鰻を知らない日本人はまずいないだろう。鰻のかば焼きが嫌いという人は、時々いるが、多くの日本人は好きな食べ物と答えるだろう。縄文時代の遺跡から鰻の骨が発掘され、万葉集にもその名前が出てくるぐらいに、古来より日本人は鰻を食べる文化があった。

しかしその生態を完全に知る者はいない。日本はおろか、世界中探してもいない。図鑑等では便宜上淡水魚に分類されているが、淡水魚ではない。古くは河川や湖で捕獲されてきたが、江戸時代になると江戸湾(東京湾)で多く獲れるようになった。近代まで日本の河川や近海に生息する生き物だと思われてきたが、研究を重ねられるうちに海を広く回遊することが知られてきた。産卵場所も1990年代になって、ようやくグアム島近く、マリアナ諸島沖であるということが判明したばかりだ。

そこで産まれた鰻の幼生(レプトケファルス)は、海流に乗ってフィリピン沖まで流れ、そこから黒潮に乗って台湾や中国、日本の近海にたどり着く。この頃にはシラスウナギへと成長する。そこから各地の河川を昇り、湖などに住み着く。鰻として成長した数年から数十年後、突如として海へ戻っていく。そしてマリアナ諸島沖に集まった鰻達は受精と産卵を行い、一生を終える。

鰻の一生は仮説によるところがまだ多く、すべてが解明されたわけではない。産卵場所も完全な特定ができておらず、レプトケファルスからシラスウナギ、鰻と変態する過程も完全には解明されていない。遵って、人工的に産卵させ、鰻まで成長させるには膨大な時間と費用がかかり、実用化には至っていない。現在の鰻の養殖は、沿岸にいるシラスウナギを漁獲して、育てるということで賄っている。

さらに、このシラスウナギも養殖環境におくと、殆どが雄になってしまうという謎もある。魚類は幼生時に性別は無く、成長過程で雄と雌に別れるケースが多く見られる。鰻もそのケースだが、養殖されたシラスウナギはなぜか皆雄になってしまう。その原因がわからない限り、完全に養殖して個体数を増やすのは難しい。

生態が明らかにされていないため、養殖技術も進まず、シラスウナギの乱獲によって個体数は激減している。そのため海外より鰻を輸入していたが、現在はニホンウナギ、ヨーロッパウナギ共に絶滅危惧種に指定されている。北米でも個体数の激減に伴い、鰻に対して厳しい規制が導入されている。今食べられる鰻の殆どは中国、台湾の鰻という状態だ。

今後はアフリカからの輸入を視野に入れているとのことだが、アフリカでの漁獲が集中すれば、すぐ獲れなくなるだろう。鰻が高価になるのも止むを得ない。鰻食文化は風前の灯にある。

(戸次義継)