ミャンマー(ビルマ)では1988年の大規模な民主化動乱以後、軍事政権による弾圧によって、多くの民主化活動家が世界各国に逃亡した。祖国の「民主化」が少し進んだ今も、日本に流れ着いたミャンマーの民主化活動家の多くは、日本に住んでいる。ミャンマー政府は、彼らの帰国に対して数百万円単位の納税を課す。だから民主化活動家は事実上、ミャンマーに帰ることが困難になっている。彼らは日本でコミュニティを形成し、新たに来日するミャンマー人の面倒をみている。

数年前、一人のミャンマー人僧侶が来日した。彼は還俗して、東京のホテルで清掃員として働き始めた。
ある日の仕事中、彼は、客が宿泊部屋に置き忘れたタバコを見つけた。「忘れ物だからもらっていいか」と軽く考えたのだろう。彼はそのタバコを吸った。ところがそのタバコには、何かしらドラッグが混入されていたのだ。みずから知らないうちに、タバコに入っていたドラッグを吸引してしまった彼は、職場で昏倒。救急車で病院に搬送されたのち、客の所持品を盗んだかどで、ホテルをクビになる。
その後、在日ミャンマー人のコミュニティにいる民主化活動家が、彼の新たな仕事を探すことになった。
「ミャンマーの元・僧侶は、俗世での仕事のスキルが、あまりない。日本に長くいれば、客の所持品はメモ1枚でも,自分のものにしていけないと分かるはず」
彼を世話する人はこうつぶやく。

経済第一主義で、仕事をしなければ生きていけない日本では、このように俗世の人間に戻って働くミャンマー人僧侶もいる。しかしミャンマーにおける僧侶の地位は、非常に高い。僧侶は一般の人々の寄進によって生活する。

僧侶に対してだけでなく、人々は寺院にも大量の寄進をする。仏教遺跡のあるバガンの大寺院,シュエジーゴン・パヤーでは、軍事政権の元・国家元首が大金を寄進したと記された石碑が建てられていた。寄進をすれば、それまで彼が民主化活動家を大弾圧し、虐殺した罪が薄れると思ったのだろうか。ミャンマーでは仏への帰依すらも、金持ちのほうが派手に行動して、世間に示している感じがする。

ミャンマー周遊旅行を終えた私は、体力を消耗したため、ヤンゴンの夫の実家で休んでいた。すると住み込み家政婦のミーシェが、ノックもせずに寝室のドアを開け、大声で言う。
「アマア!(お姉さん) ムーディ サーマラ?(そうめん食べる?)」
「……サーメ……(食べます)」
ミーシェは義妹から私の看病役を任されており、ムーディと呼ばれる消化の良い、そうめん入りスープを作ってくれた。しかし,この料理下手の家政婦がつくるムーディの味は、いまひとつどころか、思わず日本語で「まずい」と口にしてしまうほどなのだ。

彼女が作ったムーディを適当に口にしたのち、私たちは一緒にテレビを見た。白黒の画面で、ミャンマーの民族衣装を着た集団が、異様に熱心に拍手をしている。ミャンマー政府による携帯電話の普及事業が、いかに成功しているか讃える番組だった。この国では、まだ国民のほとんどが,携帯電話を持っていない。それなのにテレビの画面では、一様に政府事業に関心したようすで拍手する人々が、繰り返し映される。
私はミーシェにこう言った。
「テレビのチャンネルを変えてもいい?」
「いいえ。これから10分後に、このチャンネルで韓国ドラマが始まるんです」
「……」

何をもって、ミャンマーが「民主化」したと言えるか? 日本を含め世界中にいるミャンマー人民主化活動家が祖国に帰国でき、かつミャンマー政府が真に、国民の豊かさのために議会制民主主義を実行し始めたときではないだろうか。そして,ミャンマーのテレビで流れる政府称賛番組が,うそくさく見えなくなったときではないだろうか。(続く)

(深山沙衣子)

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