あなたは監視されている。誰に? 警察、行政、ショッピングモール、そして携帯電話会社やパソコンのプロバイダーに。

スピード違反を取り締まる目的ではないのに幹線道路上にやたらカメラが設置されていて、それが年々増加していることにはお気づきの方も多いだろう。駅や繁華街にも様々な角度からカメラがあなたを狙っている。

「顔認証システム」というソフトも既に開発されている。多数の人々が映ったカメラ映像の中から顔の特徴をとらえてコンピューターが個体認識が出来る機能だ。

夥しい数の監視カメラに「顔認識システム」が完備されれば、ちょっと街中に出かけたあなたの行動はほぼすべて「誰か」によって追跡されることが、技術的には既に可能になっているのだ。そしてこの「顔認識システム」は日本でも既に首都圏を中心に導入が進んでいる。まだ未確認だが誰もが知っている東京に隣接した大規模なレジャー施設でもこのシステムを既に導入しているとの噂がある。

◆「防犯」の名の下で野放図に進む警察「監視システム」

このような「監視システム」導入の根拠としては、必ず「防犯」があげられる。でも根拠とされる「防犯」は一見理に適っているようだが、一方でプライバシーや一般市民の虞犯性(犯罪を犯す可能性)を根拠としたものであり、本音は「監視」であることが明らかだ。

最大の問題点は私達が知らないうちに何者かによって行動のかなりの部分を「勝手」に撮影されているということだ。これは肖像権の侵害にはあたらないのか。

更に商店で何を購入したのか、どこで誰に会ったのか、その人とどこへ行き、どのくらいの時間をそこで過ごしたのかなどまでが「誰か」によって掌握されるのはまっぴら御免だ。

◆「GPSで犯罪捜査」で国民が払うべき代償は大きすぎる

だが、その「監視」をより正確に警察が行おうとの動きがある。4月17日の朝日新聞は、

「携帯電話のGPS(全地球測位システム)情報を犯罪捜査に使いやすくするため、総務省が通信業界向けの指針(ガイドライン)を見直す方針を固めた。振り込め詐欺といった携帯電話を悪用した犯罪の摘発にいかしたい警察庁などの意向をうけた措置だ。ただ、プライバシーの侵害を心配する意見もある」

と報じている。さらに、

「捜査機関が、裁判官の令状にもとづき、GPS情報を取得できる規定がガイドラインに盛り込まれたのは2011年11月。誘拐犯や指名手配犯の居場所の把握に有効と考えられた。ただ、プライバシーへの配慮から、取得を本人に知らせる「条件」つきだった。だが、被疑者に知られると証拠を隠されたり、逃げられたりする恐れがある。誘拐犯なら被害者に危害がおよぶケースもありうる。こ のため、GPS情報は『捜査には使えなかった』(警察庁)。総務省はこの条件を削除する方針だ」

そうだ。つまり我々「誰もの居場所を携帯電話から警察がいつでも知りうることになる」ということだ。警察はここで「振り込め詐欺」等の防止を理由に挙げているが、そんなものは全くの嘘である。以前本コラム(「迷惑メール詐欺を通報しても警察はまともに対応しないことが判明」)で取り上げたが、私自身が詐欺被害に巻き込まれそうになり、警察に証拠のメールと電話会話の提供を申し出たが、警察は「詐欺かどうかは分からない」、「民事は警察の管轄外なので」(詐欺は民事ではない明確な刑事案件だ)と全く取り合う姿勢が無かった。

しかもそれは一度限りの事ではない。私はこれまで4度同様の情報提供を警察に行おうとしたが、そのうち3回は同様の「門前払い」を食らった。まともに取り扱われてことは1度きりだ。

◆グーグル、アップル、ソニー、アマゾン──「警察国家」構築で結託する要注意企業群

警察の本音は「全国民を常時監視したい」のだ。このような社会を「警察国家」と呼ぶ。そして「警察国家」完成には要注意企業が密接に関連している。

前述の「顔認証システム」を開発したのは「Google」、「Apple」、「ソニー」の3社だ。これに「Amazon」が加わったらどうなるだろうか。

Googleは驚異的なスピードで世界中の情報の集積を行っている。「Street View」などに膨大な資金を投じ、全米図書館所蔵のあらゆる書籍の電子化(著作権の放棄)まで画策したほどだこの思惑はさすがに米国出版社協会の反発を買い和解に至ったが(日本では明石昇二郎氏が孤軍奮闘した。詳細は「Googleに異議あり」2010年集英社 http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0537-b/ に詳しい)。それでも2009年時点で既に200か国で700万冊以上のデジタル化を終えているという。

「アマゾン」利用経験のある読者も少なくないだろう。自宅に早く届くし確かに便利ではある。しかしこれは「Amazon」に限らないがネットで買い物を続けるとその業者に購入者の嗜好が伝わり、これまた個人情報が蓄積されてゆく。仮に「Amazon」と「Google」が業務提携をしたらどうなるだろうか。

あなたが外出するなり「今日はAショップでB(あなたの嗜好品)が3割引き!お得ですよ! ここからの道順はナビが案内します。渋滞が無ければ現地までの凡その所要時間は10分です」という案内を始めはしないだろうか。

「始めはしないだろうか」、ではなくもう既に一部でこのようなサービスは実施されている。GPSによりあなたの行動パターンは携帯電話会社が掌握済みだから、的外れな案内ではなくその日、その時間に足を向けられるような案内がなされればあなたが「3割」お得な買い物に向かっても不思議ではない。

だが、そんな生活は余りにも気持ち悪くはないか。そしてそのような「サービス」は便利かも知れないが「必要なもの」ではない。さらに言えば「サービス」という言葉はふさわしくない。これは「誘導」だ。

◆少し前までしていた生活と同じことを復活させるだけで自由は守れる

私は「誘導」されるのは嫌だ。

そこで考えた。テクノロジーとソフトウエァの無限界な開発に翻弄されない生活を送るためにはどうすればいいのか。

出来るかどうか自信はないが答えは簡単だ。

携帯電話(特にスマートフォン)を使わなければいいのだ。「Amazon」も利用しなければいい。少々時間がかかっても欲しい書籍は近所の書店で注文すればいずれは手に入る。

全然難しいことではない。少し前まで私達がしていた生活と同じことを復活させるだけの事だ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎基地も国民も「粛々」と無視して無為な外遊をし続ける安倍の「狂気と末期」
◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気
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私がテレビを見ない理由はいくつかあるが、その中のひとつは「テレビは嘘をつく」ことだ。

やや古い話になるが、2012年1月28日たまたま友人の家に遊びに行っていたら、テレビでNHKの初心者向けニュース解説番組(同番組ブログによる)「麻里子さまのおりこうさま」という番組が、「デモ」を取り上げていた。この番組は昨年すでに終了しているが、腰を抜かしそうな大誤報に直面したので経緯をご紹介する。

◆AKB48のタレントを使い虚偽を流布したNHK

同番組は、篠田麻里子(恥ずかしながら彼女がAKB48のタレントだとは友人に教えられるまで知らなかった)、が視聴者からの投稿を紹介する形で進める番組らしい。しかし初心者向けニュース解説番組とはいえ、AKB48のタレントを使うか、と半ばあきれながら画面を眺めていた。

