榛野氏は手に表紙の絵3冊分をプリントアウトしたものと、後ろに2人の女の子を連れてきた。
表紙の絵をテーブルに置き「この絵、この子たちが書いたんですよ」と言った。表紙の絵は小説の内容にも合っていたし、可愛らしい絵柄であったので豊穣出版でこれまでに出版している数名の方のイラストよりも断然良い。これまでの表紙の多くはセンスが良いとは言えず、デザイナーが書いているとは到底思えなかったからだ。
小説の内容からすると可愛らし過ぎる気もしないでもないが、その点を除けばまずまずである。
「可愛らしい絵ですね。ありがとうございます」と女の子2人に向かい言った。しかし、女の子たちは笑顔を振りまくだけで何も言わない。不思議に思いながらも、以前、社内に居ると言っていたデザイナーだと思ったので私は名刺を差し出した。しかし、それでも彼女たちは恥ずかしそうに笑うだけで黙り続けている。社内の人間じゃないのだろうか? フリーのイラストレーター? 向こうは名刺も出して来ないし、名も名乗らない。おかしな空気が流れていた。
六本木ヒルズでは、利用者を歩かせないために幅の狭いエスカレーターを設置している、という。あまり意識していなかったが、地下から地上2階の高さのエントランスまで続く長いエスカレーターで、確かに、歩いている人はいなかった。
しばらく前のことだ。御茶ノ水駅前を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。「おいら ジャパニーズ バンドマン」と歌っている。昔親しんだ、竜童組の曲だ。