◆戦争犯罪者は日本で歓迎されていた

1991年の湾岸戦争や2000年代の中東におけるアメリカの蛮行(侵略戦争)は、イスラム世界に距離をもつヨーロッパ、日本において、いわば「対岸の火事」であった。自衛隊の海外派兵という国内政治での反対デモはあっても、ムスリムのために支援を申し出る人たちは稀だった。

いま、その舞台が近代の淵源であるヨーロッパであるがゆえに、われわれはプーチンの蛮行に激しい憤りを実感している。ヨーロッパを20世紀の戦争時代にもどしたプーチンへの驚き、戦争犯罪への怒りは、テレビで伝わってくるシーンの数々をみるにつけて、終わることがない。

いっぽう、戦況はNATOから供与されたジャベリン(対戦車ミサイル)、スティンガー(地対空ミサイル)によって、ウクライナ軍の優勢が伝えられている。アメリカの衛星カメラによる情報提供も、ウクライナ軍の善戦の根拠とされる。

「戦争に行くとは知らされていなかった」ロシア兵の士気の低さも指摘されるが、ソ連のアフガン侵攻時に威力を発揮したシルクワーム(対空砲)と同じように、アメリカ供与の最先端兵器が威力を発揮しているようだ。

ロシア軍の作戦の稚拙さも指摘されている。戦略目標だった東ウクライナだけでなく、ベラルーシ経由で北部から首都キエフ、南部からマリウポリを包囲してオデッサ迄の黒海沿岸に展開する3方面作戦は、当初ウクライナ軍を分散させるものと思われていた。しかし、ロシア軍は各戦線で釘づけにされ兵員不足・燃料食糧不足、弾薬不足に陥っているという。湿地を避けて道路上に一直線に渋滞した戦車は、上記の対戦車ミサイルの標的となった。やむなく遠距離からの無差別砲撃に頼らざるを得なくなっているのだ。

◆プーチンと蜜月した人々

さて、戦争犯罪の極悪人プーチンの横暴を許してきたロシア連邦の政治の深刻さと当時に、独裁者を賛美し抱擁してきた日本人たちがいることを、われわれは確認しておかなければならない。

今回の戦争犯罪の共犯者にひとしいその面々は、安倍晋三元総理、森喜朗元総理、鈴木宗男参院議員、山下泰裕JOC会長である。

森喜朗は2000年の総理就任後、初めての外遊先にロシアを選んでプーチンとの首脳会談を行なった。2004年にはクレムリンで「(プーチン氏は)わたしが非常に尊敬している人物であり、わたしの最も重要な友人である」と述べている。

プーチンは会談に遅刻してくることで有名だ。2000年沖縄サミットでも会議に遅刻し、怒ったシラク大統領をなだめたのが森喜朗だった。そうした気遣いが実を結び、森喜朗とプーチンは首脳会談を重ね、2001年3月には平和条約締結後の歯舞・色丹2島の日本への引き渡しを明記した「日ソ共同宣言」(1956年)の法的有効性を確認する「イルクーツク声明」に署名している。

であるがゆえに、国会で野党から「プーチンを説得するために、森喜朗元総理を派遣したらどうか?」という提案(白真勲=立憲民主党議員)がなされたのである。

その質問に対する岸総理の答弁は「特使をはじめとする具体的な対応は今は予定はない」「外交において人と人とのつながり、人間関係は大事な要素。しかし、国際法をはじめとする基本的なルール、理念を大事にしながら外交を進めていく、これが基本。外交の難しさを感じるところだ」と述べるにとどまった。話は聞くが何もしない、何もできない総理の真骨頂といえよう。

プーチン説得役を期待されているのは、ひとり森喜朗のみではない。

「ウラジーミル、君と僕は同じ未来を見ている」「ゴールまで、ウラジーミル、2人の力で、駆けて、駆けて、駆け抜けようではありませんか」(2019年9月の日ロ会談)と、プーチンに呼びかけていた安部晋三元総理である。まるで少年が憧れの親友に書いたラブレターのようで、いまだに失笑を禁じ得ない。

プーチン来日時には、山下泰裕現JOC会長、森喜朗らとともに講道館で柔道の練習を観戦していたものだ。

その山下泰裕JOC会長は取材に応じて「(プーチン大統領とは)皆さんが思っておられるほど親しいわけではない。ロシアでは、私とプーチン大統領が親しいと錯覚している人が多いですけど」

「以前は(親交もあったが、プーチン大統領は)柔道が好きでしたね」とは言うものの、2019年にプーチンから「ロシア名誉勲章」を授けられている。2014年にはロシア政府の「友好勲章」も受けている。

山下は「(IOCが)ロシアとベラルーシの選手、役員を国際大会から除外するよう勧告したことについて、全面的に賛同している。(自身の考えと)全く同じ」と支持する考えを示しているが、モスクワ五輪のときの不参加を不当とする立場とは、それではどう違うのか。選手の参加の自由が蹂躙されたという意味では、かつての自分の立場と同じではないのか。