視聴者からの投稿が取り上げられたのだがその内容は、

「デモとは、デモンストレーションの略であり、ある特定の意思・主張をもった人々が集まり、集団でそれらの意思や主張を他に示す行為です。デモは誰でも起こすことができますが、公務員の仕事をしている人はデモをしてはいけないと法律で決まっているんですよ」というものだった。

篠田は「そうなんですね、公務員以外の方ならだれでもデモができると、確かにこう主張の自由というところが認められている気がしますよね(後略)」などと言っていたが、その時画面には≪公務員の政治行為は国家公務員法102条で禁止されている≫とのスーパーが表示された。「公務員の政治行為」が禁止されているなら公務員は選挙に投票できないじゃないか。そんなあほな話あるかい!と、AKB48のタレントを使い虚偽を流布するNHKは許しがたい!やっぱりテレビはこれだわと呆れ返った。しかしこれは公務員に対する重大な人権侵害だしNHKによるデモ弾圧だ。座視はできない。

しかもタレントを使ったこの手の番組を見ているのは篠田のファンか若年層だろう。私のようなひねくれ者は少ないはずだから視聴者は「公務員はデモ禁止」と信じきったに違いない。

私は「これ大嘘やで、こんな法律解釈完全に間違ってるわ」と少し声を上げたが、その番組を見た私の周囲の人間(高校生を含む成人5名)は「へー公務員はデモに参加したらいけないのか」と一様に反応していた。テレビ恐ろしやである。

◆NHKから届いた公式見解メール

私はこの放送は完全に法律を誤解している上に公務員の権利を堂々と否定しているので、同日夕刻NHKの窓口に電話をかけ、「公務員がデモに参加してはいけないというのは間違っているのではないか」と担当者に告げた。担当者からは「ここで意見を聞いたが、更に述べたいことがあれば番組ホームページから投稿できるのでそちらを利用してほしい」と言われた。糞生意気な態度だが、取り敢えず担当者の案内に従い番組ホームページから上記の疑問を送った(文字数400字の制限あり)。

30日になってもメールの回答がなかったため、再度電話窓口に問い合わせたところ、電話に出た女性がスーパーバイザーに電話を繋いだ。氏は「番組は見ていない」としながらも「公務員がデモに参加してはいけないということはないと思う。私自身昔自治労の人たちとデモをした経験がある。そもそもデモへの参加は憲法で認められている表現の自由だ。公務員の政治活動禁止というならメーデーなどはできない」と語った。「そうだその通りだ。だが放送で真逆のことを流しているから私は間違いを指摘している」と伝えると、「今番組制作関係者の間で公式見解をまとめている。31日には判明するので再度電話してほしい」と語った。

31日、NHKよりメールが届いた。以下がその内容。

田所 敏夫 様

いつもNHKの番組やニュースをご視聴いただき、ありがとうございます。
(※田所注:うちにはテレビがないからいつもは見ていない。たまたま見ただけだ)

お問い合わせの件についてご連絡いたします。

今回のテーマ『デモ』は昨年相次いだ中東、ニューヨークでのデモや日本国内での反原発デモなど国内外で『デモ』に関する報道が多く伝えられていたことから、番組で取り上げることにしました。この為、「政治活動に該当するデモ行為」という前提で番組を構成しています。ご指摘のあった『公務員によるデモ行為』に関しては、投稿及び番組MCの発言を補足する為に、同時に表示したテロップの表記で、公務員の政治活動が禁止されると法律に基づく正しい情報を表示しています。

番組としては、全体を総合的に見れば、政治活動に該当するようなデモが国家公務員法で禁止されていることを伝えているものと考えます。その意味では放送した番組内容に誤りがあるとまでは考えておりません。ただし、ご指摘のように、内容に誤りがあるという感想を持たれた方がいることは事実であり、今後はより一層誤解の無いような番組制作を心がけていきたいと考えております。

今後とも、NHKをご支援いただきますようお願いいたします。
お便りありがとうございました。

「麻里子さまのおりこうさま!」担当
NHKふれあいセンター

相変わらず完全に間違っている。これがNHKの公式見解だというから恐れ入る。「政治活動に該当するようなデモが国家公務員法で禁止されている」などと平気でのたまっているがこれは完全に国家公務員法の解釈を誤っている。が、いくら私が説明しても埒が明かない。NHKは聞く耳を持たないのだから。

◆人事院審査課に国家公務員法102条の意味の詳細を確認してみると……

仕方なく2月1日に国の解釈を確認すべく人事院審査課に電話をして、国家公務員法102条の意味の詳細を尋ねた。審査課の担当者は「102条には人事院規則14-7があり、そこで細かい政治行為と政治目的を定めている」と解説してくれた上で「公務員が参加者としてデモに参加することは全く問題ないですよ。デモの際に暴力行為を働いたりすれば別の法律で罰せられますけどね」と教えてくれた。

「つまり公務員がデモに参加すること自体を法律で禁止はしていないのですね」との確認の問いに「そうです。私も偶然あの番組を見ていたんですがNHKさんは誤解をしているなと感じました」と正しい解釈を教えてくれた。

◆人事院の見解を基にNHKに再度確認を求めてみると……

さすがに人事院の見解に異を唱えることはできないだろうと、NHKに4度目の電話をかけデスクと話した「人事院に確認したところ、先にお送り頂いた文章の法解釈は完全に間違っている。公務員の人権侵害に該当するから訂正放送をする等しっかりとした措置を取るべきだ。どのような措置を取るか決まったら連絡してほしい」と伝えた。

「麻里子さまのおりこうさま」は当時ホームページ持っていて、過去の放送内容などを掲載していたが、問題の「デモ」を掲載した画面に2月1日午前中には記載のなかったコメントが午後になって付け加えられていた。

その内容は、

☆公務員のデモ行為は法律で制限されていますが、すべてが禁止されている訳ではありません。禁止されているのは、国家公務員法102条等で規定されている「政治的行為」に該当する行為です。番組でお伝えしたのも、そのような趣旨です。

というものだ。また間違っている!

この記述では「公務員は限定的にデモへの参加が認められる」としか読めない。人事院の言う「参加は問題ない」と大きくニュアンスが異なるし、テレビを見ていた人間の誤解を解くことは出来ない。再度NHK窓口に電話をかけスーパーバイザーと話をする。

「そういうご意見があったことは上司に伝えておく、こちらからかけ直すことは制度上できない」と言うので、「そもそもこの問題点を指摘したのは私であり、公式見解として受け取ったメールに間違いがあることの指摘をしたのも私の方だ。常に電話代を負担し、NHKの間違いを正すようにアドバイスをしているのであり、自分の意見を述べているのではない。人事院に調査を行ったのも私でそれによってホームページを訂正しているではないか。今から1時間以内に携帯に電話をかけてほしい。そうでなければこの経緯を各メディアに発表する。法律解釈を誤った私へのメールも公表する」と告げた。

後刻番組担当者氏より電話があり、「HPの文章、田所さんに送った文章とも訂正はしない、番組の中その他の訂正もしない」と回答があった。NHKの最終見解である。氏は「(私に)送ったメールは出来れば公開してほしくない」と述べたが、公式見解と言っておきながら公開を望まないのというのは自信のなさの現われだろう。

