◆20年超に及ぶ就労目的留学大国・日本

東京福祉大学の留学生約700人が「失踪」して行方不明になったことが問題化している。700人はあまりにも多すぎるけれども、この手の話は大学にとって珍しいものではない。「失踪」は大学にとって由々しき問題であるが、4月から改正入管法で、単純労働者の受け入れが既に始まっている。

厳格にビザで外国人による労働を規制していた時代とは違うのであるから、この問題も入管法が根本的に変わったことを加味して論じられるのが妥当である。日本にお金を出して留学してくるひとの多くが実は「就労(金儲け)目的」であることは、どうやら20年前と変わってはいないようである。

20年前わたしは大学職員として、留学生とかかわる職務に従事していた。2000年を目標に「留学生10万人計画」という愚策が、中曽根総理によってぶち上げられたのは、日本がバブルの真っただ中で、対米輸出黒字がさんざん叩かれていた時代だった。「貿易収支のアンバランスを人の輸入で埋め合わせろ」というわけで、理屈よりも建前が先行して進められた乱暴かつ愚かな政策であったが、文部省(のちに文科省)は、大学の足元をみて留学生の受け入れを半ば強制した。


◎[参考動画]大勢の留学生“所在不明”受け大学に立ち入り調査(ANNnewsCH 2019/03/26公開)

◆「臨時定員(臨定)」という名の落とし穴

仕組みはこうだ。「臨時定員(臨定)」と呼ばれる、入学定員の割り増しが第二次ベビーブームを見越して、各大学に振り分け充てられていた。大学にとっては同じ施設、同じスタッフで割り増しの学生を受け入れることが許されるので「おいしい話」であった。だがその名の通り「臨時の定員」なので、18歳人口が増加から減少に転じるタイミングで各大学は「臨時定員」を文科省に返上しなければならなかった。ここに落とし穴があったのだ。大学はスケベ心を出さずに、さっさと「臨時定員」を返上して、元通りの定員に戻せばよかったものを、多くの大学は「臨定」のうまみが忘れられず、それを恒常的な定員化したいと考えた。

文科省は「臨定をそのまま維持したいのであれば定員の3割を留学生・帰国学生・社会人のいずれかで埋めなさい」と条件をだした。帰国学生(帰国子女)の数などごくわずかであるし、社会人が学生として大学で学ぶには、学費・入学時期・講義の開講時間など様々な障壁があり大量獲得は現実的ではない。そこで各大学がターゲットを絞ったのが留学生の獲得だった。

わたしの勤務していた大学もその波にのまれた。留学生の獲得のために日本国内の日本語学校や、アジア諸国を中心に学生募集に走り回った。そして今から考えれば身の丈にあわないほど多くの留学生を受け入れた。ただ、その大学は建学の理念に「国際主義」を掲げていたので、行政の強制による「留学生受け入れ」が強行される前から、地道に留学生を受け入れ、きめ細やかなケアーをしてきた蓄積があった。

先輩方からマニュアルとしてではなく実践でその実務を学びながら、わたしも留学生担当職員として数百人の留学生と接した。言い忘れたが、わたしが初めて留学生担当業務にかかわったのは、大量の留学生を受け入れる前のことだ。その頃は在籍する留学生全員の名前、年齢はもちろん、下宿やアルバイト先まで把握し、何か問題があれば徹底的に付き合っていた。警察や裁判所に出かけ社会勉強させてもらったのも、留学生のおかげである

◆一貫して、一貫していない入管行政に翻弄される

留学生に限らず、他国で暮らすのは刺激もあろうが、不便や不都合がついて回る。大学に入学できる日本語力を備えているので、日常生活に不自由することはないが、病気にかかったとき、交通事故にあったとき(これが非常に多かった)の対応などは、留学生本人だけで解決は難しく、われわれが手伝うことになる。そして留学生には「資格外活動」という呼称で上限を定めアルバイトが認められたが、風俗業(パチンコ、スナックなど)で働くことは許されていなかった。けれども数多くない留学生の中にも「夜の仕事」に従事し、割のいい収入を得ようとする者もいた。

当時、入国管理局(入管)に風俗営業で留学生が「資格外活動」をしている現場を押さえられたら、即強制送還だった。だから留学生が「夜の仕事」に就いていることがわかると、呼び出して「止めるように」説諭した。それでもとぼけて「そんなことやっていません」としらを切る留学生もいたが、わたしは、そのような場合留学生が働いている店に乗り込んで、現場を抑え就労を断念させた(そのために30分で4万円を自腹で支払ったこともあった)。

短期的には効率よく稼げるようでも、「夜の街」の仕事にはまると金銭感覚がマヒし、学業よりもアルバイトがメインになり大学へ姿を現さなくなる。最悪のケースは入管に踏み込まれ身柄を拘束され、強制送還だ。わたしの在職中にも数人強制送還された留学生がいた。そういった失点がつくと、他の留学生が入管でビザの延長をする際にも悪影響が出る。

入管のビザ申請手続きは、猫の目のようにころころ変わる。留学生への嫌がらせとしか思えないほど、煩雑で数多くの書類提出を求めていた時期があったかと思えば、突如「入学許可書と顔写真だけで」留学ビザが下りるように変更される。きのうまでのあの苦労はなんだったのかと思えるほど審査手順が頻繁に変更されるのが入管業務である(その延長線上に今回の単純労働者受け入れの「入管法改正」を考えれば、一貫して「一貫していない」入管行政の正体が理解されよう)。


◎[参考動画]東京福祉大学紹介(東京福祉大学入学課 2017/08/04公開)

◆中国人から見てもリーズナブルな旅行先となったインバウンド日本

中国だけでなくアジア各国、世界中からの旅行者が増加している。このことを冷静に考えよう。日本に来る旅行者の多くは「短期滞在」ビザを取得する。出発前に本国で取得しなても、日本空港に着いたらそこでビザが発給される国も増えてきた。そして20年まえにはまず認められることのなかった、中国からの個人旅行者へ簡単にビザが下りるようになった。日本訪問のビザ取得が簡易化されたことは、旅行者増加の一因ではある。加えて海外からの旅行者にとって、日本は比較的リーズナブルな旅行先となったことも重要な要因だ。バックパッカーが安宿に泊まって、ファーストフードで食事すれば1月滞在しても10数万円あれば充分生活可能だ。

つまり日本のデフレが観光客呼び込みの主要因であると、わたしは考えている。外国の貧乏学生でも日本を旅することは可能な時代になった。他方、それでもアジアを中心に、いまだに日本とは貨幣・経済格差の大きい国からは「金儲け」の場所として日本が見られていることも事実である。

すっかり聞かなくなったけど「おもてなし」は短期旅行者だけではなく、長期滞在者にこそ必要な配慮であり、冒頭上げた東京福祉大学の例をあげるまでもなく、日本全体の長期滞在外国人への接遇感覚は、単純労働者を受け入れられるとは到底いいがたいレベルに留まっており、この先「軽率な判断をした」と悔やみ、反省を迫られる日が必ずやってくる、とわたしは確信する。自国民もろくろく幸せにできない政権が、外国人労働者を手厚くもてなすはずなどない。これがわたしの推測の根拠である。


◎[参考動画]遠藤誉 東京福祉大学国際交流センター長(jnpc 2012/06/12公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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