◆裏方の一角

過去、「音色で奏でるゴングの魅力」編で少々タイムキーパーに触れていますが、今回この任務について、目立たぬ部分を語りたいと思います。

昭和の名タイムキーパー、語り草となっている荒木栄氏(1991年頃撮影)

試合進行に関わる各担当者は、それぞれの苦労が多い任務を担っています。リングアナウンサー、レフェリー、タイムキーパー等は稀にミスをしても、直ちに訂正して進行させることは立派な役割を果たしていると言えます。マズいのは間違いに気付かず進行すること。しかしその気付かない間違いが、観衆には気付かれている場合も多々あり、また観戦者が知らないルールの意味も多々あるようです。

◆試合進行の重要な役割

タイムキーパーの任務は時間計測及びレフェリー指示による中断での時間の一時停止。ノックアウトタイムの記録。ノックダウンの際、レフェリーに伝える正確なカウント。キックボクシング団体や興行によっては採点集計と公式記録の作成などがあります。

試合はレフェリーがドクターチェックを要請する場合など一時中断を指示しない限り、第1ラウンド開始からノックアウト時、または最終ラウンド終了まで、1ラウンド基本3分、インターバル基本1分をストップウォッチの秒針を刻みながら延々続けます。

プロボクシング(JBC)では通常、タイムキーパーは2名で行ない、二つのストップウォッチを同時にスタートさせ、ゴング係とノックダウンカウント係に分かれています。

レフェリーがノックダウンコールすると、タイムキーパーによるカウントが始まります。これはレフェリーがノックダウンを奪った選手をニュートラルコーナーへ誘導する等、タイムラグが生じる為、ノックダウンとなってから正確な経過秒数をレフェリーに伝えるフォローの役目を果たします。

ノックアウトタイムはカウントアウトやレフェリーストップとなる瞬間

「カウントはレフェリー主導」とされるのはムエタイが主でしょう。日本でも「何でタイムキーパーがカウントするんだ? レフェリーがカウントするもんだろ!」という意見も聞かれますが、タイムキーパーのカウントは、ノックダウンに至るダメージを負ってから何秒経過したかが重要で、ノックダウンを奪った選手がすぐにニュートラルコーナーに行かないとカウントを進めず、ダウンした相手に回復のチャンスを与えてしまうという概念ではなく、ダメージによる10秒境界線を曖昧にしないという視点です。

ノックダウンからの正確な秒数経過が解っていれば、レフェリーが、ニュートラルコーナーに行かない選手の誘導に時間が掛かっても、最終的には「レフェリー判断による」という最高権限者の判断に移りますが、この「基本1秒毎のカウントでの10秒ライン」を把握することが出来ます。

タイでのレフェリー講習会にて、見えぬ姿のタイムキーパーも任務の中

1990年2月11日、東京ドームで行われた世界ヘビー級タイトルマッチ、マイク・タイソンvsジェームズ・バスター・ダグラス戦は第8ラウンドまでに優勢だったダグラスが、タイソンの右アッパーに崩れ落ちた際のロングカウントが物議を醸しました。「10秒超えていただろ!」と言われたように、カウントはレフェリー主導でいいとしても、最初のカウントからの正確な経過をしっかりレフェリーに伝わっていないと「基本10秒」から、どれだけ大きくズレているか、レフェリー自体が把握出来ないことになるでしょう。ダメージ深い失神状態ならノーカウントのレフェリーストップとなるでしょうが、意識はあるが効いてしまって直ぐには立てない場合、最初のカウントの始まりが遅くて、基本10秒時点でカウントがまだ5(ファイブ)だったら、そこから逆転のノックダウンが起こった場合に、その相手にはしっかり10秒でテンカウントに至っていたら、ダグラス戦の物議を醸したような事態が起こるでしょう。

キックボクシング等では観衆に伝える為のカウントになっていて、レフェリーの後に続いてカウントしている姿をよく見かけますが、本来はこのようなパフォーマンスではありません。タイムキーパーよりレフェリー側のお話になりましたが、タイムキーパーが関わる重要な部分でもあるのです。

昭和の後楽園ホール、電光掲示板はラウンド表示のみ(他に電光ランプあり)

現在の後楽園ホールの電光時計、プロレスでも使用されたことあります

ルンピニースタジアムでのゴング(鐘)と計測器らしき物。ベルもあり

◆過去の汚点

昔、プロボクシングでタイムキーパーにあった汚点は、1988年(昭和63年)6月5日のWBC世界戦、井岡弘樹vsナパ・キャットワンチャイ初戦で、最終12ラウンドの、井岡弘樹がパンチを喰らって劣勢になったところで終了ゴングが鳴り、20秒ほど早かった事態がありました。あれは物議を醸した汚点で、悪い前例が出来た為に、後にタイでも別の世界戦でやり返されました。

過去のキックボクシングに於いては、ストップウォッチの準備が足りず腕時計で計測したり、後楽園ホール等の設備が整った会場では、バルコニー辺りのボクシング試合用電光時計を頼りにしていた興行もあり、試合開始したものの操作し忘れたまま1分も経った頃にタイムを動かしだした試合があったようです。すでにノックダウンを奪われた圧倒的劣勢選手が、「残り時間2分50秒」辺りの電光時計を見て唖然としている表情があったと言われるも修正しようがなく、そのまま進行した様子。過去にはタイムはしっかりストップウォッチで計測しているものの電光時計を操作せず開始し、「オイ、時間止まってるぞ!」と観衆から野次られる光景もありましたが、計測は問題無いものの、誤解が起きないよう電光時計も正確に作動させた方がいいでしょう。

◆責任重大な任務

以前、触れた件でのマッチメイカーをやりたい人も、欠員が出ることは少なく滅多に募集もされませんが、機会があればこんな裏方仕事から体験していった方がいいでしょう。JBCではタイムキーパーを経験してからレフェリーに移っている様子も窺え、各任務を体験していることがスムーズな連携プレーに繋がるようです。

「時間ぐらい俺でも計れる」と思う人は多いでしょうが、簡単そうでも責任重大な任務です。

確かに誰でも簡単に小学生でも計れます。しかし、雑談せず延々と集中力を持って、アクシデントにもパニックにならず毅然と続けることは難しいことでしょう。

もし計測をミスしてラウンドを延ばしてしまった上にノックアウトが起こったら、選手の運命、人生を変えてしまう恐れもあり、各ジム陣営から恐ろしいほどの恫喝を受けるでしょう。

このようにタイムキーパーはレフェリーが試合を成立させる裏方となる存在ながら、正確な計測で試合を進行させる為の重要な任務です。

論点ズレした部分はありますが、裏方の存在の一つを紹介させて頂きました。

試合開始を告げるゴングを打ち鳴らす足立聖一氏(2022年3月13日)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2022年11月号