震災から1年が経った。改めて、犠牲になられた方々のご冥福を祈りたい。そしていまだに収束しない原発事故の大惨事を目の当たりにして、地方に痛みを押しつけて都市の生活が成り立っているというあり方を、真摯に問い直していかなければならないだろう。その意味でも我々は、東電マネー漬けになっていたマスコミの責任を、執拗に追及していきたい。

ある大新聞社の記者が言うには「なんとか東電の責任を逸らすようにしろと上は言うが、かつてよほどおいしい思いをしたのだろうな」と。そう、東電のみならず、関連会社から「接待漬け」になっているのが大新聞社の役員たちである。とりわけ、読売新聞社の罪は重い。

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人々が本を読まなくなったということは、出版業界にいる身として我田引水になるからあまり言わないようにしている。が時々、そうまでして読まないのか、と驚くことがある。
高校の同級生4~5人で飲んでいた時のこと。娘が大学を卒業し就職するという、主婦が言った。
「娘が幼い時、遊ばせていた公園で、同じようなお子さんを連れてきていた主婦の人と話していて、彼女がこの公園の仲間で文学サークルを作ろうって誘ってきたことがあったの。その人その後、芥川賞取ったのよ」
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『告発の行方2』(鹿砦社)に携わって、今の日本において、組合というのはなんだろう? と考えてしまった。
日教組の仕事をしたことがある。本部は、神保町にある日本教育会館の中のワンフロア。抗議行動も多いためドアは施錠されていて、インターフォーンで応答して開けてもらう。中は、29万人もの組合員を抱える本部としては、簡素だ。
雰囲気は、生命保険のセールスの本部といったところ。考えてみれば、それもそうだ。一人でも組合員を増やして、組合費の徴収を多くするのが目標。万が一解雇や職場での不当な扱いを受けた時に役に立ちますよ、というのがセールストーク。保険とそっくりなのだ。

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不安な世情。上に立つ強者がもてはやされる昨今だが、今こそ求められるのは、現場を踏みしめた血の宿った思想ではないか。それを『生きた思想を求めて[鈴木邦男ゼミin西宮報告集]Vol.1』(鹿砦社)は教えてくれる。

「警察官を半分に減らしたら検挙率は上がります!」と喝破する、元兵庫県警刑事の飛松五男氏。

雪印食品の牛肉偽装を内部告発し、農水省や国交省による取りつぶしにあいながら、再建を勝ちとった西宮冷蔵社長の水谷洋一氏は、「死ぬ時はお前と一緒だ」と長男と誓い合った日を振り返る。

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ある月刊誌の編集長が匿名を条件に言う。
「東電の広告を掲載すれば、少なくとも数百部は買い取ってくれました。うちみたいな数千部の雑誌にとってはとてもありがたかった。こうして東電マジックにかかって、オセロの某タレントではないけれど、東電に『洗脳』されていくのです」
また、私は東電の広報雑誌を作っている孫請けの編プロが、たかだか30ページの小冊子で、約500万円ももらっていたのを知っている。”孫請け”で500万円!
いかにもザル勘定な東電の乱脈広告戦略をかいま見ることができる、その編プロは、ほとんど「東電マネー」で成り立っている会社だったが、金銭感覚が麻痺していた。連日、社長が昼間から飲み歩いていたが、店で「東京電力」で領収書をもらっていた!!
実にふざけた話である。

東電の広告費について、さまざな検証記事が出ているが、「3・11」後も、東電の広告費はストップせず、約20億円も使ったことが判明している。
そうした中、先に取り上げた『週刊新潮』に続いて、今度は『週刊文春』に焦点をあてたい。
まず「文藝春秋社」として、少なくとも原発関連でさまざまな雑誌に震災前の1年間で「20ページ」ほど広告が出ている。

「要するに文藝春秋、とりわけ『週刊文春』の記者も金銭感覚が麻痺しているのでしょう。システムが変わっていなければ、取材経費は月に50万円、名刺で飲める店は赤坂・銀座にわんさかとあります」(元『週刊文春」記者)
東京電力と文春の「金満体質」は似ているというのだ。

