社長が夜逃げ! あるIT企業社員の手記 (10)

「モチベーションが続かないんですよね。興味のあるシステムじゃないし……」
また、始まった。社長の悪い癖だ。興味とか、モチベーションの問題じゃないのに。完成できなければ、次はもう無いじゃないか。
「不具合の箇所指定してくださいよ。俺もそっちまわりますんで」
尚坂がたまりかねてヘルプに入ろうとするが、その時だけ社長ははっきりと断る。
「いや、大丈夫です。何とかなります」
とはいっても作業は遅れるばかり。6月になると土方さんは度々来ては文句言うようになる。
「この開発を受注した客にはな、6月でテストも済んで7月には稼動言うてるのや。社長も7月には間に合う言うとったやろ? 今更納期延ばせんのや」

しかし6月末の時点では完成しなかった。土方さんはイーダ社内にデスクを置き、セントラルの社員を数名常駐させる。不具合ヶ所を洗いざらい出しては、すぐさま社長に回し、修正をさせる。不具合の詳細と改善案は効率よくまとまるようになったが、肝心のプログラム修正が進まない。
「社長な、ここまで一人で作ったら、今更他のモンは手を出せんのや。どこをどう作ったか、社長しかわからんのやから。周りでウチのモンがサポートは出来るけどな、肝心なとこは社長がやらんと進まんのや」
土方さんが明らかに苛立っている。納期が過ぎているのに、開発に終りが見えず客と社長との間で挟まれているわけだ。今までの援助額も馬鹿にならない。金の心配はいらんと言っていても、完成しなければドブに垂れ流しているようなものだ。それでも社長は
「神が降りてきたらすぐできます」
なんてことを真顔で言う。
「社長、神が降りたらとか言っている場合じゃないでしょう」
「長期間のプログラム作業が辛いのはわかります。根を詰めずに心の余裕を」
「完成しなきゃ何の利益も出ないどころか、借金が増えただけになるんですよ」
「完成すればしばらく、仕事しないでもいいんですよ。社長の好きなタイに旅行だっていけるじゃないですか」
イーダ社員も代わる代わる鞭を打ち、飴を与える。鞭はともかく飴を与えると途端に気を抜く社長。いきなり席を立っては、
「マッサージ行ってきます」
「虫歯が気になるんで歯医者行ってきます」
と、すぐ外へ行ってしまう。

毎月、援助を貰っているとはいえ、それは借金だ。いずれ返さなければならない。その結構な金額が毎月振り込まれるから、今は余裕がある状態だと錯覚しているのだろうか。その上、結局一人で請け負いきれず、セントラル社の社員に負担させてまでやっているのに、よく昼間からマッサージなんて行けるものだ。自分一人でやる、と言う意思が強かったから、他の人の手を借りた途端、どうでもよくなってしまったのか?

(続く)

※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。

(戸次義寛・べっきよしひろ)

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