わかりやすい!科学の最前線〈08〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いた、クマ(クマ科)の生存圏の解析 安江 博

クマ(熊)は、哺乳綱食肉目クマ科(Ursidae)の構成種の総称ですが、我々が対象としているクマは、その下位に位置する、クマ属のクマです。クマ属に登録されているクマは、以下の7種です。

 
[図5.1]ヒグマとツキノワグマの全国分布

Ursus americanus アメリカグマ
Ursus arctos ヒグマ
Ursus maritimus ホッキョクグマ
Ursus thibetanus ツキノワグマ
Ursus spelaeus ホラアナグマ Cave bear(絶滅)
Ursus minimus 和名無し(絶滅)
Ursus etruscus エトルリアグマ (絶滅)

このうち、3種は既に、絶滅しています。日本でのクマ被害と関連するクマは、ヒグマとツキノワグマです。ヒグマは成獣のオスで体長2.0-2.8m、体重は250-500kg程度、メスは一回り小さく体長1.8-2.2mで体重は100-300kg程度とされています。一方、ツキノワグマは体長1.2-1.8メートル、体重はオスで50-120kg、メスで40-70kgとされています。

日本に於ける、ヒグマとツキノワグマの分布は、[図5.1](サイト1)のようになっています。この図には1973年と2003年の調査結果が記載されています。ヒグマの生息域は北海道に限られますが、ツキノワグマは本州及び四国に生息しています。クマ全体でみると、1973年より2003年での確認生息数が増えています。比較するとツキノワグマの方が、1973年より2003年で生息域も拡大していることが判ります。

前回で述べましたが、広島大学の西堀先生から、「広島県に出没しているクマについて解析できないか」との話がありました。最近、広島市内でもクマの目撃情報があるとのことでした。[図5.1]の2003年でのクマの生息域から判断すると、広島市には生息していないとされることから、近年の生息域拡大が確実になっていると考えられます。

地域単位でクマの生息数を予測する為に、クマDNAの検出の程度を数値化する必要があります。そして、得られた数値が現状を映したものであるかを確認する必要があります。

◆ツキノワグマ・ヒグマを検出するプイラマ-の作製

ツキノワグマ・ヒグマのDNA配列を特異的に検出することのできるプライマーを作製する時に注意することは今までと同じです。具体的には、ツキノワグマ・ヒグマのDNAは検出するが、クマとの近縁種である、イヌ科の動物或いはイタチ科の動物のDNAは検出しないプライマーを作製することです。 

作成方法の詳細は省きますが、こうした条件で作製したプライマーが、実際のPCRでクマのDNAを検出した例を[図5.2]に示しました。[図5.2]に示したものは、大気環境中にクマ由来の生物デブリが存在することを示しています。次に、それがどの程度存在するのかを数値として表す必要があります。そのために、先ずサンプル中のDNA分子数を測定することにしました。

[図5.2]実際のPCRでクマのDNAを検出した例

まず、クマのDNA分子数を3分子、30分子、300分子、そして3,000分子含むサンプルを用意します。それらのサンプルでクマのDNAの検出を試みました。[図5.3]にその結果を示しましたが、検出されたシグナルは、分子数と直線的関係にあり、その相関を示すR値は0.9997となりました。これは極めて高い相関性を示しています(Rが1であれば、完全な比例関係有りです)。

このデータを利用すれば、リアルタイムPCRの結果で、Y軸のCt値を得ることで、そのサンプルに存在するクマのDNAの分子数を計算することができます。つまり、特定の大気環境中でのクマ由来のデブリの量を計算することができるのです。
 

[図5.3]クマ検出プライマーを用いた定量的PCR解析
 
[図5.4]安佐動物公園(広島市)でのクマ舎からの距離と大気中のクマ由来DNAの分子数

次の段階として、クマがいるところで、クマDNAが見つかるか、そして、もしクマのDNAが見つかった場合は、クマのいる場所から離れるに従って、検出されるクマのDNA量が減るのかを実際の場所で調べてみる必要があります。

そこで、広島大学の西堀先生と広島市にある安佐動物公園の協力を得て、検証してみました。[図5.4]にその結果を示しましたが、予想通りクマ舎で、大気中のクマDNA分子は最も多く検出され、距離が離れるに従って、検出された分子数は減りました。

もう1サンプル、つくば遺伝子研究所の所在地で捕集した大気中でのクマDNA分子数の測定を行いました。結果、検出数はゼロでした[図5.5]。つくば遺伝子研究所の所在場所である土浦では、クマの出没情報の報告は皆無ですから、検出数ゼロは実際のことを反映していると思われます。

 
[図5.5]大気中のクマ由来DNAの分子数

意外だったのが、東広島市にある広島大学の建物の屋上で採取した生物デブリにクマのDNAが検出されたことです。図5.5に示した場所以外でも大気中のクマDNA分子数を測定し、クマDNAマップとして纏めたものを[図5.6]に示しました。この[図5.6]は広島大学の西堀先生のところでまとめられたもので、すでに公表されています。東広島市の広島大学で集めた生物デブリでもクマが検出されていることに不思議と思われる方もあるかと思いますが、最近大学から10km以内で熊の出没情報がありました。今後の課題は、どの程度離れた距離に出没するクマを検出できるのかの検証を考えています。

この結果を敷衍すれば、その地域に生息する特定生物の数までも、大気中の特定生物のデブリ由来DNAを数値化することにより予測することができると考えられます。このことは、夜行性動物、害虫の生息(さらには数)の推定に役立つものと思われます。

前回で、ある食堂でラット由来のDNAが検出されましたが、その時の検査は定性的なもので、食堂内にいるのか、野外にいてそのデブリが外気とともに侵入したのかは定かではありませんでした。これを検証するには、外気でのラットDNA分子数と食堂内の分子数を測定すること、その結果外気に比べて食堂内の分子数が有意に高ければ、食堂内に生息している可能性が示唆されます。次回以降で、大気中の特定生物のデブリ由来DNAを数値化する技術を用いて、病原微生物・害虫を検出することについて紹介したいと思います。

[図5.6]大気中のクマDNA分子数を測定して纏めたクマDNAマップ

サイト1  https://www.env.go.jp/houdou/gazou/5533/6252/2141.pdf

◎安江 博 わかりやすい!科学の最前線
〈01〉生き物の根幹にある核酸
〈02〉ヒトのゲノム解析分析の進歩
〈03〉DNAがもたらす光と影[1]
〈04〉DNAがもたらす光と影[2]
〈05〉生物種の生存圏
〈06〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いたアルゼンチンアリの生存圏の解析 静岡市にはまだアルゼンチンアリが生息していた!
〈07〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いた、ドブネズミ(ラット属)の生存圏の解析 この環境にドブネズミはいるのか、いないのか?
〈08〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いた、クマ(クマ科)の生存圏の解析

▼安江 博(やすえ・ひろし)
1949年、大阪生まれ。大阪大学理学研究科博士課程修了(理学博士)。農林水産省・厚生労働省に技官として勤務、愛知県がんセンター主任研究員、農業生物資源研究所、成育医療センターへ出向。フランス(パリINRA)米国(ミネソタ州立大)駐在。筑波大学(農林学系)助教授、同大学(医療系一消化器外科)非常勤講師等を経て、現在(株)つくば遺伝子研究所所長。著書に『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』(鹿砦社)等

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NKB連続出場の片島聡志、連続TKOの完勝! 堀田春樹

片島聡志が海老原竜二を多彩に攻めて圧倒、フリーから参加の存在感を示す。
小清水涼太も連続出場で、棚橋賢二郎の強打を封じて判定勝利。
チャンピオンの真価問われる剱田昌弘は、積極性見せるも決め手に欠ける引分け。
喜多村美紀はミネルヴァ王座挑戦に繋げ、僅差ながら手数上回った判定勝利。
笹谷淳が引退、テンカウントゴングに送られる。

◎野獣シリーズvol.2 / 4月15日(土)後楽園ホール17:30~21:00
主催:日本キックボクシング連盟 / 認定:NKB実行委員会

◆第12試合 55.0kg契約 5回戦

NKBバンタム級1位.海老原竜二(神武館/1991.3.6埼玉県出身/ 54.6kg)
26戦14勝(6KO)12敗
      VS
片島聡志(元・WPMF世界スーパーフライ級C/KickLife/1990.10.19大分県出身/ 54.85kg)
53戦28勝(2KO)20敗5分
勝者:片島聡志 / TKO 4R 2:11
主審:前田仁

開始から両者のパンチ、ローキック、前蹴りで探り合いの中、海老原竜二はパンチ中心に出るも片島聡志にやや圧され気味。片島はオールラウンドプレーヤーでパンチ、ヒジ打ちでもタイミングがいいヒット。第3ラウンドには片島の右ヒジ打ちで海老原は右目尻辺りをカット。更に片島がパンチ連打で追ってヒザ蹴りでスタンディングダウンを奪った。

第4ラウンドには劣勢の海老原を追って、組んでヒザ蹴りボディー攻めでスタンディングダウンを奪い、更に攻勢を続けてローキックで初めてマットに転ばすノックダウン奪うと海老原は呼吸整えて立ち上がるも、これまでのダメージを見たレフェリーがカウント中にストップをかけて試合終了となった。

試合後、海老原の強さしぶとさについて片島聡志は、
「噂には聞いていましたけど、気持ちが強いですね。」
さらに「ヒジ打ち期待していると周囲に言われたので調子に乗ってやっちゃいました。」と語った。技の多彩さ、戦略的に優ったことは、いろいろなテクニシャンと戦ってWPMF世界戦までの経験値があった結果だろう。