かように、家にテレビがなく友人宅でたまたま目にした番組が大嘘を垂れ流しているのだ。普通の方のように毎日テレビを見ていれば一体どれほどの誤報に遭遇するだろうか。

個人の好みだから差し出がましいことは言わないが、

「テレビを信用してはいけませんよ」

とだけはお伝えしておく。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎基地も国民も「粛々」と無視して無為な外遊をし続ける安倍の「狂気と末期」
◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気
◎「テロとの戦い」に出向くほど日本は中東・アフリカ情勢を理解しているのか?
◎就職難の弁護士を貸付金強要で飼い殺すボス弁事務所「悪のからくり」

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なにごとも体験と思うが、多忙でなかなか体験できなかったひとつに「アイドル撮影会」がある。4月18日、かねてより「腰高」「美脚」のアイドル、大智そあちゃんの撮影会に行ってみた。

「撮影会」は、1時間近くもアイドルを独占でき、今や大盛況となっている。今は、アイドルとのつきあいかたとして重要なのが、「アイドルの、自分だけの表情を撮影してアルバムを作る」というスタイルであり、デビューしたばかりの新人とて、「ファンミーティング」ないしは「撮影会」にて、少しずつ、ファンを増やしていけるのだ。

◆元バレリーナの大智そあちゃんは「今、タンゴにはまっています」

とりわけ、ダンサーとしての大智さんは、体が柔らかく、元バレリーナの特性を生かして、片足をあげたバレエポーズや、鍛えた体幹を利してのポーズなど、さまざまな要求にこたえてくれた。

アイドルライターは語る。

「僕はアイドル養成スクールも取材しますが、長時間、体をカメラマンの要求にこたえることができる体力づくりがものすごい重要なテーマになっています。スポーツジムと契約しているアイドルたちもいますよ」

大智さんもスレンダーなボディを維持しているが、「今、タンゴにはまっています」と言う。

そういえば、筆者は池袋の某スポーツジムに某有名アイドルグループを見たが、こっそり仲がいいジムのスタッフに「あれはアイドルグループの××か?」と聞くと、こっそりと「見たことは口外しないでくださいね」と釘をさされた。

まあ、今のアイドルは踊って歌って、長時間の撮影にも耐えないとならないので、体力が必要なのだろうな、と思う。

感じたのは、「長い間、撮影していないと、カメラを扱うのに勘が狂ってくる」という点だ。今時のカメラの性能はかなり高くなっており、まちがっても露出オーバーやアンダー、もしくは、シンクロしていなく、ピンぼけしたりはしない。だが、好みのモデルと会っていて心臓がドキドキしていたりすると、なんともうまくショットが決まらないのだ。

現実として、今は秋葉原のソフマップや、スタジオでは、アイドルたちの撮影会はもはや百花繚乱。スタジオを運営している戸高光男氏は語る。

「ありがたいことに、アイドルの撮影会で、今年の7月末まで予定は埋まっていますよ。逆に、箱(スタジオ)はもう都内で抑えるのが難しくなってきているのではないでしょうか。料金もどんどん格安になっていきますし、これからはかなり競争が激しくなっていくでしょうね」

◆アイドルと1対1になり、好みのポーズが撮影できる至福の時間

さて、50分におよぶ撮影は、汗だくになったが、なんとか終えてさまざまなポーズの「お気に入りショット」を撮影することができた。

こうして自分で体験してみると、「アイドルと1対1になり、なおかつ好みのポーズが撮ってもらえる」というにはなかなかに至福の時間だろう。

今、ロリータアイドルの撮影会で、「抱っこ撮影」が問題となっているようだが、そんなのは論外だ。一部のルールを守らない人たちのおかげで、全体が批判されては困る。

かつて、90年代に何度めかのレースクィーンが出てきたときに、筆者はライターとして鈴鹿サーキットや筑波サーキットに乗り込み、鈴木史華や須之内美帆などのスターをリアルタイムで撮影&インタビューした。

基本的に気が合うスタッフたちと一緒だったので、楽しいロケツアーだったが、外でレースクィーンを撮影していると、私たちスタッフの横から、後ろから、あるいは私たちの前をさえぎるようにして、一般のファンが撮影を始めるので「すみません、目線が動くのでどいていただけますか」と、ファンに叫ばなくてはならなかった。もちろん、ファンだから撮影するなとは言えない。

そうしてファンは「撮影したがるもの」なのだ、ということがいやというほどわかってきた。

◆アイドル撮影会は「先物買い」感覚

アイドル撮影会を始めた人たちは、そんなファン心理をよくわかっていたと思う。ソフマップでよくアイドルがDVDや写真集の発売に引っかけて、撮影会を行うが、常に人であふれかえっている。

撮影会の様子をニコニコ動画などで中継したほうがいいと思うが、そうなるとハプニングが起きたときに困るから、難しいだろうなと思う。

いずれにせよ、ファンとアイドルが近くなる、という点で撮影会はとても有益だ。筆者は、「AKB48」の初期を知っているが、撮影会でなかなか人が集まらずに、大島優子や前田敦子が自ら秋葉原の街頭に出て、チラシを配っていたのを覚えている。つまり、現時点で、スターの卵で初々しいかもしれないが、将来的に「大スター」になるかもしれない、という点で、アイドル撮影会は「先物買い」をしている感覚になるのである。

好みのモデルがいたら、ぜひ撮影会に出かけてみていただきたい。その至福の時間に、あなたは幸福を感じるにちがいない。

(小林俊之)

 

大智そあちゃん(ピンキーガール撮影会より)

大智そあちゃんは、新宿シアターミラクルで5月8日から10日まで
「Anna Produce心のプリズム vol.6 闇をときなす音色」
という舞台に出演予定だ。(企画・制作 プリズム)

◎自粛しない、潰されない──『紙の爆弾』創刊10周年記念の集い報告
◎「書籍のPDF化」を拒み、本作りを殺す──経産省の「電子書籍化」国策利権

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5月3日、横浜の「みなとみらい公園」で3万人を集めて行われた「5・3憲法集会」に行ってきた。公園内にブースが出ており、反原発で知られる活動団体「たんぽぽ舎」の横で、僭越ながら、鹿砦社の反原発マガジン「NO NUKES voice」や月刊「紙の爆弾」などの販売のお手伝いを微力ながらさせていただいた。

したがって、耳に入ってくる大江健三郎や落合恵子、香山リカなどのスピーチは断片的にしか聞こえず、残念だったが、それでもなお、「平和」と「命の尊厳」を基本に、日本国憲法を守り、活かすということ。そして、集団的自衛権の行使に反対し、戦争のためのすべての法制度に反対する、というスタンスは、賛同すべきものだ。

もちろん、ひとりのジャーナリストとして、改憲を含めて憲法について踏み込んだ答えを今、出すのは早計だと考えている。鹿砦社において、憲法について語る有能で知己をもつ先輩はたくさんいるし、ここで僕が叫んでも若さゆえに誰も聞く耳をもたないと思うので、声高に「憲法を守れ」と一席ぶつもりはない。ただ、僕は僕の経験の中で憲法を語ろう。

