ジャーナリスト浅野健一氏による出版差し止めは妥当か? 『石ころの慟哭』をめぐる論争

黒薮哲哉

4月20日、あけび書房(岡林信一代表)が出版を予定している『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』について、ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、出版差し止めの仮処分を裁判所に申し立てたことが分かった。申し立ての正確な理由は現時点では不明だが、浅野氏はFacebook上で、「あけび書房に提出した原稿(4回分)の盗用や、新聞・テレビの電子版記事、Facebook、noteなどに掲載された傍聴記を無断転載している」と主張している。

筆者は正確な事実関係を確認するため、浅野氏に対し、Facebook上で申立書を公開するよう要請した。これに対し浅野氏は、

「山下弁護士から入手し、個人情報をマスキングして公表します。少しお待ちください。」

と回答した。

一方、あけび書房の岡林代表は、Facebook上で次のように反論している。

「小社での本書の出版は浅野氏とはまったく無関係であり、同氏が出版取りやめや不買を呼びかける理由は何らありません。」

今後、筆者は浅野氏が申立書を公開した後、事件の詳細について検証を進める予定である。現時点では、双方から正確な事実関係が公開されていない。

◆書籍流通コード(ISBN)

なお、浅野氏は、あけび書房の事務所がバーチャルであるため、書籍出版社にとって命に等しい書籍流通コード(ISBN)の取得対象外であるとも述べている。この点についても今後検証する予定だが、少なくともISBN/日本図書コード使用規約には、そのような規定は確認されていない。言うまでもなく、あけび書房は実態のある出版社である。

また、ジャーナリストや研究者が司法判断を求める行為についても考えておきたい。筆力を持たない者が裁判に訴えるのであれば理解できるが、執筆を職業とする者が裁判に判断を委ねることの是非は議論の余地がある。読売新聞社の前例はあるものの、推奨できる方法ではない。少なくとも本人訴訟にすべきではないか?

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月17日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

再び浅野健一さんによる出版差し止め(=発禁)仮処分問題について

鹿砦社代表 松岡利康

先日、四半世紀にわたる知人に会いに奈良・大和西大寺に行ってきました。行き交う人の多い駅でしたが、地方都市らしい雰囲気のする、どこか牧歌的に感じられました。

「ここで山上徹也が安倍晋三を銃撃したのか」──このあたりの牧歌的な空気とは相いれないものを感じました。

さて、先の私の文章は、5度の出版差し止め(発禁)をされた私なりに危機感を持って書いたつもりですが、あまり反響がなかったようです。ふ~む、出版差し止め(発禁)ということに対する、浅野さんはじめフォロワーのみなさん方、私の文章を目にされたみなさん方の危機意識のなさに危機感を持ちました。

浅野さんは、今度はあけび書房本の帯を書かれた鈴木エイトさんと大喧嘩をされています。帯を書くにあたってゲラを読むわけですが、だからと言って「共犯者」呼ばわりされたら誰だって怒るでしょう。

仮に理が浅野さんにあったにしても出版差し止め(発禁)はやめるべきです。出版差し止めということは、権力(~者)や大企業が、みずからの不祥事や知られたくないことを隠蔽するために行うものです。いやしくもジャーナリストが出版社やその著者に対して出版差し止めを行おうとしたことなど聞いたことがありません。浅野さんの本の出版を引き受けた三一書房も代理人の山下幸夫弁護士も、表現の自由や言論・出版の自由を殊更大事にする出版社であり法曹人だと思うので、今からでも浅野さんをたしなめるべきです。

私のFBや「デジタル鹿砦社通信」にも浅野さんのFBや著書などと共通の読者がおられますが、なぜ浅野さんをたしなめないのか不思議です。本当にそれでいいんですか? 

先の私の文章で、浅野さんとの古い付き合いについて述べましたが、今回はあけび書房の経営を受け継いだ岡林信一さんとの付き合いについても簡単に述べておきます。

私は、「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件で会社も私個人も壊滅的打撃を受け、その後、多くの皆様方のご支援にて再興することができ、2010年から地元西宮で市民向けのゼミを企画し開催いたしました。隔月で3人の方を中心に5期5年間やりました。故・鈴木邦男さん3年、浅野さん1年、前田日明さん1年の5年です。計30回で、前田さんの分を除いて記録として残しています。