『週刊文春』といえば、忘れられないのが、同誌が05年に行った、各編集部からの引き抜き騒動だ。
「少なくとも『フラッシュ』『フライデー』『週刊実話』からエース記者を引き抜きました。いちおう、アリバイとして新聞に記者募集広告を『形だけ』出しての露骨な引き抜き工作でした。『週刊文春』では、読売巨人軍の金での戦力補強を批判していますが、やり方としてはナベツネが率いる巨人と同じ『マネー漬け』戦法でしょう」(同記者)

『週刊文春』が震災直後に特集した「御用メディアが絶対に報じない 東京電力の『大罪』&経産省、原子力保安院との黒い癒着」なる記事は、確かに秀逸だった。
「しかしどうでしょう。赤坂や六本木あたりでは、東電の広報と文春の記者がそろって飲みにきたのをホステスが多数、確認しています。本当に東電に切り込んでの記事なのでしょうか。はなはだ疑問です」(全国紙記者)
何度も東電の記者会見に行ったが、『週刊文春』の記者が、東電広報に嫌がられるような鋭い質問をするのを見たことがない。

鹿砦社の松岡利康社長は語る。
「ホンマに困ったもんやね。地方でボチボチ出版活動やっていると、東京のマスコミ、出版業界の連中の動きには疎いけど、少しは反省してもらわんといかんわ。『新潮』同様、『文春』にも、これまでけっこう記事や情報収集などで協力してきましたが、アホらしいよね」
かつて大下英治、江川昭子、佐野眞一 、梶山季之、立花隆、麻生幾ら大御所ジャーナリスト・作家を輩出した『週刊文春』、ならびに文藝春秋社よ! 地に堕ちたのか。
ただちに「東電広告を出した反省」を誌面に掲載せよ!

(渋谷三七十)

「フェイスブックは多方面から追及されて、しぶしぶならも個人情報を売買していると認めて、改善を余儀なくされている。が、多くの人がおよそ広告やマーケットリサーチに利用されていることを知らないだろう」(インターネット・ジャーナリスト)

フェイスブックに登録すると自分のページの右側に、ほかの利用者の写真や名前が「知り合いかも?」と表示される。
「まったく知らない人から招待されるので気持ちが悪い。もしかしてヤクザだったら、だれが責任をとってくれるのでしょうか」(サラリーマン)

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昨日3月4日、鹿砦社のホームグラウンドの西宮で行われた第10回「鈴木ゼミin西宮」のご報告をさせていただきます。

ゲストは、国際ジャーナリストの重信メイさん。
テーマは、「これからの世界を語る~アラブ、アメリカ、そして日本」でした。
重信メイさんは現在も中東と日本を行き来され、リアルな眼と学識に基づき、国際情勢について語られました。
また、鈴木邦男氏は、若い頃、メイさんの祖父の重信末夫氏(故人)にインタビューした経験があり、その想い出から語られました。
偶然に、このインタビューは、鹿砦社発行の『右であれ左であれ』の中に再録されています。
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先日は嫌われるライターの記事もあった。ちょっと危険であるが、嫌われる編集者について書いてみたい。出版界にはまだまだ驚くような編集者がいて、本当に今は出版不況なんだろうか、と首を傾げてしまうことがある。

まず、一緒に酒を飲むと、必ずライターの家に泊まる編集者がいる。家が東京の郊外にあるのなら、泊まること自体はしかたないだろう。
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これまで、01年に始まり、昨年3月まで続いた「東電のマスコミ接待ツアー」である「愛華中華団」の参加者を随時糾弾してきた(09年のみ政治的事情で開催せず)が、やはり「新潮社」の闇には触れざるを得ないだろう。
「震災直後の夏ごろかな。東電批判はしないようにという通達があったと聞いています」(『週刊新潮』元記者)

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東電によるマスコミ接待ツアー「愛華訪中団」に少なくとも03年、04年、05年、06年、08年、11年の震災直前に参加していた「大物」編集長が花田紀凱氏である。
花田氏の経歴は、じつに華麗だ。文藝春秋社に入社して『週刊文春』編集長を振り出しに、94年に『マルコポーロ』編集長、96年に文藝春秋社を退社して朝日新聞社『uno!』を創刊、98年に角川書店へ移籍し、『メンズウォーカー』編集長となる。2000年に角川書店を退社して宣伝会議に移籍、『編集会議』の編集長となり、04年にワック・マガジンズに入社、現在は『WiLL』編集長である。

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