徐々にペースを掴み、攻勢を続けた片島聡志の右ストレート
片島聡志が終盤のヒザ蹴り猛攻で海老原竜二はグロッギー状態

◆第11試合 ライト級3回戦

NKBライト級1位.棚橋賢二郎(拳心館/1987.11.2新潟県出身/ 60.95kg)
20戦10勝(7KO)9敗1分
VS
小清水涼太(KINGLEO/1999.3.30富山県出身/ 61.0kg)
5戦4勝(2KO)1敗
勝者:小清水涼太 / 判定0-3
主審:亀川明史
副審:加賀見27-29. 鈴木28-29. 前田27-29

小清水涼太は前回2月出場で蘭賀大介を右フック気味のパンチ一撃でインパクトあるTKO勝利しての連続出場。

ローキック中心に牽制し合う両者。小清水涼太の長身を利した前蹴りとヒザ蹴り、パンチがやや目立つ展開。棚橋賢二郎は強打を温存している感じ。小清水は飛びヒザ蹴りも見せる。主導権奪った小清水の左ストレートがヒットすると棚橋は腰が落ちかけスタンディングダウンを取られる。ここから棚橋もパンチ勝負に出るも小清水は蹴りで凌ぎ、パンチも打ち返して見せる。

第3ラウンド、棚橋がパンチで出るも縺れて倒れる際、偶然のバッティングから小清水がマットに後頭部を打ったか脳震盪を起こす。インターバルを与えて再開するもダメージが響いて棚橋の攻勢に転じてしまうが、何とか打ち返し凌いで逃げ切り、小清水が判定勝利。

長身を利した展開で棚橋賢二郎にハイキックで攻める小清水涼太
終盤、偶然のバッティングで苦戦したが、内容的には完勝の小清水涼太

◆第10試合 73.5kg契約 5回戦

NKBミドル級チャンピオン.釼田昌弘(テツ/1989.10.31鹿児島県出身/ 73.3kg)
21戦6勝(1KO)11敗4分
VS
土屋忍(kunisnipe旭/1986.12.11千葉県出身/ 72.35kg)
17戦9勝6敗2分
引分け 1-0
主審:高谷秀幸
副審:前田30-28. 鈴木29-29. 加賀見29-29

初回は離れた距離からパンチとローキック中心の攻防。第2ラウンドには釼田昌弘は積極的にパンチや蹴りから組み付いてヒザ蹴りに出て転ばす展開も見せる。土屋もローキックやミドルキックで優勢に立つチャンスはあっただろうが、剱田昌弘のしつこい接近戦にリズムを狂わされる。しかし剱田昌弘は土屋を弱らせるに至らない決め手の無い展開で終了。

インパクトある展開を見せたい剱田昌弘は攻め切れずドロー

◆第9試合 60.0kg契約3回戦

半澤信也(Team arco iris/1981.4.28長野県出身/ 60.0kg)
26戦9勝(4KO)14敗3分
VS
蘭賀大介(ケーアクティブ/1995.2.9岩手県出身/ 59.9kg)
6戦4勝(3KO)1敗1分
勝者:蘭賀大介 / 判定0-3
主審:加賀見淳
副審:高谷26-30. 前田26-30. 亀川26-30

初回はパンチと蹴りの互角の流れの中、第2ラウンドに蘭賀大介が左ストレートでノックダウンを奪い、第3ラウンドには蘭賀が右ストレートから連打で半澤信也の上半身をロープの外に押し出すとノックダウンとなってポイント的には蘭賀が大差判定勝利となった。

パンチと蹴りのコンビネーションで優った蘭賀大介

◆第8試合 女子ライトフライ級3回戦(2分制/ミネルヴァ推薦試合)

ミネルヴァ・ライトフライ級1位.喜多村美紀(テツ/1986.6.27広島県出身/ 48.3kg)
27戦12勝11敗4分
VS
同級5位.Yuka☆(SHINE沖縄/1984.7.3沖縄県出身/ 48.65kg)8戦4勝4敗
勝者:喜多村美紀 / 判定2-1
主審:鈴木義和          
副審:高谷30-29. 前田30-28. 加賀見29-30

初回、パンチとローキック中心に積極的な打ち合いに出る両者。
第2ラウンドには喜多村美紀のパンチヒットも、パワーの無さで差が出難い展開が続き、判定は2-1に分かれるも喜多村美紀の前進したヒットがやや優勢点を奪った。

僅差ながら的確なパンチと蹴りが勝利を導いた喜多村美紀

◆第7試合 女子バンタム級3回戦(2分制)

Mickey(ピリカTP/1992.12.11福岡県出身/ 53.3kg)5戦5勝(2KO)
VS
MEGUMI KICK SPARK(KICK SPARK/1979.12.4大阪府出身/ 53.25kg)3戦3敗
勝者:Mickey / TKO 1R 1:53
主審:前田仁

離れた距離でパンチと蹴りの様子見の攻防から、Mickeyがコーナーに詰めてパンチ連打からヒザ蹴り。組み合ってヒザ蹴りからやや離れたところでの右ストレートヒットでMEGUMIが倒れるとダメージ深いと見た様子でノーカウントのレフェリーストップとなった。

5戦全勝となったMickey、女子として倒す力も付いてきた今後のKOに期待

◆NKBウェルター級1位、笹谷淳引退セレモニー

笹谷淳は1975年3月17日、東京都出身。2002年11月デビュー。2010年10月、J-NETWORKウェルター級王座に就いた。

今年2月18日にはNKBウェルター級王座決定戦で、カズ・ジャンジラに判定負けがラストファイトとなった。

連盟渡邉信久代表やジム・後援関係などからの記念品授与の後、マイクを持っての挨拶では6分間に渡るスピーチをメモなど用意せず、一度もとちることなく20年間の自身の想いを語り続けた立派な挨拶だった。この後、テンカウントゴングに送られリングを去った。62戦29勝(10KO)31敗2分。

引退テンカウントゴングを聴いた笹谷淳、スピーチも貫禄があった

◆第6試合 バンタム級3回戦

兵庫志門(テツ/1996.4.4兵庫県出身/ 53.2kg)11戦4勝(1KO)5敗2分
VS
中島隆徳(GET OVER/2005.4.8愛知県出身/ 52.75kg)6戦2勝(1KO)3敗1分
引分け 0-0
主審:加賀見淳
副審:鈴木30-30. 高谷30-30. 前田30-30

◆第5試合 ミドル級3回戦

夏空(NK/1999.7.24大阪府出身/ 72.4kg)3戦3勝(1KO)
VS
TOMO・JANJIRA(JANJIRA/1992.1.12京都府出身/ 72.25kg)1戦1敗
勝者:夏空 / TKO 2R 0:40 / カウント中のレフェリーストップ
主審:高谷秀幸

◆第4試合 55.0kg契約3回戦

野村リトル知生(TEAM Aimhigh/1999.1.4愛知県出身/ 54.6kg)3戦2勝1敗
VS
田嶋真虎(Realiser STUDIO/2002.6.28埼玉県出身/ 54.85kg)2戦2敗
勝者:野村リトル知生 / 判定2-0
主審:鈴木義和        
副審:亀川29-29. 前田30-27. 高谷30-28

◆第3試合 ライト級3回戦

青山遼(神武館/1999.2.5埼玉県出身/ 61.05kg)3戦3敗
VS
津田宗弥(クロスポイント吉祥寺/1980.1.8神奈川県出身/ 60.75kg)1戦1勝(1KO)
勝者:津田宗弥 / KO 2R 1:15 / 3ノックダウン
主審:加賀見淳

◆第2試合 52.0kg契約3回戦

滑飛レオン(テツ/2006.12.23岡山県出身/ 52.0kg)4戦3勝(2KO)1敗
VS
荒谷壮太(アント/2006.2.3千葉県出身/ 51.85kg)1戦1敗
勝者:滑飛レオン / 判定3-0
主審:前田仁
副審:鈴木30-25. 高谷30-25. 加賀見30-25

◆第1試合 ウェルター級3回戦

吉瀧光(KINGLEO/1993.7.11富山県出身/ 66.25kg)6戦1勝(1KO)2敗3分
VS
健吾(BIG MOOSE/199310.10千葉県出身/ 66.3kg)1戦1勝
勝者:健吾 / 判定0-2
主審:亀川明史
副審:鈴木29-29. 高谷28-30. 加賀見28-30

《取材戦記》

マッチメイク一つ一つにドラマ造りが見えるNKBシリーズ戦。連続出場で2連続ノックアウト(TKO)勝利した片島聡志の新たなマッチメイクに繋がりそうである。

剱田昌弘はチャンピオンとしての自覚が芽生えたか、縺れ合ったり転ばしに行ったりではあるがパンチや蹴りに圧力も優って来た感じがあった。負け越し戦績はやがて逆転に進むだろう、とは言い切れないが、勝率が上がることを期待したい。

次回、日本キックボクシング連盟興行「野獣シリーズ」は6月17日(土)に後楽園ホールで開催予定です。

片島聡志を囲んだ陣営勝利のポーズ

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
昭和のキックボクシングから業界に潜入。フリーランス・カメラマンとして『スポーツライフ』、『ナイタイ』、『実話ナックルズ』などにキックレポートを寄稿展開。タイではムエタイジム生活も経験し、その縁からタイ仏門にも一時出家。最近のモットーは「悔いの無い完全燃焼の終活」

月刊『紙の爆弾』2023年5月号

遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫〈07〉「押し紙」驚愕の実態 新聞社不正収入35年で30兆円以上

◆「押し紙」による不正収入は年間932億円規模

田所 実態として日本には5大紙を含め地方紙もたくさんありますが、ほとんどの新聞社が「押し紙」を続けているのですか。

黒薮 今ももちろん続いています。「押し紙」の収入は想像以上に巨額です。私がシュミレーションした数字があります。今問題になっている統一教会による被害額が、全国霊感商法対策弁護士連絡会によると35年間で1237億円です。一方で「押し紙」による収入がどれくらいかの規模になるのか想像できますか?。

