外部との交流を厳しく制限され、獄中生活の実相が世間にほとんど知られていない死刑囚たち。その中には、実際には無実の者も少なくない。冤罪死刑囚8人が冤死の淵で書き綴った貴重な文書を紹介する。7人目は、鶴見事件の高橋和利氏(82)。

◆80代まで生き永らえた原動力

今年2月に発売された私の編著「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(鹿砦社)には、高橋氏も手記を寄稿してくれている。その手記は次のような冒頭の一文が非常に印象的である。

〈八十一歳。私をこの歳まで生き永らえさせているものは、足の先から頭の天辺にまで詰まり凝り固まっている司法権力への失望と満腔の怒りだ〉

横浜市鶴見区の小さな金融会社で、経営者の夫婦が殺害される事件が起きたのは1988年6月20日のこと。ほどなく殺人の容疑で検挙されたのが、現場の金融会社に出入りしていた電気工事会社の経営者で、当時54歳の高橋氏だった。それから28年。この間に高橋氏は無実を訴えながら死刑判決が確定し、再審請求も退けられているが、裁判の過程では、冤罪であることを示す数々の事実が浮き彫りになっていた。それゆえに高橋氏は、司法権力に対し、〈満腔の怒り〉を抱くに至ったのである。

髙橋氏が綴った手記の原本計20枚

◆捜査や裁判を舌鋒鋭く批判

そもそも、高橋氏がこの事件の犯人ではないかと疑われた原因は、事件の日に現場の金融会社を訪ね、被害者夫婦が殺害されているのを目撃しながら、警察に通報せず、その場にあった現金を持ち逃げしたことによる。つまり、第一発見者が犯人にすり替わってしまったのだが、この経緯を見る限り、高橋さんにも落ち度はある。

しかし裁判では、事実上唯一の有罪証拠である自白には、様々な不自然な点が見つかった。しかも、高橋さんは取り調べに対し「凶器のバールやプラスドライバーはゴミ集積場に捨てた」と自白しているにも関わらず、なぜか凶器は見つかっていない。しかも、現場の金融会社は事件の4カ月前にも窃盗に入られ、融資の借用証や不動産の権利証などの重要書類を盗まれているなど、「別の真犯人」が存在することを窺わせる事情も色々存在したのである。

高橋氏が収容されている東京拘置所

それゆえに高橋氏の捜査批判、裁判批判の舌鋒は鋭い。

〈取り調べの凄まじさは話の外で、思うだけで抑え難い怒りでむかついてくる。(略)大声で罵倒、椅子、机を蹴り、足や脇腹を蹴り、髪を掴んで振り回し、体重をかけて覆いかぶさり机に押さえ付ける。そうしたことをいくら裁判官に訴えても、証人として出廷した警察官が捜査段階での暴力や脅しはなかったと証言しているのだから、そういう事実はなかったのだ。(略)裁判官には洞察眼の欠けらもない。被告に向けるのと同じ疑いの眼を、なぜ証人の警察官にも向けて見ようとはしないのか。〉

◆妻が語る冤罪死刑囚の実像

手記だけを読むと、雪冤に執念を燃やす高橋氏について、読者は気難しい人物なのではないかという印象を持ちそうだ。しかし、妻の京子氏によると、実際の高橋氏は会社に入ってきたカマキリを追い払うことすらできない優しい性格の人だったという。前掲書では、事件の詳細のほか、京子氏へのインタビューにより高橋氏の誠実な人柄も浮かび上がっている。
 
【冤死】
1 動詞 ぬれぎぬを着せられて死ぬ。不当な仕打ちを受けて死ぬ。
2 動詞+結果補語 ひどいぬれぎぬを着せる、ひどい仕打ちをする。
白水社中国語辞典より)

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

日本テレビ「24時間テレビ39 愛は地球を救う」でパーソナリティとして活躍したジャニーズの「NEWS」が業界関係者に見直されている。メンバーがつぎつぎと離脱する窮地の連続を経験しながら、なんとかエンターテイメント界で生き残った「NEWS」が涙ながらに歌うテーマ曲「フルスイング」もよかったという視聴者からの電話やネットの書き込みも多数あった。

「マーケティング会社によれば、これで好感度がグッとあがりました。もしかすると今年いっぱいで終了する『SMAP×SMAP』(フジテレビ)のあとがまにもってくる候補としてのしあがったと思います」(プランナー)

 

NEWS四重奏(ジャニーズ研究会)

なぜ、ここにきて「NEWS」がクローズアップされるのか。

「とくにドラマ『盲目のヨシノリ先生』で、盲目になる国語教師を演じた加藤シゲアキを支えるリハビリ指導員を演じた小山慶一郎の演技が高い評価。これは視聴率20.5%をマーク。強姦致傷で逮捕された俳優の高畑裕太容疑者の代役で急遽、2日間で撮影したものだが、ネットでは『急遽の代役とは思えない演技で感動した』『同じNEWSのメンバーどうしだから息がピッタリ』といった絶賛の声も多数、視聴者センターに寄せられたようですし、SNSで展開されました」(芸能関係者)

そもそも「どうして落ち目のジャニーズの「NEWS」を抜擢するのか」という厳しい声があいついだのが、今回の「24時間テレビ」のキャスティング。だが『NEWS』自身にとっては『SMAP』解散の余波を受けて、ジャニーズの稼ぎ頭を争う戦国時代に売り込みには絶好の機会だったのだ。

「この『NEWS』は苦難の道を歩んできたグループです。03年に9人で『バレーボールワールドカップ2003』のイメージソングを含むシングルでデビューしたものの、すぐに森進一の息子の森内貴寛が脱退。05年は内博貴が飲酒で謹慎。06年は正月あけで草野博紀が飲酒で活動を自粛し、5月にこの事件をきっかけにグループの年内活動休止が発表されました。これに嫌気がさして内と草野が脱退。07年にようやくグループ活動を再開しますがなかなかCDは売れず。2011年にすでにソロとして活動していた山下智久と『関ジャニ∞』とかけもちしていた錦戸亮も脱退して解散の危機を迎えます。なんとか4人はグループ継続を誓い、ここまでこぎつけたのです」(同)

この間、グループとしてはなく、それぞが「個」の力をつけてグループ全体の力を押し上げた。加藤シゲアキは小説『ピンクとグレー』を執筆し、20万部を超えて映画化、手越祐也は好きなスポーツの知識を活かして『手越祐也&城彰二の『サッカーアース』(日本テレビ)でキャスターを務めたり、ファッションリーダーとしても王子キャラを確立、また小山慶一郎はニュース番組『news every.』(日本テレビ)でキャスターを務めるクレバーな立ち位置を確保。また増田貴久は舞台での演技に定評があり、ソロ曲を多数リリースし「Miso Soup」でTegomass(手越祐也とのユニット)としてスウェーデンでデビュー。それぞれ個の力を発揮して独自にファンを開拓して生き残ったきた希有なグループです。グループが売れてから『個』が売れてきた『SMAP』とは真逆の軌跡ですよ』(同)