5月3日、横浜「みなとみらい公園」での「5・3憲法集会」にはおよそ3万人の人々が集まった

◆天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、憲法を尊重し擁護する義務を負ふ(憲法第99条)

まず、小学校3年生のときに、わりとリベラルな担任の教師のS氏は「日本には憲法九条があるから、戦争を絶対にしないのである」と何度も繰り返し言っていたのを強く覚えている。その説明は、もはや叫びに近かった。

もちろん、憲法は国の、政府のものであり、国民は基本的には追従する立場だ。どんな法律の入門書にも、たとえば行政書士の受験参考書にもそう書いてある。

憲法99条の条文はこうだ。

「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」

つまり99条には、大臣や国会議員や裁判官に対して「憲法を尊重せよ」という義務が定められているのだ。ここで留意すべきは、国民にはこの義務を課していないということになる。つまり99条は国民ではなく、国家権力の担い手に「憲法を尊重し、 擁護せよ」と命令しているのだ。だから憲法の基本原理である「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」の3つを遵守すべきは、一次的には国家権力だ。

だから「原発推進」は、たとえば僕に言わせれば「国民主権」に反している。大間原発ひとつとってみても、あれだけ反対者がいるのに建設が始まろうとしている。そう、誰か登壇者がいみじくも語ったが、私たちは実は「憲法」を使いこなしていない。

それなのに現政府は、改憲だと言い出しているから目も当てられない。今、憲法は戦後最大の危機にあると言ってもいいすぎではない。もはやうだるような5月の暑さの中で、たくさんの人がこの集会に集まった背景には、「私たちの憲法が危ない」という危機感が現前としてあるように思う。

多くの人は脱原発社会で、平等な社会をめざし、貧困・格差の是正を求めている。もちろん僕もそうだ。それなのに、私たちの声は、たとえば国会の議場には届かない。

◆見直すべきは「選挙制度」であり、憲法ではないと思う

4月の地方統一地方選挙で、全国規模で考えれば「無投票当選」が300人以上出たという。だれしもが政治家になりたがらないのだ。民主主義が崩壊の危機にある。

このままでは「5人も殺しましたが、悔い改めてこれから政治の世界でがんばります」「ヤクザですが、市民のために頑張ります」という御仁が出てきても、理論的にはおかしくはない。基本的には、禁治産者でない限り、年齢さえクリアしていれば選挙には誰でも出れる。もちろん日本国籍があって供託金を払えればの話だ。

「このままでは、三権が少なくとも崩壊するね。まあ日本を動かしているのは行政府でも司法府、立法府でもなく、官僚なんだけどさ」と、全国紙の記者がつぶやいた。その通りだと思う。

自民党はごらんのとおりのていたらく。野党ももう機能しない。

たとえば民主党は、東京の千代田区の選挙で区議の定数が25もありながら、ひとりしか出せないていたらくだ。 そのひとりの候補者でさえ、連日のように海江田元代表がそこかしこに応援に来ていた。過保護にもほどがあるし、民主党も地に堕ちた。

さて見直すべきは「選挙制度」であり、憲法ではないと思う。政府は完全にはきちがえている。

たとえば私が住むさいたま市北区も無投票で候補者は全員が当選だ。ところが人口は1万4000人を超えている。1万4000人の行政を、たとえば無投票の候補者に全面的にゆだねてしまっていいのだろうか。

話を「5.3憲法集会」に戻せば、実に多くの方が鹿砦社やたんぽぽ舎の書籍を買い上げてくださった。心より御礼したい。

脱原発社会の実現を目指す市民ネットワーク「たんぽぽ舎」のブース

◆安倍政権の人権感覚は「オウム真理教」以下

閑話休題。なぜ「みなとみらい公園」でこの憲法集会は行われたのだろうか。聞けば毎年、いくつかの団体がバラバラに行っていたのが、今年は「政府が憲法改正などと言い出したから」、合同で行ったのだという。

問題の根っこは、みんなつながっている。米軍基地の普天間基地から辺野古への移設に反対している人たちが船上で海保に暴力に遭っている。 これも日本政府の傲慢だ。

僕はオウム真理教が大嫌いだ。歴史から抹殺したくなるような事件をいくつも起こしてきた連中だ。だが麻原という男は、ひとつだけ的を得ることをあるセミナーで言った。

「数が多いほうが正しい。こんなバカな話はない」

そう思う。

麻原でさえ、到達した事実に、安倍某という首相は気がついていない。

現在の政権の人権感覚のなさ、盲目ぶりは、僕に言わせれば「オウム真理教」以下のしろものである。なぜ「憲法集会」は、みなとみらい公園で行われたのだろうか。横浜は世界へと通じる船の玄関口だ。戦争も原発も、貧困も、差別の問題も、もはやグローバルに論じるべきだ。だからこそ、みなとみらい公園で憲法集会が開催されたのではないか。そんな気がするのだが考えすぎであろうか。

(小林俊之)

◎反原発の連帯──来年4月、電力は自由化され、電力会社を選べるようになる

◎731部隊の「ガチンコ人体実験」跡をユネスコが「世界文化遺産」と認める日

◎自粛しない、潰されない──『紙の爆弾』創刊10周年記念の集い報告

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発生から2カ月以上過ぎても、事件現場では被害者を悼む人の来訪が絶えないようだ。今年2月、川崎市の多摩川河川敷で中1の上村遼太くん(当時13)が殺害された事件のことである。

川崎の現場では、被害者を悼む人が続々と集まってきていた

川崎の現場では、被害者を悼む人が続々と集まってきていた

かくいう筆者も4月に一度現場を訪ねているのだが、こんなことになっているのかと改めて驚かれた。花畑のような大量の献花の前には上村くんの遺影が立てかけられ、来訪者のために線香や線香立て、着火具まで用意されている。さらにその横には、生前の上村くんの写真を集めたアルバムが置かれ、かたわらのパイプ椅子に置かれた小型のオーディオプレイヤーで事件のことを伝えるニュースの音声がBGMのように流されているのである。

線香や線香立てまで用意された川崎の現場。写真左は、ボランティアで現場を管理している地元の男性

線香や線香立てまで用意された川崎の現場。写真左は、ボランティアで現場を管理している地元の男性

「これだけ花がいっぱい集まって、ほうっておくわけにもいかないので、地元の人間がボランティアで管理をしているんですよ」

現場でガイド役のようにあれこれと来訪者の世話をしていた男性はそう言って、ラミネート加工した上村くんの笑顔の写真を見せてくれた。現場にはもう一人、供えられた大量のヌイグルミを黙々と並べ直している女性もいたが、彼女もボランティアの人らしい。バスケが大好きな人気者だったと伝えられる上村くん。報道されたリンチ殺人の凄惨な内容と相まって、まさに社会全体がその死を悼んでいるのである。

