12月10日、特定秘密保護法案(秘密保護法)が施行された。12月では太平洋戦争奇襲開戦の日(12月8日)と並んで後世惨禍時代の始まりの日として歴史に刻まれることになろう。

施行されたからといって即日誰かが逮捕されたり、集会に警察が押し掛けたりするわけではないけれども、暗黒時代への階段をまた一つ下ってゆく日になったことは間違いない。地方紙の多くは一面トップでかなり大きく取り上げている。首都圏に止まらず全国各地で昨日秘密保護法施行反対の集会やデモが行われたことが報じられているし、論説にも秘密保護法の危険性を指摘する記事が目立つ。

新聞はここまで危機を感じるのであれば、何故、国会審議以前に同じ程度の扱いで報道してくれなかったものかと残念に思う。時を同じくして総選挙となり、やれ「アベノミクス」の評価だ、「消費税」だ、「解釈改憲」だと、争点は山ほどある中でこの日を迎え、意図したわけではなかろうが、秘密保護法を制定した安倍自公政権への直接の批判は緩和されているように思われる。

◆なぜ金沢弁護士会は「活動自粛」を決定したのか?

が、既にこの悪法が人々を委縮させるかのごとき印象を与える報道に接した。施行日と同じ12月10日、金沢弁護士会は秘密保護法への反対行動を予定していたが、弁護士会が県の選挙管理委員会に確認したところ、「公職選挙法に抵触する可能性が高い」と、指摘を受け金沢弁護士会の飯森和彦会長が「活動が公職選挙法に抵触するという認識はないが、慎重に検討し活動を中止した」と書かれている。
東京でも、大阪でも、地方都市でも施行前日の12月9日には弁護士を含む多数の人々が抗議活動に参加している。施行当日の10日もそうだろう。選挙期間中であるから抗議活動を行ってはならない、などとは公職選挙法のどこにも書いていないし、選挙中こそ今後我々の生活に影響を与える政策や法律についての議論がなされるのは至極当然だ。何を考えて金沢弁護士会は「活動自粛」の決定をしたのだろうか?

◆「報道は正確ではない」という飯森和彦=金沢弁護士会会長

真偽のほどを確かめるべく、金沢弁護士会に電話取材した。
金沢弁護士会事務局の宮嶋氏は「マスコミの報道は正しくない。活動は中止ではく延期だ、次回は12月24日を予定している」と回答した。また「そもそも弁護士会が選挙管理委員会にお伺いを立てるというのはおかしいのではないか」との質問には「弁護士会の総意ではなく、ある人物(弁護士)がたまたま電話をかけてしまった」そうだ。「金沢弁護士会としては選挙管理委員会へ問い合わせたこと自体に問題があるとは考えないか」と問うと「それは分からないので会長へ直接聞いてくれ」との回答だった。

そこで金沢弁護士会会長の飯森和彦弁護士にも電話で事情を聞いた。
「報道は正しいか」との問いに「正確ではない」と言う。飯森会長によると、金沢弁護士会執行部の一人が県の選挙管理委員会に質問をしたのは事実だそうだ。その際選管は「公職選挙法に抵触する可能性がある」と回答したそうだ。それを受け疑問に感じた飯森会長自身が公職選挙法を読み返したところ、どこにもそのような条文は見当たらない。そこで選管に再質問すると「政治団体や政治献金を行う団体には公職選挙法205条の10号が適応されるので」との説明があったという。

しかし弁護士会は政治団体ではないし、政治献金を行うこともない。飯森会長はその説明は弁護士会には該当しないと判断した。但し、選管に質問した弁護士を含め弁護士会が団結して末永く闘っていくためには、なるべく余計な要素を排除しようと考え、10日の予定を24日に延期するとの決定を行ったそうだ。また1月、2月、3月にも連続して秘密保護法及び解釈改憲反対のビラ配りやデモなどの運動を続けていくという。

「弁護士会として選管にお伺いを立てたことについて問題は感じないか」との問いには「ある弁護士が念のために個人の判断で確認をしたが、それ自体が問題だとは考えていない、むしろ長期的に弁護士会が団結していく方向を維持することを重視した」との回答だった。「金沢弁護士会としては秘密保護法に反対なのですね」との私の質問に飯森氏は「当然です。解釈改憲にも反対です。末永く戦って観点から今回の延期をしましたが、その趣旨を歪めて報道されていて迷惑しています。弁護士を『甘く見るな!』と言いたいです」とのコメントが返ってきた。
ベタ記事であったが、新聞はあたかも金沢弁護士会が「圧力に屈した自粛した」印象を与える報道をしてしまっていたのだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

自民党の報道弾圧は10日施行の秘密保護法を後ろ盾にした恫喝の始まり
読売「性奴隷表記謝罪」と安倍2002年早大発言が歴史と憲法を愚弄する

多くの大学で既に推薦試験が始まっている。志望校から合格通知を受け取って一安心の受験生もいるだろう。が、この時期になっても確信を持って志望大学、学部を決めきれていない受験生もいるのではないか。それはそれで無理もない話である。大学の情報はインターネットやオープンキャンパスでかなり得ることができるが、肝心の「自分の将来像」が描けていなければ、その準備期間を過ごすこととなる大学選択は容易ではない。高校生で「自分の将来像」が描けてる生徒など一握りに過ぎず、それは企業への勤労者(会社員)が社会の中で多数を占める現代において無理からぬことである。

そこで受験生が進学先学部を決めるにあたって、参考にして頂きたい視点を以下何点か紹介してゆこう。ただし大学、学部選択の要素はこれだけに止まらない。ほかの視点からの大学選択法は近くご紹介したい。

◆大学が列挙する「資格取得」に騙されるな!

大学を無事卒業すると「学士」号が授与される。これが大学を卒業した証になるわけだが、各大学は「付加価値」を高めようと各種資格の取得(または受験資格)が可能となる課程を設けている。

一般的なところでは「教職課程」だ。文系の学部であれば中学・高校の「国語」、「社会」、「英語」などが多く、理系であれば「理科」、「数学」が主流となる。教職課程は「将来何かあったら教師になれるから」と比較的受講人数が多い。

しかしながら、将来教師を職業として目指す人以外には教職課程の取得はお勧めできない。その理由は第一に少子化が進展する中で、教員採用数自体が右肩下がりで、仮に教職免許を持っていても実際の採用試験に合格できる可能性が極めて低いからだ。第二に20単位以上の必修科目履修しなければならず、プラス教育実習、最近ではそれに加えて介護体験なども加わり、大学生として過ごせる時間のかなりを取られてしまう。大学の卒業要件は一般に124単位だが、教職課程履修者は150単位近くを習得しなければならないのだ。本気で教師を目指す人以外には無用な資格だろう。

また、「図書館司書」、「博物館学芸員」なども教職同様に設置している大学が多く、取得自体は可能だが、採用数が極端に少なく、この2つの資格を持っていなくとも図書館や博物館で働く人もいるなどほとんど取得するに値しない資格だ。履歴書の資格欄に「図書館司書」や「博物館学芸員」と書いてもほぼメリットはないと考えてよい。

これら国家資格の他にも実に様々な資格が準備されているが、資格課程を多く並べている大学ほど、本来の教育内容に自信がない、という傾向がある。大学は本来学問を究める場所であるので、予備的に供えられた資格課程に惑わされてはいけない。

◆看護、薬学、心理学を選択する際の留意点

近年、急増している「看護」、「薬学」、「心理」についても慎重な検討が必要だ。看護師不足は確かに深刻であり、「看護師」の資格を得ればほぼ就職からあぶれることはない。4年生大学の看護学部は概ね9割以上の国家試験合格率を出しているので、看護学部進学は就職へ直結と考えられる。

