◆観る側の退屈さ

過去に取り上げたムエタイ技がテーマのヒジ打ちに続く首相撲版となります。

この首相撲はキックボクシングやムエタイでの接近戦で、相手の首を掴み、ヒザ蹴り等に繋げる流れの中で、掴み技としての呼称となっています。

ムエタイ用語で首相撲をムエプラム(MuayPram)と言います。発音は“モエパン”に近く、「組み付く」という意味で、ムエプラムは一般的にレスリングの意味に取られてしまうこともあり、会話の趣旨で判断することになります。

そのムエタイの首相撲をテレビで観たことある人はなかなか退屈な攻防に映ったでしょう。クリンチに見える状態では多少のヒザ蹴り攻防があってもノックアウトには繋がり難く、これが5ラウンド終了まで続けば、観る側にとって早送りしたくなる状態です。

そんな視聴者を飽きさせない展開を造ったのが1990年代前半から始まった3回戦制と首相撲回避のK-1でしょう。

福田海斗がトゥカターペットに首相撲からのヒザ蹴りを浴びせる(2016年7月29日)

◆首相撲の極意

キックボクシング本来は、至近距離からのパンチと蹴りに加え、密着戦ではヒザ蹴りやヒジ打ちが加わる展開で、採点基準を除けば見た目には分かり易い競技です。

しかし、ムエタイでの首相撲は重要なテクニックであることは、この競技に関わる者は周知の事実でしょう。

一般人から退屈と見えるこのクリンチ状態の首相撲の攻防は、ただ抱き合っている訳でも休んでいる訳でもなく、首を掴んで下へ捻じ伏せ、ボディーや顔面にヒザ蹴りを入れる。またはそうさせない為の首の取り合いの地味な攻防が続き、首の取れないガップリ四つ相撲状態でも自分は楽に、相手には苦しい体勢へ体重を掛け合い、ヒザ蹴りの攻防や、隙あらばヒジ打ちを叩き込み、相手を転ばせば優位に立つ。または転ばされないように気を抜かない。簡単に言えばこんな展開が繰り広げられています。

パンチの打ち合いや蹴り合いは実力拮抗した同士では簡単には差が付かないもので、首相撲は立ち技競技の寝技的攻防からヒザ蹴り、ヒジ打ち、体勢を崩させ転ばし等の練習をしっかりやっている選手とやっていない選手とでは、劣勢な側は疲労しスタミナを失い、為す術が無くなってしまうような差が出ます。

また相手の首を掴みに行くより組み合って来る相手の腕を払い、相手に組ませない体勢、距離感を保つテクニックもあります。

[左]90年代の名選手、ナンポン・ノーンキーパフユットの首相撲の練習風景(1990年)/[右]グルーグチャイはヒザ蹴り得意で首相撲練習もみっちり長かった(1992年)

鈴木翔也vs健太の組み合った攻防(2021年9月19日)

◆対応策

ある国内チャンピオン経験者は「タイ選手との首相撲は敵わないので、組み合っても動きが止まればブレイクが掛かるので、レフェリーをチラッと見てブレイクを待ったりしましたね。組まれて対抗するとスタミナ消耗するので、何とか離れてパンチで勝負するしかなくなります」という首相撲逃れの手の内でしょう。

またあるムエタイ修行経験者はトレーナーから「首を掴まれたら頭突きを入れろ!」とか「頭突きを入れてから、相手の身体を押してヒジ打ち!」といった戦略を指導されたりもしたようです。

頭突きそのものは反則ながら、相手に引き込まれることの偶然を装って頭突きを入れる。そこは見極めが難しかったり、攻防の流れの中としてレフェリーが黙認する場合もあるという。グローブの内側にワセリン縫っておいて首相撲に来たら相手の目にグローブ内側押し付けてゴシゴシ嫌がらせする話も聞いたことありますが、あくまでもセコいテクニックの例です。

タイでは「首相撲練習は最低30分はやる」というジムは多いでしょう。実際、試合が近い選手には練習相手数人が入れ代わり立ち代わり組み付いて休ませない展開が見られます。現在、ラジャダムナン系バンタム級ランカーのヨーティン・F・Aグループは首相撲が強いと評判で、ガッチリ掴まえられたら外しようが無く、そのまま終了までキツイ状態が続くと言われます。

ムエタイをよく衛星中継観戦する関係者の意見では、「日本人同士では組み方にあまりレパートリーがなく同じ形一辺倒になりがちです。タイでは首相撲の組み方はとても多彩で、接近戦においても距離が変わり、そこにヒザ蹴りも多様な角度で入ってくるので、日本が追いつけないほど高度ではあることは確かです」と言い、その肥えた目線では、日本人選手の中で首相撲が上手いのは、タイでの活躍多い福田海斗で、首相撲を含めた接近戦からのヒジ打ちヒザ蹴りは見応えがあり、タイのギャンブラーからも評価が高いと言われます。

目をグローブで押さえヒジ打ちといった、えげつない展開もあり(2021年9月19日)

◆理解されない壁

日本では新世代のジュニアキック世代が急成長し、福田海斗をはじめ、吉成名高、奥脇竜哉がムエタイ殿堂王座を制覇するほど強く上手くなった時代ですが、結局は「こんな地味で退屈な首相撲」という観方が払拭されない限り、首相撲の攻防だけで盛り上がることなく、今後も日本での爆発的にムエタイ人気が上がることは考え難いところ、「パンチを打たず蹴らず、くっ付き合っている首相撲とは何が繰り広げられているのか」が少しでも理解されれば幸いなところです。

現在、タイでもイベント系ムエタイが流行りだし、3回戦制で首相撲になってもブレイクも早いようで、首相撲テクニックが重要視されるのは、やはり通常のスタジアムでの5回戦ムエタイで、いずれは原点回帰していくことでしょう。

経験豊富な選手から見れば突っ込みどころ満載の記事ではありますが、首相撲の展開について解説させて頂きました。

一航の首相撲を振り解こうとする馬渡亮太(2021年8月22日)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」