権による「総理大臣の会員任命は形式的なもの」「学術会議の推薦に介入するものではない」という政府見解を、2018年の内閣府法制局の恣意的な解釈変更(一貫していると強弁)によって、「そのまま任命するものではない」「任命権者として、国民にたいして責任を負える人事権の行使」と、ねじ曲げてしまったのだ。その結果、政権に批判的な言動をした研究者の任命を拒否できる、という本来の理由を開示しないまま、うやむやに終わらせようというのである。だが、上記の「事前の調整」によって、政権にとっても事態は抜き差しならなくなっている。


◎[参考動画]菅総理が本格論戦“矛盾”指摘も答弁かみ合わず(ANN 2020年11月2日)

◆「個別の人事」の基準を明らかにさせよ

そもそも「任命が人事問題であり、個別の人事は明らかにしない」という小理屈を許しているかぎり、この問題は解決しないことが明らかになったのだ。そうであれば、総理が言う個別の人事、すなわち個々の選考基準について明らかにさせる以外にないのだ。この点において、野党の追及は甘すぎる。

この任命拒否問題が明らかになってから、メディアは保守系リベラル系を問わず、拒否の理由を明らかにするべき。と警鐘を鳴らしてきたはずなのに、なぜか「個別の人事」の前に臆してしまっているのだ。けっして明らかに出来ない(政権批判が理由)なのだから、収拾するにはその一線を越えるしかない。

いっぽう、自民党もいら立ちを明らかにしている。下村博文政務調査会長が「野党は学術問題ばかりだ」と、他の審議が遅れるなどと愚痴っているのだ。森友・加計・桜を見る会問題に加えて、政府が「差し控えたい」からこそ審議が進まないのではないのか。そればかりではない。ことは民主主義の根幹にかかわる、学問の自由が存亡の危機に立っているのだ。

それは政府が言うような、「個人の学問の自由」の問題ではない。また、野党が主張する、人事問題が「研究に対して委縮効果」を単に持つからでもない。ほかならぬ政策への批判的な見地こそが、政府の法案や施策にたいして効果的な検証を持ちうるからなのだ。この点を、野党もよく理解できていないのである。

批判を何よりも怖れ、異見を怖がる政権担当者の度量のなさ。いや、臆病なまでの神経過敏が、国の指針を過てる可能性があるからこそ、本来は学術会議のような政府機関(特別公務員)に、批判的な人物を任命する必要があるのだ。

今回、独裁者が本質的に批判を怖れ、臆病なまでに批判者を排除するものであることが、満天下に明らかになったといえよう。

そして危機感からか、ここにきて新たな動きがあった。共同通信が11月8日に「『反政府先導』懸念し拒否 学術会議、過去の言動を問題視か」と題する記事を打ってきたのである。

◆「過去の言動」「反政府運動を先導」

「首相官邸が日本学術会議の会員任命拒否問題で、会員候補6人が安全保障政策などを巡る政府方針への反対運動を先導する事態を懸念し、任命を見送る判断をしていたことが7日、分かった。安全保障関連法や特定秘密保護法に対する過去の言動を問題視した可能性がある。複数の政府関係者が明らかにした」というものだ。
この問題を奉じたリテラは、全国紙の記者の観測を明らかにしている。

「共同は『複数の政界関係者』としていたが、6人を排除した当事者である杉田(和博)官房副長官からコメントをとっていたらしい。おそらく、これまでは理由を伏せてごまかして乗り切ろうとしていたが、国民が納得しないので、逆に6人が危険思想の持ち主であるかのように喧伝して、世論を味方につけようとしているのだろう」と。

つまり、政府のほうから「過去の言動を問題視」して、会員候補が「反政府運動を先導する」から任命拒否をしたのだと、匂わせてきたのである。あきらかに世論をミスリードする意図的な記事だが、むしろ追い詰められて「自白した」というのが正しい受け取り方である。

とりわけ、政府関係者が「扇動」と言ったのを、共同通信が忖度して「先導」と言い替えたのではないかと、思わずわらってしまったのは私だけではないだろう。あきらかに政権は焦れているのだ。思いもよらない躓きで、菅義偉総理の困惑した表情がテレビに映し出され、オウムのように「総合的、俯瞰的な考え方から」と繰り返すたびに、この男の無能さ加減、ボキャブラリーのなさが明らかになりつつあるからだ。

無内容な演説が得意だった安倍晋三ならば、やたらと時間をかけて答弁をはぐらし続けることも可能だった。だが、菅義偉にはその軽薄な能弁もないのだ。


◎[参考動画]菅首相、国会答弁で“自助”できず?【news23】(TBS 2020年11月6日)

◆あまりにもポンコツすぎる

もうひとつ、わずか4日間の集中審議で明らかになったのは、心配されていた菅義偉の総理としての答弁能力である。ポンコツなのである。あまりにも自分の言葉がないのだ。野党議員の質問の意味がわからずに目が泳ぎ、秘書官のメモなしには答えられない場面が続出した。独自の政治哲学や政治構想を披歴できるわけでもない。

やはりこの人は、裏方に徹するべきであった。わずか十数分の、記者クラブの馴れ合い的な質問に「その質問に答えることは差し控えたい」「仮定の質問には答えない」「批判は当たらない」などと定型句で応じ、批判的な記者の質問には「あなたの質問には答えません」と言いなすことができた官房長官とはちがい、総理大臣には「答弁拒否」は許されないのである。

もうこれ以上、集中審議に耐えられないと見たからこそ「政府関係者」は、任命拒否の理由をリークし、任命されなかった研究者たちが反政府運動の「扇動者」であることを、世論リードの水路にしようとしているのだ。だがそれは、任命拒否が政治的な理由であることを、みずから暴露するものにしかならないであろう。菅義偉の無能・ポンコツぶりに危機感を持った官邸関係者が、みずから墓穴を掘りはじめたのだ。


◎[参考動画]【字幕】辻元清美(立憲民主党)VS菅義偉内閣総理大臣 2020年11月4日衆議院予算委員会(国会パブリックビューイング2020年11月7日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

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