かくして、今回の「24時間テレビ」で「SMAPのあと番組を埋める役回り」に緊急浮上してきた『NEWS』について「あの子たち、がんばっているじゃないか」とジャニー喜多川社長がテレビを見た感想を側近に漏らしたという情報もスタイリスト経由で入ってきた。

「ところがそう話は一足飛びに行かない。『SMAP×SMAP』が来年の春に終了する予定で動いていたフジテレビはジャニーズ事務所に対してそうとう不信感が残っている。あとがまのタレントは、報道されているように『SMAP』の元女性マネージャーとも、次期社長といわれる藤島ジュリー景子からも中立的な立場をとる『KinKi Kids』が有力だといわれるが24時間テレビの勢いをかって『ジャニーズ事務所』アレルギーが残る編成筋に『NEWS』を押し込めるかどうか。いちまつの不安は残りますけどね」(スポーツ紙記者)

フジテレビに「年内で終わる『SMAP×SMAP』(フジテレビ)のあとがまのタレントとして『NEWS』が浮上しているようだが」と聞いたが「まだ番組が年内に終了することしか決まっていません」とその先の予定については決まっていないと強調した。
メンバー間がゴタゴタした『SMAP』が去り、すでにメンバーのゴタゴタをひととおり乗り越えた『NEWS』が『SMAP×SMAP』に乗り出せば、「雨降って地固まる」で爽やかな印象が残りそうだが、現実はいかがだろうか。

(伊東北斗)

記入ミスは許されない公式採点結果の一部

「レフェリー(主審)の方が楽だ。この試合KOで決まってくれないかな!」

打ち合いの少なそうな試合の前、ジャッジ(副審)を務めるある審判員が冗談ながら小声で漏らした本音でした。

キックボクシングの判定結果は、陣営からよく不満が漏れる溜息や、非難、罵声が飛び交うことがたまにあり、観衆の前でかなり強烈な印象が残ってしまう光景があります。主要試合になるほど、ベテラン審判員が裁くのは当然ですが、僅差の攻防戦の場合、未熟な審判が採点しても、ベテラン審判員が採点しても、採点に現れる差は結局、非難・罵声が飛び交うのは同じことかなと思うことがあります。

プロボクシングで見かけた光景ですが、採点が読み上げられ、勝者コールをしたリングアナウンサーに水をぶっ掛けた陣営、後楽園ホールで青コーナーから控室へ引き上げる途中、レフェリー待機場所となっている北西の角の閉鎖シャッターを裏から“バシーン”と思いっきり叩いて行った陣営、世界戦で採点に加わっていない、裁いたレフェリーを突き飛ばした例もありました。業界でかなり有名なベテランの審判が加わっていてもこんな事態です。

キックボクシングでも昔から不満を当り散らす光景はよくあり、ジャッジに詰め寄ったり、採点集計を確認に来る陣営もよく見かけます。

「やっぱりキックは血の気の多い人種の集まりだな」という声も聞かれますが、そういう印象の強くなる観衆の前で騒ぎ立てるのはやはりやめておいた方がいいと言えるでしょう。

◆選手に安心して試合に集中できる公平なルール作り

ジャッジでは緊張感持った採点で、秤を見つめる眼も厳しい和田良覚レフェリー。計量の数値は秤が出してくれる明確さで安心感あり!

まだレフェリー教育が徹底していなかった過去の時代で目立った例は、ジャッジが未熟で認識が疎すぎて、主導権を握った優勢な展開でも5回戦で50-50という採点が付けられる試合がありました。有効打だけを見ていればそんな採点も可能ですが、明らかに手数、積極性が優っていたにも拘らず、主催者側を意識した偏りになったと思える採点でした。

また、接戦で三者の採点が分かれる原因のひとつは、優勢と見極めた個々の思考が違う場合や、ジャッジの位置によってはっきり見える位置と、見えなかった位置との印象点の違いがあるでしょう。

「レフェリーの方が楽だ」とすべての審判が感じている訳ではなく、リング上で裁くレフェリーの方が瞬時に機転を利かす判断が必要で、曖昧な判断は直接非難を浴びるので、楽とは言えないと思いますが、こんな大変な役割を担っているのもキックボクシングが大好きな人達なのだろうと思います。

選手に安心して試合に集中できる公平なルールの下(もと)、そんな過去の頼りないレフェリングや、罵声を浴びる身分の低いレフェリーから脱皮しようという革命を起こしたのが今ある二つのレフェリー協会なのでしょう(他団体レフェリーの参加も可能)。

◆ルンピニージャパン興行で来日したベテランレフェリー、ウドム・ディー・クラチャン氏

ムエタイレフェリー最古参のウドムさん。カメラ(スマホ?)を構える姿もベテラン級?

最近は本場のムエタイが上陸して当たり前の時代、現地プロモーターや公的試合役員が来日する中でのムエタイ・タイトルマッチなどでは、厳密な見極め解釈が一般的に分かり難い中、素人的な説明になってしまいます。

「パンチはほとんど軽視され蹴りに重点が置かれる」という昔からの一般解釈や、「ムエタイ独自の流れの中でポイントが付き難い前半はあまり動かず、中盤から優位に進めポイントを採って勝ちを確信したら最終ラウンドは流す」とか、「蹴られてもすぐより強く蹴り返せば、効いていない証明になり優勢」とか、「組み合って首相撲から転ばせれば優勢」とか、「相手のハイキックを、上体を後ろに反らすスウェーバックで避けるのは有利だが、相手のミドルキックを腰だけ後ろに引いた避け方は不利」などなど──。

これらはムエタイ駆け引きの中でよく聞く優勢を導く見方ですが、この辺の真実味のある話は、本場ムエタイのレフェリーなど、組織役員に聞かなければ分からないムエタイの難しい採点があることも事実で、仮に4人の審判とも日本人で裁いたらタイ側から非難轟々のクレームが来そうな雰囲気です。

7月17日、ルンピニージャパン興行で来日したルンピニースタジアムのベテランレフェリー、ウドム・ディー・クラチャン氏は裁く側のそんな経験値を歴史的にも長く持っている人でしょう。

1990年のMA日本キック連盟でのソンチャイ興行(山木敏弘氏主催)でもベテランレフェリーとして来日していたウドム氏は今もリングに立つことがあるという超ベテラン、驚きの最古参です。我タイ語がしっかり出来ればその経験値をいろいろ訊ねてみたい人物です。

◆どんな好ファイトもレフェリーがミスを犯せば台無しになる

ルールミーティングの様子

ムエタイやキックボクシングはボクシングより多彩な技があって複雑な見極めの採点基準です。仮にレフェリーにも大相撲の行司のような昇格・降格制度が作られ、更に衆議院議員総選挙の際の、最高裁判所裁判官国民審査の「辞めさせた方がよいと思う裁判官に×を付ける投票」のように、ファンや選手による「毎年1人辞めさせた方がよいと思うレフェリーに×を付ける投票」なんてあったらレフェリーも更に緊張感もってレフェリングすることになるでしょう。現状はレフェリー組織も纏まっていないので不可能ですが、そんなシステムもあれば競技発展への手段のひとつかもしれません。