ここに、当時神戸の社会保険協会に勤めながら「市民社会フォーラム」という自由に意見を述べ合うネット上の場や講演会などをやっておられた岡林さんが、自らの集まりの宣伝兼ねて、ほぼ全回来られました。これで知り合ったのですが、彼はその後、旅行会社を経てあけび書房の経営を引き受けられ現在に至っています。岡林さんがあけび書房の代表に就かれた時に、ささやかながら置時計をプレゼントし、この出版事業が厳しい時代に、あえて出版社の経営を引き受ける蛮勇に対する私なりのエールでした。彼が本格的に出版の仕事を開始するや、一人で毎月複数点数の新刊を出して来たのは驚きでした。「岡林という人は本当に本が好きだったんだな」と思った次第です。思想・信条や出版についての考え方、取り組みなどは異なるところは少なからずありますが、多種、多様に自由に本を出せるのが、出版という世界のいいところだし、頑張れるだけ頑張ってほしいと思っています。

ところで浅野さんはブログで「私(注:浅野さん)は、2025年4月、『紙の爆弾』からも排除され~」と述べられていますが、これは違います。先の文章でも触れましたが、同誌昨年5月号(2025年4月7日発売)に掲載の浅野さんの記事についての抗議に対して真摯な態度を取られず、自説を固持し、対応を鹿砦社に押し付け逃げられたというのが事実です。それまで、懇意にしていた故・山口正紀さんに対する浅野さんの度を過ぎた誹謗中傷があっても、『紙の爆弾』には浅野さんの寄稿を受け入れてきましたが、これも私が逮捕された際に真っ先に駆け付けてくれたことのお礼の一つでした。恩着せがましく言うつもりはありませんが、私たちからの特段の配慮でした。

今、浅野さんが書ける場は、『救援』や社民党や新社会党の機関誌など、いわば特殊で限定的なものだけになっていますが、ものごと何につけても原因と結果があるもので、度を過ぎて唯我独尊的な態度があったのではないかと察します。

どうやら浅野さんは、浅野さんのfacebook、ブログなどを見る限り、本気で出版差し止め仮処分を申し立てられるようです。振り上げた手を下すのは恥でも何でもありません。今からでも“勇気ある撤退”をされるべきです。前回も述べましたように、ジャーナリストとして自殺行為だからです。

極めて深刻で重要な問題ですので、他にやる仕事が山積していますが、あえて時間を割いて上記文章を書き連投します。皆様方にありましては、出版差し止め(発禁)という行為に対する、私の危機感をご理解いただきたいと思います。

画像は、左・浅野本(三一書房)と右・あけび書房本

浅野健一さんによる出版差し止め仮処分申請を諫めます!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野健一さんが、安倍晋三元首相銃撃事件山上徹也裁判記録本について、当初浅野さんと共に出版を目指していた地元の女性と版元(あけび書房)に対して出版差し止め仮処分を申請すると、みずからのfacebookで述べられています。

これは、結論から言えば、ジャーナリストとして自殺行為です。いやしくもジャーナリストなり物書きならば、〈言論には言論で〉勝負すべきです。

このことを誰も諫めないのが不思議です。特に私よりも遙かに多い浅野さんのフォロワーの皆さん方は、それでいいとお考えなのでしょうか?

ご承知の方もおられると思いますが、私たちの出版社・鹿砦社は、過去に5度(ジャニーズ3件、宝塚歌劇1件、アルゼ1件)も出版差し止め仮処分を起こされ、5度とも差し止めが決定されています。「差し止め」と言えば、言い回しは柔らかいですが、現実には〈発禁〉(発行禁止、発売禁止)です。5度も差し止め=発禁された出版社は他にないと思いますが、異常です。仮処分が決定されたら、次には本案訴訟に移行するわけですが、裁判闘争は、経済的にはもちろん、精神的にも体力的にも楽ではありません。差し止められた側は、せっかく作った本がお釈迦になるわけですから、損害は甚大で、差し止め仮処分をすると言われただけでも、威嚇効果、萎縮効果も大きいです。思い出すだに、出版を差し止めされた時の、なんともいえない気持ちは、差し止められた者にしかわかりません。だからこそ、私は忠告しているのです。

◆浅野さんへの恩義

また、日本を代表するパチスロメーカー・アルゼ(現ユニバーサルエンターテインメント)からの差し止めは、差し止め決定後本訴(民事)では3億円もの巨額損害賠償請求訴訟(約600万円で確定)を起こされ、さらも刑事事件としても立件され逮捕→192日間の勾留(いわゆる人質司法)→有罪判決(懲役1年2月、執行猶予4年)を強いられました。実刑にならなかっただけ不幸中の幸いでした。

逮捕された時、浅野さんはすぐに動いてくれ、友人のK君と共に記者会見も仕切っていただきました。教え子の大学院生と、ひよどり台という辺鄙な場所(兵庫県神戸市北区。六甲山の山頂)に在る神戸拘置所まで面会にも来てくれました。このことで、浅野さんは、出版差し止めが、やろうとすれば時に逮捕‐勾留にまで発展することもあるのをわかっていながら、今回、差し止め仮処分を申請されるということです。そして、浅野さんのフォロワーの誰もこれを止めないのはいかがなものでしょうか? 実際は眉をひそめている方がいるのかもしれませんが、表立って言わないのかもしれません。

