浅野健一さんによる出版差し止め仮処分申請を諫めます!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野健一さんが、安倍晋三元首相銃撃事件山上徹也裁判記録本について、当初浅野さんと共に出版を目指していた地元の女性と版元(あけび書房)に対して出版差し止め仮処分を申請すると、みずからのfacebookで述べられています。

これは、結論から言えば、ジャーナリストとして自殺行為です。いやしくもジャーナリストなり物書きならば、〈言論には言論で〉勝負すべきです。

このことを誰も諫めないのが不思議です。特に私よりも遙かに多い浅野さんのフォロワーの皆さん方は、それでいいとお考えなのでしょうか?

ご承知の方もおられると思いますが、私たちの出版社・鹿砦社は、過去に5度(ジャニーズ3件、宝塚歌劇1件、アルゼ1件)も出版差し止め仮処分を起こされ、5度とも差し止めが決定されています。「差し止め」と言えば、言い回しは柔らかいですが、現実には〈発禁〉(発行禁止、発売禁止)です。5度も差し止め=発禁された出版社は他にないと思いますが、異常です。仮処分が決定されたら、次には本案訴訟に移行するわけですが、裁判闘争は、経済的にはもちろん、精神的にも体力的にも楽ではありません。差し止められた側は、せっかく作った本がお釈迦になるわけですから、損害は甚大で、差し止め仮処分をすると言われただけでも、威嚇効果、萎縮効果も大きいです。思い出すだに、出版を差し止めされた時の、なんともいえない気持ちは、差し止められた者にしかわかりません。だからこそ、私は忠告しているのです。

◆浅野さんへの恩義

また、日本を代表するパチスロメーカー・アルゼ(現ユニバーサルエンターテインメント)からの差し止めは、差し止め決定後本訴(民事)では3億円もの巨額損害賠償請求訴訟(約600万円で確定)を起こされ、さらも刑事事件としても立件され逮捕→192日間の勾留(いわゆる人質司法)→有罪判決(懲役1年2月、執行猶予4年)を強いられました。実刑にならなかっただけ不幸中の幸いでした。

逮捕された時、浅野さんはすぐに動いてくれ、友人のK君と共に記者会見も仕切っていただきました。教え子の大学院生と、ひよどり台という辺鄙な場所(兵庫県神戸市北区。六甲山の山頂)に在る神戸拘置所まで面会にも来てくれました。このことで、浅野さんは、出版差し止めが、やろうとすれば時に逮捕‐勾留にまで発展することもあるのをわかっていながら、今回、差し止め仮処分を申請されるということです。そして、浅野さんのフォロワーの誰もこれを止めないのはいかがなものでしょうか? 実際は眉をひそめている方がいるのかもしれませんが、表立って言わないのかもしれません。

しかし、出版差し止めというのは、表現の自由、言論・出版の自由に係ることですので、私たち出版や報道に携わる者は、慎重に事にあたらなければならないことは言うまでもありません。浅野さんともあろう方が、このことを(おそらく)わかっていながら、それでも差し止め申請を強行するともなれば、冒頭に述べたように自殺行為です。

仮処分には、高度の違法性と強度の緊急性が必須となりますが、強度の緊急性はあるとしても、高度の違法性という点では、内容がわからないので判断のしようがありません。この点からも、2冊とも出版され読者の判断を仰ぐべきでしょう。私の言っていることはおかしいでしょうか?

◆浅野さんとの付き合い

浅野さんとの付き合いは長いです。1987年5月3日、当社と同市内にある朝日新聞阪神支局が赤報隊に銃撃され、地元出版社としては、これについての本『テロリズムとメディアの危機──朝日新聞阪神支局襲撃事件の真実』を緊急出版した際に、高野孟氏と対談いただいて以来です。この本は、現在反原発情報誌『季節』の編集長・小島卓君が一冊にまとめてくれ、全国学校図書館協議会、日本図書館協会の選定図書にも選ばれています。その後、浅野さんは海外勤務になり、しばらく交流も途絶えていましたが、再会したのは彼が私の母校でもある同志社大学教授になってからで、ちょうど『紙の爆弾』を創刊した直後でした。その後、くだんの「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件が起きたのです。

こうした恩義もあって、多くの雑誌・媒体が浅野さんを敬遠する中でも、つい1年前までは浅野さんの寄稿を容認してきました。かつて浅野さんと近かった少なからずの方々から、「松岡さんはとっくに恩義は返した。浅野さんの寄稿はもうやめたほうがいい」とのアドバイスもありましたが、一つぐらいは浅野さんの寄稿する雑誌があってもいいだろうとの親心からです。逆にこのことで『紙爆』から距離を置かれた方もおられますが……。

しかし、昨年の『紙爆』5月号の浅野さんの記事に対し強い抗議が寄越され、これに対し浅野さんは責任ある対応はされず自説を頑なに固持され、対応を鹿砦社に押し付け逃げられました。鹿砦社としては原則的に対応し相手方の弁護士と協議し反論を掲載することでひとまず解決を図った次第です。私たちとしては〈言論には言論で〉の原則で対応しましたが、これについて、浅野さんはいまだに相手方にきちんと対応や話し合いなどなされていません。以来1年余り私たちと義絶しています。これで現在浅野さんの記事を掲載する雑誌・媒体は、『救援』とか特殊なものしかありません。浅野さんも、自説を固持するのはいいとしても唯我独尊の姿勢は改められるべきではないでしょうか。

◆故・山口正紀さんとの関係について

ついでながら、もう一つ言わせていただきたい。それは長年「人権と報道・連絡会」(人報連)世話人として浅野さんらと一緒に活動された山口正紀(故人)さんのことです。山口さんは元読売新聞記者ですが、大新聞社出身ながらも会報編集・制作など地道な事務作業を一手に引き受けられたと聞いています。私が勾留中に浅野さんのセクハラ報道(週刊文春)が起きたのですが、これには浅野さんもかなりショックだったらしく、山口さんは親身に浅野さんに寄り添われました。浅野さんを慰めたり叱咤激励されたと複数の方から聞きましたが、その後浅野さんは、どのような意見の対立があったのかわかりませんが、ことあるごとに度を過ぎて山口さんを非難されるようになり、ついに温厚な山口さんは人報連を去られ浅野さんとも決別されました。

また、山口さんは、上記した逮捕事件の公判を毎回自費で来阪され、その都度的確なレポートを書いてくださいました(『週刊金曜日』に連載)。また、私たちがこの10年ほど関わってきた大学院生リンチ事件(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)についても、精力的にご支援いただき、裁判所に意見書(『暴力・暴言型社会運動の終焉』所収)を提出してくれたり、末期がんをおして準備書面作成を手伝っていただきました。一方で浅野さんは、いまだに死者に鞭打つようなことをやっておられます。最近では人報連事務局長の山際永三さんの追悼文という厳かであるべき文章で、関係のない山口さんバッシングをやっておられます。場を弁えていただきたいと思います。さらには、昨年の選挙で、大学院生リンチ事件加害者側に与した者の応援演説まで買って出ています。被害者を支援した者としては気分のいいものではありません。

浅野さんには、本気で出版差し止め仮処分を準備しておられるのであれば、今すぐ取りやめられるべきだと忠告いたします。冒頭に述べたように、ジャーナリストとして自殺行為ですから。