が、一部大学の看護学部はそのスタッフ、学生の扱い、学費などに深刻な問題がある。詳しくは延べないが、病院経営と大学経営の両輪で運営している私大には要注意大学が少なくない。また「看護学」は世界的にも未だ確固たる学問領域として確立されたと言い切れない部分があり(「看護」自体の歴史は古いが「学問」としては新しい分野である)ので、教員スタッフや大学自体についてしっかり調べたうえでの大学選択が重要だ。

文科省の方針で、医学部の新設はほぼ認められていないので、代わりに薬学部を開設する大学がここ10年ほど目立っていた。薬学部は薬剤師の資格習得を基本的には目指す学部で6年制だ。私学であれば学費も安くはない。薬剤師資格の社会的価値(マーケットバリュー)と薬学部への学費を天秤にかけるのは、あまりにも単純な比較だが、「医薬分業」(医学的治療は病院若しくは開業医で、薬の処方は薬局で)という国の施策の中、一般薬局に勤務する薬剤師の給与はどんどん下がっている。大病院や研究所、大学などに勤務していると一般の会社員より安定的に良い待遇を得られるが、大資本のチェーン店のドラッグストアなどでは時給が1500円を下回るケースも少なくない。

薬剤師免許は確かに有効な資格だが、それが豊かな収入の必ずしも保証するものではないということは、知っておいてよいだろう。

近年、総合大学でも新設が相次いで、やや過剰な感があるのが「心理学部」だ。心理学自体は欧米に比べると日本では大学で学部単位の学習の場の設立が遅れていたことは事実だ。ただ、心理学という学問の基礎知識を持ってこの学部を選択しないと、後悔が待っている。「心理学」という響きから受験生が思いつくイメージは圧倒的に「臨床心理学」に偏っている。将来の職業像も「カウンセラー」や、「臨床心理士」だろう。

しかし、「心理学部」を卒業しただけでは「臨床心理士」は取得できない。「臨床心理士」取得のためには修士号(大学院進学)が必要だ。しかも「臨床心理士」は公的資格ではあるが「国家資格」ではない。

心理学部への進学が「カウンセラー」関連の職業に直結しないことも(勿論その基礎知識を学ぶことは出来る)知られておくべきだろう。しかし純粋に学問として心理学を勉強した人は社会の幅広い分野で活躍している。

◆「グローバル」は疑え!

世は「グローバリズム」の時代だという。人、モノ、金が国境を越えて多量、急速に行き来するのが「グローバリズム」や「グローバリゼーション」らしい。大学にも「グローバル」を謳う学部が急増しているし、どこもかしこも「グローバル時代に」を枕詞に特徴を語ろうとする。でも、「グローバリズム」の本質は何であろうか。なぜ「国際化」という日本語があるのにわざわざ「グローバリズム」と言い換えるのだろうか。私の偏った見方では、大学における「グローバリズム」はたぶんこれある種の国策と一時の流行だ。確かに国外に出かける人や来日する人の数は増加している(大学の交換留学なども増加した)。

しかし、その現象は1980年代から既に始まっていた現象で、それが拡大したに過ぎない。何も21世紀に入ってから急に世界が「グローバル化」(国際化)してきたわけではない。そして近年、世間で言われるような「グローバリズム」は米国と多国籍資本主導の「新自由主義」を押し付けるとの意図が見え隠れする。大学が嬉々として飛びつくような概念ではないと思う。

「時代の要請」というと錦の御旗のように聞こえるが、意地悪な言い方をすれば「流行になびく」だけのことだ。

例えば、かつて「21世紀にはソフト開発技術者が20万人不足する」と政府が吹聴した時代があった。SE(システムエンジニア)と呼ばれる職種を中心とするプログラム開発従事者がコンピューターの能力向上と汎用化で枯渇するから、「大学はその人材を育成せよ」、と国が指令を出したのだ。しかし実際にはSEの職場に就職したのは半数以上が文科系学部出身者であった。電子工学やコンピューターを専門としない人間たちによってSEの現場は担われていた。しかしこの職種は大企業であっても過酷な労働環境がほとんどで、仕事は覚えたもののほぼ20代後半から30代半ばで使いつぶされ、体を壊す、というパターンが当たり前になった。

当時、大学では「コミュニケーション」が新設学部の流行キーワードだった。「マルチメディア」などという言葉も散々飛び交っていた。で、現状はどうだろうか。確かにクライアントの要請に応じてプログラムを作成し、調整するSEの仕事の需要は確実に存在するけれども、「BASIC」、「C言語」、「COBOL」などのコンピューター言語だけを知っていても実務はこなせない。もう古いのだ。「JAVA」が登場し、さらに次の言語が開発されるだろう。SEとして会社勤務を経験した人のほとんどが転職を経験している。

一時的な産業界の要請に人生を合わせていこうとすると、「時代」という気まぐれに梯子を外される。私には「グローバル」も似たような軽薄な流行に思われる。時代は何年も前から「国際化」が進展しているのだ。

◆「リベラルアーツ」の再発見

大学の学部名は昨今新聞紙上で問題にされるくらいに多様化している。多分その歴史の最初が「経営学部」の誕生だったろう。「経済学」でも「法学」でもなく「経営」は企業や組織の運営を労働者ではなく「経営者」の立場から科学する学問だ。家業を継ぐ予定のある受験生や、本当に「企業経営」に関心がある受験生は別だが、「経営学部」を出たからと言って、就職に有利だとか、経営者の考え方が分かるなどということはない。

「リベラルアーツ」という言葉がある。平たく言えば「広い基礎教養」とでも訳せばよいだろうか。かつて大学には必須科目として「一般教養」が置かれていたが、それよりも広い概念で人文科学、社会科学、自然科学を網羅的に学ぶことを目指すのが「リベラルアーツ」の考え方だ。

例えば、法学部に進学すれば基本的に法律の勉強をする。4年間かけて自分が専門とするテーマを絞っていき法学の中で専門を極めるわけだが、「リベラルアーツ」は言わば「広く浅く」(時には「広く深く」)知識、教養を身に着けることを目指す。やたらと細分化した学部名が増えた大学の中では「リベラルアーツ」教育を価値を見直す動きがあり、その名前を冠した学部もあるし、「教養学部」、「人文学部」などといった名前の学部はおおよそ「リベラルアーツ」志向の学部だ。

将来像が描きにくい受験生には豊かな教養を身に着ける観点から一度検討をお勧めしたい領域だ。

また、先の「グローバル批判」と矛盾するようだが、比較的社会で通りがよいのは語学関連の資格試験だ。英検、TOEFL、TOEICなどで高得点を得ておくことは単に体面上の武器になるだけでなく実際の社会生活でも役立つのでお勧めできる。

そして出来れば英語以外にもう一つ意思疎通可能な言語を習得しておくと知識吸収やコミュニケーションの幅が格段に広がる。大学時代は幸い時間にゆとりがあり、まだ脳も硬直化していない。大学の講義を受講するだけでなく、自己で外国語の習得を試みることだって可能だ。

以上述べたように、大学選択もさることながら、学部の名前である程度のふるい分けをすることが可能だ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

『NO NUKES voice』鹿砦社本領発揮の第2号!田中俊一委員長をおっかけ直撃!

