菅義偉総理が総裁選出馬を断念したことで、総選挙による「政権交代」はほぼないとみていいだろう。総裁選が自民党の「談合選挙(密室政治)」にはならず、したがって自民党員の政治意志が結集した「新総裁」のもとでの総選挙が、それなりに求心力を発揮するからだ。

そのいっぽうで、今回の総裁選挙が自民党の内部分裂、あるいは来年の参院選挙での与野党のねじれを招来しかねないことを指摘しておきたい。極端な政治路線をもった候補の登場、そして乱立ともいえる選挙になるからだ。

その意味では今回の自民党総裁選挙は国政の方向、および国民生活への影響がきわめて大きく、とりわけ向こう10年にわたる政治構造を決定する可能性が高い。

ここでいう自民党の「内部分裂」とは、ながらく自民党を支配してきた派閥力学がそれとして完結(妥協)するのではなく、長期の政治路線をはらんでいるという意味である。これまでにない、極端な政治路線の候補者の登場がそれだ。

すなわち、本命視されてきた岸田文雄の、派閥均衡による多数派の選出ではなく、河野太郎という「赤い自民党員」「共産主義者」の出馬、そして安倍晋三をはじめとする極右派の期待が、極右の女神・高市早苗に注がれているからだ。

共同通信社が9月4~5日に実施した全国緊急電話世論調査は、次の首相にふさわしい候補として、河野太郎行政改革担当相が31.9%でトップだった。

以下、石破茂元幹事長26.6%、岸田文雄前政調会長18.8%、野田聖子幹事長代行4.4%、高市早苗前総務相4.0%、茂木敏充外相1.2%、下村博文政調会長0.6%の順となった。※有効回答者数は固定電話538人、携帯電話533人。

これをみるかぎり、河野太郎の圧倒的人気は明らかだ。自民党員(地方票)においてもこれは同様であろう。地方党員の人気では有力をほこった石破茂も、河野太郎に比べれば「賞味期限切れ」感を否めない。そのいっぽうで、安倍晋三の高市早苗を支持するうごきが、永田町を揺るがしている。

キングメーカーをめざす安倍はここ数年、自身の後継者に岸田文雄を据えてきた。安倍にとって理想の継承劇は、菅義偉によるコロナ危機の克服とオリンピックの成功、その成果を禅譲というかたちで岸田へつなぐというものだった。

ところが、肝心の岸田が独自の政治的発信をするようになったのだ。わけても安倍に看過できないのは、岸田が森友学園など一連の政治疑惑の解明(改ざん文書の糾明など)を口にしたのである。これが安倍の「逆鱗」に触れたのは言うまでもない。なぜならば、安倍は政治資金規正法違反の「容疑者」なのだから。

もうひとつ、岸田は3月25日に発足した「選択的夫婦別氏制度を早期に実現する議員連盟」の「呼びかけ人」に名をつらねることで、安倍の怒りを買ったのである。

そもそも岸田は党内の大宏池会構想、すなわち党内融和による保守リベラル路線を政治的基盤に持っている。ここ数年の安倍一強路線、官邸トップダウンの強権政治に不満をもつ党員の支持を得ているのだ。

こうして発信力を身に着けた岸田が、安倍にとってはにわかに鬱陶しい存在になった。前回指摘した通り、安倍が「もう一期」と情けをかけていた菅を、退陣に追い込んだのは岸田の「役員連続3期制」という提案だった。菅は二階を切ることで、みずからの基盤をうしない、解散総選挙の道を封じられたのである。岸田は総理総裁への血路をひらいた半面、安倍と二階というキングメーカーの支持をうしなった。けっして楽な総裁就任にはならないであろう。

岸田新総裁の成否については、総裁選情勢の変化のなかで再検証するとして、ダークホース視されている河野太郎と高市早苗のうち、今回は高市早苗という人物について分析してみたい。

◆期待される女性宰相に見合う政治家は?