川崎の現場では、警察が情報提供を求める立て看板を設置し、早期解決への強い意欲を示していたが…

◆被害者の命日に訪れた西新宿殺人事件の現場──川崎事件の現場との落差

一方、同時期にもう1件、別の殺人事件の現場を訪ねたところ、状況は対照的だった。

そこは東京都西新宿の閑静な住宅街。名もなき狭い通りで2008年3月16日早朝、帰宅途中の地元の男性(当時32)が目出し帽をかぶった男たちに金属バットのようなもので頭部などを乱打されて重傷を負い、同21日に搬送先の病院で亡くなった。男性は有名な半グレ団体と親しい関係だったとされ、そのことを原因とするトラブルが事件の背景にあったという説が有力だ。

筆者が現場を訪ねたのは今年3月21日、つまり男性の命日である。しかし、現場には花1つ手向けられておらず、凄惨な殺人事件が起きたことを偲ばせるものは何も見当たらなかった。事件から7年が経過しているとはいえ、少し前に訪ねた川崎の事件の現場が上記のような状況だっただけに物悲しい思いにとらわれた。

被害者の命日に花1つ見かけなかった西新宿の事件の現場

「まあ、半グレの事件だからね。警察も半グレなんで、やる気がないみたいだし」と言ったのは地元の女性である。被害者の命日に現場で献花を見かけなかったのが「半グレの事件」であるためなのか否かはわからないが、警察がやる気がないというのはその通りかもしれない。この事件は今も犯人が捕っていないのに、警視庁のホームページで未解決事件の情報を求めているコーナーでは、この事件のことが一切取り上げられていないからである。

かたや、川崎の事件では所轄の川崎署が現場に目撃情報を求める立て看板を設置し、早期解決への強い意欲を示していた。そういう意味では警察の扱いも2つの事件は対照的である。いずれも凄惨なリンチで被害者が命を奪われた事件であるにも関わらず……。

「どんな生命も大事」と誰もが口では言う。しかし、それは綺麗事に過ぎないことをこの2つの事件が示しているように思えた。

(片岡健)

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

◎3月に引退した和歌山カレー被害者支援の元刑事、「美談」の裏の疑惑
◎淡路島5人殺害事件へのコメントを控える元祖「集スト被害」殺人犯の見識
◎国松警察庁長官狙撃事件発生20年、今年こそ「真犯人」の悲願は叶うか

自粛しない『紙の爆弾』6月号本日発売!

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「731部隊展覧会実行委員会/新宿区婦人問題を考える会」が主催する「731部隊を検証する 4.11公開学習会」に行ってきた。講師は、「731部隊」の研究では第一人者である、慶應義塾大学名誉教授の松村高夫氏だ。

たとえば文部科学省は、昨年1月、教科書検定基準を改定し、近現代史では、「政府の統一的な見解、または最高裁判所の判例が存在する場合には、それらにもとづいた記述がされていること」としたが、731部隊について記述した教科書は「政府見解と異なる」として検定意見をつけられる恐れがある。

なぜなら、731部隊は人体実験を行い、細菌兵器を開発、製造し、多くの中国人や朝鮮人、モンゴル人を殺してきた。だが、日本政府の見解は異なるからだ。2012年には、服部議員が国会で質問主意書を出したが、「731部隊は、防疫給水活動をしていたの であり、人体実験や細菌戦を行った資料はなく、事実と認めらない」と答弁した。日本政府は、ずっとこうした見解を崩していない。

だが、中国・黒竜江省で731部隊跡を世界文化遺産に登録する準備が進められているが、もしユネスコで登録の 議論が深まり、登録が実現して世界の注目を浴びるようになったら、果たして日本政府は外圧に負けずに、同じ回答を維持できるのだろうか。

◆731部隊当事者から聞き取りを行った「フェル・レポート」の存在

「731部隊」研究の第一人者、松村高夫=慶應義塾大学名誉教授

そうしたことを踏まえての松村名誉教授の講義は、当時の731部隊の関係者から聞き取りを行った「フェル・ レポート」や「ヒル・レポート」にも言及した。たとえば、「フェル・レポート」にはこう記述がある。「炭疽菌」についての記述だ。

『野外試験の完全な細部の記述と図表がある。ほとんどのばあい人間は杭に縛りつけられ、ヘルメットとよろいで保護されていた。地上で固定で爆発するもの、あるいは飛行機から投下された時限起爆装置のついたものなど、各種の爆弾が実験された。雲状の濃度や粒子のサイズについては測定がなされず、気象のデータについてもかなり雑である。日本は炭疽の野外試験に不満足だった。しかし、ある試験では15人の実験材料のうち、6人が爆発の傷が原因で死亡し、4人が爆弾の破片で感染した(4人のうち3人が死亡した)。より動力の大きい爆弾(「宇治」)を使った別の実験では、10人のうち6人の血液中に菌の存在が確認され、このうち4人は呼吸器からの感染と考えられた。この4人全員が死亡した。だが、これら4人は、 いっせいに爆発した9個の爆弾との至近距離はわずか25メートルであった。』(『<論争>731部隊』(松村高夫著)より。

これだけとってみても、日本政府は嘘つきだ。731部隊はガチンコで人体実験をしているではないか。これは、 「細菌戦に従事してきた日本の重要な医学者」に聞き取りをしたレポートなのである。

松村名誉教授は語る。

「細菌散布による犠牲者は、8地域で死者数合計1万694人が認定されています。いまだに被害者数をはじめ、731部隊と細菌戦の実態が明らかにならないのは、資料の隠匿にも起因しています。公開された関連資料には、ソ連のハバロフスク裁判 (1949年)の「公判書類」、アメリカの戦後1945~47年の4次の報告書、(特にフェルとヒルの報告書が重要)、中国の『細菌戦と毒ガス戦』(1989年)などがあるが、肝心の日本が資料を公開していないのです」

◆731部隊の石井四郎軍医にも尋問している「ヒル・レポート」

「731部隊」を率いた軍医、石井四郎にも尋問した「ヒル・レポート」にはこうある。

『倉沢の病理標本は、ハルビンから石川太刀雄によって1943年に持ってこられた。それは、約5000の人間の事例からの標本から成っている。そのうちの400だけが研究に適した標本である。ハルビンで解剖された人間の事例の総数は、岡本耕造博士によれば、1945年に1000以下であった。この数は石川博士が日本に帰ってきたときのハルビンに現存していた数より約200多い。最初に提出された標本目録の結果からして、多くの標本が提出されていないことが明らかであった。しかしながら、最初提出されたよりも著しく多い標本の追加的コレクションを入手するには、多少催促をするだけでよかった。』

「ヒル・レポート」によれば、様々な疾病毎の事例数と研究に適した標本の事例数は、850の記録事例があったが、401例が適した標本であり、317例は標本がない。これは岡本博士の説明によるものであり、彼は500を越えない事例が石川博士によりハルビンからもってこられたことに疑いをもっている、とのことだ。

「最初に提出された標本目録の結果からして、多くの標本が提出されていないことが明らかであった」の部分に はあきれる。石井四郎軍医は、「アメリカにすべての資料を提出」することで戦犯を逃れ、命ごいをしたにもかかわらず、まだ何かを隠そうとしていたのだ。

「731部隊の戦犯」たちよ! 僕はこの戦犯たちを決して許さない。もしも許したときに、国家がまた戦争に突入したような「暴発」が始まるとも限らないのだから。政府よ!「731部隊」の戦犯が何をしたか明らかにせよ。そのことが最大の「反戦」である。

