このブログは出版業界人や業界予備軍が多く見ているようだ。業界予備軍に対して、とても重要なことを書く。長らく編集者兼ライターをやっているが、出版の世界には「企画書を書かないのに仕事を作り出そうとする」輩が多すぎる。私が10年間すごした編集プロダクションでは、企画書については何度も何度も直した記憶がある。通過すれば数十万円、ときには数百万円も生み出す「打ち出の小づち」であり、エントリーする最低の条件だからだ。スポーツでいれば走り込みに似た基本である。

ところが、口頭で自分がやりたいことを伝えて、あげくには編集者に「やりましょう」と平然として言ってのける輩がいる。編集者としての立場で言うならば「お前が企画書を書けよ」と言われているも同然で、ムッとするし、これは論外である。ライターの立場で言うならば、「こういう企画を考えているのだけど、どうか」とよく相談をされる。「企画書は?」と問うと「まだ書いていない」と即答する。それは、企画ではない。ひとりごとである。最悪なケースに遭ったことがあるので紹介しよう。

ライターA氏がやりたい企画があるというので、編集者を紹介した。A氏は企画内容を編集者に伝え、編集者が、本来はライターが書くべき企画書を起こしてきた。ところがライターA氏は、「ちょっとあなたの書いた企画書では、やりたいことがちがう」と蹴った。本来なら、A氏としてはやりたい方向性を示す企画書を書いてくるべきだ。ところがA氏は企画書すら書かずに、何か月も編集者からの電話をぶっちぎる。

あげくの果てに、私のところに電話をよこした。
「あの企画をまだやりたいのですが、どうでしょうか」と。聞くとまだ企画書は出していないという。
編集者は「連絡すらとれない人とは仕事ができない」とキレ気味に言う。当然の話だ。どういう事情があり、A氏が連絡を編集者ととらないかは私にはまったく興味がない。
私に言わせれば「企画書を書かない」ということは「企画が存在しない」に等しいのだ。
企画書など高校生や主婦ですら書いてくる。フォーマットなどネットで検索すればすぐに見つかるのだ。

私がいた編プロの社長は、仕事にはかなり厳しかった。この業界には22年いるが出会った業界人の中では一番、恐ろしかった。だが彼がもっとも恰好がよく見えた瞬間がある。
某大手出版の新雑誌のプレゼンで、各編プロの企画を聞いて、えらそうに「特集主義でいくべきだ」と言い放つ編プロの男がいた。その男は企画書すら提出していない。
「どういう立場であなた、話をしていますか。それは命令ですか」と社長は言った。
「いえ、みんなと同じスタッフとして参加しています」とぶぜんとして男は答える。
社長が差し込んだ。「でしたら、企画書を提出するべきだと思うのですが」

正論である。わが編プロが、雑誌の主導権を握った瞬間だった。おかげで私は、1週間もアゴアシつきでオーストラリアに取材旅行に行けた。とても感謝している。

結論する。編集者であれ、ライターであれ、プランナーであれ何十年も業界にいるのに、人に企画書を書かせる連中が多すぎる。もし企画書を書くのが本当に面倒くさいなら、すぐに引退すべきである。ただでさえ若手が多く、チャンスが少ない業界なのだから。

(渋谷三七十)