そのいっぽうで、プーチンからもらった勲章を返上しないというのは、言行不一致と指弾されても仕方がないのではないか。ナチスに賛同・協力したリンドバーグと同じではないか。

◆法的に固定化された北方領土のロシア領有

安倍晋三は総理在任中にロシアを11回訪問し、プーチンと27回も会談してきた。いまだ記憶に新しい長門会談においては、プーチンお得意の「遅刻」で2時間40分も待たされ、その不協和音を打ち消すために墓参で時間をつぶすというパフォーマンスでお茶をにごしたものだ。その挙句に、北方領土交渉には何の成果もないのに、日ロ共同経済活動名目で3000億円もの拠出を約束させられたのである。

2020年12月にプーチンは領土割譲を呼び掛けるなどの行為を処罰する刑法改正案に署名した。罰則は最高10年の懲役である。

つまり安倍の領土交渉は、まったくの水泡に帰し、プーチンをして刑事立法化させるという結末を迎えたのである。このさき、北方領土を日本が取り戻すには、刑事罰を覚悟で領土交渉する政権が成立するしか方法がなくなった。

結果的には、安倍とプーチンの27回の会談こそが、この取り返しのつかない立法を担保するものとなったのだ。それゆえに、説得したくても出来ないというのが安倍の実感であり、ウクライナ侵攻の理解者にされかねないというのが本音であろう。

外交防衛委員会で羽田次郎議員(立民党)の質問が行なわれたことをうけて、安倍晋三元総理はこう発言している。「説得できたら私も説得したいが、まずはG7首脳が結束を固め、その上でプーチン氏に対する説得あるいは外交的な要求、要請、交渉を行うことになると思う」(2月27日の民放番組)。とだけ語っている。ようするに、安倍の対ロ外交はまったく無駄だったばかりか、何らの可能性も残さずに、日ロ関係の将来を閉ざしたのである。

◆現代のチェンバレンたち

安倍晋三元総理がプーチンを説得できない、と言うのはいいだろう。世界が注目する中で恥をかきたくないのも理解できる。

だが、プーチンに迎合することで独裁者を増長させてきた責任は大きい。いまも独裁者プーチンの戦争犯罪で、無辜の市民が犠牲にさらされているのだ。その淵源のひとつに、安倍晋三のプーチン迎合・親交があったのだと、あえて指摘しておかなければならない。

かつて、チェンバレン英首相はヒトラーに迎合し協調することで、ヨーロッパ戦争を回避しようとした。イギリスが一貫して対決姿勢を保っていれば、ナチスドイツは開戦の機会を得ないまま、兵器の陳腐化によって第二次世界大戦は起きなかった可能性がある(ヒトラーのポーランド侵攻時の軍事的判断)。

いま、日本は日ロ経済協力プランを推し進めようとしている。世界がプーチンのロシアに経済制裁をもって、ウクライナ侵攻を押しとどめようとしているときに、日本はプーチンの戦費補填になりかねない経済協力(21億円)を行なっているのだ。参院予算委員会(3月14日)での、立民党福山哲郎および森ゆうこ議員の質問に対する、岸政権の答弁を引いておこう。

福山哲郎 「安倍政権時代にやった日露の8項目の協力プラン、来年度の予算案に入っている金額の総額を言ってください」

鈴木俊一財務相 「令和4年度予算案における8項目の協力プランにかかる予算規模、これは各省にまたがっておりますが、合計しますと、約40、いや、約21億円と承知しております」

福山哲郎 「これに対しては、協力、やめられるんですよね?」

萩生田光一経産相 「すでにロシアに進出している(日本)企業の皆さんもいらっしゃいます。撤退も考えなきゃならない事態もあるかもしれません。そういう意味では、この予算はですね、計上させていただいて、そういった対応に使わせていただく予定でございます」

森ゆうこ 「(ロシアのクリミア侵攻で)本来であれば国際社会と一致して制裁強化すべきところを(安倍政権は)お金を提供して来た。間違った政策だったと思います。先ほどの(福山議員の)質疑で、8項目の対ロシア協力、21億円ということですが、私はこの(ロシアへの協力金という)お金を含んだ来年度予算には賛成できません。減額修正すべきと思いませんか?」

岸田文雄 「委員ご指摘の21億円の予算ですが、昨年末、予算編成をした、その後、今回のような大変非難されるべき大変な事態が生じた、事態が変化したわけでありますが、今後この事態がどう変化するのか、これは予断を持って申し上げることはできません。よって今の状況で予算の修正ということは考えていないということであります」

ようするに、日本がロシアのウクライナ侵攻を支えているのだ。チェンバレンのヒトラー融和策は、その弱腰が第二次世界大戦を招いたとされているが、そのいっぽうで対ドイツ戦争の兵器(スピットファイアなど)を整備する時間を稼いだという評価も、最近では少なくない。

しかし、である。北方領土を法的に固定化され、にもかかわらず対ロ経済協力を日本の企業のためと言いながら続行する日本政府。プーチンの世界史的な犯罪を、いまも公然と後押ししていると指摘しておこう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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