(小林俊之)


[参考動画]731細菌戦部隊と現在(1)松村高夫=慶應義塾大学名誉教授(2014年3月31日公開)

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「最近は」や「かつては」といった言葉で文章を書き始めるたびに、「ああ、自分も年をとったんだなぁ」と実感する。事実毎年年齢を重ねてきて無為に生きてきてしまったのだから一般的な「老化現象」の初期症状は甘受しなければいけないのだろう。被害者はそれを受け止めざる得ない人たちだ。つまり本コラムで言えば読者の皆さんが「初期老化現象」の被害者なのだが、我慢して読んでいただくとしよう。

カタカナの造語や流行言葉の意味がわからない時「そんなもんわかるかいな」と開き直ると、この態度自体が「初期老化現象」ともいえるのだろう。その恥ずかしい例をご紹介する。

「KY」(空気を読む)という言葉が2006年頃に流行した。2007年には流行語大賞の候補にもなった。元は若者が「空気が読めない、空気を読まない」意味の頭文字を短縮し使い出したところに語源があるらしい。

若者の造語はどんどん生まれてくる。中には定着して日常会話でも使われるようになるもののあるし、立ち消えるものもある。

そんな中にあって「KY」(空気が読めない、空気を読まない)は単なる略語ではなく、今日的な社会の特徴を捉えた含蓄に富む言葉ではないかと思う。「空気が読めない」の空気は「場の雰囲気」と置き換えても意味は変わらないだろう。若者の間では楽しい会話をしてる時、急に自分勝手な話題を展開する子供などがそれに該当するのだろうが、これを大人の社会に当てはめるとどうなるだろうか。

◆古賀茂明氏を「KY」呼ばわりした江川昭子の言には反吐がでる

「KY」は肯定的な意味として使われるわけではない。「空気が読めない」人は困った人だったり、面倒くさい人という無言の了解がある。たとえば3月末に「報道ステーション」の中で自らの降板についての見解を述べ、司会者の古舘伊知郎と口論になった元経産相役人古賀茂明氏の言動なども江川昭子からは「公共の電波で自分の見解を伝えるという貴重な機会を、個人的な恨みの吐露に使っている人を見ると、なんとももったいないことをするのか…と思う」と批判を受けているから大人として「空気を読まない」行動ということになるのだろう(繰り返しになるが私はテレビを見ないのでネット上でその場面を目にしただけだが)。

私は古舘氏も古賀氏も江川氏も意見や行動に同意しているわけではないのでその点から言えば、3者に対する評価は等価である。そこで江川氏の古賀氏批判なのだが、要するに「KYじゃないか」、「テレビの生中継らしい振る舞いをしろよ」という指摘ではないかと私には思える。この批判には納得しかねる。私がテレビを見ない一番の理由は「一方的な価値観を押し付けてくる」息苦しさが嫌いだからだが、同様に「どんな場合でも『予定調和』を崩してはならないとする気持ち悪いまでの気遣い」も堪らない。江川氏の指摘は正に私がもっとも嫌悪する『予定調和』の押し付けルールを古賀氏が乱したことに向けられている。

いいじゃないかそんなもの壊してしまえば。

◆理不尽に黙っているのは美徳ではない

これはテレビの画面の中に限ったことではなく、日々社会生活の中でかなり浸透している「無意識的」な「同調圧力」と関係がありそうだ。相当大雑把に言えば、井戸端会議や親しい友人との会話以外の場面で日本人は「議論」を忌避する傾向にあると思う。それは「会議」の中だってそうだ。会社に行けば「何でこんな馬鹿げた会議をやらなきゃいけないのか」と辟易する定例会議がないだろうか。

「会議」とは名ばかりで上役が勝手な方針を語り、担当者は黙ってその意向を聞かされるだけ。「こんな一方的な上意下伝なら、会議の意味ないじゃないですか。やめませんか」などとは間違っても発言できない。そんなことは「KY」だからご法度だ。

どうしようもない講師の講演会や勉強会などに無理やり出席させられたりした場合もそうだ。「そんな馬鹿なことあるか」と思っても会場からそれを発言することは「KY」だ。

私はこの「KY」が気持ち悪くて堪らない。だから静まり返った会議の席からも講師に質問を投げかけるし、納得できない話に拍手をすることなどめったにしない。

もう少しいえば「KY」は言葉のやり取りや態度だけに限られるものではないだろう。なぜか横並び。そこそこの好き嫌いはあっても所属している集団から逸脱する懸念のある態度や行為は無意識のうちに抑制が働く。理由を問うても「だって仕方ないだろう」が帰ってくるのが関の山だ。個人主義が発達したように見えて実は窮屈になってはいないだろうか、あなたの生活の中での他者への気遣い。

忙しいし、何かと気疲れする毎日の中でいちいち目くじらを立てろなどというつもりはない。だが「神は細部に宿る」との比喩があるとおり、途方もない不正義と矛盾にあふれた今日のこの社会は我々の慎ましやかな日常の積み重ねの上に成立している。理不尽に満ちた日々ならば、ほんの少しだけ行動を変えたり、一言だけ異議申し立てを口にすることは決して意味が小さくはないと思う。礼を失する行動を推奨しているわけではない。理不尽に黙っているのは美徳ではないといいたいだけだ。

本音を申し上げれば、「KY」(空気が読めない、空気を読めない)人間こそ日本に不足している個性だと思う。同調圧力を土台にした予定調和なんかどんどんぶっ潰せばいい。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎労働者にメリット・ゼロの「残業代ゼロ」法案を強行する「悪の枢軸」企業群
◎「テロとの戦い」に出向くほど日本は中東・アフリカ情勢を理解しているのか?
◎貴様!何様!産経様!──全ておかしい産経【主張】に逐一「喝!」を入れてみた

日本を問え!内田樹×鈴木邦男『慨世(がいせい)の遠吠え─強い国になりたい症候群』

 

「住基ネット」(住民基本台帳)という大変便利なシステムが2002年から導入されている。読者の皆さんは既にその「恩恵」を受けているはずだ。「恩恵」を受けているけれども、その実いったい「住基ネット」ってなんだ?とご存知ない方も多いであろう。

◆「無理矢理」個人識別番号が付与される「住基ネット」は気持ち悪い制度

簡単に説明しよう。総務省によると「住基ネット」(住民基本台帳)は 、
「住民基本台帳は、氏名、生年月日、性別、住所などが記載された住民票を編成したもので、住民の方々に関する事務処理の基礎となるものです。住民基本台帳の閲覧や住民票の写しの交付などにより、住民の方々の居住関係を公証するとともに、以下に掲げる事務処理のために利用されています。
・選挙人名簿への登録
・国民健康保険、後期高齢者医療、介護保険、国民年金の被保険者の資格の確認
・児童手当の受給資格の確認
・学齢簿の作成
・生活保護及び予防接種に関する事務
・印鑑登録に関する事務 」だそうだ。

「住基カード」を受け取っている人も受け取っていない人にも、既に個人識別の番号が「無理矢理」付与されている。こんな気持ち悪い制度、私は勿論大嫌いだからカードを受け取ってもいないし、私に「無理矢理」付与された番号も知らない。

