遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫〈07〉「押し紙」驚愕の実態 新聞社不正収入35年で30兆円以上

◆「押し紙」による不正収入は年間932億円規模

田所 実態として日本には5大紙を含め地方紙もたくさんありますが、ほとんどの新聞社が「押し紙」を続けているのですか。

黒薮 今ももちろん続いています。「押し紙」の収入は想像以上に巨額です。私がシュミレーションした数字があります。今問題になっている統一教会による被害額が、全国霊感商法対策弁護士連絡会によると35年間で1237億円です。一方で「押し紙」による収入がどれくらいかの規模になるのか想像できますか?。

 
黒薮哲哉さん

わたしは、2021年度日本新聞協会による統計を使って試算したことがあります。朝刊だけを対象にした試算です。それによると朝刊の総発行部数は、2590万部です。このうちの20%が「押し紙」だとします。20%は過少な数字なのですが、誇張を避けるために20%で計算しました。そうすると「押し紙」の部数は、全国で1日に518万部です。新聞一部の卸値はだいたい定価の半額です。朝刊の月間購読料は約3000円ほどですから、一部あたりの卸値を1500円で計算すると、月間で77億7千万円となります。これを12倍つまり1年で計算すると約932億円です。これが「押し紙」による不正な収入の額です。先ほどの統一教会による被害額は、35年で1237億円と説明しましたが、「押し紙」による不正収入は、たった1年で932億円です。これを35年ベースになおすと、32兆6200億円になります。これだけの不正なお金が「押し紙」から発生しているのです。

統一教会の事件は、大問題になっていますが、不正な収入の金額という点でいえば、新聞業界のほうがはるかに悪質なことをしているわけです。こうした事実は、ちゃんと暴露すべきなのです。

田所 統一教会は信者の数が新聞購読者ほどたくさんいるわけではないので、一人当たりの被害額が大きいからあたかも悪いと。実際悪いのですが、総額でみると新聞のほうが途方もない額を誤魔化している。

黒薮 「押し紙」を無くせば年間で932億円ほどの収入が、全国の新聞社からなくなってしまうわけです。この点に公権力が着目すれば、メディアコントロールが簡単にできます。新聞社に対して、あまり反政府的なことを書いていると「押し紙」問題にメスを入れますよ、とほのめかせばメディアコントロールが簡単に成立します。私は日本の新聞がおかしくなった最大の原因はここにあると考えています。

 
田所敏夫さん

◆「押し紙」とメディア・コントロール

田所 先ほど来ジャーナリズムの問題をいくつかの角度からお話してきましたが、そういったこととは全く別に、新聞の売り方が真っ当ではないから、新聞の報道内容まで真っ当ではなくなってきた、という事があり得ると。

黒薮 それが新聞がダメになった客観的な原因と構図だと思います。「新聞報道はおかしい」と感じている人はたくさんいて、新聞の再生のために何が必要かという議論を展開しますが、肝心なこの構図には着目してもらえません。

たとえば東京新聞の「望月衣塑子記者と歩む会」という集まりがあります。望月さんのような記者が次々に出てくればジャーナリズムが良くなる、という考え方でしょう。そのことを全て否定するわけではありませんが、記者個人ではなく、もっと客観的な新聞社経営の問題にジャーナリズムが堕落した原因を探るべきでしょう。ドブから蚊が発生すれば、まずドブを掃除する必要があるのと同じ原理です。「押し紙」による莫大な不正資金が新聞紙に流れ込んでいるようでは、徹底的な権力批判は不可能です。

田所 客観的かつ構造的な問題ですね。いくら内部で優秀な記者が頑張ったところで、詐欺的な商法で新聞社が儲けていれば「あなたは詐欺をしているでしょう」と検察から指弾された時、極端にいえば新聞は潰れてしまうという話ですね。

黒薮 これとまったく同じメディア・コントロールの手口が戦前・戦中にもありました。それは、政府による新聞用紙の配給制度です。新聞用紙をコントロールすることで新聞社に暗黙の力をかけて世論を誘導させました。同じ構造が今もあります。その道具として機能している政策が、「押し紙」の放置です。新聞社は「押し紙」で莫大な利益を得るので、この点に着目すれば効果的にメディアコントロールができるのです。

田所 テレビを見ると元新聞社の政治局長や通信社の論説委員が、極めて政府あるいは体制寄りのコメントをしていることが多く、ジャーナリズムの問題が新聞を弱めた原因ではないかと、考えがちですがもっと根深く構造的な、「新聞が詐欺的商法」から自ら根腐れを起こしてしまった。どの新聞も部数を減らし経営が厳しいし、販売店も一つの新聞だけではやっていけない。それでも「押し紙」問題に新聞社が気付くことはないのでしょうか。

黒薮 「押し紙」を無くしてしまうとその分の販売収入が減ってしまうので無理でしょう。「押し紙」収入を含めて年間の予算を組んでいますから。逆説的にいいえば、だからこそ「押し紙」問題がメディア・コントロールのネックになるわけです。

◆新聞社の利益構造の中に組み込まれている「押し紙」という麻薬

田所 例えは悪いですが過疎地で政府からの交付金や、原発立地で国から回ってくる特別交付金がないと行政が維持できないから、毎年の予算にそれを組み入れて行政を維持しているのと同じような、麻薬中毒患者のような新聞社の利益構造の中に「押し紙」が組み込まれている。でも麻薬患者は最後に麻薬への依存が強くなり体を壊します。今新聞は麻薬患者に例えるとどれくらいの状態でしょうか。

黒薮 もう意識がない(笑)感じじゃないですか。社名は出しませんが、何千万円もの借金を背負わされている店主は珍しくありません。

田所 販売店の店主さんがですか。それは「押し紙」を引き受けることにより新聞社に払うお金がないからですか。

黒薮 そうです。なぜ借金してしまうかといえば、新聞の卸代金を新聞社に納金できなければ、原則的に強制廃業させます。そこで店主さんは、どこかからお金をかき集めてとりあえず新聞社に支払います。その繰り返しで、莫大な額の借金を背負ってしまうのです。担当員のご機嫌を取るために、一部の新聞販売店は、キャバレーなどで接待しているようです。昔、官僚らの「ノーパンしゃぶしゃぶ」接待が問題になりましたが、新聞社の裏面はそのレベルなんですよ。

田所 こうした事情を新聞社は知っているのでしょうか。

黒薮 知らないはずがありません。ところが新聞社の言い分は「自分たちは、販売店から注文を受けた部数を提供しているだけで実売部数は把握していない」というものです。こうした嘘を平気で繰り返してきました。わたしは新聞社は一旦解体すべきだと思います。(つづく)