『裸足の季節』(1980年4月CBSソニー)

『裸足の季節』(1980年4月CBSソニー)

元祖ぶりっ子にして80年代を代表するアイドル歌手の松田聖子は数多くのスキャンダルに見舞われたが、その中でも最も大きな試練となったのが1989年に起きたサンミュージックからの独立事件だった。

聖子は78年にCBSソニーが主催したミス・セブンティーンコンテスト九州地区大会で優勝し、79年、サンミュージックに所属し、上京。80年、『裸足の季節』でデビューすると、瞬く間に人気歌手となった。

そして、サンミュージックに所属してから10年後の89年6月6日、聖子はサンミュージックの相澤秀禎社長を自宅に呼び出して、独立を宣言。6月末、契約解除となり、CBSソニー関係者の協力を得て、8月に東京都港区乃木坂の近くに新事務所、ファンティックを立ち上げた。

◆独立直後に始まった業界ぐるみの「聖子排除」

『天使のウィンク』(1985年1月CBSソニー)

独立の決断について聖子は、インタビューで「自分の生き方、仕事、そういうものに対して、“自分で”責任を持ちたいと思ったんです」(『週刊明星』89年8月31日)と説明している。聖子は90年になると、「Seiko」の名でアメリカに進出しているが、独立はその布石だったのだろう。

だが、売上の多くを占める聖子の独立はサンミュージックには大きな痛手だ。相澤社長は、昼から飲めないビールを飲み、周囲に「寂しい」と漏らした。他の芸能プロダクションにとっても、聖子の独立は所属タレントに影響を与えかねず、断じて許すことはできない。業界全体で「聖子排除」の動きが広がっていった。

『週刊大衆』(89年9月4日号)によれば、芸能リポーターの梨元勝は「彼女の場合は強引さが問題なんです。音事協(日本音楽事業者協会)の中にも、個人的見解として、今後同じようなことが起こっては問題、といっている人が何人かはいると聞いています」と、芸能評論家の藤原いさむは「相沢さんが彼女の今後の活動を邪魔するなんてことはないだろうし、そんな人間ではありません。しかし、周囲や業界はどうみますかね」とコメントしている。

『Precious Heart』(1989年11月CBSソニー)

『Precious Heart』(1989年11月CBSソニー)

音事協加盟の各芸能プロダクションは、聖子と自社所属タレントとの共演拒否をテレビ局に申し入れたため、聖子はテレビ出演の機会を失った。『紅白歌合戦』も落選し、CMの契約も次々と打ち切られた。

サンミュージックは聖子に独立に際して、他のプロダクションの協力を借りないことを条件として課していたから、聖子は芸能界で孤立した。

サンミュージックの会議室から聖子の写真が取り外されると、マスコミは号令をかけられたかのように聖子バッシングに走った。89年7月11日には、中森明菜が自殺未遂事件を起こしたが、「明菜の恋人である近藤真彦と聖子がニューヨークで不倫していたのが原因」などと、男性関係の噂話が次から次へと取り沙汰された。そして、「独立の難しさを思い知らされた聖子は、詫びを入れた上でサンミュージックに復帰する」という記事が次第に増えていった。インタビュー記事で聖子は当時を振り返って「人と会うのが恐った」と語っているが、独立の信念を曲げなかった。

◆音事協とマスコミのネガキャンが作り出した
「聖子=性悪女」というパブリックイメージ

89年11月15日、聖子は『夜のヒットスタジオSUPER』(フジテレビ)に出演し、新曲『Precious Heart』を歌った。前年の『紅白』以来、約1年ぶりのテレビ出演となったが、聖子以外の出演者は聖子と同じCBSソニー所属の歌手や俳優ばかりで、レコード会社はCBSソニー所属でも音事協系芸能事務所所属タレントは出ていなかった。音事協の幹部は番組の責任者に「どうして聖子を出したんだ」と激しく抗議したという。それだけでは飽き足らなかったのか、後日、週刊誌で「音程が外れていた」という相沢社長などのコメントが多数、掲載された。

松田聖子といえば「性悪女」のイメージが強い。2000年代までは週刊誌が「嫌いな女ランキング」を掲載すると、必ず上位につけていた。だが、そのイメージの大部分は聖子が独立した際、芸能界の意向を受けたマスコミが過剰なバッシングをした結果、大衆の脳裏に刻まれたものなのである。

▼星野陽平(ほしの・ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。

星野陽平の《脱法芸能》
◎《脱法芸能17》ジミ・ヘンドリックスが強いられた「奴隷契約労働」
◎《脱法芸能18》ヒットチャートはカネで買う──「ペイオラ」とレコード大賞
◎《脱法芸能19》ちあきなおみ──芸能界の醜い力に消された『喝采』
◎《脱法芸能20》今陽子──『恋の季節』ピンキーの復帰条件は「離婚」
◎《脱法芸能21》岩崎宏美──芸能界の人間関係が白から黒へと豹変する瞬間
◎《脱法芸能22》薬師丸ひろ子──「異端の角川」ゆえに幸福だった独立劇
◎《脱法芸能23》八代亜紀──男と共に乗り越えた演歌という名のブルーノート
◎《脱法芸能24》堀ちえみ──ホリプロから離れ、大阪拠点で芸能界に復帰

芸能界の真実を記す基本書!『芸能人はなぜ干されるのか?』6刷目在庫僅少、お早めに!

 

デジタル鹿砦社通信をご覧の皆さんこんにちは、タバコ啓蒙活動に邁進中の原田卓馬です。前回に引き続きタバコ工場見学報告、その後編です。

◆牧草のように甘く自然なタバコ葉を求めて

工場のドアが開いた瞬間、タバコ葉の香りの微粒子と水分ををたっぷり含んだような密度の高い空気が工場内から溢れ出してきました。いい匂いと感じる成分もありますが、バニラとハッカとチューインガムを適当に何種類か混ぜたような、しっちゃかめっちゃかな匂いなので体調が悪ければ頭が痛くなりそうです。二日酔いだと嘔吐しそうです。これは『ピアニシモ』、『ロゼ』などに使用しているケミカル香料の匂いのようです。熟成したタバコの葉は牧草のような甘くて自然な香りがするんですが、なんだかとても残念な嗅覚体験です。

工場内の景観はと申しますと、郊外の大型スーパーマーケットや大型家具店のように天井が高く、端から端まで見通せる巨大なワンルームになっています。刻んだタバコを風圧で送り出すための管(太くて透明な水道パイプみたいな感じ)、タバコ巻き上げ機や、巻き終わったシガレットを一時貯蔵するためのリザーバー、製品を流すためのローラー、箱詰めするための梱包マシン等がシステマティックに並べられています。

専門的な工業用機械とはいっても、タバコを刻んで紙に巻くだけなので、民家を改造して機械を運び込みさえすればタバコ工場なんてどこでもできそうだなと思いました。

◆メンソールの充満したエレベーター

1階はメンテナンスで機械を動かしていないということで、業務用エレベータに乗り込みました。ものすごく爽快なミントの残り香がします。エレベータは人の移動だけでなく物資の運搬にも使用しているとのことで、タバコに添加するメンソール原料を運搬した後はいつも空気がフレッシュになるそうです。

Wikipediaに「一部銘柄のタバコでは、香り付けや、喫煙による喉や呼吸器の炎症を軽減する目的で添加剤として使われている」と書いてありますが、炎症軽減効果なんてあるんでしょうか?

メンソールタバコを吸うとインポになるという都市伝説があります。日本では1977年に発売されたサムタイムという女性向けの銘柄でメンソールが広く知られるようになりました。「女々しいぞ!」という理由で「オカマ=インポ」みたいな風評があったという説があります。これも都市伝説の域を超えませんね。

◆システマティックなマシン

2階に到着しました。稼働中の工場の騒音は凄まじく、前持って渡されていた無線機とヘッドフォンが抜群の威力を発揮します。モーターやコンプレッサーの爆音と、湿った暖かい室温と、香料の匂いが伴って、空間が飽和状態です。生声で話すなら大声で叫ぶか、耳にキスしそうなくらい接近しなければなりません。ヘッドフォン越しだとコミュニケーションが一方通行なので、あれこれ質問し辛いです。

刻んだタバコ葉が風圧で機械に送り込まれるところと、巻き上げたシガレットが積み上げられていくのはよく見えるのですが、肝心の巻き上げてカットするところを見ることができません。

もっと機械に近寄って観察したいものですが、安全上の配慮ということで遠くからしか見ることができません。立ち止まって眺める時間はなく、係の人はどんどん歩くよう催促します。機械がどんなコンビネーションで動くのかピタゴラスイッチ的アハ体験がしたかったのですが、機械に近づけないので全体の流れがよくわかりません。

