「汚染水を海に流されて本当に良いんですか?」

場違いな質問に誰もが顔をしかめた。そして、うつむき加減になった。

JR新日本橋駅近くにある福島県のアンテナショップ「日本橋ふくしま館 MIDETTE(ミデッテ)」(東京都中央区)に〝常磐もの〟が並んだ。今月14日から3日間にわたって開催された「第1回冬のふくしま常磐ものフェア」。福島県双葉郡浪江町の請戸漁港で前日に水揚げされたカレイやメバルなどの海産物の販売会だ。「食の安全・安心に加え、品質の高さや美味しさなど県産品の魅力を発信する」(福島県県産品振興戦略課)のが目的で、2月も原釜漁港(相馬市)や小名浜漁港(いわき市)で水揚げされた海の幸が販売される。

初日は復興大臣も視察。その前に行われた定例会見では「復興庁としても、しっかり福島県産品の魅力を、地元が企画しているイベント等をしっかり後押しをしていかなければならない」、「しっかりと食の安全・安心、特に科学的な根拠に基づいた安全性の正しい情報を発信していくことが大事」と〝風評払拭〟を強調した。

「道の駅なみえ」でも提供されている請戸の魚をPRする場に、原発汚染水の海洋放出問題を口にするなど確かに場違いだ。県職員の1人は「ここは県の施設なので、そういう発言はできません」と苦笑した。しかし、目をそむけてばかりもいられない。政府が昨年4月13日に発表した基本方針では、来年にも海洋放出が始まる。東電は約1キロメートル沖合に海洋放出のための海底トンネルを設置するべく、地質調査などを進めている。福島県の内堀雅雄知事も「風評対策」を口にするばかりで反対を明言せず、海洋放出を事実上容認している。事態は着々と前進しているのだ。

しかし、誰もが「こんなところで聞いてくれるな」という表情を浮かべるばかり。販売応援に来ていたいわき市の男性は「そりゃもちろん、海に流して欲しくはないですよ。だけど国が決めちゃったことだから……。頑張っていくしかないですね。難しい問題です」とあきらめ顔で答えた。

「国が決めちゃったことだから」

都内の福島県アンテナショップで行われた「常磐もの」の販売会。汚染水海洋放出について尋ねると、関係者は一様に口が重くなった=東京都中央区

請戸の漁師も、正月2日に行われた請戸漁港の出初式で筆者に同じ言葉を口にした。

「そりゃ海に流されたら困る。困るけど、相手は国だからな。国が決めたことに俺たちがナンボ言ったって通るわけねえべ。通らないものをいくら騒いだって、俺たちがアホみたいだろうよ」

出初式では、漁船が次々と沖合に出て日本酒で船体を清め、海の上から苕野(くさの)神社に向かって1年の無事を祈願した。「ほれ、あれが原発だよ」。漁師が指差す先には福島第一原発がはっきりと見えた。請戸漁港とは約6キロメートルしか離れていない。汚染水の海洋放出は死活問題のはず。相馬双葉漁業協同組合請戸地区代表の高野一郎さんは神事前のあいさつで「原発から6キロメートルの地点にある請戸漁港は反対しかありません。全漁連、県漁連と姿勢を同じくし、どこまでも反対を続けていきます」と述べた。だが、実際には表立って反対を表明する漁師はいない。逆に「『汚染水』と言わないで欲しんだよ。そう表現されることが何より風評被害を招くんだ。あれは『汚染水』じゃなくて『処理水』なんだ。『汚染水』を海に流すわけじゃないんだから」と筆者に語る漁師すらいるほどだ。「『処理するから大丈夫』と国が言うんだから、俺たちはそれを信じるしかないじゃないか」。

浜通り全体があきらめムードに覆われているかのよう。水産物卸売業者(浜通り)の男性社員も、ミデッテの一角で「国がやっていることだから、反対してもしょうがないという想いもある」と話した。

「『風評被害を生じさせないようにする』と国は言うけれど、こちらとしては正直なところ半信半疑。原発事故がそうであったように、実際に海に流してみないと分かりません。海に流した結果どう転ぶか分からないし、反対したところで『どうせ流すんでしょ』という想いもある。どうせいろいろと言ってもしょうがないのだから、だったらせめて最善を尽くしてくれ。そんな想いですね」

「実際に海洋放出してみて、それでどう転ぶかによって本音が聴けるんじゃないですか。風評被害が生じたら『話が違うじゃないか』となるだろうし……。結局、出たとこ勝負じゃないですか。前例がないのだから。海に流して良いとも駄目とも言いようがないですね。多くの皆さんが尋ねられても困るんじゃないですかね」

この男性は、漁師たちの正直な想いも代弁してみせた。

「漁師は漁師で高齢化と後継者問題に直面しています。身体が動く限り海に出て、自分の代でおしまいという漁師は少なくないですよね。どうせ自分の代で終わるのであれば汚染水問題なんか別に良いや、自分が漁をやっている間だけ補償金をもらえさえすれば良いや、という人もいると思いますよ。海洋放出に反対を言い続けたとして、果たしていつまで補償を受けられるか分からないですしね」

実際、請戸のある漁師は「漁業補償を(全体で)何十億ともらっちゃっているからなあ……」と苦笑した。あきらめムードを後押ししているのが金ということか。これでは政治家に「最後は金目でしょ」などと言い放たれても仕方なくなってしまう。

あきらめてしまい黙して語らぬ漁師たちを鼓舞し続けている人がいる。浪江町の「希望の牧場・ふくしま」で200頭を超える〝被曝牛〟を飼育している吉沢正巳さんだ。「俺が1人矢面に立ってドン・キホーテになるんだ」と請戸漁港に街宣車を走らせている。(つづく)

今月2日、請戸漁港で行われた出初式。「国が決めたことに俺たちがナンボ言ったって通るわけねえべ」とあきらめ顔で話す漁師も

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、50歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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