 
黒薮哲哉さん

わたしは、2021年度日本新聞協会による統計を使って試算したことがあります。朝刊だけを対象にした試算です。それによると朝刊の総発行部数は、2590万部です。このうちの20%が「押し紙」だとします。20%は過少な数字なのですが、誇張を避けるために20%で計算しました。そうすると「押し紙」の部数は、全国で1日に518万部です。新聞一部の卸値はだいたい定価の半額です。朝刊の月間購読料は約3000円ほどですから、一部あたりの卸値を1500円で計算すると、月間で77億7千万円となります。これを12倍つまり1年で計算すると約932億円です。これが「押し紙」による不正な収入の額です。先ほどの統一教会による被害額は、35年で1237億円と説明しましたが、「押し紙」による不正収入は、たった1年で932億円です。これを35年ベースになおすと、32兆6200億円になります。これだけの不正なお金が「押し紙」から発生しているのです。

統一教会の事件は、大問題になっていますが、不正な収入の金額という点でいえば、新聞業界のほうがはるかに悪質なことをしているわけです。こうした事実は、ちゃんと暴露すべきなのです。

田所 統一教会は信者の数が新聞購読者ほどたくさんいるわけではないので、一人当たりの被害額が大きいからあたかも悪いと。実際悪いのですが、総額でみると新聞のほうが途方もない額を誤魔化している。

黒薮 「押し紙」を無くせば年間で932億円ほどの収入が、全国の新聞社からなくなってしまうわけです。この点に公権力が着目すれば、メディアコントロールが簡単にできます。新聞社に対して、あまり反政府的なことを書いていると「押し紙」問題にメスを入れますよ、とほのめかせばメディアコントロールが簡単に成立します。私は日本の新聞がおかしくなった最大の原因はここにあると考えています。

 
田所敏夫さん

◆「押し紙」とメディア・コントロール

田所 先ほど来ジャーナリズムの問題をいくつかの角度からお話してきましたが、そういったこととは全く別に、新聞の売り方が真っ当ではないから、新聞の報道内容まで真っ当ではなくなってきた、という事があり得ると。

黒薮 それが新聞がダメになった客観的な原因と構図だと思います。「新聞報道はおかしい」と感じている人はたくさんいて、新聞の再生のために何が必要かという議論を展開しますが、肝心なこの構図には着目してもらえません。

たとえば東京新聞の「望月衣塑子記者と歩む会」という集まりがあります。望月さんのような記者が次々に出てくればジャーナリズムが良くなる、という考え方でしょう。そのことを全て否定するわけではありませんが、記者個人ではなく、もっと客観的な新聞社経営の問題にジャーナリズムが堕落した原因を探るべきでしょう。ドブから蚊が発生すれば、まずドブを掃除する必要があるのと同じ原理です。「押し紙」による莫大な不正資金が新聞紙に流れ込んでいるようでは、徹底的な権力批判は不可能です。

田所 客観的かつ構造的な問題ですね。いくら内部で優秀な記者が頑張ったところで、詐欺的な商法で新聞社が儲けていれば「あなたは詐欺をしているでしょう」と検察から指弾された時、極端にいえば新聞は潰れてしまうという話ですね。

黒薮 これとまったく同じメディア・コントロールの手口が戦前・戦中にもありました。それは、政府による新聞用紙の配給制度です。新聞用紙をコントロールすることで新聞社に暗黙の力をかけて世論を誘導させました。同じ構造が今もあります。その道具として機能している政策が、「押し紙」の放置です。新聞社は「押し紙」で莫大な利益を得るので、この点に着目すれば効果的にメディアコントロールができるのです。

田所 テレビを見ると元新聞社の政治局長や通信社の論説委員が、極めて政府あるいは体制寄りのコメントをしていることが多く、ジャーナリズムの問題が新聞を弱めた原因ではないかと、考えがちですがもっと根深く構造的な、「新聞が詐欺的商法」から自ら根腐れを起こしてしまった。どの新聞も部数を減らし経営が厳しいし、販売店も一つの新聞だけではやっていけない。それでも「押し紙」問題に新聞社が気付くことはないのでしょうか。

黒薮 「押し紙」を無くしてしまうとその分の販売収入が減ってしまうので無理でしょう。「押し紙」収入を含めて年間の予算を組んでいますから。逆説的にいいえば、だからこそ「押し紙」問題がメディア・コントロールのネックになるわけです。

◆新聞社の利益構造の中に組み込まれている「押し紙」という麻薬

田所 例えは悪いですが過疎地で政府からの交付金や、原発立地で国から回ってくる特別交付金がないと行政が維持できないから、毎年の予算にそれを組み入れて行政を維持しているのと同じような、麻薬中毒患者のような新聞社の利益構造の中に「押し紙」が組み込まれている。でも麻薬患者は最後に麻薬への依存が強くなり体を壊します。今新聞は麻薬患者に例えるとどれくらいの状態でしょうか。

黒薮 もう意識がない(笑)感じじゃないですか。社名は出しませんが、何千万円もの借金を背負わされている店主は珍しくありません。

田所 販売店の店主さんがですか。それは「押し紙」を引き受けることにより新聞社に払うお金がないからですか。

黒薮 そうです。なぜ借金してしまうかといえば、新聞の卸代金を新聞社に納金できなければ、原則的に強制廃業させます。そこで店主さんは、どこかからお金をかき集めてとりあえず新聞社に支払います。その繰り返しで、莫大な額の借金を背負ってしまうのです。担当員のご機嫌を取るために、一部の新聞販売店は、キャバレーなどで接待しているようです。昔、官僚らの「ノーパンしゃぶしゃぶ」接待が問題になりましたが、新聞社の裏面はそのレベルなんですよ。

田所 こうした事情を新聞社は知っているのでしょうか。

黒薮 知らないはずがありません。ところが新聞社の言い分は「自分たちは、販売店から注文を受けた部数を提供しているだけで実売部数は把握していない」というものです。こうした嘘を平気で繰り返してきました。わたしは新聞社は一旦解体すべきだと思います。(つづく)

◎遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫
〈01〉「スラップ訴訟」としての横浜副流煙事件裁判
〈02〉横浜副流煙事件裁判のその後 
〈03〉禁煙ファシズムの危険性 ── 喫煙者が減少したことで肺がん罹患者は減ったのか? 
〈04〉問題すり替えに過ぎない“SDGs”の欺瞞
〈05〉「押し紙」は新聞にとって致命的
〈06〉日本のタブー「押し紙」問題の本質を探る
〈07〉「押し紙」驚愕の実態 新聞社不正収入35年で30兆円以上

▼黒薮哲哉(くろやぶ てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

4月25日発売!黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)

老人ホーム入居者による介護職員殺害 娘が「介護現場の安全を」と会社を提訴 さとうしゅういち

2021年11月、大阪市平野区の老人ホームにおいて一人で宿直勤務していた女性介護労働者(当時68)が、入居者の当時72歳の男性被疑者に金槌により惨殺される事件が発生しました。被疑者はその後、飛び降り自死したとみられます。後日、被疑者死亡で書類送検されています。

老人ホームで殺されたヘルパーの母 「介護現場の安全を」遺族が提訴

この女性介護労働者の娘さんら遺族がこのほど、老人ホームを経営する会社を訴えました。

筆者も現役介護福祉士として「介護現場で働く職員の安全確保に目が向くきっかけになれば」という娘さんと思いを心から共有します。

◆介護職員へのセクハラや暴力は〈不問同然〉の実態

いささか旧聞に属しますが、介護職員へのご利用者・ご家族からのハラスメントについては、連合系の労働組合の日本介護クラフトユニオンさんが、アンケートを実施し、2018年4月に公表しています。

https://www.nccu.gr.jp/torikumi/detail.php?SELECT_ID=201806250004

筆者は全労連系労働組合の幹部を拝命しておりますが、このように、介護労働者へのハラスメントについてまず実態把握をしようとされているクラフトユニオンさんには心から敬意を表します。

上記のアンケート結果によると、調査に回答した2411名中、74%の介護労働者が利用者やご家族からハラスメントを受けた、と回答されています。ハラスメントを受けた方の内4割がセクハラ、94%がパワハラを受けた経験があるというものです。

また、セクハラについて上司や同僚に相談したけれども状況が変わらなかったという方が48.5%もおられます。

パワハラについても、上司や同僚に相談しても状況が変わらなかったという方が43.5%もおられます。

相談しても変わらない。そんな深刻な状況が垣間見えます。皆様もご承知と思いますが、介護職員が入居者に暴力や暴言をすれば、もちろん、虐待になります。

しかし、逆に入居者から介護職員への暴力やセクハラは事実上、不問に付されてきたといってもいいのではないでしょうか?

◆暴力・ハラスメントの野放しは介護現場の荒廃へ

上記のアンケートでもセクハラで19%、パワハラで22。8%の方が誰にも相談しなかったと答えておられ、「誰に相談しても解決しないから」「認知症の周辺症状だから」と回答しておられます。

特に年配女性労働者の中には【そういうものだ】と我慢してしまう方が多いように筆者の経験上、感じます。しかし、我慢している場合ではありません。

現状のように、安全確保もしてもらえず、給料アップも不十分では、外国人も含む若い人も介護の仕事につこうとしなくなる。このままでは現場は崩壊してしまいます。

なお、すぐ利用者にキレてしまう人ならそういう場所で平気で仕事をできるかもしれません。だが、その場合はお年寄りや障がい者に対する虐待が続発するでしょう。いや、すでにそうなっているような施設も見受けられ、恐ろしいものがあります。

◆無策の延長線上に今回の惨劇

そもそも、暴力やセクハラ傾向があるお年寄りも、たとえ認知症があったとしても無差別ではなく現実には、弱そうな相手を狙っていると感じることも多々あります。例えば露骨に入浴では女性に介助してもらわないと嫌だという男性入居者もおられます。そうした時に「そういうものだ」ということで、何も対策を講じないのはいかがなものでしょうか? その延長線上に今回の事件があったのではないでしょうか?