もともと自民党には、隠然たる女性宰相待望論があった。ベテラン男性議員の不満を承知で、人気のありそうな女性議員候補を比例代表上位に入れてきたものだ。買収で刑事犯罪者となった河井案里に1億5000万円もの選挙資金をつぎ込んだのも、民主党の蓮舫議員のように舌鋒鋭い、国民受けする女性議員が欲しかったからなのである(安倍晋三の言)。

だからこそ、小渕優子や稲田朋美など、女性の幹部候補者が閣僚に抜擢されてきたのである。二階幹事長のもとで、総理願望のつよい野田聖子が前面に出てきているのも、自民党の「中高年男性党」からの脱皮志向にほかならない。

だが、酒豪で血筋がいいというだけで、パッとしない小渕優子。防衛大臣に起用してみたものの、官僚の懇切丁寧な指導にもかかわらず、ほとんど役に立たなかった稲田朋美。彼女の答弁はボロボロで、省内の管理も満足にできなかった。

やる気も能力も十分だが、なぜか総裁選出馬を冗談としか思ってもらえない野田聖子。いずれも将来の女性宰相としては、ちょっとまだ無理という感じだ。

 

小粥義雄(著)ヒトラー政治戦略研究会(編)『HITLER(ヒトラー)選挙戦略』(永田書房1994年)

ちなみに、野田聖子のウィークポイントとされている在日韓国人夫のヤクザ経歴は、反社からの更生として美談に描くべきだと思うが、どうだろう。日本の総理大臣の夫が在日韓国人で、しかもかつては逮捕歴が2回もあるヤクザだった。いま、将来の総理夫婦は激務のかたわら、体外受精で得られた障がい者の我が子を育てている。どんな人間でも懸命に努力し、やる気さえあれば総理大臣にもなれる。痛みを知るからこそ、国民に寄り添った政治が実現できる。素晴らしいことではないか。今回、その野田聖子をも出し抜くように、総裁選出馬宣言を行なったのが高市早苗である。

高市氏は「説得できない有権者は抹殺」などの記述がある『HITLER ヒトラー選挙戦略』(小粥義雄、永田書房)に推薦文を寄せたり、安倍改造内閣に入閣した際には、ネオナチ団体代表と写真を撮ってもいた。「先の戦争は侵略戦争ではなかった」「国会デモを取り締まれ」「福島原発事故で誰も死んでいない」などという暴論も吐いてきた。

その後、総務相を経験するなかで政治的なバランスをとれるようになり、政策もつくれるようになったのが、現在の高市早苗である。もともと髪をピンク色に染めたレディース(女性暴走族)もどきだったのだから、その学習能力と変化する力には定評がある。安倍子飼いの女性政治家のなかでは、いまや傑出した存在になったといえよう。

◆高市早苗の政策綱領『日本経済強靭化計画』批判

たんに出馬を宣言してみただけではなく、ちゃんと政策綱領もあるのだ。「総裁選に出馬します!――力強く安定した内閣を作るには、自民党員と国民からの信任が必要だ。私の『日本経済強靭化計画』」(文藝春秋9月号)の中から政策の項目だけ並べてみよう。

 

高市早苗『美しく、強く、成長する国へ。私の「日本経済強靱化計画」』(ワック2021年9月15日)

国会議員の矜持/危機管理投資と成長投資を優先/「改革」から「投資」への転換/必需品は国内生産・調達が基本/情報通信機器の省力化が急務/深刻な「中国リスク」/中国への技術流出に歯止めを/日本に強みがある技術を伸ばす

なかなか立派ではないか。このなかで、経済政策は「ニューアベノミクス(サナエノミクス)」を提唱している。金融緩和・財政出動につづく第三の矢の産業振興については、「成長投資」として、以下のジャンルを挙げている。

「産業用ロボット、マテリアル(工業素材)、膜技術、量子技術(基礎理論・基盤技術)、電磁波技術などにおいて、日本は技術的優位性を持つ。」

ではその「投資」の財源はというと、
「インフレ率2%を達成するまでは、時限的にプライマリーバランス(PB)規律を凍結して、戦略的な投資にかかわる財政出動を優先する。頻発する自然災害や感染症、高齢化に伴う社会保障費の増大など困難な課題を多く抱える現状にあって、政策が軌道に乗るまでは、追加的な国債発行は避けられない。」

そこで生じる財政問題については、
「日本は、自国通貨建て国債を発行できる(デフォルトの心配がない)幸せな国であること」「名目金利を上回る名目成長率を達成すれば、財政は改善すること」「企業は借金で投資を拡大して成長しているが、国も、成長に繋がる投資や、将来の納税者にも恩恵が及ぶ危機管理投資に必要な国債発行は躊躇するべきではないこと」としている。

読者諸賢はすぐにおわかりだと思うが、この経済政策には経済の根幹が欠けている。消費を促進する国民の可処分所得、およびそれを可能とする配分問題がないのである。

亜細亜大学系列経済短大や近畿大学の経済学部で教鞭をとったにしては、経済の実体が商品開発ではなく消費にあることを理解していないからこうなるのだ。どんなに優れた技術力があり、優秀な商品が開発されたとしても、買い手がいないのでは売れない。そもそもデフレとは、過剰生産による不況なのだ。