◎遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫
〈01〉「スラップ訴訟」としての横浜副流煙事件裁判
〈02〉横浜副流煙事件裁判のその後 
〈03〉禁煙ファシズムの危険性 ── 喫煙者が減少したことで肺がん罹患者は減ったのか? 
〈04〉問題すり替えに過ぎない“SDGs”の欺瞞
〈05〉「押し紙」は新聞にとって致命的
〈06〉日本のタブー「押し紙」問題の本質を探る
〈07〉「押し紙」驚愕の実態 新聞社不正収入35年で30兆円以上

▼黒薮哲哉(くろやぶ てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

4月25日発売!黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)

遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫〈06〉日本のタブー「押し紙」問題の本質を探る

◆日本の新聞がおかしいと感じた瞬間

黒薮 思い出すことがあります。日本の新聞がおかしいと最初に思ったのは、20代の終わりです。わたしは20代の大半を海外で暮らしたのですが、日本に帰って東京でアパートに入った、その日に驚くべき体験をしました。ドアを開けると、拡販員がいきなり洗剤を押し付けて「新聞を取ってくれ」と言ってきたのです。こうした新聞拡販を知らなかったので、「これで新聞記者の人は平気なのかな」と思いました。これが日本の新聞はどこかおかしいと感じた最初です。

田所 そこから黒薮さんはライフワークの「押し紙」の取材にとりかかられたのですか。

 
黒薮哲哉さん

黒薮 東京で普通の会社に就職したんです。そこに2年くらい居ましたがバブル崩壊で会社が潰れたので、それからメキシコで、メキシコ日産の通訳をした後、日本に戻り新聞業界の業界紙に入りました。「押し紙」に関わりだしたのはそれからです。

田所 新聞業界の業界紙だから、ど真ん中にいらっしゃった。内部事情が分かりますね。

黒薮 業界団体の中で不正経理事件があって、それを調べようとしたら業界紙の社長さんらがみんなで、「これは取材してはいけない」と決めてしまいました。そこで「それはおかしいのではないか」と言っていたら、クビになったんです。

田所 解雇ですか。

黒薮 解雇されたんです。解雇される前は私の仕事机だけを壁に向けておかれたりしました。

田所 精神的に追い詰める嫌がらせですね。

黒薮 事件を取材して発表したわけではありません。取材しようと少し動き始めただけでした。しかし、解雇されたのでフリーになりました。

田所 それくらい強固にアンタッチャブルな聖域なんですね。黒薮さんが読売新聞から訴えられたのは何年でしたか。

黒薮 2009年です。その時には既に「押し紙」関係の書籍も書いていました。

◆「押し紙」問題追及の先達たち

田所 本格的に「押し紙」の問題を書き始めたのはいつ頃でしたか。

黒薮 最初に記事を書いたのは1997年です。

田所 黒薮さん以前に「押し紙」問題を取り上げているジャーナリストはいましたか。

黒薮 1970年代に清水勝人さんという人がいました。これはペンネームで噂によると大新聞の販売局の人ではないかと言われています。この人が「押し紙」問題を暴いたことがあるのです。月刊誌に書いていたほか現代評論社から『新聞の秘密』という本を出しています。

清水さんが早い段階から「押し紙」問題を暴いているのですが、まったく見向きもされず、完全に無視された感じです。私も「押し紙」問題をかなり深く取材してから清水さんの存在を知ったくらいです。

それから次に、1980年代から沢田治さんという滋賀県の新聞販売店の労働組合の人が中心になって、「押し紙」問題を指摘しました。国会でも80年から85年までに16回にわたって質問がなされています。沢田さんが国会議員に資料を提供していたのです。

国会質問により「押し紙」問題は、解決するかと思いましたが、85年に質問が終了した頃は、景気が非常によくなっていて、販売店も「押し紙」があっても経営が行き詰まることはなく、「押し紙」についての議論がなされなくなりました。次にそれを始めたのが私です。

田所 ちなみに80年代の国会質問はどの党でしたか。

黒薮 超党派です。社会党、共産党、公明党です。

田所 では、野党超党派の質問ですね。

黒薮 超党派でいいところまで追及してくれました。

田所 今はむしろ与党内に地方議員ですが、黒薮さんの理解者がいますね。

黒薮 小坪慎也さんという福岡県行橋市の市会議員です。2020年佐賀地裁で佐賀新聞の「押し紙」を認定する判決が下りました。その時に取り上げたのはどちらかといえば右派系のネットのメディアでした。「押し紙」問題は、なぜか左派系のメディアもタブー視します。何を恐れているのでしょうね。

◆販売店にノルマ部数を強要する「押し紙」

田所 「押し紙」をご存知ない方々にどうして「押し紙」が問題なのか教えて下さい。

黒薮 「押し紙」は簡単にいえば新聞販売店のノルマ部数です。たとえばある販売店の新聞購読者が1000人だったとすると、1000部と若干の予備紙があれば充分なわけです。ところが1000部で十分に足りているのに無理やり1500部を販売店に押し付ける。この場合、500部がほぼ「押し紙」ということです。

 
田所敏夫さん

田所 販売店は新聞社から適性部数に何割増しかの部数を押し付けられて、買わされるということですか。

黒薮 そうです。「押し紙」により、実質的に新聞社の販売収入が増えます。

田所 私たちは購読料を払って新聞を読んでいますが、新聞社に払っているのではなく販売店に払っているのですね。

黒薮 販売店は自分たちのところに送られてきた新聞の購入代金を、新聞社に全部払わなければなりません。新聞社に「押し紙」に対しても請求を起こします。

田所 販売店にとっては負担ですね。

黒薮 大きな負担です。新聞社の側から見れば、「押し紙」により販売収入が増えます。読者の数よりも多い販売数を仮装することにより、新聞の公称の部数(ABC部数)が増えるので、紙面広告の媒体価値も高まるわけです。新聞社は、「押し紙」により、このような2つのメリットを得ます。

田所 100万人の購読者がいる新聞より150万人購読者がいるとされる新聞は、誌面広告の費用を高くとることができる。しかし150万人のうち、実際には100万人しか読者がいないとすればそれは詐欺ですね。

黒薮 それが「押し紙」問題の本質です。ところが販売店が実数以上の部数を仕入れることにより、利益を上げるケースもあるのです。それは新聞の折り込み広告の枚数と、販売店へ搬入する新聞の部数を一致させる基本的な原則があるからです。搬入された新聞の部数が多ければ、折り込み広告の種類が多い販売店では、「押し紙」があっても損をしません。折り込み広告による収入が、「押し紙」で発生する損害を相殺するからです。

田所 一方的に販売店が負担を被るだけではなく、販売店配達実数以上に折り込み広告代を依頼主に請求できるメリットもあると。

黒薮 今はそんなことはないですが、そういう時代もありました。一種の共犯関係です。先ほど述べたように国会質問が終わったのが1985年で、その後、「押し紙」問題が沈静化したのは、折り込み広告の需要が非常に高くなっていたので「押し紙」があっても販売店は損はしなかったという事情があったと思います。日本経済が好調だったからです。ところがバブルが崩壊し、新聞の価値がなくなってくるにしたがって、販売店が今までたくさん仕入れさせられていた「押し紙」が負担になってきた。しかし新聞社としては「今さら何を言っているんだ」という感じで、簡単に「押し紙」を減らしてはくれないわけです。(つづく)