レフェリーがミスをすれば好ファイトも台無しになる場合もあります。また見事なタイミングで試合を止めれば感動の名勝負で終る場合もあります。ラウンドガールやタイムキーパーだけではない、“最も重要な名脇役”という存在の“名レフェリー”と言われる実績を残して欲しい方々です。

1月31日の本コラム「抗議にも罵声にも屈せず闘い続けるキックボクシング界レフェリー列伝」に似たレフェリーに関するテーマとなりましたが、今回は採点の難しさ中心の話題に触れました。また近いうち、採点の振り分け(10-10から10-7の付けられ方)について触れようと思います。

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

民進党代表選が15日投開票され、蓮舫代表代行(48)が503ポイントと1回目の投票で、過半数を獲得し、新代表に選出された。日本と台湾の二重国籍でネガティブな報道が相次ぐ中、それをはねのけての当選は見事だが「隠された爆弾がまだある」と与党のベテラン議員。

蓮舫は、先月の末に台湾を日本の二重国籍問題がもちあがってから「私は昭和60年に国籍選択の宣言をして台湾籍を抜き、日本人です」と主張。その後の発言が二転三転し、苦しい弁明を続けていた。

「今話題の〝二重国籍問題〟は、かつてインタビューに『台湾籍は抜いている』と答えてきたが投票直前、郵送の党員やサポーターの投票が締め切られる13日に蓮舫はとってつけたように二重国籍を発表。これについて松原仁元国家公安委員長が『代表戦の運びとしてよくない』と話すなど、出馬辞退がくすぶっていた中の当選なので、頭に来て『ばかばかしい。こんなのは茶番だ』と選挙会場となったホテルで万歳三唱の中、捨て台詞を吐き捨てて帰る古参議員もいた」(民進党議員秘書)

過去のインタビューの発言で「だから自分の国籍は台湾なんですが」(『CREA』97年2月号)や「私は帰化しているので国籍は日本人だが、アイデンティティーは『台湾人』だ」(「週刊ポスト」2000年10月27日発行号」)、「どこも指摘していないが、隠された爆弾がある」と政治ジャーナリストは言う。

「実は創価学会系の第三文明社からリリースしている母親向け月刊誌『灯台』の2003年3月号で、学生時代をふりかえるインタビュー企画『マイ・スクール・デイズ』で、かつて『自分のアイデンティティー台湾を捨てるのが嫌だ』と父親に反対した記述があるのです」(事情通)

記事にはこうある。

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私は、日本と台湾のハーフです。『国籍』というか、自分のアイデンティティー(自己同一性)について考えはじめたのは小学校一年の頃です。私の名前は「謝蓮舫」なのですが、「舫」という字は常用漢字にも採用されていなくて、なかなか自分の名前を漢字で書けませんでした。このとき「自分と他者はちがう」とはっきりわかるようになり、自分のアイデンティティーを考えはじめ、父に「台湾ってどんな国なの?」と聞いたり、学校の隣の図書館で台湾に関する本を読みふけったりすることもありました。一度だけ、国籍をめぐって父と衝突したことがありました。一九八六年に、国籍法が改正され、それまでは無条件に父方の国籍に入らなければならなかったのですが、未成年でも自分の意思で父と母、どちらかの国籍を選べるようになったのです。両親の結論として「男の兄弟は、いつか結婚や就職があるから、日本国籍にしたほうがいい」ということになりました。私も日本国籍になることを勧められました。私は「自分のアイデンティティーである台湾を捨てるのはいやだ」と断固として反対しました。ですが、父親からは「そうしたほうがいいと思う」というあいまいな答えが返ってきたのです。あとにも先にも、父があいまいな答えをしたのは、そのときが最初で最後だったと思います。結局、私は帰化申請して日本人となりました。ですが、父も「謝」という姓が子どもたちの代でなくなるのはさみしかったと思いますし、本当は父の名前を私に受け継いでほしかったのではないかと思っています。
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インタビューは、出馬する前年の03年の2月に行われた。当時、インタビューしたライターは言う。

「子供を産んだばかりで産休でタレント活動を休んでいました。その中をインタビューに応じてくれて感謝しています。ところが国籍のことになると「父が(台湾籍を外す)手続きをしたので正確にはどうなったかわからない」と顔をくもらせて、しまいには「正確にお知りになりたければ、台湾に行って確認されたほうがいいと思います」と記者に確認を投げ返す始末。本当にあきれかえりましたね。取材した相手に『国籍が正確に知りたければ調べろ』と言われたのはあとにも先にもこれが始めてです」

このインタビュー記事は、一部、民進党幹部の目にとまった。

「これはまずい。公明党の支持団体の創価学会に思い切りウソをついた上に、一部の地方選挙で行っている選挙協力体制にもヒビが入る可能性がある」(前出・民進党議員秘書)

今回の民進党代表選では、とにかくネガティブな情報が流れないように大手新聞やテレビの取材ばかり優先して、「大本営発表」ばかりにしたのもげせない。記者クラブ外の記者は取材に四苦八苦して一週間ほど蓮舫の事務所は電話しても誰もでず、民進党本部に連絡して二重国籍問題について聞いても「それは事務所に聞いていただけますか」とやんわりと逃げられた。

「国会質問でとりあげられてこの雑誌が仮に出されたら、どうこたえるかだね。彼女のブレーン筋から聞くとすでに『想定問答』をしているふしもある。ただし、与党に対して辛口なキャラだけに、創価学会系のメディアに出ているのみならず『ウソをついていた』となるとかなり攻め所を残した印象だ」(同)

そして「03年の2月号の『灯台』で『台湾籍を外して日本人です』とこたえているが、本当のところはいつ外したのか」とメールで聞いたが回答は期日までになく、代表選で忙しいのか、それともこの手の質問を嫌ってか3日連続で電話には誰もでなかった。

「灯台」の版元の第三文明関係者は、蓮舫が過去、国籍を語ったインタビューについて「何も話したくない」と電話を叩ききった。

かつて「仕分けの女王」で世間を賑わせた歯切れのいい新代表が自らの国籍で永田町から「仕分け」られようとしている。

(鈴木雅久)

膨大な知識量には感嘆するものの、「知の巨人」だとしても言説は斬るべき。間違いは間違いだ。『「反原発」異論』(論創社2015年1月)で吉本隆明は、こう綴る。故人を攻撃しているわけでもなんでもなく「間違いを正して原発を廃止する」ための方策で取り上げるので、けして吉本の人格を斬るわけでない。
吉本は「反原発で猿になる」というタイトルでこう書いている。