シガレット巻き上げの機械が1階、2階の2フロアで合計22台あります。ハイスペックなものだと一台のマシンで一分間に20000本のシガレットを製造するというのだから技術の進歩は凄いですね。同じ銘柄のタバコでもボックスとソフトで製造工程が別になるみたいです。梱包によって微妙に煙の味や香りが違うという説がありますが、製造ルートが途中から分かれているので多少の違いはあるかも知れません。

◆優秀なブレンダー

ですが、JTには優秀なタバコテイスティングをするブレンダーの人達が製品にブレがないか味見をしているので、素人にもわかる違いがあるかは疑問です。なんせ、タバコの銘柄をあてるのなんて朝飯前だというのです。五感が狂うと仕事に支障をきたすので、寝不足も二日酔いも風邪をひくことも御法度で、刺激の強いスパイシーな料理?たとえばカレーとか?は勤務前は厳禁だといいます。

勿論、タバコの味と香りを確かめるための喫煙なので、煙を肺にはいれず、粘膜で煙を楽しむ口腔喫煙《クールスモーキング》です。

ブレンダーの人にインタビューしたかったけれども、工場見学当日は残念ながら不在ということでした。そんなに鼻の利く人が香料のフレーバーが充満した工場内で精神に異常をきたさないのか甚だ疑問ではあります。

さて、アメリカンスピリットなどの普及で若者を中心にシェアを拡大しつつある、ナチュラル無添加タバコというのがありますね。他にもプエブロ、チェ、スモーキング・ジョーなど市販されているものがいくつかあります。そんな折、2014年12月中旬にJTから「キャメル・ナチュラル・ボックス」「キャメル・ナチュラル・ライト・ボックス」の二銘柄が東京都、神奈川県、大阪府の一部販売店で新発売となるようです(2014年11月25日JT発表)。

日本の産業構造は優秀な技術者が「安かろう悪かろう」のために才能の無駄使いを強いられて来た側面があるので、香料無添加のキャメルは非常に楽しみであります。

念のためお断りしておくと、先ほども申し上げたように、「タバコは口腔喫煙《クールスモーキング》が基本」です。もし、吸っているタバコがいまいちおいしく感じなかったら、騙されたと思って肺を通さず、煙を鼻からふかしてみて下さい。いつもと違う楽しみ方ができる、かもしれません。

皆さんも是非、タバコ工場見学に応募してみてくださいね!

日本たばこ産業(株)北関東工場

[見学先]日本たばこ産業(株)北関東工場
〒321-3231 栃木県宇都宮市清原工業団地10

▼原田卓馬(はらだ たくま)
1986年生まれ。幼少期は母の方針で玄米食で育つ。5歳で農村コミューンのヤマギシ会に単身放り込まれ自給自足の村で土に触れて過ごした体験と、実家に戻ってからの公立小学校での情報過密な生活のギャップに悩む思春期を過ごす。14歳で作曲という遊びの面白さに魅了されて、以来シンガーソングライター。路上で自作のフンドシを売ったり、張り込み突撃取材をしたり、たまに印刷物のデザインをしたり、楽器を製造したり、CDを作ったりしながらなんとか生活している男。早く音楽で生活したい。
ご意見ご感想、もしくはご質問などはtwitter@dabidebowie
このコーナーで調査して欲しいことなどどしどしご連絡ください

原田卓馬の《紫煙革命11》実録!タバコ工場見学の巻(前編)
田中俊一委員長自宅アポなし直撃取材を終えて

今日の電気も原発ゼロ!『NO NUKES voice』Vol.02

 

デジタル鹿砦社通信をご覧の皆さんこんにちは、タバコ啓蒙活動に邁進中の売れないミュージシャン原田卓馬です。

先日遂に、念願のタバコ工場見学に行ってまいりましたので早速レポートいたします。

◆鬼怒川を越えるとそこは広大な工業団地だった

工場の外観

清原工業団地は宇都宮駅の東方8.5kmの工業団地で、387ヘクタール、東京ドーム82個分の広さであります。今、調べてわかったのですが「東京ドーム何個分の広さです」っていうのは一個あたり4.7haという計算をするみたいです。また1つ豆知識が増えましたね。小学校の頃は雑学の本と図鑑と辞書が好きでした。

海辺に面していない内陸の工業団地としては日本最大で、元々は戦前にゼロ戦を作っていた中島飛行機の飛行場として使用していた場所の跡地だそうです。

キヤノン、カルビー、久光製薬、中外製薬、松下電器産業などテレビCMでお馴染みの有名企業が軒を連ねて、40社以上の工場が立ち並んでおります。シラミ潰しに工場見学したいものであります。

その一角に四方をフェンスで囲まれて植え込みで少し目隠しをした日本たばこ産業JT北関東工場があるわけですね。15ヘクタール、東京ドーム3個分の広さであります。

◆JT北関東工場に到着

並んだ机

あいにく、敷地内写真撮影禁止だったので色々お見せできなくて残念ですが、文学的に描写するので想像してみてください。

ゲートを通ると警備室兼受付があり、敷地内に案内されました。灰色の建物の自動ドアをくぐると中は小学校や市役所に似た公共施設っぽい雰囲気で、入り口からすぐの視聴覚室みたい部屋に通されました。

折りたたみ式の長机とパイプ椅子が三列ずつ並べられて、一番前の席にペットボトルのお茶が置いてあります。係の人に案内されて着席すると、目の前にはスクリーンがあり、パワーポイントを使ってJT工場の概要を解説してくれます。
お茶はJTビバレッジの辻利でした。

製造のおおまかな流れを説明すると、栽培したタバコ葉を中間貯蔵施設で1年貯蔵し、工場で水をかけて細かく刻んでブレンドし、香料をまぶして熟成し、機械で紙にまいて、箱に詰めて、出荷するということでした。もちろん、香料については詳しい説明はしてもらえませんでした。

北関東工場では主に、『メビウス』、『セブンスター』、『ピアニシモ』、『ロゼ』などを製造しているそうです。東日本大震災の時はこの工場も被災したそうで、その時壊れた丸い掛け時計が展示されています。震災の後、タバコの供給が間に合わず品切れになっていた銘柄がいくつかありましたね。

◆在来種が気になる

キセル用の刻みタバコ「小粋」

香りとコクのある黄色腫、香料と相性のいいバーレー種、江戸時代に日本で品種改良された在来種があるようで、三種類のタバコ葉を独自にブレンドしているということでした。それぞれが単体でどのような香りや吸いごたえがあるのか試したいという要望を伝えましたがJTではそういったサービスは行っていないそうです。

『小粋』というキセル用の刻みタバコがJTで製造されているのですが、原料は在来種なのか尋ねてみました。タバコのブレンドのレシピについては口外できないということでした。

調べてみると、『小粋』は在来種の松川葉・達磨葉・出水葉・指宿葉・水府葉の全5種のブレンドで作られるようでした。そのくらい教えてくれてもいいのに。日本独自の成長を遂げた在来種のタバコを吸ってみたい方は是非ともキセル喫煙に挑戦してみてください。
2012年にはブレンドではなく、それぞれ単体での販売もされたようですが、現在は3種類のみが限定販売されているそうです。

◆遂に念願のタバコ工場に足を踏み入れる

工場の帽子

ひと通り説明を受けてから、いよいよ工場棟に入ります。工場内は気温も湿度も高いので上着を脱ぐよう指示を受けました。「注文の多い料理店」がトラウマなので知らない場所で上着を脱ぐのは苦手ですが、半袖でちょうどいいくらいだということなのでコートを脱ぎました。靴に不織布の袋を被せ、髪の毛をカバーする帽子を被り、黄色いゼッケンを着用して、首から無線機をぶら下げて、ヘッドフォンを耳にあてます。工場内は機械の騒音がうるさいので、案内の音声が聞こえるようにするための工夫とのことです。