◎遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫
〈01〉「スラップ訴訟」としての横浜副流煙事件裁判
〈02〉横浜副流煙事件裁判のその後 
〈03〉禁煙ファシズムの危険性 ── 喫煙者が減少したことで肺がん罹患者は減ったのか? 
〈04〉問題すり替えに過ぎない“SDGs”の欺瞞
〈05〉「押し紙」は新聞にとって致命的
〈06〉日本のタブー「押し紙」問題の本質を探る

▼黒薮哲哉(くろやぶ てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)
最新刊! 月刊『紙の爆弾』2023年4月号

新聞の没落現象に歯止めかからず、2023年1月度のABC部数、年間で朝日新聞が62万部減、読売新聞が47万部減 黒薮哲哉

2023年1月度のABC部数が明らかになった。それによると朝日新聞は約380万部、読売新聞は約651万部、毎日新聞は約182万部だった。この1年間の減部数は、朝日新聞が約62万部、読売新聞が約47万部、毎日新聞が14万部だった。産経新聞と日経新聞も大幅に部数を減らしている。部数回復の兆しはまったく見られない。

このペースで新聞離れが進めば、朝日新聞は2024年度中に300万部の大台を割り込む可能性がある。また、読売新聞は年内にも600万部の大台を割り込む可能性がある。

1月度のABC部数は次の通りである。

朝日新聞:3,795,158(-624,194)
毎日新聞:1,818,225(-141,883)
読売新聞:6,527,381(-469,666)
日経新聞:1,621,092(-174,415)
産経新聞: 989,199(-54,105)

なお、ABC部数には「押し紙」(広義の残紙)が含まれているので、新聞販売店が実際に配達している新聞部数は、ABC部数よりもはるかに少ない場合が多い。「押し紙」率は、新聞社によっても地域によっても異なるが、過去に起きた「押し紙」裁判のデータなどから察すると、搬入部数の20%から40%ぐらいになると推測される。相対的に地方紙よりも中央紙の方が「押し紙」が多い傾向にある。ただ、新聞販売店からの情報によると、今後、「押し紙」政策を廃止する方針を打ち出した新聞社もあるようだ。

新聞離れは、夕刊の廃止という形でも現れている。たとえば中央紙でも毎日新聞は、4月から愛知、岐阜、三重で夕刊を廃止する。今後、夕刊廃止の流れは他地域や他社でも起きるだろう。夕刊廃止はすでに秒読みの段階に入っている。

新聞販売店に積み上げられた水増しされた折込広告。「押し紙」と一緒に廃棄される

◆新聞離れの背景に何が?

新聞離れが進む背景には、勿論、インターネットの普及があるが、新聞が情報収集のツールとして適さないことが国民の間で周知されてきた事情もあるようだ。とくに「ホワイトカラー」の間でその傾向が顕著になっているような印象を筆者は持っている。

新聞離れは次のような事情による。

第1に記者クラブを通じた情報が主流になっているので、必然的に公権力機関の広報紙的な要素が強くなっていることである。いわゆる「発表ジャーナリズム」が新聞の柱になっている事情がある。従って新聞は、客観的な事実を把握する道具としては適さない。広報や広報は、新聞を経由しなくてもウエブサイトから直接得られる時代になっている。

第2に新聞にはリンクが張れないので、読者は記事の裏付けとなる資料や文書が確認できない。記事の信ぴょう性は、十分な裏付けにより担保されるわけだから、リンクが張れないことは、現在ジャーナリズムでは致命傷となる。新聞社の高いステータスで情報の質を判断する時代ではなくなっている。

 
ウィキリークスの創立者、ジュリアン・アサンジ。米国政府が異常に恐れている人物で、禁錮175年の刑が下される可能性がある。欧米で、米国政府に対して「出版は犯罪ではない」との批判が上がっている

ちなみに新しい時代のジャーナリズムの典型的なモデルとしては、公権力の内部資料を公開することでニュースの信ぴょう性を担保してきたウィキリークスがある。この手法が広がれば、公権力機関にとっては、大変な脅威となる。ウィキリークスの創立者であるジュリアン・アサンジに対して米国が禁錮175年の刑を下そうとしているゆえんに外ならない。

第3の要因は、「第2」とも関係するが、新聞ではメディアの多角化に対応できない点である。インターネットに登場するニュースやルポルタージュには、動画を埋め込むことができる。資料の場合は紙の新聞でも、紙面を割けば紹介できるが、動画を掲載することは物理的に不可能だ。つまりメディアの様式そのものが変化してきたにもかかわらず、それに対応できない事情がある。

新聞離れが進む状況のもとで、「人力でニュースを配達する時代ではない」とう声も多い。かつては大雪の日に命がけで新聞を配達したことが美談となったが、現在の若い世代にはそうした意識はあまりないようだ。むしろ新聞社の人命軽視を批判する傾向がある。

ニュースの配信はインターネットによる配信の方が合理的だ。

ABC部数は毎月公表されるが、筆者が記憶する限り、ここ20年ほどの間、凋落への一途をたどっている。今後、V字回復に転じることはまずありえない。それにもかかわらず、すみやかにインターネットに移行できないのは、電子新聞では「押し紙」政策が取れないからではないか。

いまや新聞のABC部数は、まったく信用できないデータとなっている。新聞と同じ没落の運命にあるのではないか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)
月刊『紙の爆弾』2023年4月号

遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫〈05〉「押し紙」は新聞にとって致命的

◆日本の新聞とニューヨークタイムズの違い

田所 新聞は批判勢力では決してない。拡声器であったり補完勢力と思います。新聞の「押し紙」問題を長年取材なさっている黒薮さんが、今もう新聞を取っていらっしゃらないんですよね。

 
田所敏夫さん

黒薮 そうです。

田所 私は50代ですが、同じ世代を見回しても、新聞は取っていない人のほうがたぶん多いです。

黒薮 新聞はインターネットと違って検索機能がありません。記事にリンクが張れない。ネット上のニュースは関連した情報を引き出すことができるけども新聞にはそれできない。情報の量で新聞はネットに圧倒的に劣っています。

田所 かつて新聞は速報性と若干の解説の役割を担っていたと思います。テレビも速報性はありますが、テレビニュースの時間は限られています。新聞は深くではないけども網羅的に報じる役割が一定程度あったでしょうが、インターネットがここまで浸透すると新聞はかないませんね。ニューヨークタイムズなどは紙の発行を止めてすべて電子化しようとしていますが、日本の新聞と異なり売り上げを伸しています。