しかし、出版差し止めというのは、表現の自由、言論・出版の自由に係ることですので、私たち出版や報道に携わる者は、慎重に事にあたらなければならないことは言うまでもありません。浅野さんともあろう方が、このことを(おそらく)わかっていながら、それでも差し止め申請を強行するともなれば、冒頭に述べたように自殺行為です。

仮処分には、高度の違法性と強度の緊急性が必須となりますが、強度の緊急性はあるとしても、高度の違法性という点では、内容がわからないので判断のしようがありません。この点からも、2冊とも出版され読者の判断を仰ぐべきでしょう。私の言っていることはおかしいでしょうか?

◆浅野さんとの付き合い

浅野さんとの付き合いは長いです。1987年5月3日、当社と同市内にある朝日新聞阪神支局が赤報隊に銃撃され、地元出版社としては、これについての本『テロリズムとメディアの危機──朝日新聞阪神支局襲撃事件の真実』を緊急出版した際に、高野孟氏と対談いただいて以来です。この本は、現在反原発情報誌『季節』の編集長・小島卓君が一冊にまとめてくれ、全国学校図書館協議会、日本図書館協会の選定図書にも選ばれています。その後、浅野さんは海外勤務になり、しばらく交流も途絶えていましたが、再会したのは彼が私の母校でもある同志社大学教授になってからで、ちょうど『紙の爆弾』を創刊した直後でした。その後、くだんの「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件が起きたのです。

こうした恩義もあって、多くの雑誌・媒体が浅野さんを敬遠する中でも、つい1年前までは浅野さんの寄稿を容認してきました。かつて浅野さんと近かった少なからずの方々から、「松岡さんはとっくに恩義は返した。浅野さんの寄稿はもうやめたほうがいい」とのアドバイスもありましたが、一つぐらいは浅野さんの寄稿する雑誌があってもいいだろうとの仏心からです。逆にこのことで『紙爆』から距離を置かれた方もおられますが……。

しかし、昨年の『紙爆』5月号の浅野さんの記事に対し強い抗議が寄越され、これに対し浅野さんは責任ある対応はされず自説を頑なに固持され、対応を鹿砦社に押し付け逃げられました。鹿砦社としては原則的に対応し相手方の弁護士と協議し反論を掲載することでひとまず解決を図った次第です。私たちとしては〈言論には言論で〉の原則で対応しましたが、これについて、浅野さんはいまだに相手方にきちんと対応や話し合いなどなされていません。以来1年余り私たちと義絶しています。これで現在浅野さんの記事を掲載する雑誌・媒体は、『救援』とか特殊なものしかありません。浅野さんも、自説を固持するのはいいとしても唯我独尊の姿勢は改められるべきではないでしょうか。

◆故・山口正紀さんとの関係について

ついでながら、もう一つ言わせていただきたい。それは長年「人権と報道・連絡会」(人報連)世話人として浅野さんらと一緒に活動された山口正紀(故人)さんのことです。山口さんは元読売新聞記者ですが、大新聞社出身ながらも会報編集・制作など地道な事務作業を一手に引き受けられたと聞いています。私が勾留中に浅野さんのセクハラ報道(週刊文春)が起きたのですが、これには浅野さんもかなりショックだったらしく、山口さんは親身に浅野さんに寄り添われました。浅野さんを慰めたり叱咤激励されたと複数の方から聞きましたが、その後浅野さんは、どのような意見の対立があったのかわかりませんが、ことあるごとに度を過ぎて山口さんを非難されるようになり、ついに温厚な山口さんは人報連を去られ浅野さんとも決別されました。

また、山口さんは、上記した逮捕事件の公判を毎回自費で来阪され、その都度的確なレポートを書いてくださいました(『週刊金曜日』に連載)。また、私たちがこの10年ほど関わってきた大学院生リンチ事件(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)についても、精力的にご支援いただき、裁判所に意見書(『暴力・暴言型社会運動の終焉』所収)を提出してくれたり、末期がんをおして準備書面作成を手伝っていただきました。一方で浅野さんは、いまだに死者に鞭打つようなことをやっておられます。最近では人報連事務局長の山際永三さんの追悼文という厳かであるべき文章で、関係のない山口さんバッシングをやっておられます。場を弁えていただきたいと思います。さらには、昨年の選挙で、大学院生リンチ事件加害者側に与した者の応援演説まで買って出ています。被害者を支援した者としては気分のいいものではありません。

浅野さんには、本気で出版差し止め仮処分を準備しておられるのであれば、今すぐ取りやめられるべきだと忠告いたします。冒頭に述べたように、ジャーナリストとして自殺行為ですから。