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 僕は以前から反核・反原発を掲げる人たちに対して厳しく批判をしてきました。それは、今でも変わりません。実際、福島第一原発の事故では被害が出ているし、何人かの人は放射能によって身体的な傷害が生じるかもしれない。そのために〝原発はもう廃止したほうがいい〟という声が高まっているのですが、それはあまりに乱暴な素人の意見です。今回、改めて根底から問われなくてはいけないのは、人類が積み上げてきた科学の成果を一度の事故で放棄していいのか、ということなんです。考えてもみてください。自動車だって事故で亡くなる人が大勢いますが、だからといって車を無くしてしまえという話にはならないでしょう。ある技術があって、そのために損害が出たからといって廃止するのは、人間が進歩することによって文明を築いてきたという近代の考え方を否定するものです。そして技術の側にも問題がある。専門家は原発事故に対して被害を出さないやり方を徹底して研究し、どう実行するべきなのか、今だからこそ議論を始めなくてはならないのに、その問題に回答することなしに沈黙してしまったり、中には反対論に同調する人たちがいる。専門家である彼らまで〝危ない〟と言い出して素人の論理に同調するのは「悪」だとさえ思えます。(中略)一方、その原子力に対して人間は異常なまでの恐怖心を抱いている。それは、核物質から出る放射線というものが、人間の体を素通りして内蔵を傷付けてしまうと知っているからでしょう。防御策が完全でないから恐怖心はさらに強まる。もちろん放射能が安全だとは言いません。でも、レントゲン写真なんて生まれてから死ぬまで何回も撮る。普通に暮らしていても放射能は浴びるのです。それでも、大体九十歳までは生きられるところまで人類は来ているわけです。そもそも太陽の光や熱は核融合でできたものであって、日々の暮らしの中でありふれたもの。この世のエネルギーの源は元をただせばすべて原始やその核の力なのに、それを異常に恐れるのはおかしい。(吉本隆明『「反原発」異論』論創社)
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おいおい吉本大先生よ、核が「ありふれたもの」だって? バカも休み休み言っていただきたい。すると北朝鮮で金正恩が核開発しているのも「日常のひとコマ」ってわけだ。天国で福島原発事故の際に亡くなった人の怒号を聞け!

(渋谷三七十)

SMAP解散のニュースが全世界に反響を与えている。もはや12月31日のNHK「紅白歌合戦」でラストを飾って欲しい、などというのはもはやメンバー間の亀裂が修復できないので不可能なのは火を見るより明らか。小学生でも知る事実だ。

 

SMAPアーカイブス イベント編(ジャニーズ研究会)

だが「最後に紅白歌合戦に出て欲しい」とノー天気な発言をして「お前にだけは言われたくない」とジャニーズ関係者を激怒させているのがTBSテレビ「アッコにおまかせ!」でコメントをした女性芸能記者の松本佳子だ。

「この女性芸能記者はネット番組で『SMAPで草なぎを除く4人は枕営業を女性プロデューサーにしていた』と発言していた過去があり、ジャニーズ事務所にも〝要注意人物〟としてマークされていた。いつかチャンスがあれば訴訟してやろうと事務所もピリピリしているところへ、またノー天気な発言をして『あいつのスタッフの取材は受けるな』とジャニーズ側は怒りっぱなしだと聞いています」(TBS関係者)

そもそも、この女性記者は『あっこにおまかせ』で「週刊誌が合併号などで、追跡記事を出しにくいタイミングを狙って解散を発表した」などと語った。

「ですが解散をこのタイミングで発表せざるを得なかったのは、もうテレビのクールでは番組改編のための打ち合わせがすでに始まっており、それぞれの番組をどうするかを決めるには限界の〝瀬戸際〟だったことをこの女性記者はわかっていていないようです」(同)

今回は、どこのメディアもスクープが出ないように、ジャニーズ側としてはすべてのメディアに前もって打ち合わせ、各スポーツ紙とも準備万端の誌面を作成できた。

「SMAP解散の一報が耳に入ってこなく、『お盆のタイミングを狙った」なんて分析している時点で現場とずれている松本を使うTBSのボケぶりも問題だと思う」(放送作家)

肝心のNHKに「SMAPを紅白に呼ぶ予定はあるか」と聞いたが、「今のところそのような情報は入っておりません」と当たり前のこたえがかえってきた。

「今回、SMAP解散については、どれくらい情報網をもっているか記者のふだんの取材力が問われる。あまりバカみたいなコメントをすると松本みたいに墓穴を掘りますよ」

いっそのこと取材が薄ければ「ジャニーズは詳しくない」としたほうがよほど利口なのだが、「あわてて今から取材するにはジャニーズ事務所の壁は厚い」ということで周辺にいるスタイリストやヘアメイクは取材の電話が記者から鳴りっぱなし三昧で夜も眠れないという。

「お盆あけに各記者ともどんな優れた情報が出るか、勝負ですね」と週刊誌記者。
さあ、誰がスクープを流すか……。
SMAPまわりで見当外れな女性記者のずれたコメントは他山の石となるだろう。

(伊東北斗)

2013年に山口県周南市の山あいの集落で住民5人が木の棒で撲殺された事件で、殺人罪などに問われた保見光成被告(66)の控訴審の判決公判が13日、広島高裁であり、多和田隆史裁判長は保見被告の控訴を棄却した。保見被告は1審・山口地裁で無実を主張しながら死刑判決を受けていたが、この死刑判決が控訴審で追認されたのだ。しかしこの裁判では、テレビ、新聞が深く踏み込まない重大な問題が浮上している――。

◆死刑事件の控訴審が証拠調べ無しで即日結審

保見被告の控訴を棄却した広島高裁

「人一人の生命を奪うのに、証拠も見ずに判決文を書いてしまう感覚が理解できません」

7月25日にあった初公判の終了後、保見被告の弁護団の一人は報道陣に対し、そんな裁判所批判を口にしていた。弁護団によると、この日までに弁護側は控訴趣意書と2通の控訴趣意書補充書を提出し、さらに52点の証拠調べを請求していた。だが同日の審理で、広島高裁は弁護側の証拠調べ請求をすべて退け、即日結審したのである。

無実を主張する保見被告の死刑判決を維持した控訴審の審理はかくもおざなりだったわけだが、この事件に冤罪の心配はないと言っていい。保見被告は裁判で、「被害者たちの脚を叩いただけ」と主張しているが、現場である被害者宅から保見被告のDNA型が見つかっているほか、凶器の木の棒に巻かれたビニールテープから保見被告の指紋も検出されているなど、保見被告が犯人だと裏づける証拠は揃っているからだ。

この裁判の問題は実質的にはただ1つ、保見被告の刑事責任能力である。

◆妄想性障害が認められても死刑

私は、裁判員裁判だった1審・山口地裁で保見被告の被告人質問があった公判を傍聴したが、保見被告は「被害者たちの脚を叩いた」動機について、様々な「嫌がらせ」を受けていたからだと訴えていた。しかし、その話の内容は荒唐無稽で、妄想としか思えないものだった。

「寝たきりの母がいる部屋に、隣のYさんが勝手に入ってきて、『ウンコくさい』と言われました」
「犬の飲み水に農薬を入れられ、自分が家でつくっていたカレーにも農薬を入れられました」
「Kさんは車をちょっと前進させたり、ちょっと後退したりということを繰り返し、自分を挑発してきました」

