常磐自動車道で悪質な「あおり運転」を行い、被害男性の車を停めさせて殴りつけた男が指名手配の末、ついに逮捕された。この男を追い込んだのが、テレビとインターネットで公開されたドライブレコーダーの動画だ。

私はこの事件に関する報道を見ながら、四半世紀以上前に起きた「あの事件」のことを思い返していた。

◆茨城県警を早期の事件解決へと駆り立てたドラレコの動画

高速道路で蛇行し、真ん中の車線で後続の車を停止させたうえ、運転席の窓を開けさせて、運転手の男性を力いっぱい殴りつける――。

被害男性の車のドライブレコーダーに録画されていたこの動画は、テレビとインターネットで公開され、容疑者の男の凶暴性は世間を震撼させた。

そんな事件は発生9日目、容疑者の男が大阪市内のマンション近くで警察に身柄確保され、ひと段落ついたが、ここに至るまでにドライブレコーダーの動画が大きな役割を果たしたことに異論はないだろう。

この動画は今回、犯行状況の証拠化や、容疑者の特定に役立っただけにとどまらない。世間にインパクトを与え、ひいては、現場を管轄する茨城県警に少しでも早く事件を解決しなければならないという使命感を抱かせた。だからこそ、茨城県警は容疑者を指名手配するなど意欲的な捜査を展開し、それが早期の容疑者検挙につながったのだ。

そんな一連の流れを報道で見つつ、私が思い返した「あの事件」とは、いわゆる「飯塚事件」のことだ。

◆ドラレコの活躍に思い返す飯塚事件

1992年2月、福岡県飯塚市で小1の女児2人が朝の登校中に失踪し、学校から数十キロ離れた峠道沿いの山林で遺体となって見つかった「飯塚事件」では、2年後、失踪現場の近くで暮らしていた男性・久間三千年さん(当時54)が逮捕された。久間さんは一貫して無実を訴えながら、2006年に最高裁で死刑が確定、2008年に死刑執行されるに至った。

だが、有罪の決め手となった警察庁科警研のDNA型鑑定が当時はまだ技術的に稚拙だったことが次第に知れ渡り、今では冤罪を疑う声が非常に増えている。久間さんの遺族も無実を信じ、再審(裁判のやり直し)を請求している状況だ。

では、私がなぜ、あおり運転事件の経緯を見つつ、飯塚事件のことを思い返したのか。

それは、飯塚事件の頃にドライブレコーダーが今くらい普及していれば、久間さんは容疑者として検挙されず、別の人物が真犯人として検挙されていたのではないかと思えるからだ。

◆ドラレコがあれば「真犯人」が検挙されていた可能性も

飯塚事件は、DNA型鑑定のことばかりが注目されがちだが、久間さんの裁判では、ある目撃証言も有罪の有力な根拠とされている。しかし、この目撃証言も疑わしいものだった。

その目撃証言の主は、急カーブが相次ぐ峠道を車で下に向かって走りながら、路上に停車していた「久間さんの車と酷似する車」を目撃したかのように供述していた。その車の停車場所は、道路脇の山林に被害者たちの衣服やランドセルが捨てられていたあたりだったため、この目撃証言は久間さんの裁判で、有罪の有力な根拠とされたのだ。

しかし、この目撃証言の主は、わずか10秒程度すれ違っただけに過ぎないその車やそのかたわらにいた「不審な男」のことを不自然なほど詳細に供述していた。案の定というべきか、再審請求後、弁護側に鑑定を依頼された供述心理学者もこの目撃証言は信用できないと結論づけている。かくいう私もこの目撃証言はまったく信用できないと思うから、飯塚事件が起きた頃、ドライブレコーダーが今くらい普及していれば・・・と、つい思ってしまうのだ。

ありていに言えば、目撃証言の主の車にドライブレコーダーが備え付けられていれば、久間さんとは別の真犯人や、真犯人の車が撮影されていた可能性があると私は考えている。また、久間さん自身の車にドライブレコーダーが備え付けられていれば、久間さんは事件に無関係であることが証明された可能性があるとも思う。タラレバの話をしても仕方がないが、そういう話をしたくなるのは、私がこの事件を冤罪だと確信しているからだ。

この10月で、久間さんの遺族が再審請求をしてから、ちょうど10年になる。再審請求の可否は現在、最高裁で審理されているが、少しでも早く公正な判断が下されて欲しい。

このあたりで「久間さんの車と酷似する車」が目撃されたことになっているが・・・

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。著書『平成監獄面会記』が漫画化された『マンガ「獄中面会物語」』(著・塚原洋一/笠倉出版社)が8月22日発売。

月刊『紙の爆弾』9月号「れいわ躍進」で始まった“次の展開”

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

不良と秀才がともに人気者になる。いまは知らぬが30年ほど前の中学・高校ではよく見られた現象である。わたしは不良でも秀才でもないから、いつも傍観者であった。いま『NHKから国民を守る党』の立花孝志と『××○○組』党首の山本太郎氏の言動を見ていると、その程度が本質だろうと感じる。

◆極右勢力再編の触媒の役割を果たすN国党

『NHKから国民を守る党』の立花隆じゃなかった、立花孝志氏はかつて自身を『Youtuber政治家』と称したことがあった。非常に的確に自己分析ができている。が、加えて『極右』であることも正直に告白すべきだったろう。

立花氏と直接話を交わしたのは1度切りだが、彼のネット上での「活躍」(?)は何度も目にしていた。若者は新聞はおろかテレビにすら興味をを失い、インターネットが最も身近な情報源となっているこんにちにおいて、立花氏の半分危険なNHKをターゲットとした、集金人撃退や電話での激怒シーンに留飲を下げた視聴者も少なくなかったのではないか。

ところが、『NHKをぶっ壊す!』だけが主たるマニフェストであった、立花氏率いる『NHKから国民を守る党』は議員会館の個室にテレビがあることを知ると「法律で定められているから『契約』は結ぶ、が受診料は払わない」と宣言。しかし数日もおかずに、理屈が全く理解できないが「8割の受信料は払う」と、さっさと敗北・白旗を上げてしまった。

その代わりなのかどうかは知らないけれども「北方領土返還のためには、戦争しかない」との本音を発露し、維新から除名された丸山穂高衆院議員議員に急接近したり、もう役割を終えたと思われ、多くの人々が忘れていた渡辺喜美氏に「みんなの党」再興を促し統一会派を組むに至った。渡辺喜美氏は橋下徹氏を熱心に応援したファシストであり、自民党の極右路線の中で存在が希薄化していたが、思わぬ触媒により息を吹き返した。

このように『NHKから国民を守る党』は選挙前に立花氏が述べていた通り「理念もありませんし、大きくなりすぎると怖いから党は解散します」が妥当であったのが、いまや「NHK」との対決ではなく、某タレントに攻撃目標を変えながら、政界では極右勢力再編の触媒の役割を果たしている。

非常にたちが悪い。


◎[参考動画]放送法4条違反をしているテレビ局に出演しているマツコ・デラックスに対するデモ行為は今後も続けて参ります(立花孝志 2019/8/16公開)

◆山本太郎氏人気に危険な米国型2大政党誕生の萌芽をみる

一方、山本太郎氏が立党した『××○○組』(天皇制を肯定しないわたしには、あまりにも破廉恥すぎるから、その党名を記すことができない)は、選挙後一気に注目を集め、勢いが収まる気配はない。三流評論家で極右の三橋貴明氏の番組に出たのは、選挙前だったようだが、その後もいわゆる、「MMT」(Modern Monetary Theory=大きな政府、財政出動、自国通貨で国債を吸っている限り破綻はしない)にすがりたい、三橋氏同様の低レベルな藤井聡氏、はては「チャンネル桜」からも一定の評価を得ている。

