本日7月1日よりレバ刺しは禁止になり、大飯原発3号機では、原子炉の起動がもくらまれている。 放射能より、レバ刺しのほうが危険だ、とでも言うのだろうか。
原発関連の話が続いてしまうが、差し迫った状況であり、お許し願いたい。

6月29日、大飯原発再稼働に反対する、首相官邸への抗議行動があった。福島を始めとして、全国各地からも人々が集まった。
20万人近くが集まり、参加者が歩道から車道に溢れ、官邸前と国会議事堂前に参加者が迫りながら、抗議を行った。

あまり知られていないようだが、自民党政権時代は、国会周辺でのデモを東京都公安委員会と警視庁は許可しなかった。国会へは請願行進だけが認められていた。集会場所から出発したデモ隊は、国会近くになると旗やプラカードをしまいゼッケンを外して、請願行進に切り替えた。シュプレヒコールやコールなども行えなかった。

これはさして特別なことではなく、1度でもトラブルに繋がったことは許可しない、というお役所仕事の通例だ。トラブルというのは、60年安保闘争での国会構内突入、その際の樺美智子さんの死である。
それ以後も、70安保闘争の過程で国会へのデモはあったが、角材などを持って暴力的に強行するもので、許可を得たものではない。

民主党政権になって認めるようになったということだが、それでも、旗やプラカードの掲示、コールなどを「歩道上」で認める、という折衷的な許可だ(デモというのは、許可されれば車道を歩くのが普通だ)。
これも、警視庁に申請しただけなら、許可されなかったに違いない。
主催者側が議員などを通じて政権にコネクトできて、最終的には官邸サイドがOKしたのだろう。

デモの参加者たちは、怒りが首相に届くと願っているのだろうが、むしろ首相のほうは、自分は反対の声も認める寛大な首相、と悦に入っているのではないか。
事実、6月25日の衆院消費増税関連特別委員会で、社民党の阿部知子議員の質問に答える形で、「毎週金曜日、官邸周辺ではデモが行われ、シュプレヒコールもよく聞こえている」「私の地元、船橋でもある」と言っている。
その上で首相は、「国民が去年の原発事故を踏まえて大変複雑な思いを持っていることは十分承知している」「国論を二分するテーマでも、判断するのが政府の役割だ。折にふれ説明していきたい」と語った。
首相の変心を促すどころか、反対の声も聞いたうえで判断している、というエクスキューズに、少なくとも首相の中ではなっている。

もちろん、デモが無駄だ、と言いたいのではない。
デモの広がりをメディアが報じないことに怒った広瀬隆氏の呼びかけで、カンパでヘリコプターがチャーターされ、上空からデモの全容を撮影。山本太郎氏がアナウンスした。
そうした動きに刺激されただけでなく、デモが予想を大きく上回る大規模なものだったこともあるだろう。読売、産経、日経を除いて、各新聞は大きくデモを報じた。テレビでも、デモの映像が流れた。

主催者側、警察側双方の予測を大きく上回る、参加者の多さだった。
車道を挟んで官邸の向かいの歩道にいた参加者たちは溢れて車道を埋め尽くし、官邸のすぐ前まで迫った。参加者に比べれば警察官の姿は少なく、その気になれば、官邸になだれ込むこともできただろう。だが、そんなことになった時こそ、このデモの意義は水泡に帰す。
主催者側の呼びかけで参加者たちは整然と解散し、その後にはゴミ一つ落ちていなかった。

デモというものを、暴力的、エキセントリック、近寄りがたいもの、と捉えている市民も多い。この日のデモは、子ども連れや、仕事帰りのスーツ姿のサラリーマンも多く、穏やかなものだった。様々なメディアで伝えられて、デモのイメージが変わりつつあることの功績は大きい。

穏やかに、怒りを持続していくこと。
それは巡り巡って、樺美智子さんの遺志にかなっているに違いない。

(FY)