今回の事件では、
・3日前に他の入居者に暴行・傷害。
・その10日前には別の職員に椅子を投げる

また、最近の72歳は、例えばゲームばかりやっていて引きこもっているような若者と比べても遜色ないくらい腕力がまだある方も多いのです。そういう人が認知症の周辺症状としても、暴走すればシャレにならない。他の入居者の命にかかわる場合もあります。

事業者=会社側は十分に危険を予見できたはずだと思います。

だとすれば、例えば夜勤をワンオペではなく複数体制にするなどの対応が必要だったのではないでしょうか?労働者の安全、そして他の入居者の安全。両方を守る義務が会社にはあり、それを怠っていたと言っても仕方がない状況があるのです。

◆配置基準の緩和どころか増員こそ必要

この原稿を書いている間にも広島県内三原市では、(主として、精神障がい者の方向けの施設とみられますが)グループホームで71歳の男性入所者が他の入居者を殺害するという事件が発生してしまいました。

はっきり申し上げます。現実問題として、他の利用者や職員の安全に対する脅威になるお年寄りや障害者がおられることを前提に体制を整備すべきではないでしょうか?

もちろん、絶対にお年寄りや障がい者に対して虐待になってはいけません。虐待を避けつつ、安全を守るにはどうすべきか?

基本的には、お年寄り・障がい者に丁寧に対応するしかない。こちらがイライラすると、利用者の暴走も加速するからです。

厚生労働省も以下のようなマニュアルを三菱総研に委託して作成しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_05120.html

ところが、マニュアルのように丁寧に対応するためには、今回の事件現場となった老人ホームのようないわゆるワンオペ夜勤では無理です。

筆者の地元・広島選出の岸田総理はDX(デジタルトランスフォーメーション)を口実に、介護職員の配置基準を減らそうとしています。しかし、そうなれば、丁寧な利用者への対応は難しくなります。あなたのやっていることは、まったくあるべき方向とあべこべです。

筆者が幹部を拝命している広島自治労連が結集する「全労連」では、以下の署名も呼びかけております。

こんな低賃金では働き続けられません! ケア労働者の大幅賃上げと職員配置基準の引き上げをしてください

https://chng.it/JmqqtWSQ5K

賃上げとともに

「2.職員配置基準を改善すること
1)「ワンオペ夜勤」の改善など、利用者の安心・安全の確保と労働法令が遵守できるだけの職員が正規職員で配置できるように、職員配置基準を抜本的に改善すること。」

を要求しています。ぜひともご協力をお願い申し上げます。

また、筆者自身も広島県議会内で介護現場出身の初の議員としてこの問題について全力で取り組んで参る覚悟です。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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◎広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)https://hiroseto.exblog.jp/

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「日本では、主要メディアと政府との距離が非常に近い」── ウルグアイのネットメディアに掲載された黒薮哲哉氏のインタビュー 鹿砦社国際取材班

情報には国境がなく、知ろうとする意思さえあれば、名も知れぬ国の天気や画像や中継動画までをも確認することができる時代にわれわれは生きている。一見このような情報流通形態は、過去に比べて情報や出来事、事実や真実に近づきやすいような恩恵をもたらしているかの如き錯覚に陥る。

しかし、日本国内のテレビ、新聞を中心とする既成の報道・ジャーナリズムの退廃ぶりが極限に近いことはご承知の通りだ。また目的意識的な情報探索に乗り出さなければ、情報の宝庫であるはずのインターネットも従来の家電製品と同様の果実しかもたらさない。つまり「鋭敏な情報収集」を心掛けなければ、インターネットも役には立たないのである。

御存知の通り「デジタル鹿砦社通信」は日々身近な出来事から、エンターテインメントまで多様なテーマをお届けしている。このほどそこに新たな視点を加えることとした。鹿砦社の視点から「世界」を見通す試みだ。

欧米中心情報発信から抜け出して、多元的な価値観に立脚し世界を眺めると、いったい何が浮かび上がってくるのか?われわれの認識は歪んではいまいか? そのような問いに対する試みを展開しようと思う。(鹿砦社国際取材班)

ウルグアイのネットメディアCDP(ジャーナリズムのデジタル連合=coalicion digital por el periodismo)に4月12日、黒薮哲哉氏のインタビューが掲載された(聞き手はビクトル・ロドリゲス氏)。以下、同記事の日本語全訳を紹介する。

「日本では、主要メディアと政府との距離が非常に近い」(黒薮)。

南米ウルグアイのジャーナリスト、ビクトル・ロドリゲス氏

日本のメディアの実態、そこで働くマスコミ関係者の仕事、そして権力とメディアのプラットホームの関係は、地球の反対側ではほとんど知られていない。

しかし、黒薮哲哉のような独立系ジャーナリストは、数十年にわたり、日本の主要メディアの権威と外見の背後にある事実を調査し、報告することに多くの時間を費やしてきました。

複数の情報源によると、日本のジャーナリズムは誠実さと厳格さの長い伝統を持つ一方で、メディアの多様性と多元的な視点を欠き、政府によるさまざまな報道規制、デジタルメディアの影響力拡大、フェイクニュースといった問題に直面している。

日本国内での通信プロセスはどうなっているのか、ラテンアメリカからの情報はどの程度取り上げているのか、「日出ずる国」のメディア関係者の課題は何か? 黒薮哲哉氏にお話を伺った。

── 黒薮さん、この度はお話をお聞かせいただきありがとうございます。日本はアジアで最も報道の自由がある国のひとつとされており、ジャーナリストは調査報道の自由を持っています。この認識は事実でしょうか。また、21世紀の日本で、ジャーナリスト、伝統的なメディア、デジタルメディアの表現の自由の実態はどのようなものでしょうか。

黒薮哲哉氏

黒薮 日本は、憲法で表現の自由が完全に保障されている国です。しかし、矛盾したことに、私たち日本人がこの貴重な権利を享受するのが非常に難しい実態があります。この矛盾を説明するために、まず最初に、海外ではあまり知られていない、日本のマスコミに特有の問題について説明しましょう。

日本ではマスコミと政府の関係が、非常に近くなっています。たとえば、安倍晋三元首相と、650万部の発行部数を誇る読売新聞の渡邉恒夫主筆は、しばしばレストランで飲食しながら、政治や政策についての意見交換をしていました。

他の新聞社やテレビ局の幹部も同じことをやっていました。政府の方針について情報収集するというのが、彼らの口実でした。

両者の密接な関係の中で、政府はマスコミを経済面で支援する政策を実施してきました。例えば、一般商品の消費税は10%ですが、新聞の消費税は8%に軽減されています。

また、政府は公共広告に多額の予算を費やしています。例えば、2020年度の政府広報予算は約1億4千万米ドル(注:185億円)でした。これらの資金は、広告代理店やマスコミに支払われています。

しかし、最大の問題は、いわく付きの新聞の流通システムを政府が保護していることです。新聞販売店には、一定部数の新聞を購入する義務を課せられています。

例えば、新聞の読者が3,000人いる販売店では、3,000部で間に合います。しかし、4,000部の買い取り義務を課します。これは、独占禁止法違反にあたりますが、何の対策も講じられず、50年以上も放置されたままです。

私は1997年からこの問題を調査してきました。雑誌やインターネットメディアで、日本の新聞の少なくとも2~3割は一軒も配達されていないとする内容のレポートを繰り返し発表してきました。

私の計算によると、新聞業界はこのようにして少なくとも年間7億600万ドル(932億円)の腐った金を懐に入れています。新聞社は、販売店に損害を与えるだけではなく、広告主をも欺いています。

また、テレビ局の多くは新聞社グループに属しているため、日本のテレビ局もこの問題は報じません。政府も各省庁もこの問題については厳しく指導してきませんでした。

このように日本のマスコミは、国家権力によって保護されているのです。すでに述べたように、日本は法的には完全な表現の自由を持つ国です。だれもジャーナリズム活動を暴力で弾圧することはしません。

しかし、新聞やテレビの記者は、公権力機関が守ってくれる莫大な経済的利益を失いたくないため、彼らを強く批判するようなニュースは扱いません。

公権力にとって不都合なニュースを暴露しようとする新聞やテレビの記者は、記者としての地位を失い、営業部や広告部に異動させられるリスクを背負います。

公権力に批判的なフリージャーナリスト、評論家、大学教授らは、新聞に自分の作品を掲載する機会がほとんどありません。

週刊誌や月刊誌はかなり質の高いジャーナリズムを展開していますが、発行部数が少ないので影響力がありません。われわれは公式には表現の自由を保障されていますが、この腐敗した狡猾な仕組みのために、それを享受することができないのです。

── 報道における表現や視点を多様化する必要性を感じますか?それはなぜですか?