工場棟までの廊下には工場勤務の社員の方々ひとりひとりの一年の抱負を書いた紙が貼りだされています。更衣室がありました。制服の作業着は男性が薄緑色、女性が渋めのピンクです。駅の掃除係の人みたいな感じ、という印象でした。
工場棟の直前に設えてある手洗い場で手を洗い、アルコール消毒します。工場ゲート外からでも芳ばしい甘いタバコ葉の香りがします。ウイスキーのような木を焦がした甘い香りです。ドアが開きました。(後編に続く)

▼原田卓馬(はらだ たくま)
1986年生まれ。幼少期は母の方針で玄米食で育つ。5歳で農村コミューンのヤマギシ会に単身放り込まれ自給自足の村で土に触れて過ごした体験と、実家に戻ってからの公立小学校での情報過密な生活のギャップに悩む思春期を過ごす。14歳で作曲という遊びの面白さに魅了されて、以来シンガーソングライター。路上で自作のフンドシを売ったり、張り込み突撃取材をしたり、たまに印刷物のデザインをしたり、楽器を製造したり、CDを作ったりしながらなんとか生活している男。早く音楽で生活したい。
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今日の電気も原発ゼロ『NO NUKES voice』Vol.02

 

12月4日から10日まで「人権週間」であるという。法務省のHPには、

平成26年度北朝鮮人権侵害問題啓発週間ポスター(法務省)

「国際連合は,1948年(昭和23年)12月10日の第3回総会において,世界における自由,正義及び平和の基礎である基本的人権を確保するため,全ての人民と全ての国とが達成すべき共通の基準として,世界人権宣言を採択したのに続き,1950年(昭和25年)12月4日の第5回総会においては,世界人権宣言が採択された日である12月10日を「人権デー」と定め,全ての加盟国及び関係機関が,この日を祝賀する日として,人権活動を推進するための諸行事を行うよう,要請する決議を採択しました。我が国においては,法務省と全国人権擁護委員連合会が,同宣言が採択されたことを記念して,1949年(昭和24年)から毎年12月10日を最終日とする1週間(12月4日から同月10日まで)を,「人権週間」と定めており,その期間中,各関係機関及び団体の協力の下,世界人権宣言の趣旨及びその重要性を広く国民に訴えかけるとともに,人権尊重思想の普及高揚を図るため,全国各地においてシンポジウム,講演会,座談会,映画会等を開催するほか,テレビ・ラジオなど各種のマスメディアを利用した集中的な啓発活動を行っています。皆さんもお近くの催しに参加して,「思いやりの心」や「かけがえのない命」について,もう1度考えてみませんか?」とある。

なるほど、「人権」意識の啓発は確かに意義がある。殊に「個人情報保護法」や「特定秘密保護法」が「人権」侵害の蹂躙を巧みに準備している今日、また隠された放射能汚染により命の危険が身に迫る庶民にとっては、国の横暴から身を守るすべとして「人権」の正しい理解が進むべきだ。

第33回全国中学生人権作文コンテスト入賞作文集(法務省)

◆奴らは無垢な中学生さえも悪用する

と、書き出したのは新聞に不思議な広告を目にしたからだ。

北朝鮮人権侵害問題啓発週間 12月10日(水)~16日(火)」との見出しで横には「日本に帰る! その日を信じて・・・」と書かれたポスターが掲載されている。どこかの拉致問題関係団体か民間右翼が主催するのかな、と思い紹介文に目を通したら、何と法務省がスポンサーの広告ではないか。

その横には「全国中学生人権作文コンテスト」で昨年、内閣総理大臣賞を受賞した中学生の顔写真と作文の要旨が紹介されている。

作文の題は「それでも僕は桃を買う」だ。

記事では「昨年度は、○○(記事では本名)さんの『それでも僕は桃を買う』が内閣総理大臣賞を受賞しました。この作文は、福島産であることを理由に、国籍の違いで差別を受けた自分を投影し、偏見を持たない差別をしない姿勢の大切さを訴えかけています」とある。

中学生はこの作文で一番伝えたかったことして、「福島産の桃が偏見を持たれて差別されていることと実体験と重なり、差別される側の気持ちを知っている身として、この間違いを伝えていかなければいけないと思い、この作文を書きました」と記している。

無知な善意を悪用する政治権力の薄汚さにムカつきを覚える。奴らは無垢な中学生さえも悪用する。

法務省のHPで作文の全文を読んでみた。中学生は心優しい子に違いない。自分が差別された経験から想像を豊かにして「偏見」や「差別」は許されないと考えている。そこまでは間違ってはいない。だが中学生は「差別」と「区別」を混同してしまっている。全くもって仕方のないことではある。大人でも放射性物質の危険性を正しく認識できていない人も多数いるし、テレビ、新聞では放射性物資の「正しい危険性」などほとんど報道されないし、学校でも教えてはもらえないのだから。

年齢が低いほど人間は放射線への感受性が強いこと、現在流通している食物、ここで言えば「桃」の出荷規制基準は1キログラムあたり100ベクレルであり、それは福島原発事故前の汚染濃度の1000倍に相当すること、同時に事故前1キロあたり100ベクレルは「低レベル放射性汚染物」であったことなどをこの中学生は知らないに違いない。中学生の「無知」を謗るのは気の毒だ。

同時に福島の農家への温かい眼差しには何の悪意もないどころか、人間的な視点にあふれている。

だが(もうここで私が繰り返すまでもないが)、福島(福島だけではない、広く東日本)は深刻に汚染されてしまった事実は消し去れない。農家には全く罪がない。いや罪がないどころか農家は明らかな「被害者」だ。「被害者」などという言葉では足りない。物静かで我慢強い東北の農家。彼らの糧である土地を修復不可能に汚染した犯罪者は東京電力とこの国の政府だ。贖われるべきは放射能被害被災地の人々の生活であり、健康だ。中学生が善意で「桃を買う」ことは犯罪を隠ぺいする行為に加担させられているだけであると気が付いてほしい。

東京の駅頭などで地元から持ってきた作物を売っている福島県の農家の方を目にすると、何とも複雑な気持ちになる。心の中で「ごめんなさい」とつぶやきながら目を合わせることができない。こんな関係性を作り出した連中を心底許せないと思う。

◆「拉致問題」解決を「北朝鮮敵視」にすり替えた安倍自民

で、「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」である。

「北朝鮮当局による人権侵害問題に対する認識を深めましょう」とのリードで始まる文章はもうここで紹介したくない。

私は朝鮮民主主義人民共和国の政治が好ましい状態だとは全く思わない。同国は独裁国家であり人権問題が多数存在するだろうと認識している。日本人拉致も重大な犯罪だ。拉致されたご本人、ご家族の苦境は底知れないと思う。

しかし、拉致被害者の家族は明らかに恣意的な勢力に利用されている。私は拉致問題を本気で解決しようと思うなら朝鮮と直接交渉をして、机の下で幾らの金を渡してもいいから人命第一で交渉するしか方法は無いと考えてきた。そうしなければいたずらに時間が過ぎるし、被害者ご当人、家族にとっての心労が増すだけだからだ。

が、安倍を先頭に、拉致被害者家族を取り巻く連中はそうはさせなかった。「拉致問題」の解決を「北朝鮮敵視」にすり替えて、被害者家族を利用し尽した。「北朝鮮は危険な国だぞ!北朝鮮はミサイルを飛ばしてくるぞ!支援なんかもってのほかだ!」と世論を煽り、国会議員の多くは「拉致被害者救出に協力する意思表示」の青いバッチを身に着け始めた。在日朝鮮人、韓国人の人への差別も「拉致問題」をきっかけに極めて悪辣になり、「いい朝鮮人も悪い朝鮮人も殺せ」というプラカードが平然と街を闊歩するようになる。「拉致問題」を政府は軍事化に利用し、民間右翼は更なる「差別」の助長に利用しただけだ。奴らに「拉致被害者の早急な解決」意思など微塵もない。

