私は取材など泊りがけで出かけると、安価なのでサウナをよく利用する。ビジネスホテルに比べればずいぶん安いし、長時間大きな風呂に入ることもできるから便利に使っている。

◆垂れ流されるテレビの音が不快過ぎる日本のサウナ

が、唯一閉口することがある。大概サウナはサウナ室にも休憩室にも食堂にもテレビを設置している。休憩室には前面に7つほど大きなテレビがあるのだが、さらに個々のリクライニングシートにも小型のテレビが設置されている。音声は椅子についている小さなスピーカーで自分が選択するのだが、この音声が方々から漏れて来て、やかましいことこの上ない。

どうしてこうもたくさんテレビを設置するのだろうか。休憩室にテレビがあるだけでもやかましいのに、サウナ室でも逃れることはできない。誰が選ぶのか知らないけども、くだらない番組が延々垂れ流される。汗が出る前にテレビの音声が苦痛になり、サウナ室を出る羽目になる。でも悔しいからまた入り、でも喧しいから直ぐに耐え切れず逃げ出して・・・を繰り返す。馬鹿みたいだ。

「目が悪くなるからテレビは2時間以上見てはいけません」と小学校で教わった記憶がある。パソコンと一日中睨めっこするのがホワイトカラー労働者には当たり前になったが、きっと近い将来視力に問題が出てくるだろう。かく言う私自身パソコンに長時間向き合っていると目の疲れだけでなく独特な疲労感を感じる。きっとパソコンは体に悪いだろう。テレビだって「2時間」以上見たら目に悪いと言われていたのに、多くの労働者(いや、遊びで利用する人も含めて)は平気で7、8時間パソコンの画面に向き合っている。そして帰宅した後は「テレビ」を見る──。よくやるなぁ、と思う。

◆「嫌煙権」が絶対正義ならば「テレビ拒否権」も立派な権利

知人に度を越えたテレビ好きがいる。彼は平日見たい番組を録画しておいて、週末にまとめて観るのが楽しみだそうだ。土日のどちらか1日は終日テレビ鑑賞で潰れる。昼食中も連続で録画した番組をぶっ通しで見るので1日10時間以上テレビの前にいることになるが、それだけではない。彼は防水テレビを持っている。お風呂に入るときもそれを持参し、湯船に浸かりながらもテレビ鑑賞は続く。ここまでくると、たいしたもんだと感心するばかりだ。

近隣アジア諸国に比べて日本人のテレビ鑑賞時間は長い。たぶん世界の多くの国と比較してもそうだろう。

大阪と京都を結ぶ京阪電車に「テレビカー」があった(今もあるのかどうかは知らない)。「電車の中でテレビが見られる!」はかつて斬新なサービスだったのだろう。あたかも飛行機機内で映画の映写が行われたように。

でも。スクリーンが下ろされて、そこに映写された飛行機内の映画も、今では個人個人が選択して見る事ができるような小型ディスプレイへと置き換えられた。どうか逃げ場のない場所でテレビを放映することを再考してはもらえまいか。

携帯電話やスマートフォンでもテレビが受信できる時代だ。お好きな方にとっては誠に便利なのだろうけども、携帯電話やインターネットを使っているだけでもNHKは受信料を払えと言ってくる。NHKには「馬鹿もたいがいにしろ!」と言いたい。

「嫌煙権」は絶対正義のように世の中からタバコを駆逐しつつあるけれども、「頭の健康」に有害な「テレビ」を御免こうむる権利も議論してはもらえまいか。

まあ、金があればホテルに宿泊し静かに寝れば良いだけのことなのだが、貧乏人にはこういう悲哀もある。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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いつも何度でも福島を想う