◆生の資料を公開するウィキリークスのインパクト

 
黒薮哲哉さん

黒薮 それは言語の優位性もあるでしょう。ネットと新聞の違いが典型的に現れているのがウィキリークスです。ウィキリークスは生の資料を公開しています。新聞ではそれができません。真似をしているわけではありませんが私のウェブサイト(メディア黒書)でも証拠資料をそのまま公開しています。それにより情報の信ぴょう性が高まるわけです。

田所 元資料を実際に目にすると受けてのインパクトが違いますね。

黒薮 重い裏付けが取れるということです。

田所 黒薮さんは情報公開請求をされて、手に入れた黒塗りだらけの資料を公開されます。「何も答えていない」と書いて説明するよりも、実物を見るとよくわかります。

黒薮 真っ黒に塗り鋳つぶされた大量の資料を全部そのまま公開すれば、「これだけ閉鎖的な国なんですよ」というメッセージになります。資料は決定的に大事です。良い方向に考えればジャーナリズムもそのように変って行くのでしょう。将来的には規制が出てくる可能性はありますが。

田所 ネットがこれだけ大きな比重を占める生活の中で、ジャーナリズムは強い武器を手に入れたはずですが、日本人はまだウィキリークスのように充分に使いこなせていないのではないでしょうか。

黒薮 ウィキリークスの偉いところは、自分達よりも大きなニューヨークタイムズのようなメディアと連携して、事件を暴露するスタイルです。日本にウィキリークスのようなメディアを作っても連携先が無いでしょう。権力者にとって決定的な資料を手に入れても大手メディアは公開しませんから。

◆「報道」より「拡販」に社運をかける日本の大新聞

田所 大新聞の政治部記者やテレビ局の中に、権力者とベタベタしているように見せかけて、匿名で情報を提供してくれる人が昔はいましたし、今もたぶんいると思います。『週刊文春』だけであれだけの情報がわかるはずはないと思います。ただそのようなことが大胆に機能できるほどではない。

黒薮 提携先が無いということです。

田所 マスメディアにはジャーナリズムの機能が備わっているはずですが、日本では常にコマーシャリズムが勝ってしまい、個人の記者が何かを暴くことはありますが、新聞社が腹を据えて何かを暴くということを今のマスコミには絶対期待できませんね。絶対という言葉は軽々に使ってはいけない言葉ですが。

黒薮 社運をかけて新聞の「拡販」をすることはありますが(笑)。

田所 「拡販」を少し説明していただけますか。

黒薮 「拡販」はビール券や洗剤など商品を提示することによって新聞購読の契約を結んでもらうことです。

田所 新聞契約を結んでもらうために、契約者になんらかの品物を提供する。

黒薮 多いのは、ビール券や洗剤ですが、テレビや電子レンジ自転車等を使うこともあります。高価な品を使って5年間ぐらいの契約を結んでもらうのです。

田所 高価なものだと契約期間が長いのですね。「拡材」という呼び方もしますね。(つづく)

◎遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫
〈01〉「スラップ訴訟」としての横浜副流煙事件裁判
〈02〉横浜副流煙事件裁判のその後 
〈03〉禁煙ファシズムの危険性 ── 喫煙者が減少したことで肺がん罹患者は減ったのか? 
〈04〉問題すり替えに過ぎない“SDGs”の欺瞞
〈05〉「押し紙」は新聞にとって致命的

▼黒薮哲哉(くろやぶ てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)
最新刊! 月刊『紙の爆弾』2023年4月号

「押し紙」と表裏関係、折込広告の水増し問題、古紙回収業者の伝票が示す凄まじい実態 黒薮哲哉

事実を裏付ける資料は、報道に不可欠な要素のひとつである。新聞や雑誌などの紙媒体はスペースに制限があるので、資料を全面公開するには物理的な限界があるが、インターネット・メディアには限界がない。この当たり前の原理を最も有効に生かしたメディアは、恐らくジュリアン・アサンジが設立したウィキリークスではないか。生の資料を公開することで、記事の記述の裏付けを提示している。

先日、筆者は読売新聞販売店の元店長から、膨大な量の内部資料を入手した。その中で注目した資料のひとつに、古紙回収業者が販売店に発行した伝票がある。そこには業者が回収した残紙量と折込広告の量が明記されている。

残紙の実態は、「押し紙」裁判などを通じて、かなり明らかになってきたが、水増しされ、廃棄される折込広告の数量が伝票上で明らかになったのは、筆者の取材歴の中では今回が初めてである。抜き打ち的に伝票を写真付きで紹介しよう。

◆過剰になった折込広告を裏付ける伝票

まず伝票で使われている用語について事前に説明しておこう。「残新聞」とは残紙(広義の「押し紙」)のことである。「色上」とは、折込広告の事である。年月日の表記は、元号で表記されている。従って本稿でも例外的に元号を使用する。ただし(括弧)内に正規の年月日を示した。

元店長によると、古紙回収業者は月に2回から3回、残紙と折込広告を回収していたという。

■平成27(2015年)年8月26日
残新聞:6480kg
色上(折込広告):1210Kg

■平成28年(2016年)11月21日
残新聞:7320kg
色上:1250Kg

■平成30年(2018年)7月5日
残新聞:7010kg
色上:810Kg

水増しされ、廃棄される折込広告の数量が記された3通の伝票

◆折込広告の水増しの背景

折込広告が水増し状態になる背景には、残紙の存在がある。残紙とは、広義の「押し紙」、あるいは「積み紙」のことである。広告代理店が販売店に割り当てる折込広告の枚数(折込定数)は、新聞の搬入部数に一致させる基本原則がある。そのために搬入部数に残紙が含まれていても、残紙分の折込広告がセットになってくる。その結果、折込広告の水増しが生ずるのだ。

もっとも最近は、残紙問題を知っている広告主が多く、折込広告を発注する段階で、自主的にABC部数よりも少ない数量に折込枚数を調整することが多い。それにもかかわらず折込広告が水増し状態になるケースが少なからずある。

今回、紹介した3通の伝票を見る限り、残紙の量と過剰になった折込広告の量がアンバランスになっている。大野新聞店は新聞代金が納金できなくなり、廃業に追い込まれており、従って折込広告を過剰に受注していたとはいえ、それによる利益よりも、残紙による被害額の方が大きかった可能性が高い。

◆「押し紙」問題と折込広告の水増し問題
 
従来、「押し紙」問題といえば、新聞業界内部の商取引の問題として認識されてきたが、折込広告の水増し問題が絡んでくると、業界の境界を超える。しかし、「押し紙」裁判で、広告主が受ける被害について徹底した審理が行われることはあまりない。裁判の争点が、新聞社と販売店の商取引に限定されるからだ。

しかし、折込広告の水増し問題を放置し続ければ、広告主が被害を被る状況が延々と続く。公正取引委員会も、裁判所もそれを承知の上で、新聞社の「押し紙」政策を容認してきた経緯がある。新聞業界の汚点を逆手に取れば、メディアコントロールが容易になるからだ。