広範な支持はいいだろう。山本太郎氏が掲げる「消費税廃止」、「累進税率の引き上げ」、「法人税の引き上げ」にはわたしも全く異論はない(彼が主張する前からこのことは主張してきた)。ところが三橋氏は「アベノミクス」賞賛者であり、藤井氏も、最近に至るまで「消費税廃止論」を聞いたことはない。ましてやチャンネル桜が、政策の一部とはいえ山本太郎を応援するなど想像できなかった。


◎[参考動画]【三橋貴明×山本太郎】Part1 絶対にTVでカットされる国債の真実(「新」経世済民新聞 三橋貴明 公式チャンネル 2019/3/18公開)

山本太郎氏は自身を「オポチュニスト」と語っているそうだが、三橋貴明氏や藤井聡氏。差別者の集まりチャンネル桜は山本太郎氏どころの「オポチュニスト」ではない。80年代消費税導入の前に内容は同じだが「売上税」との名称で政府が導入を強行しようとした時期があった。時はバブルのまっただなか。わたしの通う大学の前の通りには、政治に無関心な学生も「売上税絶対反対!」、「売り上げ税 右も左も 絶対反対」といった具合で、「自分が買うものに3%の言われなき税金がかけられることへの」健全な反対があったことが記憶にある。

それ以降は予想通り。あれよあれよというまに、次々と税率が上がり、近く消費税は10%に増税されることがきまっているらしい。この天下一の悪税は税率が上がるほど逆進性が強まる。山本太郎氏の指摘する通りだ。だから「究極的には消費税の廃止」を求める山本氏が立党した政党の「消費税」に対する姿勢に異論はまったくない。

けれども、財政出動はいいが、5兆円を超えた軍事費の削減、や自衛隊の存置についての議論はまったく彼の口から聞かれない。だから三橋氏や藤井氏、チャンネル桜といったいかがわしい連中が、安心して『××○○組』の政策を部分的にせよ評価できるのだ。思い返してほしい。山本太郎氏は園遊会でアキヒトに手紙を手渡した人であることを。そして、これまで一度も公然の場で天皇制批判をおこなったことのない人であることを。


◎[参考動画]【直言極言】戦後日本のなれの果て、山本太郎の皇室軽視について(SakuraSoTV 2013/11/1公開)

6年前、無所属で参院選に出馬したとき、彼の周りには「政治の素人」だけではなく、新左翼(組織された、あるいはノンセクトの)が付きっ切りで応援していた。

日韓問題について質問を受け、「ようは国益の問題だと思うんですよね。日韓の間には6兆円の貿易がある。インバウンドでたくさん観光客も来ている。それをチャラにしちゃうのかっていう視点がないですよね」

もうたくさんだ。!

「国益」、「経済」?あなたの口からそういう言葉が発せられるのは、いよいよ末期症状だ。末期症状とは『××○○組』を核にして次期総選挙もしくは参院選で、米国のように極めて危険な2大政党(かつての民主党とは違う)が誕生する萌芽ををわたしはみるのだ。

山本太郎氏は日韓の歴史を知っている。河野洋平の不肖の息子河野太郎外相よりも、朝鮮半島民衆の抗日史を知っている。その彼が「国益」を口にする。稲川淳二の怪談よりも背筋が冷える。


◎[参考動画]山本代表生出演“天下取り”への勝算は(ANNnewsCH 2019/8/3公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』9月号「れいわ躍進」で始まった“次の展開”

田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

◆史料の焼き直しである

NHKはいまごろになって、何を言っているのかという印象だ。NHKが鳴り物入りで「第一級史料」としている元宮内庁長官・田島道治「天皇拝謁録」である。昭和天皇の戦争への反省を強調して、その思いが吉田茂(国民に選ばれた宰相)の輔弼によって遮られた。それゆえに昭和天皇の戦争責任および「反省」は、言葉にされないままになった、というものだ。

これが事実ではあっても、ことさら目新しいものではない。じつは先行する書籍が何冊もあるのだ。しかもそれらは、ほかならぬ「拝謁録」の記録者・田島道治の日記をもとにしている。

したがって「拝謁録」は、『昭和天皇と美智子妃 その危機に――「田島道治日記」を読む』(加藤恭子・田島恭二、文春新書、2010年)の原資料と考えてよい。その元本は『昭和天皇と田島道治と吉田茂――初代宮内庁長官の「日記」と「文書」から』(加藤恭子、人文書館、2006年)および『田島道治――昭和に奉公した生涯』(加藤恭子、阪急コミュニケーションズ、2002年)である。

不案内な人たちのために解説しておくと、「拝謁録」にある東条英機への「信頼」と「見込み違い」は、そのまま戦犯批判として「A級戦犯合祀問題」に顕われている。この東条英機に関するくだりは、ほんらいは戦犯訴追される身であった昭和天皇が、東条らA級戦犯を批判することで戦後象徴天皇としての地歩を占めてきたことにあるのだ。

◆靖国神社不参拝は、戦争責任からの逃亡である

すなわち『昭和天皇語録』にも収録されている「富田メモ」(元宮内庁長官)の「私は或る時に、A級が合祀され、その上、松岡、、白取(白鳥)までもが、筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが、松平の子の今の宮司がどう考えたのか 、易々と松平は、平和に強い考えがあったと思うのに 親の心子知らずと思っている だから 私あれ以来参拝していない それが私の心だ」と、靖国参拝を拒否することで戦犯と一線を画し、戦争責任を逃れたのである。

2006年7月21日付け日本経済新聞より

鎮魂の旅を重視した平成天皇、その意思を継承する令和天皇はともかく、大元帥だった昭和天皇は、軍人・軍属への「責任」と「謝罪」のために、靖国神社に参拝するのが道義的な責任ではなかったか? その意味では、戦争責任を「下剋上だった」とすることで、戦犯たちに押し付けた脈絡のなかに、昭和天皇「拝謁録」はあるのだ。三島由紀夫が昭和天皇を「などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし」と、磯部浅一に呪詛させた(『英霊の聲』)のは、この変わり身のゆえである。

とはいえ、軍部の「下剋上」のなかで、天皇が何もなしえなかった「悔恨」は事実であろう。今回の「拝謁録」に、ことさら虚偽が書かれているわけではない。「終戦というかたちではなく和平のため」にとある。これは「どこかで一度、有利な戦いをやって」「和平に持ち込めないものか」という発言として『昭和天皇語録』ほかにも収録されている。真珠湾攻撃の成功いらい、「戦果がはやく上がりすぎるよ」「ニューギニア戦線に陸軍機は使えないか?」「(特攻作戦は)そこまでやらねばならなかったか」など、第一線の情勢をめぐる大本営陸海軍部の代表への「御下問」も有名な話だ。昭和天皇はまぎれもなく、陸海軍を統括する最高司令官・大元帥だったのだ。

そして「反省」「悔恨」として「私ハどうしても反省といふ字をどうしても入れねばと思ふ」と田島長官に語り(昭和27年2月20日)、「反省といふのは私ニも沢山あるといへばある」と認めて、「軍も政府も国民もすべて下剋上とか軍部の専横を見逃すとか皆反省すればわるい事があるからそれらを皆反省して繰返したくないものだといふ意味も今度のいふ事の内ニうまく書いて欲しい」というのも事実であろう。

これにたいして、吉田茂が「戦争を御始めになつた責任があるといはれる危険がある」、「今日(こんにち)は最早(もはや)戦争とか敗戦とかいふ事はいつて頂きたくない気がする」などと反対したのも事実であろう。それゆえに昭和天皇は、在位50年にさいして「(戦争責任という)文学的なことには不案内である」としてきたのだ。

