4月1日から商品やサービスについて、消費税込みの価格を示す「総額表示」が義務化されたが、案の定な展開になっている。昨年秋頃、ツイッター上で「#出版物の総額表示義務化に反対します」というハッシュタグをつけるなどして騒いでいた人たちがいつのまにか、どこかに消えてしまっているのだ。

彼らは当時、「出版物が総額表示を義務化されると、消費税率変更の際にカバーの刷り直しや付け替えを余儀なくされ、少部数の本が絶版になったり、小さな出版社が潰れたりする恐れがある」などと危機感をあおっていたはずだ。しかし、いつのまにかフェイドアウトしてしまったのは、実際はそこまで心配する必要のない話だと気づいたからだろう。

一体、いつまでこういうことを繰り返すのだろう……と私は正直、げんなりせずにいられない。過去にも同じような例をたびたび目にしてきたからだ。

日本書籍出版協会と日本雑誌協会はHPで出版物の総額表示に関するガイドラインを発表した

◆思い出される「ぼったくり防止条例」や「裁判員制度」が始まる時の騒動

たとえば、思い出されるのが、2000年に東京都が全国で初めて、性風俗店や飲み屋でのぼったくり防止条例を施行した時だ。これは当時、新宿・歌舞伎町などで酷いぼったくり事件が相次ぎ、社会問題になっていたのをうけて作られた条例だった。

この条例が施行される前、メディアでは「有識者」たちが条例の不備を色々指摘し、「こんな抜け穴だらけのザル法では、悪質なぼったくり業者は取り締まれない」と読者や視聴者を不安に陥れるようなことを言っていたものだった。

だが、実際に条例が施行されると、新宿、池袋、渋谷、上野という規制対象地域の路上からは、風俗店や飲み屋の客引きが一斉に姿を消した。条例ができた効果により、ぼったくり業者が激減したわけである。私は当時、歌舞伎町のぼったくり業者にそうなった事情を取材したが、彼はこう説明してくれた。

「条例に不備があろうが、ザル法だろうが、そんなのは関係ない。ああいう条例ができたということは、お上が『これからはぼったくり業者を厳しく取り締まる』という意思表示をしたということだから。そうなれば、俺たちはこれまで通りの商売を続けるわけにはいかない。警察がその気になれば、法律なんか関係なく誰だって捕まえられるんだから」

私はこの説明を聞き、深く得心させられた。警察に理屈など通用しない。この現実を知っているぼったくり業者たちからすれば、メディアに出てくる「有識者」たちが解説する「条例の抜け穴」など机上の空論に過ぎないわけである。そして机上の空論で騒ぎ立てていた「有識者」たちは何事も無かったように消えていった。

2009年に裁判員制度が施行された時も同じようなことがあった。制度の施行が間近に迫った時、またメディアでは「有識者」たちが、「裁判員の呼び出しを拒んだら罰則があるというのでは、苦役の強制であり、徴兵制と同じだ」とまで言って、読者・視聴者の不安を煽ろうとしていた。

しかし実際に制度が始まってみると、裁判員の呼び出しを辞退する人はいくらでもいるし、それで罰せられた人がいたという話はまったく聞かない。私はこれまで様々な裁判員裁判を取材し、判決後にある裁判員たちの会見にも出席してきたが、裁判員たちは「参加して良かった」「良い経験になった」と前向きな感想を述べる例が多いのが現実だ。

そしていつしか、裁判員裁判について「徴兵制と同じだ」とまで言っていた「有識者」たちはどこかに消えてしまったのだった。

◆権力に物申す「言論」というのは結局……

そしてまた今回の「#出版物の総額表示義務化に反対します」騒動である。書店に並んだ書籍は4月1日以降もそれ以前と変わらず、新旧の価格表示が混在したたままだが、それで何か問題が起きたという話はまったく聞かない。出版社側も帯やスリップに消費税込みの価格を表示することで、今後消費税率が変わってもカバーの刷り直しや付け替えはせずに済むようにして、事足りているようである。

こうしてこの問題について不安を煽り、騒いだ人たちはどこかに消えてしまったのである。

誰もがそうだというわけではないが、権力に物申すのが好きな人たちの中には、事実関係をほとんど調べず、思い込みだけでものを言っている人が少なくない。「#出版物の総額表示義務化に反対します」と声高に叫んでいた人たちは、そのことを改めて証明した。今後も新しい制度や法律ができるたび、彼らは懲りずに同じ行動を繰り返すはずなので、しっかり観察させてもらいたい。

▼片岡 健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』5月号