独裁国家に「圧力」をかけたら意固地になるに決まっているじゃないか。現代の国際紛争や過去の戦争を見れば一つの例外もなく「サンクション」(経済制裁)は当該独裁国の反発しか生んでいない。更に「拉致問題」を米国の力を借りて解決しようと被害者家族を米国議会に送って発言させるに至っては、狂気の沙汰としか表現できない。問題解決を目指すなら決定的な逆効果だ。

かつて拉致被害者家族会の事務局長を務めていた蓮池薫はやがてこのことに気が付き、「家族会」を離れることになる。最近の蓮池さんは「家族会事務局長」当時の憑き物が落ちたように穏やかな表情になり、私同様「北朝鮮を潰しては被害者も返って来ない」との立場から発言されることも多い。

だいたい「人権週間」に税金を使い特定の国を名指しで攻撃する「啓発」などどのように合理的な理由づけができるというのだ。人権問題を抱えた国など世界中にあるではないか。いや、世界を見渡さなくとも「人権週間」に「被曝強要作文」に最高賞を与えたり、特定の国に言いがかりをつけて無駄金を使う国の権力者にこそ「人権教育」がなされるべきだ。しかし、ここまでの「確信的」人権蹂躙犯罪者には「教育」で矯正は無理だろう。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎《大学異論18》「過激派」は学生でなく今の日本・安倍政権!──京大集会見聞記
自民党の報道弾圧は10日施行の秘密保護法を後ろ盾にした恫喝の始まり

『NO NUKES voice』鹿砦社本領発揮の第2号!

 


1983年、「ドジでノロマな亀」の日本航空の客室乗務員訓練生、松本千秋を『スチュワーデス物語』(TBS)で演じ、大ブレイクした堀ちえみは、その4年後の87年3月、20歳の誕生日を迎えた直後に芸能界から忽然と姿を消した。


[動画]堀ちえみ『青い夏のエピローグ』

ちえみは、81年にホリプロタレントスカウトキャラバンで優勝し、ホリプロに所属し、翌年82年、『潮風の少女/メルシ・ボク』でレコードデビュー。そして、その翌年には『スチュワーデス物語』の放送が始まり、大ヒット。ちえみの存在は社会現象となった。一見すると順調なタレント人生のようだったが、あまりの人気でちえみはプレッシャーに押しつぶされた。

87年3月、ちえみは、体調の悪化を理由に芸能活動を停止し、以降、実家のある大阪で休養し、事実上の引退状態となった。

『クレイジーラブ/愛のランナー』(1984年10月キャニオン・レコード)『愛のランナー』は花王エッセンシャルシャンプーCF曲で両A面仕様

◆作曲家=後藤次利との不倫スキャンダル

確かにちえみの体調は極度に悪化していた。デビュー当時、50キロあった体重は、1年ほどの間に14キロも減って35キロになり、「拒食症ではないか」と囁かれ、慢性的な不眠や胃痛にも悩まされた。

その主な理由とされたのが、作曲家の後藤次利との関係だ。86年7月、深夜、後藤がちえみのマンションから2人で出てくる写真を『FRIDAY』が掲載し、波紋が広がった。後藤は妻子ある身であり、2人の関係は許されざるものだった。

また、当時、後藤はおニャン子クラブを始めとするアイドルの楽曲を多数、手掛ける売れっ子であり、ちえみは芸能界を代表するホリプロに所属していた。業界でホリプロを敵に回して仕事をすることはできない。2人の関係はあっけなく破局した。

◆ホリプロにコキ使われ、身も心もボロボロに

休養宣言をした際のちえみの発言を当時の週刊誌から抜き出してみよう。

「もう東京に戻ってくることはないでしょう。それに2年、3年経ってからも受け入れてくれるのかわからないし、それが通じるほど甘くないですからね、この世界は」

「アイドルは人形じゃないんだし、私は自分の主張をもって生きてきましたから」

「芸能界に入ったのが間違いだった。今は体を治すことに専念したい」

「大人たちのトラブルに疲れました。芸能界に未練はありません」

「忙しいときには毎日、二、三時間しか睡眠がとれませんし、食事も楽屋やスタジオなんかでは、十分ぐらいで折り詰めのお弁当をかき込まなければなりません。ぜいたくいうわけじゃありませんが、毎日毎日、同じような幕の内じゃ食欲もなくなりますよ」

「(『スチュワーデス物語』出演中には、1シーン撮影するのに3度も4度も倒れたことさえあったが)だからといって、簡単に休んだりはできないわけです。私が穴をあけると、制作会社とホリプロの間がこじれちゃう。ホリプロには先輩や後輩もいるから、私のために迷惑はかけられないと、無理を重ねることになるんです」

「おカネですか。何も残りませんでしたね。私の場合、親も元気に働いているから、収入は少なくてもいいと思っていたんです。いま思えば、もう少し親孝行をする方法があったんじゃないかと……」

ちえみはアイドルとして大成功を収めた。だが、ホリプロにいいようにコキ使われ、稼ぎは搾取され、私生活も制限され、文字通り身も心もボロボロになってしまった。バカらくしてやってられない、というのが本音だったのだろう。

ホリプロの常務、石村匡正は、「休養して健康になり、ちえみがもう1度芸能活動をやりたいと考えたときの受け皿を用意しておいてやるべきだと私たちは思っています」と言っていたが、ホリプロとちえみの亀裂は修復されなかった。

◆大阪拠点で芸能界に復帰した理由

ちえみは外科医との結婚を経て休養宣言の2年後の89年、松竹芸能に所属して芸能界に復帰した。ホリプロの圧力で芸能界復帰は絶望的という説もあったが、松竹芸能の本拠地である大阪はホリプロの勢力圏外だったのだ。

今でもちえみが出演するのは、大阪のテレビ番組が多いが、その背景にはホリプロとの確執がある。

▼星野陽平(ほしの ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。

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ついに政権権力が牙を剥き出しにメディア恫喝を始めた。自民党がNHKと在京民放テレビ局に対し、選挙報道の公平中立などを求める要望書を渡していたことが11月27日判明した。街頭インタビューの集め方など、番組の構成について細かに注意を求める内容は異例中の異例であり、テレビ関係者からは「編集権への介入に当たる」と懸念の声もあがっているそうだ。

だが、そんな軽いものではないだろうと私は思う。この恫喝は12月10日に施行される「特定秘密保護法」を受け皿に、現与党権力が「選挙中に俺たちに不利な報道をしたら、痛い目にあわせるぞ!わかってるだろうな!」という明確なメッセージを発したと理解すべきである。

「新党ひとりひとり」の山本太郎=参議院議員

「新党ひとりひとり」の山本太郎=参議院議員

毎日新聞によると、「要望書は、解散前日の20日付。萩生田光一・自民党筆頭副幹事長、福井照・報道局長の両衆院議員の連名。それによると、出演者の発言回数や時間▽ゲスト出演者の選定▽テーマ選び▽街頭インタビューや資料映像の使い方--の4項目について『公平中立、公正』を要望する内容になっている。街頭インタビューをめぐっては11月18日、TBSの報道番組に出演した安倍晋三首相が、アベノミクスへの市民の厳しい意見が相次いだ映像が流れた後、『これ全然、声が反映されてません。おかしいじゃありませんか』と不快感を示していた。また要望書では、『過去にはあるテレビ局が政権交代実現を画策して偏向報道を行い、大きな社会問題になった事例も現実にあった」とも記し、「1993年の総選挙報道が国会の証人喚問に発展したテレビ朝日の『椿問題』とみられる事例をあげ、各局の報道姿勢をけん制している」そうだ。

出演者の選定や、テーマ選び、果ては街頭インタビューにまで選挙前に事細かく指示するなど「編集権」への配慮など微塵もなく、明らかな「放送法」違反である。さすが「大企業の利益と戦争をする国造り」だけに熱を入れる安倍政権らしい行為と呆れるほかない。違法行為も不法行為もやりたい放題(解釈改憲)。嘘もオッケー、ねつ造問題なし(オリンピック招致演説で「福島原発の放射能は完全にブロックされています! 過去も、現在も、未来も健康被害は生じません!」と言い放った安倍をまだ読者もご記憶だろう)を旨とする安倍自民党らしい暴挙と拍手を送っておこう。