◆「戦争への反省」を継承した令和天皇

ひるがえってみるに、平成天皇の「さきの大戦への深い反省」は、昭和天皇の薫陶であったのだろうか。あるいは「退位論」におびえつつも、天皇家においては戦争への「痛苦な反省」が語られていたのだろうか。わたしは本欄で何度か、皇室の民主化こそ、天皇制の骨抜き・政治権力との分離につながると提起してきた。

元号や天皇制、あるいは天皇・皇室という存在そのものを批判、あるいは「廃絶」「打倒」などを唱えるのも悪くはないが、そこから国民的な議論は起きない。国民的な議論を経ない「天皇制廃絶」はしたがって、暴力革命や議会によらないプロレタリア革命などが展望できないかぎり、ほとんど空語であろう。コミンテルンとパルタイが30年代テーゼで天皇制廃絶を打ち出してから1世紀ちかく、新左翼が反差別闘争と反天皇制運動を結合させてから半世紀ほど。

いま、昭和天皇が「戦争を反省」していたと、国民的に知られることになった。そこから先に必要な議論は、その「反省」をもって戦争に向かう政治勢力への批に結びつけることにほかならない。8.15の追悼式で「戦争への反省」を継承した令和天皇をして、天皇という伝統的な朝廷文化と安倍軍閥政権が相いれないことを、認識させることこそ戦争回避の道ではないか。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

月刊『紙の爆弾』9月号「れいわ躍進」で始まった“次の展開”

安倍晋三までの62人を全網羅!! 総理大臣を知れば日本がわかる!!『歴代内閣総理大臣のお仕事 政権掌握と失墜の97代150年のダイナミズム』

5月12日のジャパンキックボクシング協会プレ旗揚げ興行に続いて、正式旗揚げ興行が開催。お笑いトリオのジャングルポケットの太田博久さん、斉藤慎二さんのお二人がリングアナで登場。

ジャパンキック協会設立御挨拶は武田幸三氏、ドスの効いた力強い声が響いた

◎KICK ORIGIN / 2019年8月4日(日)後楽園ホール 17:00~21:05
主催:ジャパンキックボクシング協会(JKA)

◆第12試合 メインイベント 52.5kg契約 5回戦

石川直樹の左ヒジ打ちはかすった程度、カウンターで大崎孔稀の左フックがヒット

JKAフライ級チャンピオン.石川直樹(治政館/32歳/52.15 kg)
   VS
WMC日本スーパーフライ級チャンピオン.大崎孔稀(OISHI/19歳/52.5kg)
勝者:大崎孔稀 / TKO 3R 1:22 / 主審:仲俊光

大崎孔稀の実兄・一貴は、ルンピニースタジアム王座にも挑戦した経験を持ち、兄弟揃ってムエタイ技術を持つテクニシャンで、石川直樹は大崎孔稀との首相撲争いが注目されていた。

序盤、大崎が強い前蹴りで石川を突き放し転ばす。石川の返しの前蹴りはやや浅く、大崎の距離の取り方が上手い。石川は大崎のリズムに付き合ってしまい、首相撲からのヒザ蹴りへ繋いでもバランス良く蹴るに至らず、いきなりの大崎の左ボディーブローを貰ったり、組み合った瞬間、大崎の転ばしに掛かかるなど、ムエタイ技で苦戦してしまう。

第3ラウンドにはヒザ蹴りに出たところへ大崎の右ストレートでノックダウンを喫し、更に接近して左ヒジ打ちに合わされた大崎のカウンターの左フックで2度目のノックダウンを喫すると、ダメージ大きい石川は、カウント中に止められ、新団体における認定チャンピオンベルトを巻かれたばかりで屈辱TKO負けとなった。

大崎孔稀の前蹴りで石川直樹を突き放す

いきなりの左ボディーブローも狙っていた大崎孔稀

大崎孔稀が石川直樹を倒した

◆第11試合 ジャパンキック協会バンタム級王座決定戦 5回戦

1位.馬渡亮太(治政館/19歳/53.52kg)vs5位.阿部泰彦(JMN/41歳/53.5kg)
勝者:馬渡亮太 / KO 2R 2:24 / 主審:椎名利一

阿部泰彦も王座挑戦の経験は2度あるが、2003年と2007年のこと。「若くて勢いのある馬渡に向かっていく姿を見て欲しい」と言う。昇り龍の馬渡と親子ほどの年の差がある阿部では勢いの差は有り過ぎたが、阿部は成長著しい馬渡に試練を与えられるか、そんな期待も持たれた試合ではあった。

試合は馬渡が早くからスピード差で主導権を握った展開。阿部を上回る蹴りパンチヒジのヒット。組み合えば阿部にもヒザ蹴りがあるが、馬渡を慌てさせるには至らない。馬渡は第2ラウンドもスピーディーにヒットを決め、2度右ヒジ打ちで阿部からノックダウンを奪い、このラウンド、何とか持ち堪えたい阿部だったが、再度、馬渡のヒジ打ちを貰って崩れ落ち、3ノックダウンによる馬渡のノックアウト勝利となった。

斉藤慎二さんのコールに乗って、ジャパンキックの若きエース格、馬渡亮太登場

馬渡のヒザ蹴りは何度も阿部を襲った

馬渡がノックダウンを奪ったのは効かせるヒットのヒジ打ち

不覚にも新人のヒジ打ちを喰らった瀧澤がノックダウン

◆第10試合 フェザー級3回戦

JKAフェザー級1位.瀧澤博人(ビクトリー/28歳/57.15kg)
   VS
WBCムエタイ日本フェザー級チャンピオン.新人(E.S.G/30歳/57.0kg)
勝者:瀧澤博人 / TKO 2R 2:24 / 主審:松田利彦

国内フェザー級トップクラス同士で、互いに負けられない立場。初回、様子見の蹴りやパンチに強烈なヒットは無いが、接近戦で新人のヒジ打ちが入ると瀧澤はノックダウン。

呼吸を整え立ち上がり、瀧澤はやや下がり気味の展開が続くも、当て勘鋭いのは瀧澤の方。時折、接近すると瀧澤の距離を計るようなヒジ打ちが軽くヒット。

第2ラウンドには接近して来る新人の額に、瀧澤の狙った強いヒジ打ちがヒットすると、新人の額から流血しドクターがストップ勧告するとレフェリーが受入れ試合終了。2試合連続で瀧澤博人が“ヒジ打ちの名手”と言える貫禄の勝利となった。

ヒジ打ちが優っていたのは瀧澤の方、この後、額を切る強いヒットになる

瀧澤のヒジ打ちで深い傷を負った新人の額から勢いよく出血

◆第9試合 73.5kg契約3回戦

JKAミドル級1位.今野顕彰(市原/36歳/73.4kg)
   VS
NKBミドル級チャンピオン.西村清吾(TEAM KOK/41歳/73.4kg)
引分け0-1 / 主審:桜井一秀
副審:椎名29-29. 仲28-29. 松田29-29

昨年10月に日本キックボクシング連盟興行で対戦した両者で、西村清吾が2-1判定で勝利しているが、今回も差が付き難い展開が続いた。単発ながら互いにパンチのヒットが多かったが、距離を詰めての主導権を奪う強いヒットは無い静かな戦いが続き、ポイント振り分け難い引分けとなる。重量級においては交流戦が充実している団体間で再々戦が期待される。

度々ヒットがあった今野と西村だが、差の付き難い展開だった

◆第8試合 62.0kg契約3回戦

JKAライト級4位.興之介(治政館/30歳/61.5kg)
   VS
キム・ボガン(韓国/22歳/60.8kg)
勝者:興之介 / 判定2-0 / 主審:少白竜
副審:椎名30-29. 桜井29-29. 松田30-29

◆第7試合 バンタム級3回戦

JKAバンタム級3位.翼(ビクトリー/23歳/53.2kg)
   VS
NKBバンタム級4位.海老原竜二(神武館/28歳/53.2kg)
勝者:翼 / 判定3-0 / 主審:椎名利一
副審:松田29-28. 桜井29-27. 少白竜30-27

