都会か、田舎か。

オルタナティブ社会の創出を夢見て、わたしは田舎へと移住した。

今回、紹介する劇映画『大地と白い雲』(ワン・ルイ監督)は、自らの経緯を振り返らせてくれるものだ。そして、作品を観る人に、資本主義やグローバリゼーションの問題を投げかけるのではないだろうか。

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◆都会を求める夫と、草原に暮らし続けたい妻 時代・情報・環境に翻弄されるジレンマ

作品の舞台は、内モンゴルの大草原。この美しい映像が堪能できるうえ、主演の女性・サロール役のタナさんはモンゴル民謡の歌手で、この歌声のすばらしさも印象に残った。

ところで、ここで内モンゴルの歴史をざっと辿っておきたい。1911年、清で辛亥革命が発生した後の12年、中華民国が成立した。モンゴルが独立し、内モンゴルも合併しようとしたが失敗。15年、自治区となった。33年に満州事変の影響で内蒙古自治政府が、37年には親日政権の蒙古聯盟自治政府、38年には蒙古聯合自治政府が樹立される。45年、ソ連モンゴル連合軍が侵攻。日本の敗戦により、蒙古聯合自治政府や満州国が崩壊した。蒙古青年革命党などでは内モンゴルをモンゴル人民共和国と合併させようとする動きはあり、それは内外モンゴルの悲願だった。しかし外圧により、モンゴル人民共和国が政策を転換。47年、内モンゴル自治政府となり、49年に中華人民共和国が建国されると内モンゴル自治区となった。これは概略なので、関心のある方は調べてみてほしい。

本作の主人公である夫のチョクトと妻のサロールは、大草原の真ん中で、白い雲を眺め、歌を口ずさみながら、羊や馬の世話や放牧をしながら暮らす。「生きとし生けるものみな幸せで平安であるように」。そんな歌がぴったりとした日常だ。サロールは故郷を離れず、変わらぬ生活をチョクトとともに送ることを望む。しかしチョクトは、街・バイク・車などに憧れ続けている。「外に出るあほのほうが井の中の蛙よりましだろう」などという台詞が登場するのだ。サロールは、馬追いをするチョクトの「男らしい」姿に引かれもする。

ある時、チョクトは、グッチというブランドのポーチ(セカンドバッグ)を持ち、「草場から鉱石が出て大もうけした」という男性とも会う。そして車を入手するが、エンジンがかからない。戻らぬチョクトを「強烈な寒気」による吹雪の中、探しに出たサロール。だが、もめる中でチョクトはサロールを突き飛ばしてしまう。後日サロールは、「あなたと結婚したとき、つぼみが花開くような気持ちだったけど今は根まで枯れたわ」と口にする。

草場を売り、携帯電話を多く購入して配り(売り)まわる男もいる。ある老人は、「わしには必要ない、ぜいたくすぎる」という。それを聞き、チョクトは老人に、「人間は変になってる。草場を売って街に出たり、他人に貸す者もいる。俺もどうするべきか、いつも飛び出したくて悩んでいます。胸がウズウズするけど、サロールが反対する」と思いを打ち明ける。老人は、ただ「この世のことは人が思うほど単純じゃない。どんな苦難にも逃げずに向き合うことだ」と告げた。そして老人は、孫に食事を作るために帰宅する。子どもの両親は都会で働いていたりするのだろうか。

高齢になってから、草原に戻ってくる家族もいる。大きな病院もあり、生活や子育てがしやすいかもしれない、便利な街。外の広い世界からの情報が入らず、このままでは「ばかになる」と感じさせられてしまう草原。物語のラストには、残酷といえるかもしれないし、リアルだと感じさせられるかもしれない。

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◆自然が取り戻させてくれる「アイデンティティ」

ワン・ルイ監督は、以下のように語る。

「伝統的な遊牧民生活を廃止することで生活様式を変化させ、羊飼いたちを時代錯誤の移住生活から解き放ち、生活水準を高めていく一方で、独自の社会構造や文化が壊されていきます。羊飼いたちはアイデンティティを失い、新たな拠り所を見つけられぬまま取り残されてしまっています。どんな物事にも良い面と悪い面があります。チョクトは遊牧民であることを誇りに思っていますが、その伝統が崩れてきている中で、羊飼いとして、また夫としてこれまでのような役割を果たすことが難しいと思い始めているのです。一方、サロールは今の暮らしや自分のアイデンティティに満足しており、現代的な生活には反対です。このような対立が夫婦関係に決定的なダメージを与えるわけではないのですが、日々の暮らしの中で積み重なり、徐々に影響を及ぼすようになります」

「この映画では、自然でリアリティーのあるスタイルを貫きたいと思っていました。目新しさや上辺だけではなく、草原と遊牧民たちの日々の暮らし、その美しさこそがこの映画の基調となるようにしたかったのです。ある平凡な遊牧民の夫婦の別れと再会の物語を通じて、彼らの追求心や潜在的な考え、また変化する環境の中で生きている現代の遊牧民が経験するジレンマを映し出しているのです」

わたし自身、田舎の閉鎖的な人間関係などから逃れようと、都会で二十数年を暮らした。だが、格差は広がり、「搾取」される社会に限界を感じ、オルタナティブ社会を実現したいと田舎に移住している。そこには、若い頃には気づかなかった、生活の実感、競争のない社会、豊かな自然とその恵み、困難はあっても深みのある人間関係が存在した。

わたしたちは、金を稼ぐことばかりにあくせくし、生活や心を失ってきたのではないだろうか。現在でも完全に物質主義から逃れたわけではないし、不便な昔の暮らしをなぞる必要もない。だが、たとえば食べる物を作り始める、作れる物を作ることなどから、奪われてきたものを少しずつでも取り戻し、命やその尊さ、まさにアイデンティティを育まなければ、生きる意味など失うばかりとなってしまうだろう。


◎[参考動画]映画『大地と白い雲』予告編

【映画情報】
監督:ワン・ルイ(王瑞)
脚本:チェン・ピン(陈枰)
原作:『羊飼いの女』漠月
出演:ジリムトゥ、タナ、ゲリルナスン、イリチ、チナリトゥ、ハスチチゲ
字幕:樋口裕子
字幕監修:山越康裕
配給:ハーク
配給協力:EACH TIME
2019年/中国映画/中国・モンゴル/111分/原題 白云之下
http://www.hark3.com/daichi/
2021年8月21日(土)より、岩波ホールほか全国にてロードショー

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター、編集者。労働・女性運動等アクティビスト。映画評・監督インタビューなど映画関連としては、『neoneo』『週刊金曜日』『情況』『紙の爆弾』『デジタル鹿砦社通信』などに寄稿してきた。映画パンフレットの制作や映画イベントの司会なども。10代の頃には映像などからモンゴルに憧れたが、まだ行ったことがない。月刊『紙の爆弾』2021年8月号には「『スーパーホテル』『阪急ホテルズ』ホテル業界に勃発した2つの『労働問題』」寄稿。

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