多くの生物学者が、現代は大量絶滅期であると見ている。判っている限りでも、およそ5億5000万年前には大量絶滅が起こっており、以来幾度か地球上の生物の大半が絶滅する事例が発生している。三葉虫やアンモナイト、恐竜といった地球上に大繁栄していた生物が、ある時期を境に突如として死に絶えてしまう。わずかながら生き延びていたことも確認されているが、その紀代を代表する生物は、もれなくその座から姿を消していく。

理由は様々な説が提唱されている。多くは地殻の変動や気候の変化が原因と考えられる。巨大な隕石が地球に激突したために、大幅な気候の変化があったというのが、恐竜絶滅の説として有名だ。

現代が大量絶滅期にあるというのは、生物学の素人である私でも信じることができる。人間という生き物による森林伐採、大気汚染、水質汚染は言うまでもない。毎年、絶滅危惧種が増え続けているが、殆どが人間による乱獲、捕食、または他生物の生活圏の侵食によるものだ。既に絶滅した種も多い。このままいけば、22世紀頃には今いる生物の半数が地上から消える、と語る学者もいる。

私が非営利組織の人間であれば、ここで「地球を守ろう、自然保護に協力を」と言うところかもしれない。残念ながら、大量絶滅の流れは止まらないだろう。自然の摂理に倣うのであれば、わざわざ声を上げて自然生物を保護しなくても、絶滅を免れるはずだ。成り行きに任せて、人間が他生物を次々絶滅に追いやるのだとしたら、それが自然の摂理だ。

つい先日、国際司法裁判所から日本の調査捕鯨中止の命令が下った。日本人だから反発したい気持ちも当然ある。だから言うわけではないが、日本が捕鯨を中止しても、絶滅危惧種の鯨が最繁栄することはないだろう。ロシアは今も堂々と捕鯨を続けているし、反捕鯨国のアメリカでも少数民族の捕鯨が認められている。両国の捕鯨を中止させられる国は無い。一切の捕鯨が禁止されなければ、片手落ちというものだ。

人間は、どんな場面においても、人間一人の命と動物一匹の命を天秤にかけたら、人間を守るはずだ。現在、地球上で最も猛威を振るっている人間がそれを選んでいるのだから、人間はますます繁栄し、他の動植物は減っていく。ごく当たり前のことだ。他の生物より優先される命が、地球上に60億も存在しているのが現実だ。

大量絶滅期の行き着く先は、最も繁栄している生物の絶滅は避けられない。過半数の生物が地上から消えるのは、100年後かもしれないし1000年後かもしれない。しかしその時を迎えれば、人間も絶滅の道を辿るのだろう。繁栄した種が絶滅し、殆どの生物が地上からいなくなった頃、新たな生物が生まれ、やがて反映していく。かつてのアンモナイトや恐竜や、現代の人間のように。そうやって地球は何億年単位で歴史を繰り返しているのだ。

(戸次義継)