次に示すYouTube動画は、山陽新聞の元店主が撮影したものである。新聞販売店の店舗から搬出されてトラックに積み込まれる段ボール箱の中には、残紙と水増しされて過剰になった折込広告が入っている。

段ボールは「親会社」から提供されていたという。

動画を撮影した店主は、山陽新聞の販売会社を相手に「押し紙」裁判を起こし勝訴(2011年3月15日、岡山地裁)した経緯がある。判決の中で裁判所が折込広告の水増し行為を認定したわけではないが、この事件が折込広告の水増しについて考察する糸口を与えた。
 
折込広告の水増し行為は、「押し紙」問題と表裏関係にある。そのための材料を今回、大野新聞の元店長が新たに提供してくれたのである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)
月刊『紙の爆弾』2023年4月号

毎日新聞網干大津勝浦店の事件、担当員の個人口座に新たに485万円の「裏金」振込が判明、総額で900万円に、背景に深刻な「押し紙」問題 黒薮哲哉

この記事は、毎日新聞・網干大津勝浦店の元販売店主が販売局員の個人口座に金を入金した事件の続報である。1月25日付けのデジタル鹿砦社通信で筆者は、『毎日新聞販売店、元店主が内部告発、「担当員の個人口座へ入金を命じられた」、総額420万円、エスカレートする優越的地位の濫用』と題する記事(以下「第1稿」と記す)を掲載した。

タイトルが示すように元販売店主が、「押し紙」を含む新聞の卸代金を販売局員の個人口座に入金するように命じられたとする内容である。元販売店主による内部告発だ。

「押し紙」の回収風景。本稿とは関係ありません。

これに対して毎日新聞東京本社の社長室は、筆者がコメントを求めたのに対して、「調査中であり、社内で適切に対応していきます」と回答した。

その後、筆者は不透明な入金を裏付ける別のデータを入手した。と、いうよりも筆者が、第1稿を公表した際に見落としていたデータがあったのだ。本稿では、新たに分かった店主による入金の年月日と入金額を補足しておこう。

金銭の振り込みを命じた毎日新聞社の人物は、第1稿で言及したのと同じ山田幸雄(仮名)担当員である。既に述べたように筆者は、1月5日に現在は毎日新聞・東京本社に在籍している山田担当に対して電話で、次の3点を確認した。

①電話の相手が、毎日新聞社販売局に所属している山田幸雄氏であること。

②山田氏が大阪本社に在籍した時代に、網干大津勝原店を担当した時期があること。

③網干大津勝浦店の元店主(内部告発者)に面識があること。

◆支払いの年月日と金額

新たに分かった金の振り込み年月日と金額は次の通りである。

※資料との整合性を優先して、日付けは例外的に元号で表記する。読者の混乱を避けるために西洋歴も()に記した。

・平成30年12月03日:900,000円(2018年)
・平成31年01月04日:800.000円(2019年)
・平成31年02月04日:800,000円(2019年)
・平成31年03月05日:1,453,090円(2019年)
(以上の裏付けは、西兵庫信用金庫の預金通帳等による)

・令和02年02月05日:895,382円(2020年)
(以上の裏付けは、西兵庫信用金庫の取扱票等による)

今回、明らかになった山田担当への入金額は、約485万円である。前回の記事で紹介した額の総計は、約420万円だった。現時点で判明しているだけでも、約900万円のグレーな資金が発生したことになる。

本稿で紹介した5件のケースでは、金が振り込まれた時期がいずれも月の初旬になっていることに着目してほしい。販売店が前月の新聞代金の集金を完了する時期と重なる。読者から店主が集金した購読料を、山田担当の個人口座に振り込んだ構図になる。

当時、元店主は深刻な「押し紙」で苦しんでおり、担当員から「自分の口座に金を振り込めば、便宜を図る」という意味のことを言われたと話している。つまり新聞代金の一部を個人口座に振り込めば、「押し紙」を含む新聞代金の支払いを免除すると言うニュアンスである。店主が不透明な金を振り込んだ動機と、店主が直面していた「押し紙」問題が整合している。

◆Twitter上で「担当員が納金立て替えて」

ネット上では、この問題に関するTwitterによる投稿も現れた。たとえば、「元店主」というアカウント名の次の投稿である。

面白いなぁ。
担当員が納金立て替えてて、その返済の可能性は? 最後の方、金額が2万とか5万とかしょぼくなってるのは返済に窮していく感じするけど。続報楽しみ。

この問題に関する「元店主」というアカウント名によるTwitter投稿

「裏金」の目的は、店主の説明によると、「押し紙」を軽減してもらうためであり、Twitterの「元店主」の推論は、「押し紙」代金を払うための担当員への借金の返済である。

一方、山田担当は、この件について「記憶にない」と話している。(1月5日の電話)。

しかし、元店主が西兵庫信用金庫の口座から、「やまだゆきお」名義の口座に多額の資金を振り込み続けた記録があり、金銭が移動したこと自体は公式の書面上では紛れない事実である。筆者は、さらに取材を進める。(つづく)

「押し紙」の回収風景。本稿とは関係ありません。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)
月刊『紙の爆弾』2023年3月号

毎日新聞・販売店元店主が内部告発、「担当員の個人口座へ入金を命じられた」、総額420万円、エスカレートする優越的地位の濫用 黒薮哲哉

毎日新聞・網干大津勝原店(姫路市)の元店主から、筆者が入手した預金通帳や「取扱票」を調べたところ、元店主から毎日新聞社の担当員の個人口座に繰り返し金銭が振り込まれていることが判明した。金銭どのような性質のものなのかは現時点では不明だが、この販売店は昨年の12月に、「押し紙」が原因で廃業に追い込まれており、金額の中に「押し紙」により発生した金額が含まれていた可能性もある。

元店主は、次のように話している。

「山田幸雄(仮名)担当から個人口座への金銭の振り込みを命じられました。『押し紙』代金の支払いに窮しており、指定された個人口座に新聞代金を振り込めば、特別な取り計らいをすると言われました」

筆者は、毎日新聞・東京本社の山田担当に電話で事実関係を確認した。まず、本人が毎日新聞社販売局に所属している山田幸雄氏であることを確認した。次に山田氏が大阪本社に在籍した時代に、網干大津勝原店を担当した時期があることを確認した。さらに元店主と面識があることを確認した。

しかし、山田氏は元店主による告発内容については、「記憶にない」と話している。

「毎日新聞」の「押し紙」(ビニール包装分)、折込チラシ(新聞包装分)。いずれも秘密裡に廃棄されている

◆総額約420万円の内訳明細

元店主が山田担当の個人口座に送金した日付と金額は次の通りである。

※記録性を優先して預金通用が採用している元号で表示する。

平成30年4月10日:200,000
平成30年6月7日: 100,000
平成30年7月2日: 550,000
平成30年7月23日: 80,000
平成30年9月3日: 900,000
平成30年10月1日:900,000
平成30年11月1日:900,000