初回のパンチとローキックの攻防から翼のヒザ蹴りでノックダウンした海老原だったが、凌ぎきるとパンチのヒットを増やし始める。

翼も打ち返し、ダブルノックダウンに繋がりそうな互いの強いヒットが続くが、やがて打ち疲れでスタミナ切れそうな中、このまま判定まで持ち堪えた。

新団体設立に伴ない5月のプレ興行から始まった、前半戦のベストファイターに贈られるヤングライオン賞はこの両者に贈られた。

ヤングライオン賞獲得となった海老原竜二と翼の攻防

◆第6試合 スーパーバンタム級3回戦

JKAバンタム級4位.田中亮平(市原/29歳/55.2kg)
   VS
WMC日本スーパーバンタム級2位.加藤有吾(RIKIX/19歳/55.25kg)
勝者:加藤有吾 / 判定0-3 / 主審:仲俊光
副審:椎名28-30.桜井28-30. 少白竜29-30

◆第5試合 ライト級3回戦

JKAライト級5位.大月慎也(治政館/33歳/60.7kg)vs野崎元気(誠真/24歳/61.23kg)
勝者:野崎元気 / KO 2R 2:22 / 3ノックダウン / 主審:松田利彦

◆第4試合 ヘビー級3回戦

JKAヘビー級1位.ショーケン(山田/33歳/94.2kg)
   VS
ゴリ・セノオ(月心会チーム侍/44歳/89.8kg)
勝者:ショーケン / KO 1R 1:17 / 3ノックダウン / 主審:桜井一秀

ヘビー級として力強いノックアウトシーンを見せ付けたショーケン。この新団体ヘビー級ではトップに立つ選手。

※前座3試合は割愛します。

直闘の涙の理由は“勝って獲りたかった”

《取材戦記》

新たに分裂して出来た団体とは感じ難い、新日本キックの名残ある雰囲気。しかしそこは元からある治政館ジム主催の活気ある興行でもあった。

また、他団体首脳陣の顔触れがリング周りにあり、新団体としての姿勢、協力態勢が表れている、今後の興行でも新日本キックを上回る交流戦を充実させていく印象があった。

新日本キックではランカー中堅クラスだった直闘が、この新団体で王座決定戦へ抜擢されるも、対戦予定だった永澤サムエル聖光が脱水症状による体調不良で出場不可能となり、戦わずしてチャンピオンベルトを巻かれてしまった。

国内王座が更に乱立するのは仕方無いにしても、初代から早々にチャンピオンに任命される“認定チャンピオン”も作られるなど、団体レベルで都合のいいルールを作り上げるから、反対論が出てももう止めようがない。

いずれにせよ、国内すべての団体タイトルは、日本の国レベルタイトルには追いつかないローカルタイトルであり、他の認定団体チャンピオンとの対戦や「KNOCK OUT」などのビッグマッチ興行へ選出される出場権でしかないが、そういう立て構造の図式が成り立つのも自然の成り行きかもしれない。

そんな直闘がチャンピオンベルトを腰に巻いて貰い、涙を流したのは、うれし涙ではない、くやし涙だった。勝ってチャンピオンベルトを巻きたかったのだろう。永澤選手には「体調戻して早くこのリングに戻って来て欲しいです。」と語り、真のタイトルマッチにおける決着戦を願ったが、この日、戦わずしてベルトを巻くより、後日へ延期して改めて王座決定戦をやることがプロスポーツのやり方だと思う。

ジャングルポケットのトリオのうちの御二人、太田博久さん、斉藤慎二さんはリングアナウンサーとしての存在感は大きかった。低い太い声で力強い。毎回やればいいと思うが、本業が忙しければそうはいかないのが芸能人。ジャパンキック協会も短期で新顔に替わるリングアナでなく、団体の、興行の顔となるメインリングアナウンサーを育てる方がいいだろう。

ジャパンキックボクシング協会の次回興行は、11月9日(土)新宿フェースに於いて昼夜の2部制で行なわれる予定です。新日本キックにおける昨年組まれた今年分の年間スケジュールで会場が押さえられているので、来年はジャパンキック協会としての年間予定が多く組まれることでしょう。

KO賞とMVP賞を獲得した大崎孔稀

勝ってチャンピオンとなった馬渡亮太、ジャパンキック協会初代バンタム級王座獲得

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

月刊『紙の爆弾』9月号「れいわ躍進」で始まった“次の展開”

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

私の皮膚は日光に弱く、すぐ赤くなってヒリヒリ痛くなります。母も同じような肌でした。また、電話に出ると母の友達に母と間違えられることがよくありました。このように外見、性格、小さな癖など、親に似ているけれども、同じではないというのが私たち生き物です。今回はこれらをつかさどる「遺伝子」について、整理してみようと思います。

生物が持つ形や性質などを形質といい、形質が親から子へと受け継がれることを遺伝といいます。そして遺伝が起こるためには親から子へ何らかの要素が受け渡されているはずだと昔の人が考え、「遺伝子(gene)」と呼ばれるようになりました。その後、その遺伝子は染色体という細胞の核の中のヒモ状に見える構造物に、数珠つなぎになっていることがわかりました。染色体はタンパク質とDNAで構成されていますが、遺伝子の本体がDNAであることがわかったのは、20世紀中頃のことです。そしてDNAが自己複製するのに都合のよい二重らせんで構造であることが解明されたのです。

遺伝子とDNAは同じようなものであると見なされることが多いのですが、遺伝子はある特定の働きをする機能がともないます。一方DNAは「デオキシリボ核酸」という物質であり、遺伝子の本体といえます。つまり、遺伝子を数珠つなぎしているのがDNAです。すべての細胞(人間なら約60兆個)がこのDNAを持っていることが判明しています。しかもそれぞれの細胞(直径0.001~0.003㎜程度)に入っている遺伝子には、体全体のすべてにわたる形質の特徴が刻み込まれています。小さな小さな世界に、たくさんの重要な情報が秘められているのです。

DNAの情報をもとに形質の基となるタンパク質を合成する際、直接的にDNAがタンパク質を作っているわけではなく、DNA→RNA→タンパク質という一方向の順に進みます。この間に行われるのが「転写」と「翻訳」というプロセスです。

「転写」 DNAを鋳型にしてRNAを作ることを「転写」といいます。2本鎖DNAがほどけ、一本のヌクレオチド鎖をもとにして相補的なRNA(メッセンジャーRNA・mRNA)を合成します。

「翻訳」 mRNAの塩基配列をもとにしてアミノ酸の配列が決まりポリペプチド(タンパク質)ができることを「翻訳」といいます。

遺伝子は次の2つの能力を持っています。

(1) 自己複製能力
遺伝子は、幹細胞から生殖細胞へ、幹細胞から体細胞へ、細胞から体細胞へ、複製されながら伝わっていきます。結果、すべての細胞が完全な遺伝子を持っていることになります。この複製の制御が失われると、がん細胞になってしまいます。

(2)遺伝情報発現の能力
形質は遺伝子に刻まれた特徴が現れたものです。遺伝子の中に、手の形、目の色、消化液のつくり、皮膚の構成、などすべてが刻まれています。そういった特徴が、適切な条件で適切な場所に現れることを遺伝子の発現といいます。遺伝子の発現は遺伝子のスイッチがONになることです。そして、スイッチがONになれば、それに沿って、生物の形質が現れます。

さて、細胞がガン化するとか、細胞が脂肪を生産して肥満になるとかは、先に説明した複雑な過程において、何らかの異常が出現し、タンパク質が作用して細胞が変化することに由来します。

