北朝鮮は12日、実力ナンバー2の地位にあった張成沢国防委員会副委員長を「反革命的な分派活動」をしたとして処刑した。張成沢は北朝鮮の実力者であるのみならず、故金正日総書記の実妹金敬姫党政治局員の夫であり、金正恩第一書記の叔父に当たる。
張成沢副委員長の粛清は、金正恩第一書記が経済特区を全国14カ所に拡大しようとしたり、国営企業の独立採算制を導入しようとしたりしようという急進的な改革方針に対して、張成沢氏が「時期尚早だ」として反対したため、粛清されたと言われている。

本年3月から4月にかけて、北朝鮮は米韓合同軍事演習に反発して強硬姿勢を打ち出していた。
その強硬姿勢を一転させたのは、中国による水面下の圧力が大きかった。
そもそも北朝鮮は、1972年に金日成主席が提唱した「主体思想(チュチェ思想)」を憲法改正によって正式な国家テーゼとした。
その理由は、ソ連の傀儡国家として、また中国の衛星国家としてしか国際的に認知されてこなかった北朝鮮が、中ソ対立の狭間を機会に真なる独立国家となるための政治的な行動であった。

そのため金日成主席の後継者であつた金正日総書記は、核とミサイル開発をすることで、ソ連と中国を天秤にかける独自外交を展開していたがソ連崩壊による東西冷戦の終結によって、完全にソ連という箍が外れて北朝鮮を独立国家として国際的にその勢力を示す絶好の機会を得ることができた。
従って、ソ連崩壊以降、核とミサイル開発に一層拍車をかけることでアメリカと対等に渡り合うことで、外国からの影響力を排除しようとした。

その外国からの圧力とは、中国のことである。
北朝鮮では中国が清国以来、朝鮮を属国としていることに反発している。そのため北朝鮮では、韓国では親日派とされ長年売国奴だとされてきた金玉均を1962年以来、清国から独立革命を果そうとした朝鮮改革派の指導者として高い評価を続けてきた。もっとも現在、韓国でも金玉均に対する評価は一転している。
また、韓国では漢字が復活しているが、北朝鮮では中国文化の影響を排除するために、漢字は一切使用せず、ハングル文字のみが使用されている。

このように対外的には、中国の影響を極力排す方向にある北朝鮮であるが、本年5月以降、北朝鮮の核とミサイル開発を放棄させるために、中国主導による六カ国協議への動きが具体化しつつあった。
その北朝鮮側の中心人物が張成沢氏であった。
実は、金正日総書記の長男である金正男氏が北朝鮮の後継者から外された理由は、対中国との関係で中国に依存し過ぎたためである。
張成沢氏が中国に訪問し、習近平国家主席と会見する様子などは、まるで冊封体制下の朝鮮の如き様子であった。
このため張成沢氏は、「外貨稼ぎに走る」「国の貴重な資源を安値で海外に売り払う売国行為」として「反党・反革命的な分派活動」だとされて、全職務からの解任、一切の称号剥奪、朝鮮労働党からの除名処分とされ、テレビで会議場において逮捕、連行される場面が全世界に報道された。

2012年2月、北朝鮮はウラン濃縮の停止や核実験、ミサイル発射を凍結する米朝合意にこぎつけた。この米朝合意は、張成沢氏を中心とするその派閥によって行われた。ところがそれに反発する軍関係者は、米朝合意をぶち壊すために、四月中旬に中距離ミサイル発射と核実験を強行した。
本年、3月から4月にかけての北朝鮮の強硬姿勢もまさしく張成沢派を粛清するものであったが、彼らは中国を背景としてミサイル発射と核実験を封じ込めようとした。
もともと張成沢は、「中国のスパイ」だと言われてきた人物である。

そのような親中派の人物を中心に、北朝鮮が中国主導の6カ国協議に応じ、核とミサイルの放棄を迫られた場合、独立国家としての北朝鮮の存立に関る大問題となる。
北朝鮮は断じて6カ国協議を拒否し、核とミサイルによってアメリカと対等に外交交渉することこそが、国家存続への道であると考えている。
そのためには、金正恩第一書記の叔父であった人物をも粛清して中国をはじめとする世界に、北朝鮮は核とミサイルによって武装された国家として如何なる国からもの圧力に抵抗するという意志を示した。
その核とミサイルに裏付けられた意志を示すために、張成沢氏は12日に特別軍事裁判で死刑判決が下され、即日処刑された。
2月から4月にかけて、北朝鮮は小型化された核実験を断行し、実際に核を搭載した中、長距離ミサイルを日本近海に向けて発射、爆発させて見せることは必至である。
核とミサイルによって武装された北朝鮮は、もはや如何なる国であっても抑えることは不可能な国に変貌を遂げた。

(筑前太郎)