◆テレビがたれ流す「どちらかと言えば」世論の誘導政治

さすがの無茶苦茶ぶりに日本民間放送労働組合連合会(赤塚オホロ委員長)は11月28日、抗議声明を発表した。

声明では「政権政党が、報道番組の具体的な表現手法にまで立ち入って事細かに要請することは前代未聞であり、許し難い蛮行と言わざるを得ない」として報道への介入を厳しく批判している。当然だ。だが、労組だけで何故、民放各局は抗議をいないのだろうか。

自民党がそんなに気を遣わなくてもマスコミ(特にテレビ)は十分権力者に対して過剰なほど従順になっているようだが、それでもでもまだ奴らには不満なようだ。

争点の分かれる問題について「中立報道」など、どだいありえないのだ。「両論併記」という腰の引けた報道姿勢もないではないけども、過去の両論併記報道のほとんどは結果として政府与党意見への誘導へと導かれている。「原発再稼働」、「消費税」、「解釈改憲」などは問題の性質上、「賛成」か「反対」しか選択肢はありない。あたかも中間の選択肢があるかのごとく、世論調査では「どちらかと言えば賛成」、「どちらかと言えば反対」などという選択肢が恣意的に設けられるが、それ自体が世論の間違った誘導なのだ。

そもそも「報道」の役割は「権力チェック」だ。「権力チェック」を基本スタンスに持たない報道などに存在意義はない。「権力チェック」を行えば、たとえどのような政党が与党であろうが、与党に批判的な言説を中心に据えることが、「公平」の原則となる。

権力は必ず腐敗する。自民党の腐臭など地方に居てもプンプン嫌というほどに鼻をつくし、短期間だったけども民主党だって充分に腐敗したのを我々は目にしたじゃないか。自民党による「要望書」の内容は「報道機関はその本務を捨てて、与党に有利な報道をせよ」と迫っている。このような行為を「権力による悪質な圧力」というのだ。

◆「解釈改憲」は最大級の「違憲犯罪」

自公巨大与党が、やりたい放題の暴挙を続けてきたこの2年間、報道(一部の良心的メディアを除いて)は決して「中立」ではなかった。「特定秘密保護法案」は戦前の「治安維持法」よりも下手をしたら危険な法律であるのに、その危険性を国会審議前からしっかり報道がなされていただろうか。

消費税8%への引き上げは、増税に止まらず物価上昇を引き起こし、弱者を直撃することは明らかだったが、その引き上げを問題にしたメディアがどれだけあったか。新聞は民主党菅政権時代に「軽減税率適応」の裏約束を政権と交わしていたという噂があるが、それを信じてしまうほど、消費税の引き上げに対する報道は腰が引けていなかったか。そして、「解釈改憲」という最大級の「違憲犯罪」こそ報道機関であれば、その存立をかけて言論で挑むべき重大課題だったはずだが、そんな覚悟がどこかのメディアにあっただろうか。

地方紙の中には目を見張る論陣を張るものもあるにはある。『琉球新報』や『沖縄タイムス』、『東京新聞』などには全国紙に比較して余程読むべき記事や論説が目立つ。が、全国紙の凋落は「無残」の極みである。

「あなたが自民党に投票した一票は、『赤紙』になって帰ってきますよ!」
昨年の参議院議員選挙で山本太郎さんが訴えていた言葉はこの選挙にも通じている。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎田所敏夫の《大学異論》
《大学異論18》「過激派」は学生でなく今の日本・安倍政権!──京大集会見聞記

『NO NUKES voice』鹿砦社本領発揮の第2号!

『NO NUKES voice』鹿砦社本領発揮の第2号!

 

カルテルや暴力、ギャラ、男女関係など、これまで本連載で解説してきたようにタレントの独立や移籍には、いくつかのパターンがあるが、それらが複雑に絡むのが、演歌歌手、八代亜紀のケースだ。

八代亜紀は、中学校を卒業してから、15歳で熊本から上京し、歌手を目指して銀座のクラブで歌っていたが、読売テレビのオーディション番組『全日本歌謡選手権』で10週連続勝ち抜きでグランドチャンピオンに輝き、1971年、テイチクより「愛は死んでも」でデビューした。73年には『なみだ恋』が120万枚を売り上げる大ヒット曲となり、スター歌手の仲間入りをした。

◆1980年の『雨の慕情』──縁起の良い8並びの年にレコード大賞を掴み取る

『Mr.SOMETHING BLUE - Aki's Jazzy Selection』(2013年3月20日日本コロムビア)

1980年には、五木ひろしと一騎打ちでレコード大賞獲得を争ったが、この戦いは「五八戦争」と呼ばれ、事前運動で多額のお金が飛び交ったとされている。それまで八代は、実力派と言われながら、なかなかレコード大賞を獲れなかったが、この年は、デビュー8周年、八代、80年代最初の年と、8並びで縁起がいいことから、八代陣営は大賞獲りに力を入れていた。「八代はレコード大賞を獲れなければ、所属事務所の六本木オフィスから独立する」とも言われていたが、結局、1億円も投じて事前運動を展開したと言われた八代が『雨の慕情』で大賞を獲得した。

ところが、翌81年、八代のレコード売上は激減してしまった。これに不満を持った八代は、事務所からの独立を口にするようになった。頭を抱えた六本木オフィスは、業界の実力者で長良事務所を経営する長良じゅん(神林義忠)に依頼し、長良が八代の独立を阻止したと言われる。

とはいえ、その後もレコードが売れないという状況は続いた。八代の不満は募り、その矛先が所属レコード会社であるテイチクに向けられ、81年12月、八代はテイチクとの契約を解除した。

『夢の夜 ライヴ・イン・ニューヨーク Live』(2013年8月21日ユニバーサルミュージック)

◆八代が出逢った男たち

八代がテイチクとの契約を解除した直接の理由は、テイチクの社員で八代の担当ディレクターだった中島賢二の退社だった。中島は八代が『全日本歌謡選手権』に出場していたころから交際し、二人三脚でスター街道を走り、妻子がある身ながら、八代の愛人と言われ、八代の個人会社の取締役も務めていた。

だが、八代のレコードの売れ行きが落ちてゆくと中島は社内での立場を失っていった。81年暮れに、八代は契約更新の条件として中島の昇進を申し入れたが、テイチクはこれを受け入れず、中島は退社に追い込まれた。八代は「育ての恩人を冷たくしたテイチクにはいられない」と主張し、テイチクとの契約を解除した。

82年1月、中島の友人でハワイで不動産業を営む清原兼定が社長となり、八代のためのレコード会社としてセンチュリーレコードが設立され、83年には中島も取締役として経営に参画した。

センチュリーレコードは、発足1年目は年商4億円とそれなりに稼いだが、八代の不振もあり、次第に業績を悪化させていった。センチュリーとしては八代以外の歌手も売り出したかったが、そうすると八代が機嫌を損ねてしまう。センチュリーレコードは、赤字に転じた。

そして、83年ごろ、八代が新宿コマ劇場で舞台の稽古をしていた時に、腰を痛めるアクシデントが起きた。本来ならば、ゆっくり休養を取るところだが、火の車のセンチュリーは八代に仕事をさせようとした。そして、この頃から、八代と中島は口論するようになり、85年の初夏には完全に破局したという。そして、八代の新しい恋人として浮上したのが、山口組三代目組長、田岡一雄の長男で実業家の満だった。