一方、薬とは、体の中で起きたこれらの遺伝情報の発現に作用して、症状を抑えようというものです。高血圧を下げたり、前立腺癌の増殖を抑えたり、病気の状態に合わせて様々な働きをします。私のような素人にはとても理解できない深くて複雑な世界ですが、ほんのわずかな違いで、薬の効果は変わってくるのでなないかということが想像できます。同じ名前の薬であっても、先発薬と後発薬では、どこか作用が違うのではということをよく耳にするのもそのためです。

 

◎連載過去記事(カテゴリー・リンク)
赤木夏 遺伝子から万能細胞の世界へ ── 誰にでもわかる「ゲノム」の世界 

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)[文とイラスト]
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付き、本通信で「老いの風景」を連載中。

月刊『紙の爆弾』9月号「れいわ躍進」で始まった“次の展開”

大学関係者必読の書!田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

MAX163キロの大船渡高校・佐々木朗希投手が高校野球岩手県大会決勝で監督の判断からケガの防止のために登板回避し、敗退した一件をめぐっては、プロ野球解説者の張本勲氏が世間の批判にさらされている。出演番組『サンデーモーニング』(TBS)で、「絶対に投げさすべき」「けがを怖がったんじゃ、スポーツやめたほうがいいよ」などと根性論的な発言をしたためだ。

近年のスポーツ界では、「選手ファースト」の考え方が一般的になっている。そんな中、あのような発言をすれば、批判されるのも無理はない。

ただ、私自身は、張本氏の経歴からして、あのような意見になるのは当然だと思うし、張本氏の意見も1つの意見として尊重されるべきだと考えている。

◆理不尽な形で甲子園出場の望みを絶たれた高校時代

 

『誇り 人間 張本勲』(著・山本徹美/1995年講談社)。不屈の半生が詳細に綴られている

張本氏の経歴の中で、まず見逃せないのは、高校時代に甲子園を目指しながら理不尽な形でその望みを絶たれたことだ。

張本氏は広島市の公立中学を卒業時、地元の野球名門高校である広島商業か、広陵高校への進学を希望し、学業成績からして合格確実とみられていたが、まさかの不合格。野球があまり強くない地元の高校にいったん進学したが、甲子園出場の夢を諦め切れず、大阪の野球強豪校である浪華商業へ転校した。この野球留学では、兄と姉が生活を切り詰め、学費をねん出してくれたという。

しかし、転校してしばらくすると、浪華商業の野球部は不祥事のため、1年間の対外試合禁止処分に。最上級生になってからも、部内で暴力事件が起きた際、濡れ衣を着せられて休部処分を受け、チームは夏の甲子園に出場したのに、張本氏は出場できなかったのだ。

張本氏は、「サンデーモーニング」で次のように述べていた。

「1年生から3年生まで必死に練習してね、やっぱり甲子園が夢なんですよ。私らの時代はね、夢が欲しくてね、小雨の降る路地で泣いたこともあるんです。耐えて、耐えて」

張本氏としては、甲子園に出られるチャンスがありながら、それを自ら手放すに等しい行為は理解できなかったのだろう。

◆野球ができなくなるほどの負傷を2度乗り越えた

張本氏の経歴でもう1つ見逃せないのは、自分自身の負傷歴だ。

張本氏の利き手である右手は、幼い頃に負った火傷の後遺症で、小指と薬指、中指がくっついた状態だ。そのため、中学で野球を始めた時、投手を希望したものの、満足にボールが投げられなかった。しかし、張本氏はそれでも投手を諦めず、左投げを練習してマスターし、四番投手として県大会で優勝するまでになったのだ。

だが、そこまで努力し、左投手として頭角を現しながら、張本氏は高校時代、今度は左肩を故障してしまう。浪華商業のOBである立教大学の捕手がぶらりとグラウンドにやってきて、「受けてやろう」と言われたので、張り切って投球練習をしたのが原因だ。気づけば、300球近くも投げ込んでしまい、左肩を壊してしまったのだ。

「野球をやるからには四番で投手」と考えていた張本氏は、この負傷をした当初、野球をやめることまで考えたという。しかし、監督から「お前には並外れた打撃力があるやないか」と励まされ、奮起。猛練習により、打者として大成したのだ。

このように張本氏は野球自体ができなくなるような大きな負傷を繰り返しながら、その都度諦めずに乗り越え、3000本安打という偉業を成し遂げた。この成功体験がおそらく、「けがを怖がったんじゃ、スポーツやめたほうがいいよ」という言葉の背景にあるのだろう。

そうはいっても、佐々木投手が張本氏と同じ道を歩む必要はまったくないし、むしろ、大船渡高校の監督が教え子の将来性を考え、登板回避させたのは英断だと思う。だが、スポーツ選手はどんなに細心の注意を払っても、選手生命を失うようなケガをすることもある。そういう時、心に刺さるのは、「ケガをさせないことを第一に考える人の言葉」より、「ケガを乗り越えた先人の言葉」だと思う。

だから、張本氏の意見も1つの意見として尊重されるべきだと私は考える。

※参考文献:『誇り 人間 張本勲』(著・山本徹美/講談社)

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。著書『平成監獄面会記』が漫画化された『マンガ「獄中面会物語」』(著・塚原洋一/笠倉出版社)が8月22日発売。

月刊『紙の爆弾』9月号「れいわ躍進」で始まった“次の展開”

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

人間(文明)が時間(歴史)とともに「進化」、「進歩」しているという「希望的妄信」は21世紀に入り、より一層怪しくなってきているのではないか。人間が生み出す科学技術は思想をもたないから、従前の蓄積を破棄したり無化することなしに新たな技術が開発される。しかし科学技術の新たな開発は人間の「進化」や「進歩」とはまったく関係ないどころか、人間の退行を引き起こす。

◆技術の進歩と人間の退行

インターネットがあれば、たいがいの疑問や情報を瞬時に得られるが、これは個々の人間の能力が向上したのではなく、「自ら体を使って調べる」行為からどんどん離れて行っていることを意味する。英単語の意味を調べるのには、英和辞書を開き、意味の分からい単語をページを繰りながら探す行為が当たり前だった。面倒くさいといえば面倒には違いないけれども、単語を探す過程で、「この単語のあとのページにあるのか。熟語ではこう用いられるのか。なんだ! 前にも調べていたじゃないか」という「回り道」を経験された方は少なくないであろう。あの「回り道」の時間こそが有機的に知識を広げるためには不可欠な「学び」の手順であり、それゆえ身に着くものが付加的に生じていたのだ。

日々の事務仕事でも同様だった。同じ作業をこなすけれども、どうやったら時間をかけずに完了できるか、効率の良い方法はないものかと知恵を絞るのが、個々の脳に対する刺激であり、設問であった。

デジタルが席巻したように思われる、こんにちの社会ではそのような作為が「無駄」と不当に評価される。義務教育でも持ち込みが許される電子辞書の利用は、確実に生徒の頭脳の低下を招いているし、スーパーコンピュータの演算速度が1000倍になっても会社員の残業は減らない。

おかしいじゃないか。そろばんを使って計算していた時代の1億倍の演算処理能力を皆が目の前のパソコンに持っているのだから、定型業務は1億分の1とは言わないけれども、仕事にかかる時間はなぜ激減しないのだ。

猛暑で頭がどうかしてしまったから、ボヤキ漫才のように愚痴をならべているのではない。科学技術の進歩が誘因する「人間の退行」の惨状を直視すると、「あなたたち、これでいいんですか?」と問わざるを得ないのだ。

◆わかりきっていることを発信できない、発言できない

米国では毎年何度も学校や人込みでの「銃乱射事件」が発生する。そのたびに紋切り型の報道がこの島国の新聞などでもなされる。

馬鹿じゃないかと思う。

兵器産業と政権が結びつき、戦争を筆頭とする定期的な兵器の棚卸と、小売りを続けなければ収支が持たない。「米国」という国家の犯罪性に切り込むことなしに、「銃乱射事件」を止めることなどできないことがどうしてわからないのだ。「銃乱射事件」実行犯の出自や日頃の言動をほじくりだしてなにがわかる。簡単に銃器が入手できる社会病理を「民主主義国」の擬態を被った米国が演じている欺瞞を撃たずに、何が解消するというのだ。

