「ちょっと私」が口癖の熟女をよく見るようになった。
どういう現象かと思ったが、「ちょっと俺」が口癖の男性は多かったのだから、女性が男性化しているということだろう。
出会った実例を、一つ紹介しよう。

私たちは、ある祭に関する本を作ったスタッフであった。できた本を、祭の会場で売ることになった。
書き手が、買ってくれる読者と直に接することは稀だ。

祭の前日に現地入りして、親睦会が開かれる。
待ち合わせ場所に、その熟女は現れなかった。集まって移動していると、道で彼女に出くわす。
集まりの代表格が、「この人が……」と紹介しかけるが、「ちょっと私」と言って、頭を少し下げで、熟女は通り過ぎてしまう。

熟女は遅れて親睦会に現れた。聞くと、ホテルにチェックインできなくて困っていたとのこと。それならそうと、道で会った時に言えばいいようなものだが、まあ、そういうこともあるだろう。
2次会まで飲んで、翌日は本の販売があるから、お開きとなった。
だが熟女は、「ちょっと私」と言って、何人かを誘って3次会へと行った。
もちろんこれは、個人の自由だ。

祭の当日。社会人であれば、待ち合わせ時間の10分前ほどに来ているのが常識だと思うが、「ちょっと私」と言って、熟女は時間ギリギリに現れた。
祭の会場に行き、本の販売を始める。
祭が始まると、「ちょっと私」と言って、熟女はその場を離れて祭の中心に見に行ってしまう。祭が好きで見たいのは、皆同じなのだが。
しばらくすると、「ちょっと私、おいしいものには眼が無くて」と言って、白玉ぜんざいの入ったどんぶりを持って入ってきた。食べるために、テーブルのある物販ブースに戻ってきたというわけだ。
アルコールもずいぶん摂っていて、たまに客の応対をしても、簡単なお釣りの計算もできなくなっている。

食べ終わるとまた出て行き、祭の出し物が途絶える休憩時間には戻ってくる。
休憩時間のほうが、参加者の往来が増えて、本は売れるのだ。
だが、熟女は黒ずくめの服装。ゴミを漁りすぎて肥ったカラスのように見える。
いないほうが、本は売れたのではないか。

祭りの後に打ち上げがある。出演者たちも参加する貴重な場。
見ると熟女は、椅子に座ったまま、眠りこけている。
もう、「ちょっと私」とは言わなかった。

(深笛義也)