パソコン遠隔操作事件の被疑者逮捕をめぐり、マスコミが報道合戦を展開する中、中国新聞2月11日付け朝刊の一面に次のような「お断り」が載っていた。
<◇お断り パソコン遠隔操作事件で逮捕された片山祐輔容疑者は、過去に同様のネットを使った襲撃予告事件で実刑判決を受けました。犯罪歴は慎重に取り扱う必要がありますが、今回の逮捕容疑と密接な関係があるとみられ、事件の背景を伝えるため記事で触れました。>
要するに、同種の犯罪歴があるという情報が読者に予断を抱かせる可能性を中国新聞は心配しているのだろう。同様の「お断り」は日本経済新聞のホームページで配信された記事にも載っていた。こういう例を見ると、なんだかんだ言われても、新聞をつくっている人たちはやはり真面目なのだろうと感心させられる。

が、実際のところ、刑事事件の被疑者にとって、犯罪歴は必ずしも不利な情報とは限らない。最近の例だと、そのことを強く感じさせられたのが、鹿児島市で2009年6月に発生した高齢夫婦殺害事件だった。
裁判員裁判で検察が死刑を求刑しながら、被告人の男性に無罪判決が宣告されて話題になったこの事件。犯行現場である被害者夫婦宅の捜査では、物色された整理ダンスなどから被告人の指紋が検出された上、犯人の侵入経路とみられる掃き出し窓の網戸にあった破れ面から被告人のDNAが検出されていた。裁判で無罪判決を求める弁護側はこれらの指紋やDNAが「捏造」されたものだと主張したが、判決ではこの捏造主張が退けられた上、「被害者夫婦宅に行ったことは一度もない」と証言した被告人は「嘘をついている」とまで断じられている。にも関わらず、無罪判決が出たことに当時、釈然としなかった人もいるだろう。

かくいう筆者もそうだったのだが、後日、裁判を傍聴した人から事実関係を聞かせてもらい、裁判官や裁判員の考えがよく理解できた気にさせられた。その事実関係とは、被告人の男性に強盗致傷の前科があったことである。そういう犯罪歴のある人なら、この殺人事件の犯人でなくても、被害者夫婦宅を訪ねて整理ダンスに指紋を残すなどした上、裁判で「被害者夫婦宅に行ったことは一度もない」と嘘をつく可能性もあるのではないか……と、裁判官と裁判員は考えたのだろう。つまり、この被告人の男性にとっては、強盗致傷の犯罪歴が裁判でむしろ有利な事実となったようなのである。

ひるがえって、パソコン遠隔捜査事件の被疑者の犯罪歴はどうだろうか。同種の犯罪歴があるという情報に触れたら、それだけでクロの心証を固める人もたしかにいるだろう。が、一方で同種の犯罪歴があるという情報に触れ、警察が先入観に支配された捜査をした可能性を考えられる人だっているはずだ。そう考えると、この被疑者の犯罪歴も必ずしも不利な情報とは言い切れないのではないかと筆者は思うのだ。
もちろん、被疑者本人は犯罪歴を報じられて嬉しいはずはない。犯罪歴をマスコミに一斉に報じられたことにより、この人が被った被害は甚大だろう。筆者もこの人の犯罪歴が報じられていることを全面的に肯定しているわけではないので、あくまで1つの問題提起と受け止めて頂けたら幸いだ。

(片岡健)

★写真は、中国新聞の「お断り」