わかりきっていることを発信できない。発言できない。言わない。これが人間の退行でなくてなんだというのだ。この島国には「忖度」という便利かつ恥ずかしい文化がある。諸悪の根源であるとわたしは確信するが、世界は表層のホコリや汚れ、葛藤が拭き取られたように「報じられて」いるけれども、その実、人間の退行は恐ろしい速度で進行してはいまいか。

◆「戦争にルールがある」という違和感

被害者がかつての加害者に、同様あるいはそれ以上の暴虐をはたらく。こんなもの正義でもなんでもないだろう。イスラエルのパレスチナへの暴虐を許容する世界は19世紀のそれと変わらない。20年近く自宅軟禁や逮捕の憂き目にあっていたアウンサンスーチーは軍政とテーブルの下で取引を終えると、途端に少数民族弾圧に手を付けた。よくぞ騙してくれたな(騙されたわたしが馬鹿だったのだ)。「人々の夢を実現するのがわたしの仕事です」の言葉で、それ以前に感じたことのない感動を感じたわたしが馬鹿だったのか、変節した彼女が卑劣なのか。

侵略の歴史を、なにもなかったように横においておいて、韓国攻撃に嬉々とする安倍を中心とする「帝国主義」の復活勢力と、それに便乗する産経を筆頭とするマスコミと庶民。そこにあるのは、第二次大戦中に「国家の一大事」だからと進んで「大政翼賛会」を構成した社会大衆党(自称無産者政党であった)と強圧ではなく、みずから進んで「満州事変」に歓喜した厚顔無恥な大衆の姿もあった。

あの時代といま。人間のどこが進歩しているといえるのだろう。昨年までは「仮想敵国」であった朝鮮が飛翔体を発射したら「Jアラート」なる警報を鳴らし、分別のありそうな大人が「避難訓練」までしていた。あの偽りの危機感はどこへ行ったのだ。朝鮮は最近でも飛翔体を打ち上げているではないか。それでも去年までとはうってかわって、安倍はゴルフに興じている。おかしいだろう。わたしがおかしいのであれば、下段にメールアドレスを明記しているのでご指摘いただきたい。

そして最後に、かねがね疑問であったことを初めて書く。それは「戦争にルールがある」ことである。戦争=殺し合いにルールがあることにわたしはいたく違和感を感じ続けている。捕虜の扱いに関するジュネーブ条約。宣戦布告を戦争開始と定めた不可思議な国際法。これらはいずれも「戦争が起こる」ことを前提に(良心的に理解すれば、その被害を最小にとどめるよう)結ばれた国際法だ。

つまり、国際法は「戦争」という究極の野蛮行為が、「起こり続けること」を是認しているのだ。はたしてこれが「理性」だろうか。真っ当な神経だろうか。なにがあっても「戦争だけは起こさせない」との至極当たり前の前提に2019年8月15日世界は遠く及んでいない。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』9月号「れいわ躍進」で始まった“次の展開”

創刊5周年〈原発なき社会〉を目指して 『NO NUKES voice』20号【総力特集】福島原発訴訟 新たな闘いへ

田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

《6月12日、リンチ被害者M君が5名を訴えた上告について、却下の連絡が代理人の大川伸郎弁護士へあった。賠償を命じられた李普鉉氏からは「賠償金を支払いたいので口座を教えてくれ」と代理人から連絡があった。一方金良平氏からは何の連絡もないので、大川弁護士は金良平氏の代理人に「賠償金の支払い」を求める旨と、大川弁護士の銀行口座明細を記載したFAXを送付したが、7月2日現在大川弁護士には、金良平氏の代理人から何の連絡もないという。》

ここまでは7月3日、本通信でお伝えした。その後さらにM君はがっかりさせられる経験に直面した。7月10日付で金良平氏の代理人、姜永守弁護士から、一方的に「分割払い」を前提とした「合意案」の提案がなされたのだ。その詳細は明らかにしないが、なんと月にわずか5万円の支払いで、2021年までかけて弁済をするという、身勝手極まりないものであった。

M君と支援会は即座に対応を検討し、「こんな我が儘は取り合えない」で速やかに一致した。7月12日にM君代理人の大川伸郎弁護士から姜弁護士に対して、「『分割払い』にするのであれば、姜永守弁護士が連帯保証人に就任することを条件にする」との逆提案をおこなった。ところが、姜弁護士は日弁連の定めた「弁護士職務基本規定」を盾に連帯保証人への就任を断る回答を返してきた。

「弁護士職務基本規定」は法律のような響きがあるが法律ではなく、日弁連が定めた、いわば「ガイドライン」のようなものである。そこには代理人就任した依頼者の保証人には就任しないほうが良い、という趣旨の文章は確かにある。しかし、法的には姜弁護士が金良平氏の連帯保証人になることは何ら問題はない。

代理人に就任したのであれば、どうして最後まで責任を取らないのだ、と姜弁護士には強く聞きたいところである。そこで取材班は姜弁護士の所属する「ポプラ法律事務所」に電話取材を試みた。ところが電話をかけ、鹿砦社を名乗ると、「姜弁護士は事務所にいる」と言いながら電話をつながず、事務員と思しき女性が氏名や電話の目的などを事細かく聞いてくる。

保留音のあと「この件ではお答えできません」とふざけたことを言うので「あなたは、わたしの個人情報と取材目的を聞きながら電話を繋ごうとしない。そんな不誠実な態度は社会的に容認されるものではない。すぐ姜弁護士に繋いでくれ」と要請すると、ようやく姜弁護士が電話口に出てきた。が、姜弁護士に何を質問しても「答えられない」の一点張りでまったくらちが明かない。挙句「話すことはないから切ります」と一方的に電話を切られた。

こういう対応をしているから、しばき隊関係者は社会的信用を失っていくのだ。争いの当事者であろうがなかろうが、一定の社会的関心が持たれている事件の、鹿砦社はいわば「告発者」である。警戒する気持ちは分からぬではないが、われわれは「M君リンチ事件」で無理難題を求めてきたことはない。この日の電話のテーマだって、通常は考えられない「賠償金の分割払い」を提案してきた非常識に対して常識的な質問をしようとしていただけである。どうして逃げるのだ! 姜弁護士!

そして姜弁護士が、「弁護士職務基本規定」を盾に取り、連帯保証人就任に難色を示すのであれば、金良平氏の代理人ではないが、鹿砦社を目の敵にする神原元弁護士が連帯保証人に就任すればよいではないか。下記写真の通り、一審判決の直後に「敗訴しながら祝勝会」を開くほど近しい中である。「エル金は友達」という不思議なツイッター上での印象操作も過去あった。「友達」だったら、困ったときには助けてあげるのが筋じゃないのか。

「祝勝会」と称し浮かれる加害者と神原弁護士(2018年3月19日付け神原弁護士のツイッターより)

あるいは事件後すぐに100万円でM君に刑事告訴を断念させようと、金を出した伊藤大介氏でも構わない。もちろん李信恵氏や、事件が「なかった」「喧嘩はあったけどリンチはなかった」と繰り返した中沢けい氏や、国会議員の有田芳生氏でも構わない。金良平氏が賠償金の「分割払い」を求めるのであれば、だれかが連帯保証人になることを真剣に検討する気が、どうしてわかないのであろうか。

それ以前に、たかが100数十万円の金である。なぜ金良平氏に貸したり、カンパでこんなはした金が集まらないのだ。金良平氏を早く「リンチ事件の債務者」という縛りから解放してあげようと思う人間はいないのか。