令和2年1月17日: 50,000
令和2年2月6日: 20,000
令和2年2月17日: 300,000
令和2年3月6日: 90,000
令和2年4月7日: 50,000
令和2年5月19日: 50,000

平成30年度(2018年)の合計は、363万円である。また令和2年度(2020年度)の合計は、56万円である。総計で419万円が山田担当の個人口座に振り込まれたことになる。

個人口座への振り込みを裏付ける資料の一部。取扱票

◆里井義昇弁護士が新聞代金・約3,900万円を請求

既に述べたように元店主は昨年12月に販売店の改廃に追い込まれた。その際に、毎日新聞社から、里井義昇弁護士(さやか法律事務所)を通じて、3,915万5,469円を請求された。請求の中身は、里井弁護士によると、「未払新聞販売代金」である。仮に元店主が山田担当の個人口座に振り込んだ金額に、「押し紙」で発生した卸代金が含まれていたとすれば、里井弁護士が行った約3,900万円の請求にも問題がある。

実際、元店主は同店には大量の「押し紙」があったと話している。「押し紙」を排除してほしかったから、担当員の個人口座に金銭を振り込んだのである。

「押し紙」の程度については、現在、発証数などを過去にさかのぼって調査しているので、詳細が判明した段階で公表する。

◆背景に新聞社の優越的な地位
 
新聞社の系統を問わず、販売店主が担当員の個人口座に金を振り込まされたという話は、しばしば耳にしてきた。昔は、「担当員になればすぐに家が建つ」と言われた。店主が担当員を接待するのは当たり前になっている。網干大津勝浦店の店主も新聞社の担当員らを姫路市の魚町で接待することがあったという。

今回、筆者が得た預金通称など内部資料により、金銭の流れについての裏付けが得られた。

新聞社の販売店に対する優越的地位の濫用はここまでエスカレートしているのである。

【毎日新聞・社長室のコメント】
 調査中であり、社内で適切に対応していきます。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』
タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年2月号

新聞業界から政界へ政治献金598万円、103人の政治家へばら撒き、21年度の政治資金収支報告書で判明 黒薮哲哉

昨年の11月に総務省が公開した2021年度の政治資金収支報告書によると、新聞業界は政界に対して、総額で598万円の政治献金を行った。献金元は、新聞販売店の同業組合である日本新聞販売協会(日販協)の政治連盟である。さすがに日本新聞協会が政治献金を支出するわけにはいかないので、パートナーの日販協が献金元になっているのである。

わたしが知る限り、献金が始まったのは1990年代の初頭である。当時は、元NHKの水野清議員や、元日経新聞の中川秀直議員らに献金していた。

2021年度の献金先は、延べ103人の政治家(政治団体)である。献金先が100件を超えたのは、同年の秋に衆院選が実施されたことが影響している。実際、献金先の政治家の大半は衆院選の候補者だった。

献金先の候補者が所属する政党の大半は自民党だった。公明党の候補と立憲民主党の候補も若干含まれていた。

次に示すのが献金の実態である。(掲載の都合上、2つの表に分割して表示した)

セミナー料金等
寄付金1

◆自民党安倍派へ64万円

献金の実態について、何点か特徴を指摘しておこう。
 
最も献金額が多いのは、清和政策研究会(現在は安倍派)に対するものである。64万円である。清和政策研究会は「保守本流」、「親米」、「タカ派」、「復古主義」などのキーワードで特徴づけられる自民党の派閥である。前会長は、改めて言うまでもなく、故安倍晋三首相だった。

高市早苗議員に対して、セミナ料―16万円と寄付5万円の総計21万円を献金している。また、中川雅治議員に22万円、柴山昌彦議員に25万円の献金を実施している。

日販協による献金の支出で最も特徴的なのは、小遣い程度の金額(5万円)を多人数の政治家にばら撒いていることである。このばら撒きスタイルは昔から一貫して変わらない。

◆政治献金と引き換えに「押し紙」政策の黙認

献金の目的は、わたしの推測になるが次の4点である。

 ①新聞に対する軽減税率の適用措置継続
 ②新聞に対する再販制度の継続
 ③NIE(教育の中に新聞を運動)の支援
 ④「押し紙」政策の放置

いずれも新聞社経営に直接かかわる問題である。消費税は、「押し紙」にも課せられるので軽減税率の適用措置の継続は、大量の「押し紙」を抱えている新聞業界にとっては不可欠である。

【参考記事】新聞に対する軽減税率によるメリット、読売が年間56億円、朝日が38億円の試算、公権力機関との癒着の温床に

また、再販制度は、新聞販売店を新聞社の下部組織としてコントロールする上で重要な制度である。再販制度が撤廃されて販売店相互が自由競争を展開すれば、販売網が崩壊するからだ。

NIEは、若年層に向けた新聞の有力なPR手段となっている。NIEが実を結び、現在の学習指導要綱(小・中・高校)には、授業での新聞の使用が明記されている。新聞を卓越した「名文」と位置づけて使用する。

さらに献金により、独禁法違反の「押し紙」の取り締まりを回避することで、新聞社が莫大な利益を得る構図がある。次の記事を参考にしてほしい。

【参考記事】「押し紙」を排除した場合、毎日新聞の販売収入は年間で259億円減、内部資料「朝刊 発証数の推移」を使った試算 

ここにあげた①から④の殺生権を政府などの公権力機関が握った場合、新聞ジャーナリズムに負の影響が生じることは言うまでもない。日本の新聞が政府広報の域をほとんど出ない最大の理由である。

新聞業界から政界への政治献金の提供は、両者の癒着関係を物語っている。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』
タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年1月号
〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2022年冬号(NO NUKES voice改題 通巻34号)

サラ金・商工ローンによる取り立てから、「押し紙」代金の取り立てへ、毎日新聞・網干大津勝原店の改廃事件 黒薮哲哉

企業には広報部とか、広報室と呼ばれる部門がある。筆者のようなルポライターが、記事を公表するにあたって、取材対象にした企業から事実関係や見解などを聞き出す時にコンタクトを取る窓口である。新聞社の場合は、ある程度の記者経験を積んだ者が広報の任務に就いているようだ。

 
毎日新聞大阪本社(出典:ウィキペディア)

今月に入って、兵庫県姫路市で毎日新聞・販売店の改廃にともなう事件が起きた。店主が、新聞の仕入れ代金などで累積した約3916万円の未払い金の支払いを履行できずに、廃業に追い込まれたのである。公式には双方の合意による取引の終了である。

請求は、さやか法律事務所(大阪市)の里井義昇弁護士が販売店主に内容証明で催告書を送付するかたちで行われた。里井弁護士は、催告書の中で、店主が積み立てた信認金(約80万円)を未払い金から相殺することや、12月分の読者からの新聞購読料は毎日新聞社のものであるから、店主が集金してはいけない旨も通知していた。