85年秋、八代は六本木オフィスから独立して、新事務所、AKI音楽事務所を設立した。この動きに六本木オフィスの幹部は激怒し、「八代をこの業界から追放してやる」と息巻いていたというが、さらに八代は86年1月16日、センチュリーレコードからコロムビアレコードへの移籍を発表した。寝耳に水のセンチュリーレコードは、これに慌てた。センチュリーレコードには、八代以外には有力歌手が所属していない。八代の流出は、経営危機に直結する。マスコミは、中島との関係終演が移籍の原因とはやし立てた。

レコード会社の業界団体である日本レコード協会には、レコード会社間での歌手の引き抜きを禁じるカルテルがあると言われる。また、大手芸能事務所が加盟する業界団体、日本音楽事業者協会では、タレントの引き抜き禁止、独立阻止で一致団結している。

筆者が調べた限りでは、レコード業界のカルテルの拘束力はあまり強くない。問題は芸能事務所間の移籍、独立だ。大手芸能事務所から独立して、干されたタレントは数知れない。

◆男を後ろ盾にレコード会社の圧力を乗り越える

八代の一連の独立、移籍劇の背景について、芸能ジャーナリストの本多圭は、こう指摘している。

「いろいろな情報が乱れとんだ。その中で信ぴょう性がある話がひとつだけあった。その内容は、『八代が田岡にレコード会社を移りたいと相談をもちかけたんです。そこに田岡がお嬢(美空ひばり)になんとかしてやってくれと頼み、それをお嬢がコロムビアの正坊地会長にリレーした』というものだった。(中略)寄ってたかって、八代潰しに奔走するはずだ。ところが、そういう声があったものの、動いた様子は見当たらない。八代のバックに田岡の気配を感じたに他ならないからと言えまいか」(『噂の真相』86年10月号)

女性タレントの独立、移籍事件が起きると、しばしば「男が入れ知恵をしている」と報じられる。女性タレントの独立、移籍を阻止するには、バックにいる「男」を潰さなければならない、というのが芸能界の論理であり、メディアもそれに引きずられる傾向がある。

近年のケースで言えば、沢尻エリカの独立や小林幸子の事務所社長解任事件、安室奈美恵の独立なども、その構図の中で起きた。

だが、八代の場合は、バックにいた男というのが暴力を背景に興行界に影響力を持つ大物であり、芸能界としても潰すに潰せない相手だったという点で事情が大きく異なる。

結局、八代に去られたセンチュリーレコードは、有効な対抗策を打ち出せず、86年7月に2度目の不渡り手形を出して事実上の倒産状態となった。一方の八代は翌月8月22日にコロムビア移籍第1弾シングル『港町純情』をリリースし、その後も芸能活動を続けていった。八代は男を乗り換えながら、自分の芸能人生を切り開く、たくましさを持っていたのである。

▼星野陽平(ほしの・ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。

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読売新聞社は、同社発行の英字紙「デイリー・ヨミウリ」(現ジャパン・ニューズ)が1992~2013年、従軍慰安婦問題を報道する際に「性奴隷」(sex slaves)などの不適切な表現をしていたとして、読売新聞の11月28日付朝刊に謝罪記事を掲載したという。

「性奴隷」は事実であるからその表現がそれほど大きな間違いであろうか。一般的に「慰安婦」を英訳する際には”comfort women”が用いられるが、これは「慰安」を”comfort”と直訳しているのであり、英語の語感としては、注釈でもつけないと違和感があるし、正しく理解しにくい。「慰安婦」は実態として「性奴隷」であったわけで、”Slave”が適切性を欠く表現とは思われない。

謝罪記事の中では、「慰安婦問題に関する読売本紙の翻訳など計97本の記事に不適切な表現があったことが社内調査で判明。このうち85本が『性奴隷』に当たる単語を不適切に使用し、政府・軍による強制連行や売春の強要が客観的事実であるかのように記述した記事も12本確認された」としている。

ちょっと待て。「政府・軍による強制連行や売春の強要が客観的事実であるかのように記述した記事も12本確認された」のどこが謝罪の対象となるというのだ。事実ではないか。

これは「謝罪」に名を借りた「慰安婦は無かった」と歴史のねつ造を画策する首相安倍や、右翼連中の主張を後押し、推進するための開き直りに他ならないではないか。読売新聞は「新聞がどこまで翼賛化できるか」の実験をしているようだが、歴史事実までを捻じ曲げないと「翼賛化」の先頭には立てないということか。朝日の「吉田問題」を散々叩いた以上、それに符合する歴史事実は全て歪曲しないと「翼賛化」は担えないということかこの新聞、中には良心的な記者もいるのだろうが、総体としては「市民の敵」でしかない。新聞の名に値するレベルに到底到達していない。嘘をばら撒く歴史改竄主義のアジビラだ。

◆トンデモ過ぎる2002年早大講演での安倍発言

安倍がまだ小泉政権の官房副長官であった2002年、早稲田大学で講演をした。その際安倍は以下のように述べている。

「有事法制を整えたとしてもですね、ミサイル基地を攻撃することは出来ます」

「先制攻撃はしませんよ。しかし、先制攻撃を完全に否定してはいないのです」

(日本に対するミサイル攻撃を準備した)基地を叩くことは出来るんです、憲法上ですね」

「大陸間弾道弾はですね、その、憲法上はですね、憲法上は問題ではない」

「日本は非核三原則があるからやりませんけども、戦術核を使うということは昭和35年の岸総理答弁で、違憲ではない、という答弁がされています。それは違憲ではないのですが、日本人はちょっとそこを誤解しているんです」

「憲法自体を変えるというのは(中略)ちゃんとやらなければいけないと思うのですが、安全保障の問題というのはいつ突然起こるか分かりませんから、解釈を変えておかないとですね、もう詭弁に詭弁を弄していますから、限界なんですよね」

この発言「サンデー毎日」6月9日号でスクープされたが、読売新聞はその時だって何もコメントを発していない。

安倍が首相になるなど、当時は「悪い夢」でしかなかったけれども、その後不幸なことに我々は、奴を2度も首相に頂いてしまった。

第一次安倍内閣では、「防衛庁」が「防衛省」に格上げされた。教育基本法が改悪された。そして安倍は本気で改憲に向かっていたところ、持病で辞任に追い込まれた。

その後自民党政権が崩壊して民主党が政権を取った際、私は大して期待はしなかったけれども、最低「改憲」や「軍事化」への速度が収まるなぁと少し安堵していた。当時自民党の総裁は谷垣。谷垣は宏池会(自民党の中では比較的リベラルとされる派閥)に属する人間で党内での受けはよくなかった。

野党時代の自民凋落が止まらないので谷垣は総裁選挙で出馬すら認められず、安倍が総裁に就任する。暗雲はこのあたりから見えてはいた。

そして民主党の野田政権の「自爆解散」により、安倍自民党が圧勝し、今日の暗黒時代へと続く。

◆詭弁に詭弁を弄す安倍、読売の「愚弄」行為

読売新聞は、万々歳だろう。そして安倍は2002年に早稲田大学の講演で言い放ったように、「憲法自体を変えるというのは(中略)ちゃんとやらなければいけないと思うのですが、安全保障の問題というのはいつ突然起こるか分かりませんから、解釈を変えておかないとですね、もう詭弁に詭弁を弄していますから、限界なんですよね」を「解釈改憲」で強行した。

注目すべきは安倍自身がこの講演の中で、「もう詭弁に詭弁を弄していますから、限界なんですよね」と本音を述べていることだ。

そうだ。「詭弁に詭弁を弄して」きたのだ。詭弁とは「大辞泉」(小学館)によると、「道理に合わないことを強引に正当化しようとする弁論。こじつけ」となっている。

「道理に合わないことを強引に正当化しようと弁論してきた」と自認するのが安倍なのだ。そしてその「詭弁使い」の尻馬を足らと血道を上げてるのが読売新聞だ(「産経新聞は新聞ではない(週刊金曜日社長北村氏)」の見解に私も賛同するので「産経新聞」は議論の対象とはしない)。

安倍や、読売の行為を日本語で「愚弄」という。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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