取材班は「しばき隊は嘘つきである」証拠を山ほど探し当ててきたし、直接対話でも経験しているので、彼らは結局、金良平氏の負債を「無きものにしよう」、「M君への賠償支払いを無きものにしよう」と良からぬ合議を済ませているのではないかとの疑いが強まる。その論の延長には、恐ろしいことであるが、金良平氏は「いてもらっては困る存在」という将来像が浮かび上がってくる。

よいか! 金良平氏よ! あなたは、しばき隊から「面倒扱い」されたある「男組」関係者がどのような結末をたどったか、知らぬわけではあるまい。金良平氏よ! あなたは証人尋問の際、M君に頭を下げて詫びたではないか。「友達」や弁護士が頼りにならないのであれば昼夜働いてでも、一刻も早く賠償金をM君に支払うのが、あなたの将来のためでもある。

鹿砦社は「ケジメ」をつけた一般人をしつこく追いかけたりはしない。金額には不満だが、裁判所が金良平氏に支払いを命じた金員をM君に支払えば、金良平氏に対する言及を行う必要は、基本的には消滅する(また違う悪さに手を染めれば別であるが)。しかし、そうでなければ、金良平氏、並びにその周辺にいる「エル金は友達」であったはずの連中が、どれほど悪辣な嘘つきであるかを、指弾し続けなければならない。


◎[参考音声]M君リンチ事件の音声記録(『カウンターと暴力の病理』特別付録CDより)

(鹿砦社特別取材班)

《関連過去記事カテゴリーリンク》M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

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鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

大阪府の吉村洋文知事が8月7日の定例記者会見で、愛知県の大村秀章知事について「辞職相当だと思う」などと批判した。ネトウヨの脅迫によって、中止に追い込まれた企画展「表現の不自由展・その後」の責任を追及してのことだ。なぜ極右の脅迫(威力業務妨害)を批判しないで、大村県知事への批判になるのか。このあたりに、言論に自由をめぐるわが国の危機が顕われている。

周知のとおり、企画展をめぐっては、慰安婦を表現した少女像や昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品などが展示され、ネトウヨの脅迫に屈するかたちで展示中止となった。すでにネトウヨの一人が逮捕されている。愛知県警によると、逮捕された堀田容疑者は8月2日、会場がある愛知芸術文化センター内のファクスに、企画展に展示されていた慰安婦を表現した少女像について「大至急撤去しろや、さもなくば、うちらネットワーク民がガソリン携行缶持って館へおじゃますんで」などと記した文書を送り、展示の一部を中止させるなどして業務を妨害した疑いがあるというものだ。こういう輩は厳罰に処すべきであろう。

ところで、「表現の不自由展」を問題視したのは、ネトウヨだけではない。河村たかし名古屋市長、日本維新の会代表の松井一郎大阪市長、吉村洋文大阪府知事も展示会を批判していたが、ついに上記のとおり大村県知事に「辞職相当」などと的外れな批判をしたものだ。


◎[参考動画]「辞職相当」「哀れだな」大村愛知県知事と吉村大阪府知事がお互いを批判(CBCニュース 2019/8/8公開)

◆反日には表現の自由がない?

吉村市長は定例記者会見で、少女像などの展示について「反日プロパガンダ」だと指摘したという。「愛知県がこの表現行為をしているととられても仕方ない」と述べ、公共イベントでの展示は問題だとの認識を示した。また、大村氏が展示内容を容認したとして、「愛知県議会がこのまま知事として認めるのかなと思う。知事として不適格じゃないか」と語ったというのだ。

ようするに、反日的な表現は「表現の自由」と認めない。公共の場では、政府の意向をうけた、日本賛美の表現しか許されないというのだ。ネトウヨおよび極右政治家たちのとんでも発言ばかり聞いていると、うっかりわれわれも不感症になりそうなので、大村県知事の反論を引用しておこう。

河村たかし名古屋市長から届けられた「『表現の不自由』という領域ではなく日本国民の心を踏みにじる行為であり許されない。厳重に抗議するとともに中止を含めた適切な対応を求める」という文書および、杉本和巳衆院議員(維新の会)から出されていた「不適切」として中止を求める要望書について、自分の考えを述べたいとして、こう語ったという(8月5日の会見から)。


◎[参考動画]【報ステ】中止された『表現の不自由展』に抗議の声(ANNnewsCH 2019/8/7公開)

◆憲法21条の精神を体現する大村知事

「河村さんの一連の発言は、私は憲法違反の疑いが極めて濃厚ではないか、というふうに思っております。憲法21条はですね、『集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する』『検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない』というふうになっております。このポイントはですね、国家があらかじめ介入してコントロールすることはできない。ようは既存の概念や権力のあり方に異論を述べる自由を保障する。公権力が思想内容の当否を判断すること自体が許されていないのです」

じつに真っ当な批判、憲法認識ではないか。河村市長・杉本議員の申し入れはあきらかに権力による検閲行為なのだ。

大村知事はさらに「表現の自由」の原則を無視した発言が相次ぐ世論に対しても、このように反論した。

「最近の論調で、いわゆる税金でやるならこういうことをやっちゃいけないんだ、自ずと範囲が限られるんだということをですね、ネットでいろんな意見が飛び交っているのはこれは匿名の世界ではいいかもしれませんが、いろんな報道等でコメンテーターの方がそういうことを言っておられる方がいるようですが、逆ではないかと思いますね。これは行政、国、県、市、公権力をもったところだからこそ表現の自由は保障されなければならない、と思います。というか、そうじゃないんですか? 税金でやるからこそ、公権力であるからこそ、表現の自由は保障されなければいけない。わかりやすく言うと、この内容は良くて、この内容はいけない、ということを公権力がやるということは、許されていない、ということではないでしょうか」

これまた、じつに真っ当な意見ではないか。公共の場でこそ、表現の自由は保障されなければならない。さらに大村知事は言う。

「いちばん酷いのはね、国の補助金もらうんだから国の方針に従うのは当たり前だろう、というようなことを平気で書かれているところがありますけど、みなさん、どう思われます、それ? ほんとうにそう思います? わたし、まったく真逆ではないかと思いますよ? 税金でやるからこそ、むしろ憲法21条はきっちりと守らなくてはいけないのではないでしょうか。この数日間、ちょっと待てよ。とつらつら考えて、非常に違和感覚えております」「裁判をやれば、河村さんの主張は負けると思いますよ」

権力にこびる現在の裁判所が、展示会を中止に追い込んだ政治勢力およびネトウヨを憲法違反とするかどうかはともかく、公共の場にこそ表現の自由は保障されなければならない。これが憲法21条の精神なのだ。そして自由な表現が国と行政によって保障された社会こそ、民主主義社会なのである。わが国の近隣には、反共と反日を国是とした国があり、血統による王朝が支配する国もある。自由社会に犯罪者引き渡しをもとめる、一党独裁の巨大国家もある。だからこそ、少なくとも表現の自由においては、国家と行政がこれを保障する必要があるのだ。


◎[参考動画]液体、脅迫FAX・・・「表現の不自由展」巡り逮捕相次ぐ(ANNnewsCH 2019/8/8公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

月刊『紙の爆弾』9月号「れいわ躍進」で始まった“次の展開”

安倍晋三までの62人を全網羅!! 総理大臣を知れば日本がわかる!!『歴代内閣総理大臣のお仕事 政権掌握と失墜の97代150年のダイナミズム』

自民党の次世代のリーダーらしいな、と思った方もおられるかもしれないが、常識で考えれば、まことに異様・珍妙な光景である。ひとりの政治家が、相手がタレントとはいえ「出来ちゃった婚」の報告で官邸をおとずれ、官房長官と総理大臣にその報告をして、おおいに祝福されたというのだ。しかもマスコミが国民的な関心をあおり、全国放映するという異様な光景だ。かれは特別な階級に属する、国民が注目するべき貴人なのだろうか? 小泉進次郎は国会議員とはいえ、ふつうの国民ではないのか?