黒薮 日本では、表現や視点の多様性を広げることが非常に重要です。新聞社は政府によって実質的に保護されているため、新聞報道は非常に偏ったものとなっています。

例えば、自民党政権と統一教会は、過去50年間、非常に密接な関係にありました。統一教会は、信者から多額の献金を集め、韓国の本部に送金していました。

しかし、2022年7月に安倍晋三元首相が狂信的なこの宗教団体を憎むテロリストに暗殺されるまで、主要メディアはこの問題を報道していませんでした。

この問題を調査し、雑誌や自身のウェブサイトで報道していたジャーナリストは、鈴木エイト氏だけでした。彼は、安倍首相が暗殺されるまで、主要メディアで自分の意見を表明する機会がありませんでした。

このように、日本ではジャーナリズムが非常に制限されています。幸い、インターネット時代になって、さまざまな視点を提供する独立したメディアが増え始めています。

── 報道の仕事という観点から、アナログからデジタルへの移行をどう見ますか。この新しいコミュニケーション方法がメディアの健全性を奪うと思いますか、それとも利すると思いますか。

黒薮 インターネットの時代になっても、マスコミ報道はあまり変わっていません。簡単に言えば、ジャーナリズムのプラットフォームが紙から電子に移行しただけのことです。

しかし、私のようなフリーランスのジャーナリストにとって、インターネットはとても利用価値が高いものです。例えば、わたしが扱ったことのあるテーマのひとつに新聞の偽装部数問題に関連した新聞社の腐敗があります。

当初、この問題に関心を持つメディアは皆無でした。そこでわたしは、この問題を報道するために、約20年前にウェブサイトを立ち上げました。

その結果、雑誌を持つ出版社がこの問題に関心を持ち、一緒に調査報道をするようになったのです。また、弁護士の中にもこの問題に取り組む人が出てきました。

なぜなら、この問題は新聞販売だけでなく、日本のジャーナリズムの質の問題でもあるからです。この虚偽の発行部数の問題はまだ解決していませんが、数年後には必ず解決すると確信しています。

── 日本は先進的なテクノロジーで知られています。メディア関係者やジャーナリストは、この強みを活かして、ニュースや情報を視聴者に届ける方法を革新することができます。新しいテクノロジーの影響を受けた日本のジャーナリズムの現状をどのように定義しますか。

黒薮 新聞については、海外と大きな差はありません。日本では長年、新聞は紙媒体が中心でした。日本新聞協会のデータによると、2022年の日刊紙の発行部数は2,869万4,915部です。

そのため、インターネットへの移行は、新聞の読者離れのリスクをはらんでいます。新聞社の経営者は、電子新聞の導入に消極的でした。その結果、日本では際立った電子新聞の技術は開発されていません。

ラジオやテレビの世界では、いくつかの新しい動きがあります。例えば、AI(人工知能)が、アナウンサーそっくりの声でニュースを読み上げます。

また、バーチャル映像も利用されています。例えば、近い将来予想される大地震の被害状況をバーチャルリアリティ映像で表現します。

しかし、わたしは、ジャーナリズムにバーチャルリアリティを導入することは、フェイクニュースにつながるので反対です。かつては写真や動画が事実の重要な証拠となりましたが、今はそうではありません。

── 新しいテクノロジーと近代的な交通手段によって、地球の片側からもう片側への距離が短縮されています。ニュースの伝達も早くなりました。しかし、日本についての情報には、ばらつきがあります。日本ではラテンアメリカのことがどの程度報じられ、どの程度知られているのでしょうか。

黒薮 ラテンアメリカからのニュースはあまり報じられていません。マスコミは、大統領選挙、政治的事件、スポーツなどは報じますが、民衆の生活や社会運動に関するニュースは取り上げません。

クーデターの後、ペルー全土に広がった抗議運動

例えば、昨年12月7日にペルーで起きたクーデターに関して言えば、クーデターの首謀者らを擁護する立場からの報道はしましたが、それに対する民衆の抵抗や警察・軍隊の残虐な暴力については取り上げませんでした。

もう一つ例を挙げます。世界のほとんどの国がキューバに対する経済封鎖に反対しているのに、日本のマスコミは全く報道していません。

わたしは、ラテンアメリカの情報をインターネットを通じて得ています。しかし、ほとんどの日本人は英語やスペイン語を使うことができません。そのため、主要メディアからの情報に頼らざるを得なくなっています。

── Covid-19のパンデミックは、ほぼすべての分野とセクターに強く影響しました。報道においても、取り上げるニュースや取材活動だけではなく、メディアそれ自体の存続なども、その影響から逃れることができていません。日本のメディアやメディア関係者は、ポストパンデミックの現実をどう受け止めているのでしょうか。

黒薮 新聞社やテレビ局は、Covid-19のパンデミックの際にも、仕事のやり方を大きく変えることはありませんでした。というのも、彼らは毎日、ニュースを発信する必要があったからです。これに対して、多くの出版社はリモートワークという新しい働き方を採用しました。

編集者は自宅で作業し、インターネットで会社とコミュニケーションします。出社は週に1日か2日だけ。この働き方は、会社のコスト削減につながることもあり、Covid-19以降も続いています。

── 日本の視聴者は高齢化しており、メディアは若い視聴者を獲得する方法を探さなければならないと言われています。それは事実でしょうか? そうであるとすれば、新しい世代に情報を伝えるためにどのような戦略が採用されているのでしょうか。また、現在の日本では新しい人材育成のプロセスはどうなっているのか。

黒薮 わたしは、視聴者が高齢化しているとは思いません。高齢化しているのは、新聞の購読者です。高齢者はインターネットの使い方を知らないので、新聞から情報を得ます。

その結果、高齢者は印刷された新聞から、若い世代はインターネットから情報を得る状況になっています。

しかし、紙媒体の新聞とインターネットの内容自体は、あまり変わりません。というのも、主要メディアは、紙媒体の新聞に掲載した記事をインターネットに掲載する傾向があるからです。

日本ではジャーナリストの育成は遅れています。わたしは、ジャーナリストを教育する方法が異常だと思います。若い記者は、警察や政治家、官僚と親密な関係を築き、個別に情報を入手できるようになるよう指導されています。ラテンアメリカで、そんなことをやりますか?

── 日本の法務省のデータによると、2021年の日本のラテンアメリカ系の人口は約6万4,000人(ブラジルを除くスペイン語圏)です。日本のメディアは彼らに特化した紙面を設けて、地域や国、政府などの問題について情報を提供しているのでしょうか。

黒薮 10年ほど前まで、『プレスインターナショナル』という新聞がありました。スペイン語版とポルトガル語版の2種類を発行していました。しかし、現在は両方とも廃刊しています。

島根県の地方紙「山陰中央新報」(日刊)は、不定期にポルトガル語のニュースを掲載しています。島根県には、約9,000人のブラジル人が住んでいます。

日本に住むラテンアメリカの人々は、インターネットを通じて母国のニュースにアクセスすることが出来ます。しかし、スペイン語やポルトガル語で日本国内のニュースを見ることはほとんどできません。

── 日本の情報公開法は、ジャーナリストやメディアの取材・調査活動をおこなう上で、どのような利点と欠点があるのでしょうか。

黒薮 日本には、情報公開法があり、請求があれば公開しなければなりません。わたし自身もよくこの制度を利用しています。しかし、公権力の不祥事が分かる公文書は、プライバシー保護を口実に公開されません。

── ジャーナリストやメディアは報道に関して、どのような課題を抱えていますか。また、編集の独立性やメディアの多様性は、現在の日本におけるジャーナリズムの発展にとって十分なものだと考えていますか。

黒薮 日本のメディアの最大の問題は、その多くが公権力から独立していない点です。その結果、ジャーナリズムは政府の広報に変質しています。唯一の希望は、グローバル化の時代に、独立したメディアがインターネット上で生まれていることです。

◎出典:https://siquesepuede.jimdofree.com/2023/04/12/kuroyabu-en-jap%C3%B3n-la-distancia-entre-los-principales-medios-de-comunicaci%C3%B3n-y-el-gobierno-ha-sido-muy-estrecha/

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

4月25日発売!黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

「言論」論〈09〉「いじめ」や「メディアリテラシーの低い人」にも認められる存在意義 片岡 健

言論について、突き詰めて考えると、世の中に存在するすべてのものに存在意義が認められることに気づく。というより、絶対的に悪とみられがちなものについても、むしろ存在意義を否定するのは難しい。

たとえば、「いじめ」。学校で「いじめ」に遭っていた子供や、大人社会の「いじめ」である上司のパワハラに遭っていた会社員が自殺したというニュースを目にしたら、たいていの人は怒りに震えるだろう。私自身もそうだ。「いじめ」とは、絶対悪であるというのが一般的な道徳感だ。

だが、言論について深く考えると、「いじめ」にも存在意義を認めざるをえない。なぜなら、「いじめ」は、言論の権力監視効果を支えるものの1つであるからだ。

実例を挙げると、10年ほど前に社会の注目を集めた郵便不正事件をめぐる大阪地検特捜部検事の証拠改ざん事件。当時、この検事の犯罪行為が朝日新聞の一面でスクープされると、検察の上層部は大慌てで当該検事を逮捕し、さらにその上司たちまで捜査対象にしたうえで逮捕に踏み切った。

検察の上層部があのような態度をとったのは、朝日新聞の報道をうけ、証拠改ざんという身内の犯罪行為を放置できないと考えたからではない。朝日新聞の影響力を恐れたからである。すなわち、彼らは朝日新聞の報道をうけ、自分たちの立場が危うくなるばかりか、ひいては自分たちの家族も近隣の人から「いじめ」に遭うなどの被害を受けることを想像し、それを回避しようとしたのである。

仮にあの大阪地検特捜部検事の証拠改ざんを報じたのが、朝日新聞ほど影響力のない小さなメディアであれば、検察の上層部は当該検事をあのように大慌てで逮捕したり、上司たちを捜査対象にすることはなかったろう。実際、私はこれまで、同程度以上の検察の不祥事をいくつも見てきたが、検察はあの程度の不祥事であれば、大手の報道機関に大きく報道されない限り、平気で放置しておくのが一般的だ。

こうして考えると、新聞やテレビ、週刊誌などで目にした報道について、もれなく鵜呑みにし、脊髄反射的に怒りの声をあげる人々、すなわち「メディアリテラシーの低い人」たちにも存在意義が認められることがわかる。そういう人たちが相当数存在しなければ、権力者たちにとって報道機関は何ら恐れる相手ではなくなり、すなわち、報道の権力監視効果は極めて乏しいものになってしまうからだ。

言論について、突き詰めて考えると、そもそも言論とは決して美しいものではないこともわかる。

◎片岡健の「言論」論 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=111

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(リミアンドテッド)、『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(電子書籍版 鹿砦社)。YouTubeで『片岡健のチャンネル』を配信中。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―」[電子書籍版](片岡健編/鹿砦社)

経産省「電力ひっ迫」のからくり〈3〉電力ひっ迫に対する対応方法は何か? 山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)

◆岸田首相の原発17基再稼働促進は何が危険か?