集金した場合は、「株式会社毎日新聞社としましても、民事上のみならず、それにとどまらない刑事上のものを含めた法的対応を講ずることを検討せざるを得ませんので、たとえ購読者の方より申し出がありましても、一切収受等することなく、後任の販売店主への支払いをと伝えられるようご留意ください」と述べている。
 
かりに請求金額に「押し紙」による代金が含まれていれば、実に厚かましい話である。

◆「押し紙」問題に向き合わない毎日新聞の社員

 
毎日新聞の「押し紙」。ビニール包装分が「押し紙」で、新聞包装分が折込広告。記事とは関係ありません

毎日新聞社は、この販売店に対する新聞の供給を15日から停止している。そして別の拠点から配達を始めた。

毎日新聞が請求している約3916万円の中身については、今後、筆者が調査して、「押し紙」が含まれていれば、「押し紙」裁判を起こす方向で検討する。クラウドファンディングで裁判資金を募る予定だ。

また、里井弁護士に対しては、懲戒請求を視野に入れる。「押し紙」であることを認識していながら、高額な金銭を請求した可能性があるからだ。里井弁護士は過去にも「押し紙」裁判にかかわった経緯がある。従って「押し紙」とは、何かを知っている可能性が高い。

筆者はこの改廃事件についての毎日新聞の見解を知るために、同社の東京本社・社長室広報ユニットに対して2度に渡って問い合わせた。(質問状は、文末)しかし、返ってきた答は、いずれも「個々の取引に関することは、お答えできません。」というものだった。たったの1行だった。回答者は、石丸整、加藤潔の両社員である。

わたしは2人の社員が「押し紙」問題から逃げていると思った。自分たちが制作した新聞を配達してくれる人が、借金を背負ったまま露頭に放り出されようとしているのに、何の声もあげない冷酷さに驚いた。

筆者は、「押し紙」問題は、商取引の問題であると同時に、人権問題である旨を2人にメールで知らせ、再度回答するように求めたが、やはり回答しなかった。筆者は、2014年12月17日にしばき隊が起こしたリンチ事件の後、識者の多くが事件の隠蔽に走ったことを思い出した。

これは日本が内包する深刻な社会病理なのである。企業社会の中で身体にしみ込んだ処世術に外ならない。

ちなみに日本新聞協会の会長は、毎日新聞社の丸山昌宏社長である。

◆弁護士が資金回収の最前線に

かつてサラ金や商工ローンの厳しい取り立てが社会問題になったことがある。「目の玉を売れ」とか、「腎臓をひとつ売れ」といった罵倒を浴びせて、借金を取り立てることもあった。幸いにこの問題には、メスが入った。武富士は倒産し、同社の代理人を務めていた弘中惇一郎らに対する信用も堕ちた。

かつて社会問題の矢面に立ったサラ金の武富士(出典:ウィキペディア)

「押し紙」の取り立ても、サラ金や商工ローンと同様に凄まじい。毎日新聞・網干大津勝原店の場合は、弁護士が資金回収の最前線に立っている。幸いに現時点では、催告書の送付以外に毎日新聞社の目立った動きはないが、今後、どのような手段に出てくるのかは予断を許さない。

店主には、妻子がいる。

「自分はどうなってもいいが、妻子を露頭に迷わすわけにはいかない」

と、話している。

失業の不安が頭から離れないらしく、毎日、筆者のところに電話がかかってくる。筆者も新聞業界の裏金問題を取材していて業界紙を解雇された体験がある。失業後は、未来が描けないことが苦痛だった。店主も同じ気持ちではないか。

これまで何人もの店主がみずから命を絶っている。失踪者もいる。週刊誌もたびたび店主の自殺を報じているので、新聞社の社員が「押し紙」の悲劇を知らないはずがない。だが、毎日新聞の2人の社員は、自社の問題であっても、逃げの一手なのである。

筆者は2人に対して、会社員としてではなく独立した個人として「押し紙」を告発するように書き送ってみたが、やはり回答はなかった。

この問題は、今後、内部資料を精査し、現地を取材して、続報を出していく。筆者が毎日新聞社に送付した2通目の質問状は次の通りである。回答は、既に述べたように、「個々の取引に関することは、お答えできません。」の1行だった。

筆者は、新聞社の社員が1行の作文しかできない事実に驚愕した。

◆毎日新聞社に対する公開質問状

               公開質問状

毎日新聞 社長室
石丸整様
加藤潔様

発信者:黒薮哲哉
連絡先:xxmwg240@ybb.ne.jp 電話:048-464-1413

 先日、毎日新聞・網干大津勝原店の改廃問題について問い合わせをさせていただきました。これに対して、貴殿らは「個々の取引に関することは、お答えできません。」と回答されました。

 改めて質問させていただきますが、貴社の「押し紙」問題をわたしが報じる際に、今後、貴社の見解を確認する必要はないと理解してもよろしいでしょうか。この点について、必ず回答していただくようにお願い申し上げます。

 さらにこの機会に、「押し紙」問題について貴社社長室の見解を教えてください。

社長室は、毎日新聞社で最も功績があるジャーナリストで構成されている機関だと理解しております。特に毎日新聞グループホールディングス社長の丸山昌宏氏は、日本新聞協会の会長を兼任するなど、日本を代表する新聞記者です。それを前提に次の4点についてお尋ねします。書面でご回答ください。貴社のジャーナリズムの信用性にかかわる重大問題なので、必ず回答ください。

1、貴社が網干大津勝原店に対し、里井義昇弁護士(やさか法律事務所)を通じて請求されている金額は、約3915万円になります。店主は、この金額は残紙の代金が大半を占めていると話していますが、同店に残紙があったことは認識しておられたのでしょうか。それとも残紙以外の請求なのでしょうか?

2、貴社長室が考える「押し紙」の定義を教えてください。

3、仮に網干大津勝原店の残紙が「押し紙」であっても、貴社は今後も店主に対する新聞代金の請求を続ける方針なのでしょうか? 残紙が「押し紙」であることを知りながら、請求を続ける行為は、サラ金業者の借金取り立てと性質が変わらない蛮行だとわたしは考えています。まして貴社は過去の「押し紙」裁判の中で、和解というかたちで販売店に慰謝料を払ったことが繰り返しあり、「押し紙」の存在を認識しているはずです。実際、貴社の出身である河内孝氏も『新聞社』の中で、「押し紙」の存在に言及されています。

4、貴殿らのジャーナリストとしての「押し紙」についての見解を教えてください。会社員としてではなく、ジャーナリストとしての見解です。

※なお必要であれば、貴社の販売政策を裏付ける内聞資料等を提供させていただきます。
 
回答は、12月22日(木)の夕方までにメールでお願いします。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』
『紙の爆弾』と『季節』──今こそ鹿砦社の雑誌を定期購読で!