いや、かれはふつうの国民ではない。上級国民なのだから──。

今回のパフォーマンスには、小泉進次郎がこれまで石破茂を総理候補として支持してきた(地方・農業政策は石破茂と一致している)ことから、安倍総理への宗旨替えを表明させたものと見られている。いうまでもなく、それをさせたのは菅官房長官であるが、今回はそれに触れるのは禁欲しておこう。

◎[参考動画]総理「令和の幕開けに相応しい」進次郎氏“結婚”で(ANNnewsCH 2019/8/7公開)

今回の「結婚」をだれもが祝福している、かのような報道もその報じ方の視点も、この国の異様さを顕している。とはいえ、だれもが「上級国民」というわけではないのだ。菅官房長官の「かれは入閣するのがいい」という発言に、猛反発が起きている。当り前だろう。特権者のように官邸を私物化し、下々の者はおおいに祝えというような演出に、反発が起きないわけがない。それは保守やリベラルを問わず、この国に定着しつつある「上級国民」への反発なのだ。あるニュースサイトは、以下のように伝えている。

「祝福ムードが盛り上がったばかりの進次郎氏だが、このタイミングでの『入閣打診』には、保守派からもネット上で怒りや疑問の声が殺到。また、進次郎氏の『過去の仕事ぶり』も槍玉に挙げられており、『国会で質問ゼロだったくせに』『これは出来レースだろ』『つまり解散が近いということか』『笑わせるな』『ご祝儀入閣やめろ』といった批判的な声が多く挙がっている。」(「まぐまぐニュース」総合夕刊版8月9日)これが「下層民」の率直な感想なのだ。

◆上級国民(Upper Class Nation)とは?

ところで、この「上級国民」という言葉は、社会に定着しつつあるようだ。わたし流に定義すれば、利権をともにする人脈・ネットワーク、および血縁やお友達関係を媒介にした利権の形成、さらにはかれらを国家権力が忖度する強固な階級の出現。こんなところだろうか。以下、解題していく。

日本の衆議院議員は、170人が世襲(地方議員・首長をふくむ)である。じつに3分の1が世襲なのだ。自民党の国会議員の40%が世襲議員だ。これはすでに、上級国民と呼ぶにふさわしい、政治家の血流があると言うべきであろう。第二次安倍内閣の閣僚世襲率は50%である。地盤・看板・鞄(カネ)をもって、議員の条件だとすれば、借金もふくめて世襲する日本の政治家はある意味で構造的なものなのかもしれない。けれども、血族で政治をまわしていくのは、王朝と呼ぶにふさわしい。世襲議員たちはそれぞれ利権を独占する地域王朝なのである。

たとえば、麻生太郎と鈴木善幸(その息子は鈴木俊一)は縁戚である。そして武見太郎(生前は医師会会長・その息子は武見恵三)とも縁戚である。さらには三笠宮寛仁親王とも縁戚である。過去にさかのぼれば、大久保利通・三島通庸の血を引く家系でもある。いうまでもなく、戦後の大宰相・吉田茂がかれの祖父である。そもそもかれは、麻生財閥の御曹司である。

たとえば、安倍晋三の祖父は岸信介であり、その弟は佐藤栄作である。吉田茂とおも遠い縁戚であるから、麻生太郎と遠い親戚なのである。財界の総帥・牛島治朗(ウシオ電機創業)とも縁戚である。先祖をさかのぼれば井上馨、松岡洋祐にたどりつく。麻生太郎と安倍晋三にかぎらず、日本の政治家は一族・血脈で政治を生業にしてきた。高級官僚・財閥一族も同じく利権を牛耳るという意味で、同様に一族と血脈で支配を独占してきたのだ。これを上級国民の基幹とみなすことができる。そして、それに何らかの縁で連なる学者や芸術家たち。

ちょうど、上級国民をタイトルに戴いた新刊が出ているので、おおいにこの言葉を流行らせる意味で、言葉の成り立ちから紹介しておこう。著者が版元にことわったうえで、ネットに掲載した橘玲『上級国民/下級国民』(小学館新書2019年8月)「著書の前文」からである。

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橘玲『上級国民/下級国民』(小学館新書2019年8月)

2019年4月、東京・池袋の横断歩道で87歳の男性が運転する車が暴走、31歳の母親と3歳の娘がはねられて死亡しました。この事件をめぐってネットに飛び交ったのが「上級国民/下級国民」という奇妙な言葉です。

事故を起こしたのは元高級官僚で、退官後も業界団体会長や大手機械メーカーの取締役などを歴任し、2015年には瑞宝重光章を叙勲していました。

たまたまその2日後に神戸市営バスにはねられて2人が死亡する事故が起き、運転手が現行犯逮捕されたことから、「池袋の事故を起こした男性が逮捕されないのも、マスコミが“さん”づけで報道しているのも「上級国民」だからにちがいない」「神戸のバス運転手が逮捕されたのは「下級国民」だからだ」との憶測が急速に広まったのです。

すでに報じられているように、男性が逮捕されなかったのは高齢のうえに事故で骨折して入院していたからで、メディアが“さん”づけにしたのは“容疑者”の表記が逮捕や指名手配された場合にしか使えないためですが、こうした「理屈」はまったく聞き入れられませんでした。

2019年5月には川崎市で51歳の無職の男が登校途中の小学生を襲う事件が起き、その4日後に元農水事務次官の父親が自宅で44歳の長男を刺殺しました。長男はふだんから両親に暴力をふるっており、事件当日は自宅に隣接する区立小学校の運動会の音に腹を立てて「ぶっ殺すぞ」などといったことから、「怒りの矛先が子どもに向いてはいけない」と殺害を決行したと父親は供述しています。

この事件を受けて、こんどはネットに困惑が広がりました。彼らの世界観では、官僚の頂点である事務次官にまでなった父親は「上級国民」で、自宅にひきこもる無職の長男は「下級国民」だからです。

「上級国民」という表現は、2015年に起きた東京オリンピックエンブレム騒動に端を発しているとされます。

このときは著名なグラフィックデザイナーの作品が海外の劇場のロゴに酷似しているとの指摘が出て、その後、過去の作品にも盗用疑惑が噴出し大きな社会問題になりました。

その際、日本のグラフィックデザイン界の大御所で、問題のエンブレムを選出した審査委員長が、「専門家のあいだではじゅうぶんわかり合えるんだけれども、一般国民にはわかりにくい、残念ながらわかりにくいですね」などと発言したと伝えられました。

これが「素人は専門家に口答えするな」という「上から目線」として批判され、「一般国民」に対して「上級国民」という表現が急速に広まったとされます(「ニコニコ大百科」「上級国民」の項より)。

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このように当初は「専門家/非専門家」を表わすネットスラングだったものがいつの間にか拡張され、池袋の事故をきっかけに、「日本社会は上級国民によって支配されている」「自分たち下級国民は一方的に搾取されている」との怨嗟(ルサンチマン)の声が爆発したのです。

下級国民という言葉まで反語として定義されているが、ここでは一般国民といったほうが適切であろう。下級国民がかつてのプロレタリアート(労働者階級)のように、賃金労働者が階級意識に目覚める、あるいは階級形成するという側面をいまだ持ちえないからだ。むしろ本工労働者とプレカリアート(非正規雇用者)という範疇からならば、ロスジェネや引きこもりもふくめた、現代社会の基本矛盾が顕在化するように感じられる。上級国民という言葉は、おおいに使われるべきであろう。今回の小泉進次郎の行き過ぎたパフォーマンス、総理官邸における奇妙奇天烈な結婚報告が、はしなくも現代日本の基本矛盾を露呈したように――。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

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