◆握手の罠

一般人には握手の際に殴られるなど、そんな経験は殆ど無いだろう。格闘技の試合に於いてもそうそう起こることではないが、握手(グローブタッチ)を求めて来た相手が握手せず、いきなり顔面を打って来てノックダウンを奪われたら、打たれた選手や観衆はどう思うだろうか。キックボクシングに於いては細かいルールが明確ではないから対応は違ってくるかもしれない曖昧な事態なのである。

かつて現役時代の、後にムエタイ王座を制した石井宏樹(藤本)が、ラウンド開始毎に握手より親密なハグしてくるムアンファーレック(タイ)に応じていたが、これは非常に危険なパターン。ムアンファーレックも性格がいいからスポーツマンシップに則り何事も無かったが、このルールを把握している悪質な戦略を持つムエタイ選手ならやり兼ねないヒジ打ちを狙う可能性が高くなるだろう。当時の石井宏樹ならそこは勘が良く、不意打ちを喰らうことは無かっただろう。

試合開始直後の心知れた仲の紳士的握手、でも警戒する足立秀夫vs長浜勇戦(1984年1月5日)

ムアンファーレックも後のムエタイと国際式チャンピオン、紳士だった(2000年5月5日)

◆輪島さん、不覚のアクシデント

プロボクシングでは明確なルールがあり、試合の遵守事項において、「両ボクサーは第1ラウンド及び最終ラウンド開始の前に握手をすること。この他は試合中に握手をしてはならない(2項に分かれている文言を纏めています)」と有り、2019年改訂現行ルールでは「第1ラウンド」が抜けているが、開始前にリング中央でレフェリーの注意を聞く際に握手が促され、内容意味合いは同様である。

上記の握手しなければならない場合以外で、握手を求め無防備になった相手に打撃を加えてもスポーツマンシップ精神には反するが、ルール的には反則にはならないでしょう。

1975年(昭和50年)6月7日に輪島功一さんが柳済斗(韓国)との防衛戦で、第5ラウンド終了ゴングが鳴ると、握手ではないが、人がいいから紳士的に愛想良くガードをやや落としたところをパンチを喰らって尻もち。ゴング後としてノックダウンではなく、柳済斗も流れのパンチとして減点には至っていないが、ダメージが響いて7ラウンドKO負け。油断してはならない距離であった。

2001年3月6日のアルマンド・トーレス(=大関一郎/協栄)の例では、最終8ラウンド開始に際して、レフェリーも握手を促したが、勢いよく相手の家住勝彦(レイスポーツ)にパンチを打ち込み、倒れ込んだ家住は立ち上がれず、アルマンド・トーレスは8ラウンド失格負けとなった。握手ルールなどすっかり意識から外れていたかもしれないが、この場合以外での試合中に、相手が握手を求めてきたところでパンチを打ち込んでも正当な打撃となるところである。

最終ラウンド開始前に握手をしなければならないのは、「悔いの無いよう全力を尽くせ」という戦意発揚や、「まだラウンドが続く」と力を温存する勘違いをさせない意識確認があるかと思いますが、最終ラウンド開始ゴングが鳴ってからの握手は、例えわずかでも時間が勿体無いと思う人も多いでしょう。アルマンド・トーレスのように、つい突っ掛けてしまう場合も悔いの無い全力への焦りかもしれません。

学生キック(アマチュア)も当然、プロ同様に紳士的握手で試合が始まる(2021年11月27日)

女子キックでも握手は同様である(2022年3月20日)

◆不意打ちに注意

現在、キックボクシング各団体や興行主催者側によって解釈の違いがあったり、元から握手ルールなど無いかもしれないが、JKBレフェリー協会の椎名利一レフェリーに聞いたところ、プロボクシングと同様の処置になるということだった。だが、業界全てのレフェリーが把握しているとは限らないのがキックボクシングの曖昧さである。

過去には攻防が噛み合わない試合でクリンチが増えたり、縺れ合って倒れたり、ブレイクが掛かるごとに、握手するのが当然かのように両者がいちいちグローブタッチしている姿があり、「いちいち応えずに空いた顔面狙って打ち込め、そんなに握手必要か?」と言いたくなるほど。第一線級を退いて年月を経たタイ選手に多い、スタミナ切れからくる時間稼ぎもあって、観る側には苛立つ展開がありました。

余談ながら、10年以上前、ブレイクに際して、相手に背を向けて距離を空ける選手がいました。この時のレフェリーはすでに“ファイト”を掛けており、その後ろから背中に飛び蹴り放った一方の選手でしたが、当然反則ではない。握手のタイミングとは異なる話ですが、ラウンド進行中に相手に背を向けるものではなく、不意打ちを喰らう隙という点では気を抜いてはいけない共通点です。

義由亜JSKvs皆川裕哉戦。御丁寧な低姿勢での義由亜の握手(2022年7月17日)

◆スーパースターの奇襲攻撃

昔、沢村忠さんはラウンド毎に相手のグローブタッチに応えている試合や、第1ラウンド開始早々、グローブタッチ求めてくるタイ選手に、いきなり右ミドルキックでノックダウン奪って早々にKOに繋ぐ試合もありましたが、ルール的には開始前のリング中央で握手しているので、試合開始早々の握手無視は反則にはならないパターン。重いミドル級相手に奇襲攻撃を掛けた試合で、テレビ観ていた私(堀田)の親父は「あれはイカン!」と文句言っていましたが、今、思い返せば全国の茶の間でどれだけ疑問視されたでしょう。これもスーパースターが戦った軌跡の一つ、ファンの懐かしい思い出でしょう。

キックボクシングの素朴な疑問は普段は思い付かないもの。「言われてみれば、こんな場合どうなるんだろう」といったフッと思い付く一人相撲的愚問愚答(雑論)が今後も続いていきます。

コンデートvs永澤サムエル聖光戦。気を抜いてはならない第2ラウンド開始時(2022年7月17日)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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