保見被告はこんな「嫌がらせ被害」を訴えながらハンドタオルで目頭を押さえており、本人は真実を話しているつもりのようだった。しかし結果、山口地裁は精神鑑定の結果に基づき、保見被告が「妄想性障害」に陥っていると認定。そのうえで「被告人の妄想は犯行動機を形成する過程に影響した」と認めつつ、「被害者らに報復するか否かは、被告人の元来の性格に基づいて選択された」と保見被告に完全責任能力があったと認定し、死刑を宣告したのである。

だが、控訴審の初公判終了後、弁護人の1人は報道陣に対し、次のように述べていた。

「1審の判決は、被告人の元来の性格によって報復が選択されたと言うが、その性格がどういうものかということは述べていません。保見さんは、それまでの人生で暴力的傾向は見受けられない人でした。それゆえに、犯行に及んだのは妄想性障害の影響が強いと我々は考えているんです」

そこで控訴審の弁護団は初公判で、「弁護側の証拠調べ請求をすべて退けるなら、裁判所が独自に精神鑑定をすべきだ」と求めた。しかし、広島高裁はその請求もあっさりと退けてしまったのだ。

保見被告が収容されている広島拘置所

◆被告人の深刻な状態

実際問題、第1審から取材してきた私には、保見被告の妄想性障害は「深刻な状態」であるように思えてならない。訴える「嫌がらせ被害」が荒唐無稽なのもさることながら、保見被告の公判中の態度からは裁判のことを何も理解できていない様子が見受けられるからだ。たとえば、無罪を主張する自分を弁護人たちが犯人と決めつけ、責任能力に関する主張をしているにも関わらず、顔色一つ変えずに話を聞いているところなどは最たるものである。

以下、初公判の終了後に控訴審の弁護団と報道陣の間で交わされていた一問一答である。

――保見被告は控訴審が即日結審し、自分の口で無実を訴える機会もなかったことをどう捉えているのか。
「本人としては裁判で言いたいことは色々あったと思います。ただ、そういう機会が認められなかったことについて、どう思っているのかはわかりません。接見で聞きます」

――保見被告は、冤罪で生命を奪われることへの恐怖心は抱いているのか。
「そういう様子は感じないですね。内心はわかりませんが、あまり現実感を持って死刑判決を受け止めていないように思えます」
「(裁判所に)説明すれば、わかってもらえるという考えのようです」

――そもそも、保見被告は弁護人や拘置所の職員、裁判官がそれぞれどういう人だか理解できているのか。
「わからないです。そういう話はしていません」

控訴審の弁護人たちの話を聞く限り、私は保見被告について、死刑判決を受けたらどうなるかということすら、わかっていないのではないかという印象を受けた。これで本当に完全責任能力があったと認められるのだろうか。

しかし、13日の判決公判で保見被告の控訴は棄却され、死刑判決が維持された。これはつまり、日本の刑事裁判でまた1つ、臭い物に蓋をするような判決が新たに出たということである。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

嫌な予感はあった。彼女の携帯に電話をかけた時、いつも通り「おー! どうしたの?」と明るい声で語りかけてくれたのは5月頃だったろうか。でもその後に取材内容を告げると、声が急に暗くなった。彼女が逡巡していることは手に取るように分かった。会話の最後はたしか、こうだった。「この話ではおしまい! また楽しくご飯食べに行こうね」。

私が彼女に尋ねたのは「しばき隊」による「リンチ事件」だった。私がこの役回りを引き受けなければならないことは、正直かなり辛くはあった。

私が辛さんと知り合ったのはまだ20世紀だった。シンポジウムのパネラーとして参加をお願いしたら、忙しい中、安いギャラで、便の悪い田舎まで快く足を運んでくださった。初体面ながらシンポジウム終了後の懇親会では「意見の合わない主催者とは飲まないよ」と気配りに満ちた言葉をかけて頂いたことが思い起こされる。

その後も私が病で床に臥せた時には、いつも暖かい言葉をメイルで送ってくれた。心優しい人だなと、本心親しく感じていた。

3年程前になろうか。久しぶりに彼女の講演会の知らせを聞いて、大阪に出向いた。講演後の懇親会(出席者は100名以上いただろう)で、辛さんに近づき私は彼女の肩を叩いた。最初彼女は私が誰か認識できなかった。それはそうだろう。初体面の頃とは別人のように容姿が変わった私をほぼ20年近く時間が経過して、分かってくれという方に無理がある。私はサングラスを外した。「ワー生きてたの!」そう言いながら彼女は私をハグしてくれた。

今だから告白するが「のりこえねっと」の運営が大変だと聞いて、「私手伝おうか」と申し出たこともあった。東京に住むのは気が進まないけれども、彼女の進める運動ならば手伝いたい、との気持ちがあり、実際に「のりこえねっと」の事務局が置かれているビルまで出向いたこともある。そこは「のりこえねっと」が専ら借りている事務所ではなく、他の団体に居候しているようだった。その日は事務所の中に誰もおらず引き上げた。

辛淑玉さん。悲しいけれども私はあなたに決別の辞を述べなければならなくなりました。その理由はあなたが記した下記の文章です。

――――――――――――――――――――――――――――――

【関係各位へ】

2014年末に起きた傷害事件とその後のネットの騒ぎについて

 今年の春頃、私がこの事件の加害者3名宛てに書いた手紙が、私の了解を得ることなくネットに流されました。そして、その手紙に書かれていたことを「証拠」として、李信恵さんに対する異常なまでの攻撃が始まりました。

 まず、私は、Twitterを始めとするネットの中で何が起きているのか、逐一追うことはできません。今でも全容は把握できていないと言わざるを得ません。
 この事件に関して様々な方が見解を述べていますが、私は、誰に対して何を伝えなければならないのか、整理ができませんでした。また、様々な制約もあり、コメントを出す機会を逸しました。
 その間、渦中に置かれていた李信恵さんは苦しんだことと思います。どれほど絶望的な思いで過ごしたことでしょう。
 本当に、ごめんなさい。

 私にとって、問題は、私の手紙が私の知らないうちにネットに持ち出されたことに尽きます。

 私が被害者に初めて会ったのは、事件後のことです。被害者の友人Kさん(私は被害者とKさんの関係については何も知りません)から連絡があり、まずKさんと連絡を取り、ついで被害者から写真とテープを頂き、それに基いて手紙を書きました。そして、被害者に手紙を見せ、被害者が望まない箇所は削除し、その了解を得た上で関係者に送りました。

この手紙を持っているのは、事件に関わったとされる5名と被害者1名、双方の弁護士、それと、この事件を知らせてくれたKさんだけのはずです。

 当初、被害者とKさんは、このことが外に漏れることを非常に心配していました。「大変なことになる」というのが口癖でした。彼らの、問題を解決したいという思いが強く感じられたからこそ、私は手紙を書こうと決心しました。
 しかし、今年に入って、関係者ではないのに私の手紙を見たという人たちに出会いました。どこからか出回っていたのです。
 次は、手紙がネットに流されました。それを有料のコラムで紹介した人もいると聞いて、私信をネットに流すだけでも非常識なのに、それで小銭を稼ぐという行為には耳を疑いました。
 被害者とKさんが私に言っていたことは何だったのだろうと混乱しました。
 あの手紙を出した後、加害当事者であるLさんや関係者に会い、あの日起きたことの別の一面を知ることになりました。
 それは、被害者側から聞いた話とは相容れないものでした。