昨年(2022年)7月14日、岸田首相は来年(2023年)冬の電力ひっ迫を回避するため、原発9基を稼働し火力による予備電源を確保することを萩生田光一経産相(当時)に 「指示」したと会見で語った。

「電力ひっ迫には原発」とばかりに、前のめりの姿勢を見せたわけだが、これは昨年3月と昨年6月末の電力ひっ迫警報・注意報の発出と軌を一にする、電力不足をテコにした再稼働推進の仕掛けを、さらに強化しようとするものだ。

再稼働を促進するとした原発のうち、すでに再稼働した「9基の原発」とは、関西の美浜3号、高浜3、4号、大飯3、4号、四国の伊方3号、九州の玄海3号、川内1、2号。現時点で再稼働した原発のうち特定重大事故対処等施設の建設が完成していないため法律上運転できない玄海4号以外全部だ。別に首相が指示する筋合いではない。

電力業界の中枢である電気事業連合会の池辺和弘会長(九州電力社長)は翌15日の記者会見で、冬の電力不足に対応するために「原発を最大9基稼働させる」とした発言について「ほとんどの原発はすでに(供給力に)織り込」み済と、電力不足対策になどならないことを示している(2022年7月15日付朝日新聞)。

これで定期検査中に発見される損傷や運転中に生じるトラブルに対して、首相の指示だからと無理矢理動かし、重大事故につながることはないのかが本当に心配になる。

昨年8月24日、 官邸で開いたGX(グリーン・トランスフォーメーション)第2回実行会議、岸田首相は原発について大きく3つの検討項目を打ち出した。

(1)福島事故後に稼働した10基に加え、7基を追加で再稼働すること、
(2)次世代革新炉を新増設すること、
(3)原則40年、最長60年と定められている既存原発の期間制限の廃止検討だ。

追加の7基とは、女川2号、柏崎刈羽6、7号、東海第二、高浜1、2号、島根2号だ。そのうち柏崎刈羽と東海第二は、いずれも地元合意はない。

柏崎刈羽原発は東電によるたび重なる違反行為で、現在規制委により「運転禁止措置」が取られ、これを解除する見通しも立っていない。

東海第二も地元6市村の同意がなければ再稼働はできないが、いずれも同意に向けた動きはない。さらに立地・周辺15自治体(水戸市、日立市、常陸太田市、高萩市、笠間市、ひたちなか市、常陸大宮市、那珂市、鉾田市、茨城町、大洗町、城里町、東海村、大子町と茨城県)が定めなければならない原子力防災計画は、9自治体が策定できていない。

水戸地裁は、防災体制の不備を指摘して運転差止の判決を出している。裁判は現在東京高裁で審理中だ。日本原電の広報担当でさえ、来年夏の再稼働など見通すことはできず、最短でも再来年の9月以降と明言している。

◆電力ひっ迫に対する対応方法は何か?

「ひっ迫に対して原発」には、もうひとつ大いなるミスマッチがある。現在の再稼働原発はすべて西日本。冬場の電力需要は東京が最も大きいうえ、北へ行くほど「ひっ迫」しやすい。一方、西は雪もほとんど降らないから条件が良ければ日中は太陽光だけでも需要の多くをまかなえる。九電などはそうだろう。しかし 「電気が余る」 西から「電気が足りない」東への送電は、周波数が異なるため「周波数変換所」を通さなければならない。この容量がわずか210万kWしかない。原発2基分程度だ。

西側の原発の電気で東側のひっ迫に対処するなど、そもそもできない。「同時同量」の原則を思い返せば、対策は唯一、北海道から九州までの連系線を強化することである。これで電力ひっ迫は回避できる。

昨年6月末に発生した東電、東北電のひっ迫に対しては、西日本の電力を送ることができていれば十分まかなえたことは、電力広域的運営推進機関のデータを見れば明らかである。当時予備率が低かった東電は、朝から夕方まで平均的に5%を下回っていたが、このレベルならばひっ迫ではない。しかし最も低い時間帯が16時から17時半の範囲で3%だった。もちろん省エネも効果はあったが、大電力を広域で連系すれば、ひっ迫は十分回避できた。

時間帯は短いので、大規模停電に至る可能性はほとんどない。実際、18時には「電力需給ひっ迫注意報」は解除されている。

なお、今回の電力ひっ迫を口実とした原発利用拡大政策の狙いは「最長60年の運転期間制限」の撤廃ないし延長である。これを詳論するには紙数が尽きた。 次回に詳しく論じることにする。

◆再稼働促進は「原子力安全規制」を侵害する

原子力規制の基本は、原発を推進する行政機関から独立して権限を有した規制当局が、たとえ首相命令であろうとも基準を満たさない原発を運転させないことにある。

原子力規制庁は環境省の外局だが、原子力規制委員会は設置法第1条に「専門的知見に基づき中立公正な立場で独立して職権を行使する原子力規制委員会を設置し、もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする」と規定している。電力が足りなかろうと、首相が指示しようと、安全性に問題のある原発の稼働を認めてはならない。

昨年7月13日に東京地裁で言い渡された株主代表訴訟の判決で朝倉佳秀裁判長が、東電旧経営陣5人に対して13兆円あまりの賠償を認めた(但し4人について)。判決にあるとおり、原発事故は「我が国そのものの崩壊にもつながりかねない」(判決骨子より)からである。(完)

本稿は『季節』2022年冬号掲載の「経産省『電力ひっ迫』のからくり」を再編集した全3回の連載記事です。

◎山崎久隆 経産省「電力ひっ迫」のからくり〈全3回〉
〈1〉「電力ひっ迫に備えて原発推進」は正解か?
〈2〉電力ひっ迫に発電設備の増強は正しいか?
〈3〉電力ひっ迫に対する対応方法は何か?

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
たんぽぽ舎共同代表。1959年富山県生まれ。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。反原発運動のひろば「たんぽぽ舎」設立時からのメンバー。湾岸戦争時、米英軍が使った劣化ウラン弾による健康被害や劣化ウラン廃絶の運動に参加。福島第一原発事故に対し、全原発の停止と廃炉、原子力からの撤退を求める活動に参加。著書に『隠して核武装する日本』(影書房 2007年/増補新版 2013年)、『福島原発多重人災 東電の責任を問う』(日本評論社 2012年)、『原発を再稼働させてはいけない4つの理由』(合同出版 2012年)、『核時代の神話と虚像』(明石書店 2015年)等多数。

◎たんぽぽ舎 https://www.tanpoposya.com/
◎たんぽぽ舎メルマガ:「地震と原発情報」 メルマガ申込み(無料)

『季節』2023年春号(NO NUKES voice改題)福島第一原発事故 12年後の想い


〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌
季節 2023年春号
NO NUKES voice改題 通巻35号 紙の爆弾 2023年4月増刊

《グラビア》福島発〈脱原発〉12年の軌跡(写真=黒田節子
      東海村の脱原発巨大看板(写真=鈴木博喜

樋口英明(元裁判官)
《コラム》原発回帰と安保政策の転換について

小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
《コラム》戦争は静かに日常生活に入って来る
《講演》放射能汚染水はなぜ流してはならないか

乾喜美子(経産省前テントひろば/汚染水海洋放出に反対する市民の会)
《アピール》放射能汚染水反対のハガキ作戦やっています

今中哲二(京都大学複合原子力科学研究所研究員)
《講演》懲りない原子力ムラが復活してきた
日本の原子力開発50年と福島原発事故を振り返りながら

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福島第一原発事故 12年後の想い
森松明希子(東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream[サンドリ]代表)
あなたは「原発被害」を本当に知っていますか
黒田節子(原発いらね!ふくしま女と仲間たち)
フクシマは先が見えない
伊達信夫(原発事故広域避難者団体役員)
何を取り戻すことが「復興」になるのか
今野寿美雄(「子ども脱被ばく裁判」原告代表)
呆れ果てても諦めない
佐藤八郎(飯舘村議、福島県生活と健康を守る会連合会会長、生業訴訟原告団)
私たちが何をしたというのか
佐藤みつ子(飯舘村老人クラブ副会長、生業訴訟原告団)
悔しさだけが残ります
門馬好春(30年中間貯蔵施設地権者会会長)
中間貯蔵施設をどうするか
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鈴木博喜(『民の声新聞』発行人)
区域外避難者はいま

水戸喜世子(「子ども脱被ばく裁判の会」共同代表)
裏切られた2つの判決
福島原発刑事裁判と子ども脱被ばく裁判

漆原牧久(「脱被ばく実現ネット」ボランティア)
病気になったのが、自分でよかった
311子ども甲状腺がん裁判第3回・第4回口頭弁論期日報告

山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
「原発政策大転換」の本命 60年超えの運転延長は認められない

井筒和幸(映画監督)×板坂 剛(作家/舞踏家)
《対談》戦後日本の大衆心理[前編]

佐藤雅彦(ジャーナリスト/翻訳家)
反社はゲンパツに手を出すな!