神の手による「経済」はともかく、政治家にとって「法」の運用はただちに国民生活に直結する。民主主義の根幹を揺るがしかねない「法」の無理解があるとしたら深刻である。

◆危惧される「上から」の放送法理解

かならずしも、政治家が法律の専門家である必要はないが、立法と行政に関わる以上は、法運用の基本的な原則は不可欠である。

自民党憲法草案が「国民に義務を課す」ものであるように、自民党政治家の大半は法律が国民の遵守義務、統制法と考える傾向にある。これは高市においても同様である。

高市の総務相時代に、その放送法理解が権力主義的な理解、すなわち放送法の精神を「上からの取締法」と誤読している事態がおきた。

2016年2月のことだ。衆議院予算委員会の答弁において、高市は「放送法の違反(政治的公平に違反)を繰り返した場合、放送法4条違反を理由に、電波法76条に基づいて、行政が何度要請しても、全く改善しない放送局に何の対応もしないとは約束できない。将来にわたり可能性が全くないとは言えない」と述べたのである。ようするに、政府が気に入らない政治的批判があった場合、それが是正されないときは放送内容に介入するというのだ。

この発言に対して、田原総一朗ら7人が呼びかけ人となって、発言が憲法及び放送法の精神に反しているとする抗議声明を出したのは当然であろう。

高市は同年3月の衆議院総務委員会でも、「特に無線の放送は、有限希少な国民的資源である電波の一定の帯域を排他的かつ独占的に占有しているということから、公共の福祉に適合していることを確保するための規律を受けることとされています。これは放送法第1条にも書かれております」と述べている。政府が放送を規律する必要があるという解釈をあらためて示したのである。

放送法第1条は、放送の行政からの独立。すなわち政権の介入を禁じるものであって、高市の理解は180度ちがうものだ。表現・報道の自由を保障しているのが、放送法にほかならないのである。

この問題について、アメリカの国務省は2017年3月3日に公表した人権報告書(「世界各国の人権状況に関する2016年版の年次報告書」)で、日本では「報道の自由に関する懸念がある」として、高市の「電波停止」発言を一例に挙げている。

◆抜きがたい極右的体質

経験値とともに、物腰の柔らかさや受け答えの柔軟さは出てきたものの、彼女の極右的体質を見誤ってはならない。

「選択的夫婦別姓制度」導入の議論では、反対派の議員連盟「『絆』を紡ぐ会」の共同代表となっている。その意味では、反対の立場から積極的賛成の立場にいたった岸田文雄と真っ向から論戦を交わしてほしいものだ。

高市は「家族単位の社会制度を崩壊させる可能性がある」として、導入に反対する文書を自民党籍を持つ42道府県の議長宛てに、自身の名前が入った封筒で発送したという。まさに筋金入りの岩盤保守ではないか。

安倍前首相が会長を務める創生「日本」が2012年におこなった研修会で、こんな発言をしていたという。

「さもしい顔して貰えるものは貰おう。弱者のフリをして少しでも得しよう。そんな国民ばかりでは日本国は滅びてしまいます」

「安倍総理はつねに日本と日本人の可能性を信じつづけて、多くの方が真面目に働く、人様にご迷惑をかけない、自立の心を持つ、そして秩序のある社会をつくる。それによって日本がどんどん成長していく。まあ、本当に気の毒な方々のためにも頑張っていける、力強い国をつくれるんだ。その思いがすべての閣僚に浸透していたからこそ、私たちは自由に働かせていただきました」

これは本心からなのか、なりふりかまわず安倍に媚びへつらう言辞なのか。これから始まる高市のテレビでの発言と見比べてみたい。

「なりふりかまわず」というのが、高市のひとつのキーワードともいえる。これは師匠たる安倍晋三の持ち味でもあった。2014年には「週刊ポスト」に天理教への2万円の「お供え」を買収行為として暴露されている(天理教団は高市の選挙区)。同時期に統一協会への祝電が問題視されたものだ。

今後は総裁選にむけて、なりふりかまわない言動が顕在化することであろう。そこがウィークポイントでもあり、彼女の売りでもあるのだ。健闘と失言に注目しよう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』10月号! 唯一の脱原発マガジン『NO NUKES voice』vol.29!

『紙の爆弾』『NO NUKES voice』今こそ鹿砦社の雑誌を定期購読で!