 私がLさんに会ってまず思ったのは、「こんなにちっちゃい子だったんだ」ということでした。あんなに体格のいい被害者を、どうやって殴ったのだろうかと。事件に至るいきさつはいろいろとあったようですが、それは私の知らないことなので、そこに関してはコメントできません。

 あの手紙に書いた内容の中で、決定的に間違っていたのは次の点です。
 事件当夜の飲み会は李信恵さんの裁判関係の流れで予定されていたのですが、その途中で知人の訃報が入り、飲み直そうということで現場となった店に移動したこと、また、みんな悲しみに沈んでいたので、店の外で行われていることには、全く関心が行かなかったということです。
 そして、私が恐怖を覚えたあの「笑い声」は、その場を何とか明るく盛り上げようと必死になっていた李信恵さんの声だったのです。

 音声だけから状況を判断するのがどれほど危ないことか、私は思い知りました。

 多くの方は、加害者側は反省も謝罪もしていないと考えているようですが、裁判所が勧めた和解を被害者が拒絶して告訴した結果、刑事事件となりました。
 私は、解決方法は被害者が決めるべきだと思っていたので、その決断を重く受け止めました。

 しかしその結果、加害者のLさんは仕事も辞めざるを得なくなり、家も引き払い、罰金に弁護士費用も加わるなど、Lさんが彼の人生で受けた制裁は十分に重かったと言えます。今度は、これに民事訴訟が加わります。
 そして、そのLさんのことを心配した李信恵さんが、30数箇所を自傷して血だらけになった自分の写真を送り、「代わりに死んであげたから、死なないで」と言ったことなど、ネットで楽しく叩いている人たちには、想像もつかないことでしょう。
 彼女はそれ以前から、在特会や保守速報との訴訟によるストレスで、身体はボロボロの状態でした。かつて、私は彼女の周囲の人に、裁判はもうやめたらどうかと言ったことすらあります。もう十分だろうと。

 この事件について「正義」を唱え、楽しんでいる人たちは、いったい何がしたいのでしょうか。
 一年半以上も前のことを、まるで今起きたかのように騒ぎ、事件の全体像もその後の経過も知らないのに、ネット上で尋問でもするかのような問い詰め方をし、しかも、自分にはそうすることが許されているのだと思っている。その傲慢さを恐ろしく感じます。生意気な女は叩いてもいい、目障りだから思い知らせてやろう、とでもいうかのようです。

 そして、被害者とその友人Kさんが望んだ「解決」とは何だったのかと考えざるを得ません。
 少なくとも、限られた情報しかなかった初期の段階で書いた私信を、私の許可なく世に出したことからは、彼らがやりたかったのは解決ではなく、復讐だったのだろうと思わざるを得なくなりました。
 そして、マイノリティがマジョリティを叩いたら、報復として何十倍もの血を求められること、その暴力はとりわけ女に向かうということを、あらためて思い知らされました。まして、それを扇動している人たちの中に在日の男たちがいることには、吐き気すら覚えます。

 一方的な情報だけに基いてあの手紙を書いたことは、悔やんでも悔やみきれません。そして、それがネットに公開され、マスコミにまで渡されることを想像できなかった私の責任は重いです。本当に申し訳ありません。

                                                    2016年9月10日
                                                    辛淑玉

※辛淑玉さんのfacebookより https://www.facebook.com/shinsugok/

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もう議論の余地はないでしょう。あなたが立ち上げた「のりこえねっと」は、何を乗り越えるのが目標だったのですか。9月10日のあなたの文章は支離滅裂です。失礼ながら落胆しました。あなたは「その手紙に書かれていたことを『証拠』として、李信恵さんに対する異常なまでの攻撃が始まりました」という。それは大間違いです。李信恵さんは自ら自身のツイッターで、何度も何度も「リンチはなかった」、「嘘に騙されちゃだめだよ」、「喧嘩はあったけどリンチはなかった」とあなたの文章があろうがなかろうが、自ら発信し続けているではないですか。彼女はあなたの指導ではなく、自ら書いた「謝罪文」の中で深い反省を表明しているではないですか。その中には「活動の自粛」も含まれます。

これは被害者に相談してのことではなく、李さんが一方的に提示した反省の姿勢を現すための「自粛」のはずでした。しかしその約束も反故にされます。約束を反故にする文章を目にして、私はその傲慢さに言葉がありませんでした。

「李信恵さんの活動再開については、Mさんが初期からカウンターの最前線に立ってヘイトスピーチに反対する活動をおこなってこられたお気持ちに反することはないものであると考えております」

辛さん。あなたは自分の気持ちを確かめられることもなく、意に反した一方的な「約束反故」を突き付けられたら、それもはらわたが煮えくり返るような内容を「お気持ちに反することはないものであると考えております」などと、穏やかながら意味においてM君の精神を抹殺するような言辞を向けられたら、黙っていられますか。あなたは不条理を許さない人だと、私は今でも思っています。このM君に対する「被害者の精神殺し」を辛さんは容認できるのですか。

あなたはこうも言う。「あの手紙を出した後、加害当事者であるLさんや関係者に会い、あの日起きたことの別の一面を知ることになりました。それは、被害者側から聞いた話とは相容れないものでした。私がLさんに会ってまず思ったのは、『こんなにちっちゃい子だったんだ』ということでした」

これは事実ですか。あなたがしたためた従前の文章によればあなたはLさんを事件の前から知っていた記述になっていますよ。記憶違いでしょうか。

それから、「多くの方は、加害者側は反省も謝罪もしていないと考えているようですが、裁判所が勧めた和解を被害者が拒絶して告訴した結果、刑事事件となりました」は事実誤認、いやはっきり言いましょう。嘘です。「裁判所が勧めた和解を被害者が拒否」した事実などありません。そもそも加害者に対する民事訴訟は、今日(9月12日)初弁論が開かれたばかりです。

加害者達は刑事事件では罰金処分を受けていますが、刑事裁判になっていないことはご存知でしょう。仮に刑事裁判になったら、相手は検察ですよ。刑事裁判で「和解」などあり得ない。では、どの「裁判所」が「和解」を勧めたとお考えなのですか。この部分は非常に大きな間違いです。全く事実と異なります。辛さんの性格であれば直ぐにご訂正頂けるものと信じます。

あなたは、悲しくもこうも言っている「事件当夜の飲み会は李信恵さんの裁判関係の流れで予定されていたのですが、その途中で知人の訃報が入り、飲み直そうということで現場となった店に移動したこと、また、みんな悲しみに沈んでいたので、店の外で行われていることには、全く関心が行かなかったということです。そして、私が恐怖を覚えたあの『笑い声』は、その場を何とか明るく盛り上げようと必死になっていた李信恵さんの声だったのです」