西日本新聞を提訴、「押し紙」裁判に新しい流れ、「押し紙」の正確な定義をめぐる議論と展望 黒薮哲哉

「押し紙」裁判に新しい流れが生まれ始めている。半世紀に及んだこの問題に解決の糸口が現れてきた。

11月14日、西日本新聞(福岡県)の元店主が、「押し紙」で損害を被ったとして約5700万円の損害賠償を求める裁判を福岡地裁へ起こした。訴状によると元店主は、2005年から2018年までの間に3店の販売店を経営した。「押し紙」が最も多い時期には、実配部数(実際に配達する部数)が約1300部しかないのに、約1800部の新聞が搬入されていた。

他の「押し紙」裁判で明らかなった「押し紙」の実態と比較すると、この販売店の「押し紙」率は低いが、それでも販売店経営を圧迫していた。

この裁判には、どのような特徴があるのだろうか?

◆多発する「押し紙」裁判、読売3件・西日本2件・日経1件

 
販売店の店舗に積み上げられた「押し紙」と梱包された折込広告

「押し紙」裁判は、今世紀に入ることから断続的に提起されてきた。しかし、新聞社の勝率が圧倒的に高い。裁判所が、新聞社の「押し紙」政策の存在を認定した例は、わたしが知る限りでは過去に3例しかない。2007年の読売新聞、2011年の山陽新聞、2020年の佐賀新聞である。

※2007年の読売新聞の裁判は、「押し紙」が争点になったが、地位保全裁判である。

現在、わたしが取材している「押し紙」裁判は、新たに提起された西日本新聞のケースを含めて次の6件である。

・読売新聞・東京本社VS販売店(東京高裁)
・読売新聞・大阪本社VS販売店(大阪地裁)
・読売新聞・西部本社VS販売店(福岡地裁)
・日経新聞・大阪本社VS販売店(大阪高裁)
・西日本新聞VS販売店1(福岡地裁)
・西日本新聞VS販売店2(福岡地裁)

販売店主の中には、新聞社の販売局員から面と向かって、

「あんたたちが裁判を起こしても、絶対に勝てないから」

と、冷笑された人もいる。確かにここ1年半ぐらいの間に裁判所が下した判決を見ると、残紙の存在が認定されているにもかかわらず販売店が3連敗しており、「押し紙」裁判を起こしても、販売店に勝算がないような印象を受ける。その敗訴ぶりも尋常ではない。いずれの裁判でも、判決の言い渡し日が2カ月から3カ月延期された末に、裁判所が販売店を敗訴させた。しかも、3件のうち、2件では最高裁事務総局が裁判官を交代させている。つまり裁判の透明性に明らかな疑問があるのだ。

◎参考記事:産経「押し紙」裁判にみる野村武範裁判長の不自然な履歴と人事異動、東京高裁にわずか40日http://www.kokusyo.jp/oshigami/16016/

新聞社が日本の権力構造の歯車に組み込まれ、世論誘導の役割を担っているから、裁判所や公正取引委員会などの公権力機関が「押し紙」問題を放置する方針を取っている可能性が高いと、わたしは考えている。認識できないだけであって、ほとんどの国でメディアコントロールは国策として巧みに組み込まれているのである。

 
新聞拡販で使われる景品。「押し紙」を減らすために、販売店は新聞拡販に奔走することになる

◆新聞特殊指定の下における「押し紙」とは?

しかし、販売店を敗訴させる判決は、原告の理論上の弱みに付け込んでいる側面もある。その理論上の弱みとは、新聞の「注文部数」の定義に関する不正確な見解である。

通常、「注文部数」とは、販売業者が卸問屋に対して発注する商品の数量のことである。たとえばコンビニの店主が、牛乳を10パック注文すれば、注文数は10個である。同じように新聞販売店の店主が新聞を1000部注文すれば、それが注文部数ということになる。このような「注文部数」の定義は、半ば空気のようにあたりまえに受け入れられている。わたし自身も「押し紙」問題を扱った旧著や記事で、「注文部数」をそのように捉えてきた。しかし、これは誤りである。

今、この旧来の「注文部数」の定義の再考が始まっている。

「押し紙」問題に取り組んできた江上武幸弁護士は、新聞は特殊指定の商品であり、特殊指定の下での「注文部数」の定義は、コンビニなど一般的な商取引の下での「注文部数」の定義とは異なると主張している。

実際、1964年に公正取引委員会が交付した新聞特殊指定の運用細目は、「注文部数」を次にように定義している。

「注文部数」とは、新聞販売業者が新聞社に注文する部数であって新聞購読部数(有代)に地区新聞公正取引協議会で定めた予備紙等(有代)を加えたものをいう。

※注:文中の地区新聞公正取引協議会とは、日本新聞協会に加盟している新聞社で構成する組織である。実質的には日本新聞協会そのものである。

この定義によると新聞の商取引における「注文部数」とは、実際に販売店が配達している部数に予備紙の部数(搬入部数の2%とされている)を加えた総部数(「必要部数」)のことである。この「必要部数」を超えた部数は、理由のいかんを問わず機械的に「押し紙」という分類になる。販売店と新聞社が話し合って「注文部数」と決めたから、残紙が発生しても「押し紙」には該当しないという論理にはらないらい。

新聞特殊指定の下における「注文部数」とは、「実配部数+予備紙」の総数のことなのである。

江上弁護士は、独禁法の新聞特殊指定が作成された経緯を詳しく調べた。その結果、一般に定着している「押し紙」の定義--「押し売りされた新聞」という定義が、微妙に歪曲されたものであることが分かった。この誤った定義の下では、新聞社は販売店の「注文部数」に応じて、新聞を提供しただけで自分たちに新聞を押し売りした事実はないと主張できる。「押し紙」問題の逃げ道があるのだ。

公正取引委員会は、新聞特殊指定の下で、「注文部数」の定義を厳格にすることで、社会問題になり始めていた「押し紙」を取り締まろうとしたのである。

◆佐賀新聞の独禁法違反を認定

この理論を江上弁護士が最初に提示した裁判は、2020年5月に判決があった佐賀新聞の「押し紙」裁判である。この裁判で佐賀地裁は、佐賀新聞社に対して1066万円の損害賠償を命じた上に、同社の独禁法違反を認定した。

江上弁護士が打ち出した「押し紙」の定義を裁判所が無条件に認めたわけではないが、裁判官は法律の専門家なので、法律が規定している客観的な定義を考慮に入れて、判決を書かざるを得なかった可能性が高い。新聞特殊指定の下における客観的な「押し紙」の定義が示されているのに、それを無視して判決を下すことは、プロの法律家としての良心が許さなかったのだろう。

11月14日に提起された西日本新聞の「押し紙」では、「押し紙」の定義が、重要な争点のひとつになる可能性が高い。それを前提として、新聞社の公序良俗違反や押し売りなどの不法行為などが検証される。新聞社の詭弁は、徐々に通用しなくなっている。

この裁判の原告代理人を務めるのは、江上弁護士らである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』
タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2022年12月号