◆総務省は「510億円の経費削減」と言うが、国民には「無用の長物」

総務省のHPではあれこれ「住基ネット」のメリットが書かれているけれども、こんなもの多額のシステム導入費をかけてわざわざ導入するほどのメリットがあるのだろうか。

総務省の「住基ネットはどのように役立っているの?」では、「以下に掲げる住民基本台帳法に定められた国の行政機関等や地方公共団体の事務の処理に関し、約5億6,000万件(平成25年度)の本人確認情報の提供が行われています。
・パスポートの発給申請
・厚生年金、国民年金等の支給
・恩給、共済年金の支給
・司法試験
・建設業法による技術検定 など」とされている。

が、私の身近な厚生年金、共済年金受給者の中に「住基ネット」を利用している人はいない。「司法試験」や「建設業法による技術検定」などに関係する人は国民全体から見ればごくごく少数に違いない。パスポートの申請だって通常は10年に1度の手続きだ。「年間130億円のコストがかかり510億円の経費削減」に貢献していると総務省は言うが、国民の側から見ればこんなものは、「無用の長物」以外の何物でもない。

◆住基ネットのさらに上をいく「マイナンバー」導入の権力濫用

ところが「無用の長物」のさらに上をいく「マイナンバー」制度が導入されようとしている。

内閣官房によると、
「マイナンバーは、住民票を有する全ての方に1人1つの番号を付して、社会保障、税、災害対策の分野で効率的に情報を管理し、複数の機関に存在する個人の情報が同一人の情報であることを確認するために活用されるものです。

マイナンバーは、行政を効率化し、国民の利便性を高め、公平かつ公正な社会を実現する社会基盤であり、期待される効果としては、大きく3つあげられます。
1つめは、所得や他の行政サービスの受給状況を把握しやすくなるため、負担を不当に免れることや給付を不正に受けることを防止するとともに、本当に困っている方にきめ細かな支援を行えるようになります。(公平・公正な社会の実現)
2つめは、添付書類の削減など、行政手続が簡素化され、国民の負担が軽減されます。また、行政機関が持っている自分の情報を確認したり、行政機関から様々なサービスのお知らせを受け取ったりできるようになります。(国民の利便性の向上)
3つめは、行政機関や地方公共団体などで、様々な情報の照合、転記、入力などに要している時間や労力が大幅に削減されます。複数の業務の間での連携が進み、作業の重複などの無駄が削減されるようになります。(行政の効率化)」とされている。

「住基ネット」でこのようなことは出来ないのか(してほしくはないけども)と疑問が湧くだけでなく、恐るべき本音が浮かび上がる。「負担を不当に免れることや給付を不正に受けることを防止するとともに」という文言だ。

これは要するに「行政がより監視を強める」との宣言に他ならない。「本当に困っている方にきめ細かな支援を行えるようになります」などという客引きまがいの釣り言葉に騙されてはならない。「公平・公正な社会の実現」を目指すなら高額所得者から所得税をしっかり取り、消費税を撤廃すればいいじゃないか。詐欺まがいの口上でまたも国民を騙そうとの意図がありありとうかがわれる。

「マイナンバー」が導入されたところで、これは「住基ネット」の「屋上屋根」のようなものだから、仮にあなたが経済的に窮乏しても行政から「生活保護が受けられますよ」などといった申し出がなされることはない。現在窓口に「生活保護」申請に出向いてもあれこれ難グセをつけられ断られることが社会問題化しているのに、その対策を論じることなく単に国民に「2重」の識別番号を付与してどんな福祉政策が展開されるというのだ。

2つ目に「行政手続きが簡略化される」とあるが、それならば【太字】なぜ今ある「住基ネット」を活用しないのだろうか。「行政機関が持っている自分の情報を確認したり、行政機関から様々なサービスのお知らせを受け取ったりできるようになります」とあるが、そんなもの今でも市役所や区役所に行けば問題なく確認できることばかりだ。

3つ目に「3つめは、行政機関や地方公共団体などで、様々な情報の照合、転記、入力などに要している時間や労力が大幅に削減されます。複数の業務の間での連携が進み、作業の重複などの無駄が削減されるようになります。(行政の効率化)」と言っている。これは「住基ネット」が「全く行政の効率化に役立たなかった」と開き直っているのと同義である。

◆「税金の滞納や未納、不正受給を徹底して洗い出す」ための「マイナンバー」

つまるところ、「マイナンバー」は決して福祉目的ではなく「税金の滞納や未納、不正受給を徹底して洗い出す」のが主目的であることは明らかだ。

「平成27年10月に、皆様にマイナンバーを通知するための通知カードが配布されます。 また、平成28年1月以降には、様々なことに利用出来る個人番号カードが申請により交付されます」らしいが、ここで登場する「通知カード」は「通知カードは全ての方に送られますが、顔写真が入っていませんので、本人確認のときには、別途顔写真が入った証明書などが必要になります」ということで、これは「全く何の役にも立たない行政の無駄」の典型に他ならない。

また「個人番号カードは、券面に氏名、住所、生年月日、性別、マイナンバーなどが記載され、本人の写真が表示されます。平成27年10月に通知カードでマイナンバーが通知された後に、市区町村に申請すると、平成28年1月以降、個人番号カードの交付を受けることができます」というわけで、これもわざわざ役所まで出向いて写真を提出するなどしないと入手できないし、入手したところで役に立つのは「本人確認」の時だけだろう。

健康保険証や免許書があれば本人確認は出来るのに、わざわざこんな面倒くさい手続きを喜んでする人がどのくらいいるだろうか。

「マイナンバー」制度はしきりに「本人確認に使えますよ」と宣伝をしているが、逆に言えば取得してもそれくらいの利用価値しかないということだ。

だが、この悪辣な国家は窮乏している人達を主目標に「とことん吸い上げる」為に「マイナンバー」制度を導入する。こんな制度が導入されて普通の国民には何の利益もないことは明白だ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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◎自民党の報道弾圧は10日施行の秘密保護法を後ろ盾にした恫喝の始まり

今や満身創痍の感すらある「日本国憲法」が1947年施行されて今日で68年になる。私の高校時代に政治経済を教えてくれた先生が「私は5月3日が誕生日なので『憲治』と名付けられました。私はこの名前をとても気に入っています」と話していたのを思い出す。師は数年前に定年退職されたはずだが、「日本国憲法」には「退職」してもらうわけにはいかない。

かといって、私はゴリゴリの「護憲」主義者ではない。日本国憲法が保持する精神の大方には賛同しつつも、自主憲法制定を「党是」とする自民党や多くの「改憲主義者」の目指す方向とは全く異なるが、厳密に分類すれば私は「改憲主義者」である。なぜか。それは「日本国憲法」の前文とそれに続く1条から8条の間に横たわる、あまりにも大きい乖離と不和解をどうしても受け入れることができないからだ。

◆私たちは憲法の前文に見合うような「努力」をしてきただろうか?