これは加害者達の言い訳のみに立脚した苦しい言い逃れです。誰かの訃報があろうが、場を盛り上げようと「笑い声」を挙げようが、暴力を受けた(殴る蹴る)被害者にとって、そんなことは関係ないことではないですか。沖縄の米兵が性欲を満たすために沖縄の女性を暴行した。その末に殺害にまで及んだ。でもその兵士は故郷の母親の訃報を聞いた直後だった。これが被害女性に対する加害者の言い訳になりますか。

「この事件について『正義』を唱え、楽しんでいる人たちは、いったい何がしたいのでしょうか。一年半以上も前のことを、まるで今起きたかのように騒ぎ、事件の全体像もその後の経過も知らないのに、ネット上で尋問でもするかのような問い詰め方をし、しかも、自分にはそうすることが許されているのだと思っている。その傲慢さを恐ろしく感じます。生意気な女は叩いてもいい、目障りだから思い知らせてやろう、とでもいうかのようです」

中にはそのような人がいるのかもしれませんが、「1年半以上も前のこと」の真相を今明かそうと努力してはならないのですか。私は日韓両政府が慰安婦問題に10億円でケリをつけようとしたことに腹が立って仕方がありません。慰安婦の方々が何十年も日韓両政府から冷たくあしらわれたことに、辛さんは怒りをお持ちではないですか。当事者の納得を得ず政府間で結ばれた「被害者を疎外した解決」は許せないとお感じになりませんか。事件がいつ起きたなどは重要な問題ではないのです。何が起きたか、そして周辺の人間がどのように動いたか。私はM君から話を聞き「酷い」と感じました。この感覚を辛さんと共有できると思っていました。でも無理なようです。本当に残念です。

そして、私は許せない気持ちであなたのこの言葉を糾弾します。

「そして、マイノリティがマジョリティを叩いたら、報復として何十倍もの血を求められること、その暴力はとりわけ女に向かうということを、あらためて思い知らされました。まして、それを扇動している人たちの中に在日の男たちがいることには、吐き気すら覚えます」

問題のすり替えです。「マイノリティがマジョリティーを叩いた」から加害者は責めを負っている訳ではありません。加害者は「謝罪文」まで書き、一度は反省の態度を現しながら、周囲の弁護士や大学教員が必至で事件の隠蔽に奔走したこと。さらには「事件」自体が無かったものであるとの言説を李信恵氏はじめ、周囲の人間が未だに止めないことが問題の根幹なのです。こんなところに筋違いの差別を持ち込んではいけない。

辛さん、私の顔はご記憶ですよね。私はこの「事件」の取材を始めてから、辛さんが懇意にしておられる野間易通氏のツイッターに無断で顔写真を数回掲載されましたよ。悪口を添えたリツイートも数限りなくありました。野間氏はいまだにM君への攻撃を止めません。

これ以上悲しい離別にしたくはありませんので、ここまでにします。

長い間お世話になりました。私が病床に伏せている時にかけて頂いた優しい言葉は生涯忘れないでしょう。あなたは私の心の友人でした。深く感謝します。

今、私は深く深くあなたに落胆しています。それでも辛さんのご健勝とご多幸をお祈りします。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

SMAPのメンバーたちが個々に解散について語り始めた。

稲垣吾郎、木村拓哉に続いて8月20日23時、中居正広がニッポン放送のラジオ番組「中居正広のSomegirl’SMAP」で、「われわれが解散することを報告させていただきます。このような結果に至ったことをお許しください」とファンらに謝罪した。その上でリオデジャネイロ五輪中継のキャスターを務めており、「(発表が)水を差すような時期だったのは申し訳なく思っています」と付け加えたのは「裏事情がそれなりにある」とスポーツ紙記者は言う。

『an・an』No.1719(2010年7月28日マガジンハウス)

「ズバリ、スポーツ好きで知られる中居は、本来、SMAPが務めるはずだった2020年東京パラリンピック大会の成功とパラスポーツの振興を目的とした日本財団パラリンピックサポートセンター(以下、パラサポ)の応援団を、単独で引き受ける手はずが進んでいるのです」(同)

ラジオを聞くだけでは、わかりにくいが、中居が見すえていたのは、「東京五輪・パラリンピック」での活躍。すでに4年後の五輪のほうが大切で、もはや「SMAP」が過去のものになりつつあるのだろう。

中居がSMAP解散を詫びている時間帯には、同時にTBSテレビで「リオ五輪2016」のキャスターを務めていた。ラジオは録音で、テレビ番組はライブなので多重に中居が露出していたのだ。

「連日、中居はリオ五輪を全力で盛り上げて『日本勢の活躍に注目してきましょう』と言っていたので、確かにこのタイミングでの解散の発表は中居にとって間が悪い。しかし責任感が強い中居は、なんとかして『僕だけでも東京五輪の応援ホストに入れて下さい。ノーギャラでもかまわなません』と東京五輪・パラリンピック組織委員会関係者に伝えた模様です」(スポーツ紙記者)

その延長にはもちろん、「東京五輪・パラリンピック」でもテレビでキャスターを務めていたい、という計算もありそうだ。

「実際問題、事務所と関係なく電通関係者に『SMAPが解散したのは残念で申し訳ない。なんとかして単独でも応援キャラクターを務めて日本を応援したい』とアシストをお願いしたと聞いてます。解散はしかたがないが、自らの立ち位置は確保しておきたいということでしょう」(同)

連日のようにSMAPのメンバーたちの行動がこと細かく伝えらている。

「夜中にディスカウントショップで、客が関心を集めるだろうと、店員が気をきかせてラジオで店内で流した中居君の発言に聞き入る姿を見ていると、ちょっと不謹慎だが、敗戦を告げた昭和天皇の放送を大衆が聞く姿を想像してしまうほどショックだ」(SMAPのファン)という声も大きいが、今回の解散の悲劇にへこたれず、自らの立ち位置を確保すべく動く中居の生命力はすさまじい。

「解散発表直後、あいつぐ仲がいいタレントたちから心配の電話がかかってきたが『なんにも心配いりませんよ。僕は』と返したそうです人気ありますし』とギャグで返したそうです。『最悪、事務所の後輩たちのコンサートの司会でもやればいいしね』と旧知のスタイリストに語ったそうすです。中居のメンタルはメンバー随一、強いのかもしれませんね」(前出スポーツ紙記者)

中居が2曲目に選んだのは、TBSのリオ五輪関連の番組で使われている「ありがとう」であったことも「中居4年後にも五輪キャスターを狙う」というしたたかな戦略に符号する。「いや、それは強がっているだけで、実は連日のように飲んだくれている」(芸能関係者)という声も聞こえるが、それはリーダーとして支えた25年の歴史を考えれば無理からぬ話。

この騒動の渦中、8月18日に44歳になったSMAPの牽引者の将来象は、今とさしてかわらない「名MC」だと思うが、そのポジションの保持は至難の業のようだ。

ジャニーズ事務所に「中居のスケジュールは来年1月以降はどうなっているか」と聞いたが「お答えできません」のとこと。元マネージャーが独立を画策して消えたぶん、事務所のバックアップは期待できない。これからはセルフプロデュース力と営業力が問われるだろう。