三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
突然のごとき政治的変更を目前にして

山田悦子(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈19〉
2023年に生きる私が、死について考える

再稼働阻止全国ネットワーク
原発の再稼働と再稼働の全力推進に怒る! 岸田内閣に大反撃を!
「規制をやめた」規制委員会に怒り! 山中委員長と片山長官は辞任せよ!

《全国》永野勇(再稼働阻止全国ネットワーク)
総攻撃には総力を結集して反撃を!
「福島を忘れない!原発政策の大転換を許すな!全国一斉行動」の成功を!
《女川原発》舘脇章宏(みやぎ脱原発・風の会)
岸田政権による原発推進政策に抗し、女川原発2号機の2024年再稼働阻止を!
《福島》橋本あき(福島県郡山市在住)
「環境汚染」から「裁判汚染」まで 多岐にわたる汚染
《東海第二》志田文広(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会)
東海第二原発差止訴訟・控訴審決起集会に参加して
《東海第二》柳田 真(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会)
東京に一番近い原発=東海第二原発 2024年9月の再稼働を止めるぞ!
《東京》平井由美子(新宿御苑への放射能汚染土持ち込みに反対する会)
環境省が新宿御苑へ放射能汚染土を持ち込もうとしている!
《関西電力》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
原発推進に暴走する岸田政権、追従する大阪地裁 行きつく先は原発過酷事故
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
再稼働推進委員会が経産省と癒着、「規制の虜」糾弾
《反原発自治》けしば誠一(杉並区議会議員/反原発自治体議員・市民連盟事務局長)
岸田政権の原発推進大転換を許すな!
5月27日反原発自治体議員・市民連盟第13回定期総会へ
《読書案内》天野恵一(再稼働阻止全国ネットワーク事務局)
『また「沖縄が戦場になる」って本当ですか?』ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会 編
 
反原発川柳(乱鬼龍選)

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格闘群雄伝〈30〉李昌坤(リ・チャンゴン) ── 昭和の名勝負を裁いた忘れ得ぬ名レフェリー! 堀田春樹

「レフェリー、リー・チャンゴン~!」とリングアナウンサーにコールされ、文字にしてもカタカナ書きの方が馴染んだ響きである。昭和40年代にTBSテレビで放映されたキックボクシングの隆盛時代に、現在とは比べられないほどのレフェリーの威厳があったその姿と名前が全国に広まったのも事実でした。

「荒れる試合は俺が裁く」を貫いた李昌坤レフェリー(1981年5月19日)
ノックダウンからファイトを促す李昌坤レフェリー(1982年11月19日)

◆導かれた運命

昭和の名レフェリー、李昌坤(リ・チャンゴン/1942年6月20日東京都目黒区出身)は在日韓国人として永く活躍し、日本名は岩本信次郎。軽快なフットワークと適確な判断で試合を裁き続けた。

1966年(昭和41年)6月にレフェリーとしてデビューして以来、野口修氏が興したキックボクシングの表も裏も知り尽くし、1990年(平成2年)に第23回プロスポーツ大賞「功労賞」を受賞している人物である。

李昌坤氏は中学2年生の時、たまたま近所にあったボクシングの野口ジムに遊びに行くようになったのが格闘技との最初の出会いだった。当時は厚木基地や新橋駅前などで「ベビーボクシング」なるお祭りイベントが開催されていて、気が強いガキ大将だった李昌坤氏は中学生クラスの“ハビー級”として参加。試合後にはお菓子を貰っていたという。

そんな運命でジムに通い続け、高校三年生になるとプロボクシング4回戦でデビュー、新人王の準々決勝まで進んだが、腰を痛めて止む無く現役を断念した。

◆昭和のキックボクシング、レフェリーとして参加

高校卒業後は近所の板金屋で働きながら、野口ジムのトレーナーをしていたが、1966年1月(昭和41年)、野口進会長の長男・修氏が日本キックボクシング協会を設立された際、李昌坤氏はレフェリーとして導かれた。それまでは日本名を使っていたが、日本vsタイの試合に韓国人としてレフェリングすることで国際色豊かにしようという協会の思惑で、本名・李昌坤として参加することになった。

翌年2月26日、TBSがキックボクシング中継を始め、創生期からブームとなったスター沢村忠の多くの試合を中心に、首都圏の他、地方興行を転々としながらレフェリーとしてリングに上がり続けた。

名勝負として今も語り継がれる富山勝治vs花形満戦、富山勝治vs稲毛忠治戦や、後には藤原敏男の試合も裁いた経験を持ち、竹山晴友が活躍した昭和60年代でもメインレフェリーとして裁いていた。

富山勝治の試合担当は多かった李昌坤レフェリー(1983年11月12日)
勝者・富山勝治の手を挙げる李昌坤レフェリー(1983年11月12日)

長いレフェリー生活の中では多くのエピソードを持つ李昌坤氏。

「確か甲府での試合で、沢村が真空飛びヒザ蹴りを出したら、相手がロープまでふっとんで一番上のロープが切れてしまったんですよ!」といった忘れ得ぬ思い出や、更には自身に災難が降り掛かることもあった。空振りした沢村の蹴りが横腹に入り、悶絶の危機も何とか凌いだレフェリング。これが一番痛い思い出で、試合後の控室に沢村がやって来て、「リーさん身体大丈夫? ゴメンね!」とは沢村らしい気遣いがあって嬉しかったが、一週間ほどまともには動けなかったという。

テレビ放送が打ち切りになり、興行も不定期になってきた昭和50年代後半、多くの業界関係者が撤退していったが、李昌坤氏はそんな時代もレフェリーを辞めなかった。

それは「俺が試合を裁く。俺が判定を下す!」というレフェリーとしてのプライドを人一倍持って日本系レフェリーのほとんどを厳しく指導し、レフェリングの基礎を作ったことを無駄にせず、次の時代へ繋ぐ責任を感じていた。

キックボクシング創設以来、10年以上務めた功労者が表彰、李昌坤氏もその一人(1985年11月22日)
時代が流れた昭和60年代、勝者・向山鉄也の手を挙げる李昌坤レフェリー(1985年11月22日)

◆存在感に陰り

李昌坤氏から教わったレフェリーは皆フットワークが軽く、

「ファッションモデルみたいな動き」という批判的な関係者も居た中、時代の流れは徐々に李昌坤氏にとって窮屈な世界となっていった。ムエタイ崇拝者が増え、レフェリングもムエタイ式に移行してきた点から、各ジムからレフェリーに求められる裁き方の認識が変わって来たのだった。

首相撲でのブレイクアウトの早さ、崩しでの縺れ倒れ行く選手を支えない、軽く当たったパンチでのスリップやプッシュ気味でのノックダウン扱いなど、昔ながらのレフェリングが受け入れ難くなる傾向があった。名レフェリーたる存在が敬遠されがちになると、次第に出番が少なくなっていく中の1996年2月9日、最後の花道を作ってくれたのは士道館主催興行だった。最後のレフェリングとなったフェザー級5回戦、室崎剛将(東金)vs松田敬(目黒)戦の後、「李昌坤引退セレモニー」が執り行われた。李昌坤氏はリング上で奥さんと華やかなチマチョゴリ(韓国の民族衣装)を纏った三人の娘さんに囲まれ、最後のリングに華を添えた引退セレモニーだった。

李昌坤氏は「これで終わりなんだなと思った時、寂しさより、ここまでやって来れたんだなという思いの方が強かった。引退式をやって貰って本当にけじめがついたよ!」と語る。

時代とともに昔のレフェリーが一人ずつ消え、元々所属した日本系野口プロモーションの最後のレフェリングとしての締め括れた安堵感があったようである。

「本当に陰の人でしたね。沢山の名勝負を裁いて来たのにね!」とはキックボクシング創始者、野口修夫人・和子さんの当時の語り。

[左]試合直前の注意勧告する李昌坤レフェリー(1992年9月19日)/[右]最後のリングに上がる李昌坤レフェリー、裁いた試合は3000試合以上(1996年2月9日)
引退セレモニーで観衆の声援に応える李昌坤レフェリー(1996年2月9日)
自身のお店でインタビューを受ける焼き肉屋のオヤジ、李昌坤氏(1996年2月15日)

◆昔ながらの頑固レフェリーからの助言

李昌坤氏は、業界の中心的存在だった目黒ジムの選手に「目黒ジムには沢山強い選手が居て、練習が他のジムより充実しているんだから、試合で引分けなら実質は負けと同様なんだぞ!」と厳しい指摘を言われたこともあったという。また、「地方の選手には冷たく、反則ではないのに、“今度やったら減点取るぞ”とか言われて、だからリー・チャンゴンは嫌いだ!」という批判も聞かれるのは毅然としたレフェリングを行なうが故の嫌われ文句だろう。

後輩への指導では「レフェリーやジャッジ担当で、もしミスっても毅然と振舞って自分の裁定に自信持て!」と言うなどの忠告もあって、他団体のレフェリーでも「李昌坤さんのレフェリングはかなり意識していましたね!」という話は多い。

またレフェリーの振舞いや運営の不備など、他のスタッフが気付かなくとも李昌坤さんは気付いて動くという点は熟練者の視野の広さがあった。

「観衆の中で雑談はするな。必要以上に会場内をうろつかず待機場所に居ろ。裁いている試合に対し、同じ位置に3秒以上立ち止まるな。テレビカメラ側に極力立つな。身だしなみに気をつけろ!」といった振る舞いには、元々はプロボクシングから受けた指導が基礎となったものだった。古い体質ではあったが、威厳ある李昌坤氏ならではの存在感だった。