「日本国憲法」前文は文章として読んでも相当に躍動感がある。今この時代には考えられないような崇高な文章だが、それを生業とする人が「語る」と刺激や味わいは倍化する。「テレビに出ることのできない芸人」松元ヒロ氏の「憲法前文」はその好例だろう。

「革命宣言」と言っても過言ではないようなみずみずしい言葉が並ぶ「憲法前文」は、その思想性と到達目標の高さにおいて、芸術の域に達しているともいえよう。省みて私達はこの憲法前文に見合うような「努力」をしてきただろうか。政治家はこの理念を頭において行動しているだろうか。

さて、前述の通り私は「憲法前文」や9条以降には賛同するけれども。1条から8条までは、どう考えても納得がいかない。この憲法が施行された第二次大戦直後とはそれまで「現人神」だった天皇が「人間宣言」をした直後という事情を鑑みれば、この不徹底さは致し方なかったのかもしれないが、それこそ施行からもうすぐ70年になろうとしているのだ。自民党や「改憲派」が言うように「時代に合わせた」憲法を、彼らとは正反対の立場から、現憲法の精神を保持しながら模索するのは許されないことではあるまい。

◆これが私の改憲案──条文をこう改正すれば、憲法前文の理念を実現できる!

そこで私の改憲案を以下記す。

前文=現行憲法のまま

1条 日本国の主権は国民に存する。外国籍をもつ居住者にも不利益がないように諸法律は配慮されなければならない。

2条 天皇制、貴族制その他出生により身分を定めるあらゆる制度、因習はこれを絶対的に排除する。

3条 日本国に生活する人々は平等に生まれ平等に生活する権利を保持する。

4条 あらゆる差別はこれをしてはならない。差別を温存、助長するいかなる制度も認めない。

5条 日本国は国民に強制するいかなる国旗、国歌も保持しない。

6条 日本国民は本憲法に対立し、国民の恵沢に尽力しない政府が成立した際はその政府を排除する権利を有する。

7条 国会議員及び公務員は国民の福祉実現の為に尽力する公僕であり、その権力を過剰行使することはあってはならない。

8条 国民は主権者たる責務と公正な社会の実現に向け努力する義務を負う。

9条以降=そのまま

2015年5月3日現在、日本国憲法21条により「言論表現の自由」は、まだ認められている。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気
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◎読売「性奴隷表記謝罪」と安倍2002年早大発言が歴史と憲法を愚弄する
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「Mr.都市伝説 関暁夫の都市伝説5 メディアの洗脳から覚めた皆さんへ」(関暁夫著・竹書房) ?の登場は、実に衝撃だった。

そう、「書籍の来るべき未来」を追及する僕にとっては3つの意味で衝撃だった。まずひとつめ。

『Mr.都市伝説 関暁夫の都市伝説5』(関暁夫著・竹書房)

◆まるでYouTubeを見ているような感覚になるほどAR動画が満載

この「都市伝説」は、1万円札に織り込まれた暗号やフリーメイソンなどの陰謀などを展開してヒットを生んでいるのだが、この「5」については、AR動画がいくつものページに織り込まれて、動画を楽しめる構成になっている。つまり、動画を見るためのシールにスマートフォンをかざせば、簡単に動画が始まり、まさにYouTubeを見ている感覚になる。そのシールが随所に織り込まれているのだ。

ということは、この本は「動画を楽しむための導入キー」として機能しているということである。この本の虜になった何人かの読者に聞いたが「動画は見たが、本はあまり読まなかった」という。ということは、書籍の将来への方向性として「動画を楽しみたい人のためのマスターキー」たるものとして書籍が存在し、人たちが求めていくかもしれない、ということだ。もしもそうなら、芸能人の水着も、それから幽霊の写真も、これからは「AR動画つき」として本が売られていき、「動画が主で、文字が従」となる可能性が大きくあることを示す。

◆書籍が「パーティグッズ」として人気アイテムになるならば

ふたつめは、これもまた肉眼で見て驚いたが、この書籍を開いて、スマートフォンで怖い動画を見せる、という行為をキャバクラで見たときも驚いた。見たことはないが、パーティや合コンでの「つかみ」として男が自慢げに見せている人もいるだろう。

もし、書籍が「パーティグッズ」として人気アイテムになるならば、いい傾向なのではないかと思う。「読む」書籍としてはもはや日本については二人にひとりは年に一冊も読まない時代だからだ。

◆マイクロソフトからクレームが入るほど壮絶な陰謀説

話を「都市伝説」に戻すが、じつはマイクロソフトの陰謀を関氏が語りすぎて、マイクロソフトからクレームが入っているという。これは3つめの衝撃だ。 関氏は、テレビ番組でビルゲイツの財団が関わっている事業の一つであるワクチンについて触れ、そこで恐るべき陰謀説を語りだした。

「ビル・ゲイツは、ワクチン事業の裏で、密かに世界人口をコントロールしようとしている」という、壮絶な陰謀説を披露したのだ。これがマイクロソフトの逆鱗に触れたようだ。

◆「都市伝説」のルーツ「消えるヒッチハイカー」

「都市伝説」は、発祥がアメリカとされる。81年に流行した「消えるヒッチハイカー」はそれなりに衝撃的だった。

こんな内容だ。

(類話1) スパーダンバーグに住むひとりの男が、ある夜、家へ帰る途中、ひとりの女が道端を歩いているのを見た。彼は車を停めて「送りましょうか」と言った。彼女は、3マイルほど先の兄の所へ行くところだと言った。彼は「助手席へどうぞ」と言ったが、彼女は後ろのシートに座ると言った。途中、しばらく話をしたが、やがて彼女はおとなしくなってしまった。彼はその兄の家まで車を走らせた。その兄のことは彼も知っていたのだ。そこに着き、彼女を降ろそうと車を停め、後ろを振り向くと、そこには誰もいなかった。彼は妙に思い、その家へ行ってその兄に言った。「おまえさんに会うという女を乗せたんだけど、ここに着いたら消えちまってたよ」。その兄はまったく驚いた様子もなくこう言った。「その子は2年前に死んだ妹だよ。彼女を道で拾ったのは君で7人目さ。でも、妹はまだここまで本当にやってきたことはないよ」(http://roanoke.web.fc2.com/foreign/Vanishing_Hitchhiker.htm

◆都市伝説とは「みんなの間で語られているが、真実かどうか分別がつかないもの」

つまり、「都市伝説」とは、あえて定義すれば「みんなの間で語られているが、真実かどうか分別がつかないもの」ということだ。誰も知らない話は都市伝説にはならない。だから日本では「口裂け女」は都市伝説だ。いい女が寝てくれた。先に帰ったが、鏡にルージュで「エイズの世界へようこそ」と書いてあった。これが90年に流行した有名な「エイズ・メアリー」という都市伝説だ。都市伝説がひとり歩きしていくとき、語り部としては誰が浮上するだろう。

それは「時代が誰を選ぶか」という話となってくるが、関氏については、もはやあまりにもレジェンドとして存在が大きくなりすぎ、「それは裏がとれているのか」というわけがわからない方向に読者の関心が向かってしまうのだろうと思う。
いずれにせよ「6」が楽しみだ。いつ出るのか知らないが、それはおそらく、「書籍」の将来を示す可能性に満ちているのだから。

(小林俊之)

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◎「書籍のPDF化」を拒み、本作りを殺す──経産省の「電子書籍化」国策利権

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