(伊東北斗)

的確なパンチでヨードウィッタヤーのリズムを狂わした麗也

治政館ジムが抱える若きスターの麗也が“取り”のメインイベント・・・ところが瀧澤博人が最終試合(大取り)に変更となりました。

麗也は治政館の先輩、志朗に続くスターとして試練を与えられつつ、日本フライ級チャンピオンにまで届いた選手。1995年生まれで10月で21歳になります。ここ1年ほどの日本人との同世代ライバル対決では4連勝。5月の山田航輝(キングムエ)との対戦も激しい展開で判定勝利。この日のヨードウィッタナーが次第に調子を上げてきても、パンチで主導権を掴み、突進をいなす技術を見せて勝利を導きました。

少々の蹴りを食らっても勢いづいた麗也の圧力は弱まらず

瀧澤博人は日本バンタム級チャンピオンとなって以降、ムエタイ王座を目指し強い相手との対戦を臨むも撥ね返される苦戦が続く中、前回興行での王座防衛戦で勝岡健(伊原稲城)を退けた後「ルンピニースタジアム王座を狙う」と宣言したとおり、更なる試練に臨み続けていますが、長身を活かした有効な蹴りとパンチも力及ばずヒジで切られ、3ラウンド終了時の棄権負けでしたが、ただでは終れない玉砕戦法で立ち向かう勇敢さが見られました。

長身を活かした前蹴りは有利な展開の瀧澤博人

内田雅之は昨年10月に5度目の防衛戦で、重森陽太(伊原稲城)に日本フェザー級王座を奪われるも、ムエタイ元チャンピオン戦を迎え、実戦から長く離れない試合間隔を保っています。勝利には繋がっていませんが、我が息子やジムの後輩に戦う姿を見せるかのように38歳になってもアグレッシブな戦いを続けています。この日は4ラウンドからやや動きが鈍り、劣勢気味で終わりムエタイ元チャンピオンには敵わずでした。

同じく38歳の真鍋英治(市原)が4月の市原臨海体育館での興行に続いて出場。いずれもKO負けですが、過去、1997年と1998年にバンタム級で、2001年にフェザー級で日本王座挑戦したこともあり、今年は数年ぶり(ほぼ10年かも)にライト級での再起でした。攻撃的ファイトで好感が持てますが、打たれての脆く崩れるKO負けが多く、今後続けるのはちょっと心配な存在です。

本日の最優秀選手賞となる武田幸三賞は、試合をコントロールする上手さが光り、麗也が獲得しました。

けん制だが、飛び技では前回KO勝利を掴んでいる大技。突破口を探る瀧澤博人

ヒジで切られ劣勢に陥る瀧澤博人

◎WINNERS 2016. 3rd
8月28日(日)ディファ有明16:30~20:40
主催:治政館ジム / 認定:新日本キックボクシング協会

◆54.0kg契約 5回戦

日本バンタム級チャンピオン.瀧澤博人(ビクトリー/54.0kg)
.VS
ヨーブアデン・ソー・シリラック(元RDN系Lフライ級C/タイ/54.0kg)
勝者:ヨーブアデン / TKO 3R終了

棄権を促される瀧澤博人。悔しさと共に再浮上を前向きに考えているだろう

◆53.5kg契約 5回戦

麗也(治政館/53.5kg)
.VS
ヨードウィッタナー・シリラックムエタイ(タイ/52.8kg)
勝者:麗也 / 3-0 (49-47. 49-48. 48-47)

前蹴りで出る内田雅之。小技もかなり得意で有効技

◆59.0kg契約 5回戦

内田雅之(元・日本Fe級C・現同級2位/藤本/58.75kg)
.VS
チャオ・ロゲート(元LPN系フライ級C/タイ/59.0kg)
勝者:チャオ・ロゲート / 0-3 (48-49. 48-50. 48-49)

二階級下の元チャンピオンながらチャオは強かった。内田は押され気味

◆58.0kg契約3回戦

日本フェザー級1位.石原將伍(ビクトリー/58.0kg)
.VS
サハラット・サシプラパー(タイ/57.5kg)
勝者:石原將伍 / TKO 3R 2:05 / 石原はパンチが強く、連打で追い込んで倒しレフェリーストップに追い込む。

◆58.0kg契約3回戦

日本フェザー級3位.瀬戸口勝也(横須賀太賀/57.7kg)
.VS
日本フェザー級4位拳士浪(治政館/57.85kg)
勝者:瀬戸口勝也 / TKO 1R 2:20 / 瀬戸口も得意のパンチ強打で2度ダウン奪って仕留める。何も出来ずに終った拳士浪も納得の敗北。

◆69.0kg契約3回戦

日本ウェルター級1位.政斗(治政館/68.8kg)
.VS
NAOTAKA(橋見塾/68.65kg)
勝者:政斗 / TKO 2R 1:07 / ヒジ打ちによるドクターの勧告を受入れレフェリーストップ。政人が再浮上を狙って積極性ある攻勢。再度の王座挑戦を狙う。

真鍋英治の入場。Tシャツの文字が光る

◆62.0kg契約3回戦

日本ライト級2位.直闘(治政館/62.0kg)vs真鍋英治(市原/61.6kg)
勝者:直闘 / TKO 2R 2:57

RDN=ラジャダムナンスタジアム
LPN=ルンピニースタジアム
他、アンダーカード7試合は割愛。

◆麗也と瀧澤博人のダブルメインイベント

この日はダブルメインイベントと謳っているので、麗也と瀧澤博人ともにメイン級ですが、正式にはメインイベントはひとつ、セミファイナルもひとつが基本です。パンフレットにも書かれていたとおり「麗也が初のメイン」。やはり取りを務めるのは我が身でありたいと思うかもしれません。

“見果てぬ頂きを目指して”とは、この興行のサブタイトル。あともう少しというところで手が届かない、程遠いムエタイ殿堂王座。実力で優っても、勝負ではいなされ転ばされる競技でもあります。首相撲の駆け引きと更に現地での知名度も味方になり、そこで防衛してこそ“金メダル級”としたら現在は、“銀”にも迫れない、どうにもならない現状でしょう。そんな険しい頂であるため挑戦し続ける価値があります。

この日、真鍋英治がリング登場時の着ていたTシャツには「ヒジ打ち一発50万!!」と書かれていましたが(セコンド陣営も着用)、この意味分かる人、会場内にどれだけいたでしょうか。

これは現・市原ジム会長の小泉猛氏が、1981年5月の内藤武(士道館/宮越宗一郎、慶二郎の父)での50万円賞金マッチでかなり劣勢な中、ヒジ打ち一発で逆転TKO勝利し、50万円奪取した試合が原点で、当時のゴング誌に、「小泉、ヒジ打ち一発50万!」と書かれていた見出しが使われたものと思います。

次回興行は9月18日(日)には後楽園ホールで、先日、ラジャダムナンスタジアムで3ラウンドKO勝利した江幡睦が“取り”のTITANS NEOS 20が17:00より開催されます。

ライト級ランカーとして熟練した直闘には敵わぬ展開の真鍋英治

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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