李昌坤氏は若い頃、板金屋やトラック運転手なども経験したが、後に目黒ジム近くで焼き肉屋「大昌苑」を経営。レフェリー引退後も継続し、かつての野口プロモーション関係者が集まることも多い賑やかさを見せて、良きキックボクシング時代を語り合う穏やかな晩年を過ごしていた。お客さんからの注文を語気強く受け応え、かつてのレフェリーの面影があったが、その接客は気さくで常連客が多い焼き肉屋のオヤジであった。

(取材は1996年2月当時のナイタイスポーツで取材したものと、後々に何度も大昌苑を訪れて李昌坤氏にお聞きしたエピソードを参考にしています。)

◎堀田春樹の格闘群雄伝 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=88

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

わかりやすい!科学の最前線〈07〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いた、ドブネズミ(ラット属)の生存圏の解析 この環境にドブネズミはいるのか、いないのか? 安江 博

ドブネズミは、日本中いたるところに生息しています。産業被害や健康被害を未然に防ぐために、日夜、ドブネズミの駆除が続けられています。養豚場での飼料や豚の健康を維持するため、そして、食材を扱うところでの接触に起因するヒトへの健康被害を未然に防ぐために、ドブネズミの駆除は衛生上も欠かせません。しかしながら、ネズミは夜行性の動物です。昼間は、ウロウロすることなく、巣の中でじっとしています。夜になると活動を開始しますので、普通のヒトには発見するのも難しいわけです。専門業者には工夫した発見技術があるでしょうが、「その施設にドブネズミはいない」と確実に判定することは難しいのが現状です。

そこで、我々は、ドブネズミ(種の科学名:Rattus norvegicus)を始め、クマネズミ(Rattus rattus)などのRattus属の動物種を検出するプライマーセットを作製しました。このプイラマ-セットを用いて、野外で、大気中の生物デブリを捕集したサンプルに、ラット由来のデブリが検出できるかを調べました。最初の材料として、前出の養豚場から420メートル離れた場所で捕集した生物デブリから採取したDNAを調べてみました。その結果は、[図4.2]に示しましたが、ラット由来のDNAが検出されました。このことから、ラット、恐らく、ドブネズミが、養豚場もしくは、周辺の野原に生息していることが判りました。

[図4.2]養豚場付近でのドブネズミ(ラット)の検出

次に、この方法を用いて、ある食堂内の空気から生物デブリを捕集し、その中にラットの痕跡見つかるかを検討しました。その結果を[図4.3]に示しました。その食堂が風評被害を受けるといけないので、食堂を特定されないように、画像をぼかしています。この解析から、食堂内の空気デブリにも、ラット由来のものが含まれていたことが判ります。

[図4.3]食堂内での大気中の生物デブリからのドブネズミ(ラット)の検出

ただし、同一のサンプルから2回、別々にPCRを行っていて、一つには検出されていないことから、ラットデブリは極めて少ないと判断されます。ポアソン分布に基づけば、サンプル中に1分子しか存在しない場合は3回に1回しか検出されないとの法則があります。非常に少ないとしても、一度検出されたことから考えられますことは二つあります。一つは、食堂内にラットが生息している可能性、もう一つは食堂の外、つまり野外に生息していた野外のラットデブリが、空気に乗って食堂内に入ってきている可能性です。どちらが正しいかを正確に検証するためには、食堂の外と中での、ラットのデブリ量の差異を調べる必要があります。現段階では、空気中に生物デブリがあるかないかの定性的な解析しかできていませんが、量の差異を調べるには、定量的な解析が必要となります。

こうした大気中の生物デブリの解析を行っている中で、広島大学の西堀先生から、広島県に出没しているクマについて解析できないかとの話がありました。他府県でもそうですが、最近は、クマの出没件数が増加し、人に危害を加える事件も発生しています。クマが特定の地域にどの程度生息しているのかを大気中のクマのデブリを捕捉して、推定したいとのことでした。このためには、「いる」か「いない」かの定性的解析ではなく、どの程度いるかを調べる定量的な解析方法が必要となってきます。この解析方法の開発については、次回述べたいと思います。

◎安江 博 わかりやすい!科学の最前線
〈01〉生き物の根幹にある核酸
〈02〉ヒトのゲノム解析分析の進歩
〈03〉DNAがもたらす光と影[1]
〈04〉DNAがもたらす光と影[2]
〈05〉生物種の生存圏
〈06〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いたアルゼンチンアリの生存圏の解析 静岡市にはまだアルゼンチンアリが生息していた!
〈07〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いた、ドブネズミ(ラット属)の生存圏の解析 この環境にドブネズミはいるのか、いないのか?

▼安江 博(やすえ・ひろし)
1949年、大阪生まれ。大阪大学理学研究科博士課程修了(理学博士)。農林水産省・厚生労働省に技官として勤務、愛知県がんセンター主任研究員、農業生物資源研究所、成育医療センターへ出向。フランス(パリINRA)米国(ミネソタ州立大)駐在。筑波大学(農林学系)助教授、同大学(医療系一消化器外科)非常勤講師等を経て、現在(株)つくば遺伝子研究所所長。著書に『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』(鹿砦社)等

安江博『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846314359/
◎鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?group=ichi&bookid=000686
四六判/カバー装 本文128ページ/オールカラー/定価1,650円(税込)

《書評》『紙の爆弾』5月号 話題の記事 岸田政権の行方を占う地方選挙と衆参補選 コオロギ食の奇々怪々 横山茂彦

統一地方選挙ただ中である。すでに奈良県知事選では維新の会の新知事(山下真)が誕生し、自民党内では放送法解釈変更問題で渦中にいた高市早苗県連会長の責任(調整能力の不足)が問われる流れだ。維新の会が自民党批判(既成政治批判)の受け皿になっているのは間違いのないところだ。

 
タブーなき記事満載!月刊『紙の爆弾』5月号

この地方選前半と同様に、4月11日に公示された山口ダブル補選(2区・4区)をふくむ衆参5議席の補選が、支持率低迷にあえぐ岸田政権の最初の試金石になる。総選挙までのモラトリアムの間、結果次第では政局が動きそうだ。

このうち衆院山口ダブル補選について、「紙爆」では出身地が地元でもある横田一が「安倍背後霊退治なるか」という記事でレポートしている。

とくに4区は亡き安倍晋三の選挙区であり、統一教会問題を追及してきた有田芳生の出馬が注目される。じっさいに横田と有田の一問一答が収録されているので、安倍亡き後の下関に注目する向きは、ぜひ記事を読んでいただきたい。

自民党の候補者は安倍後援会が推す吉田真次前下関市議だが、じつはこの擁立には安倍昭恵が一枚かんだ「やっちまった」感があるらしいので、結果を待って裏側を詳報して欲しいものだ。裏側というのは、もちろん安倍派と林芳正外相との確執である。

政治とカルトをめぐっては、段勲が統一地方選を視野にレポートしている。ここにきてメディアもヒートダウンしている統一教会と自民党の関係や公明党(創価学会)批判だが、段は昨年の暮れに行われた西東京市議選で元創価学会員のトップ当選が「カルト批判」だったことなど、公明党の選挙における衰退を指摘する。

いっぽう山口2区は、故安倍元総理の甥(岸信夫前防衛大臣の長男)が出馬し、対抗は民主党政権の法務大臣だった平岡秀夫(弁護士)となった。

じつは平岡は死刑廃止運動で評者も同席しているので、出馬の事情もわかっている。横田がレポートしたとおり、立民の県議も記者会見に同席するなどしたが、おぜん立ては市民運動や政治家個人の支援・根回しによるものだ。共産党も平岡の出馬をうけて、独自候補を降ろした。おそらく立憲民主からの出馬なら、本人も出る気にはならなかっただろうし、地元メディア(長周新聞)も「拮抗」という評価にはならなかったはずだ。平岡の選挙アピールは、岩国基地強化・上関原発反対のほか、政治家の世襲批判になるであろう。結果を待ちたい。

◆コオロギ食の可否

さて、期せずして今回の「特集」となったのが、コオロギ食である。「昆虫食を推奨するグローバリストの不純な動機」(青山みつお)、「コオロギ食促進の隠された目的」(高橋清隆)のほか、西田健の「コイツらのゼニ儲け」とマッド・アマノの「世界を裏から見てみよう」がコオロギ食のテーマとなった。

ハッキリ言って、このコオロギ食には非常に危うい陰謀や、逆陰謀論がうずまいているようで、生半な評価は下せそうにない。高橋清隆が云うとおり「読者諸賢に判断してほしい」というしかない。

すいません。それほど奥が深く、読み解くのが容易くないのである。高橋が紹介する「コオロギ摂取による人間の電極化(クラウドを通じたAI支配)」はショッキングというか、もの凄く怖い。一連の記事のご一読を勧めたい。

袴田事件の解説として「シリーズ 日本の冤罪」(青柳雄介)は保存版であろう。わが国司法の誤りを認めない体質、具体的には再審システム(検察の特別抗告の無意味さ・無条件の証拠開示など)もはや課題は明白なのである。

「虚飾にまみれた安倍晋三回顧録」は青木泰による、森友事件の検証である。公文書改ざんという、およそ民主主義の根幹を左右する史実について、これも保存版の記事とすべきであろう。

三浦瑠麗の夫が逮捕された「太陽光発電事業」と安倍晋三の関係を解説する片岡亮の記事も、安倍政治とは何だったのかを回顧させる。安倍政権はある意味で、日本の政治を変えたのだ。かれが標榜した経済的な成果はないに等しかったが、官邸(永田町)と官僚(霞ヶ関)の政治構造(力関係)を変えたという意味では、歴史的に革新的な史実である。それが財務省官僚たちの「省益」との抗争なのかどうか、闊達な議論を待ちたい。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

最新刊! 月刊『紙の爆弾』2023年5月号