岩波書店の総合誌『世界』の編集長はこれまで、取締役の岡本厚氏が兼任してきた。
4月8日に発売された『世界』2012年5月号の「編集後記」において、岡本氏は、同号をもって編集長を辞任すると書いている。

岩波書店が“コネ採用”を明記したことが、2月、話題になった。定期採用の応募資格には「岩波書店の著者や社員の紹介があること」と書かれていた、という件である。

ネット上には賛否両論が上がった。「コネで採っているのなら、最初からそうと分かっていたほうがいい」「コネを作るのも才能」「著者にアタックすればいい」「熱意の高さを測っているのでは?」という、容認論も目立った。

だが岩波書店の『世界』は長年、「平等」「機会均等」「反格差社会」といった主張を唱えてきたのだ。明らかに、それに反する。
朝日新聞の取材に答えて、岩波書店は「あくまで応募の際の条件で、採用の判断基準ではない」と弁明した。木で鼻をくくった、というのは、こういうことを言うのだろう。応募さえできない者が、どうやって採用されるというのだろう。

岩波書店社員で、現在会社から解雇通告を受けている金光翔(キム・ガンサン)氏が結成した首都圏労働組合は、2度に渡って、これに抗議し条件の撤回を求めてきた。会社側は撤回もせず、なんの回答もしなかった。
本来であれば、取締役でもある岡本氏が『世界』誌上で、きちんと説明すべきだろう。
3月に発売された4月号にもそれはなく、5月号で編集長の辞任を表明するのでは、「逃げた」と思われてもしかたがない。

岡本氏は、編集後記のほぼすべてを使って、『世界』と朝鮮半島の繋がりを強調している。その中で「朝鮮半島との関係を問うことは、即ち日本の近代のあり方を問うことである。日本社会に染み付いた強固な帝国意識、冷戦意識を問い、それと闘うことである」と語っている。

金氏は2007年、「〈佐藤優現象〉批判」という長大な論文を『インパクション』に発表した。これに対して岩波書店は、「一冊でも岩波から本を出したことがある人物への批判は慎め」と厳重注意を行っている。
社員採用も言論活動も、身内意識に溢れているのだ。
そして、金氏への解雇通告の理由は、なんと、岩波書店労働組合から除名されたことである。会社と労働組合は、身内というわけだ。

佐藤優氏の発言には、イスラエルのレバノン侵略の肯定、首相の靖国参拝の肯定、朝鮮半島の統一が日本の国益に適わないという主張、日朝交渉における植民地支配責任の問題の徹底的な軽視などが見られる。
これは『世界』の従来の主張と真っ向から対立すると考えた金氏は、佐藤氏の起用をやめるように岡本編集長に進言したのだ。
これに対して岡本氏は「佐藤さんは僕に対して『「世界」はもっと朝鮮総連の主張を掲載してはどうか』って言ってるんだよ」などとはぐらかし、きちんと受け止めようとしなかったという。

“コネ採用”問題に答えずに編集長辞任を見ると、はぐらかしが岡本氏の得意技であるようだ。
金氏に解雇を突きつけた岩波書店のあり方については、『告発の行方2 知られざる弱者の叛乱』(鹿砦社)を、お読みいただきたい。

(FY)