杉良太郎特別矯正監

刑務作業で受刑者が魂をこめて作った日用品や家具など約5万9千点を展示販売するイベント「全国刑務所作業 製品展示即売会」(第58回全国矯正展)が6月3日から2日間、北の丸公園内の科学技術館で開催された。

そのオープニングイベントは午前10時からで、杉良太郎特別矯正監、また法務省矯正支援官である石田純一、桂才賀、ダンスボーカルユニット「MAX」、受刑者のアイドルでデュオの「Paix2(ぺぺ)」と特別ゲストの西内まりやなどが集まり、華やかにテープカットを行った。

杉良太郎は「熊本大震災のときは、熊本刑務所を開放して260人も緊急避難してもらった。刑務所は頑丈ですし、水もきれい。食料の備蓄も何万食あり、避難拠点として優れています。こうした動きが全国的になればいい」と語った。

また鹿砦社から著書も出しているわれらが刑務所アイドルの「Paix2(ぺぺ)」のMegumiは「刑務所作業品はデザインが毎年、レベルアップしていて驚きを感じます。ぜひ何か買っていってください」とアピールした。

驚くべきことに、「刑務所への慰問は、交通費と宿泊費は自腹で」という時代が長かったようだ。それを杉良太郎は「(刑務所慰問するタレントに対して)甘えすぎだと思う。ようやく交通費と宿泊費用が、出るようになりました」と語った。

石田純一矯正支援官

刑務所に慰問すること自体、尊いが、「Paix2(ぺぺ)」はもう390回、桂才賀は1100回も行っている。

刑務所事情に詳しい作家の影野臣直氏は言う。
「二人合わせて1500回、刑務所に行っているわけですよ。北海道や沖縄にも自腹で行っていたわ けで、一回10万円だとして、1億5千万円。とっくに豪華マンションが買えていますよ。実に尊いことだと思います」

靴にしろ、家具にしろ、刑務所の製品は基準が厳しいから、実にしっかりとしている。この日も、開催と同時に、いきなり家具の予約ブースに人が殺到していた。刑務所の作業は、国家事 業であり、今は2300社の企業が、刑務所での労働力をあてにしている。まさに、捨てる神あれば拾う神で、受刑者にも立派な使命があるのだ。

今回に限らず、定期的に刑務所作業展は開催される。興味がある人はぜひ、刑務所の製品を手にとって、そのクオリティとできばえを味わっていただきたいものだ。

◎法務省「全国刑務所作業 製品展示即売会」(第58回全国矯正展)の概要HP=
http://www.moj.go.jp/kyousei1/kyousei05_00019.html

▼小林俊之(こばやし・としゆき)?裏社会、事件、政治に精通。大本営発表のマスコミに背を向けて生きる。自称「ペンのテロリストの末席」にして自称「松岡イズム最後の後継者」。師匠は「自分以外すべて」で座右の銘は「肉を斬らせて骨を断つ」。

受刑者のアイドル・デュオ「Paix2(ぺぺ)」

 

5月17日の朝9時すぎ、日比谷公園には、覚せい剤取締法違反で逮捕された元プロ野球選手、清原和博の裁判傍聴抽選にやってきた人たちで溢れかえっていた。
小雨が寒さを倍加させる。
「3列に並んでください」と整理スタッフが叫ぶ。

栃木から来たという51歳の会社員は語る。
「俺もPL学園高校のOBです。世代を代表するスターだから、ぜひ立ち直って俺等の先頭を走ってほしいです。でもこういう発言が清原のプレッシャーになったのかな、とは思いますけど」

◆清原を助けるリスク

清原を助けようとしている連中の何割かは真剣だろう。

だが何割かは、清原を利用しようといるのにすぎないのではないかと思う。

清原を救うのに、証言した野球評論家の佐々木主浩は「野球のことをやらせるのが一番更正にはいいと思う」として、「親友だから証言をすることは即決で決めた」とまで言う。

だが、記者なら誰もが知っている。
佐々木は、裁判寸前まで「清原の情状酌量のための出廷」はさんざんぱら悩んだことを。

清原と暴力団のつながりがまた囁かれたら、佐々木の野球解説や講演の仕事まで激減する。
そうしたリスクを清原は、常に背負う覚悟が本当にあるのだろうか。

清原はヤクザに憧れて刺青を入れたというが、いまどき、現役のヤクザだってそうそう刺青は入れない。
サウナに入れない、子供とプールに行けない、銭湯に入れないなど失うものが多すぎる。
キックボクシングや総合格闘技の世界だって「刺青はご遠慮下さい」という案内が興業主からやんわりと選手に伝わっている。

◆「ヤクザがまわりにいれば、わしも大きく見える」と考えた清原の悲劇

清原の悲劇は「ヤクザがまわりにいれば、わしも大きく見える」と考えたことだ。
周囲にヤクザが何十人いようが、実際、大きく見えることはない。

僕も清原と仲がいいヤクザと酒を飲んだことがあるが、そのヤクザは「清原は俺等を利用して、高いギャラをあちこちからとれるように演出しているだけ」と清原の狙いを見抜いていた。

清原は、いったい更正までにどれくらいの年数がかかるのか。
かつてKKコンビと言われた桑田真澄は「苦しくてもホームランを打って何度も助けてくれた彼のことですから、人生でも放物線を描いてくれると信じている」と語った。
今の段階で判決は出ていない。だが、いずれにしても同世代のスターの復活を祈りたいものだ。
    

         
▼小林俊之(こばやし・としゆき)
裏社会、事件、政治に精通。自称「ペンのテロリスト」の末筆にして松岡イズム最後の後継者。師匠は「自分以外すべて」で座右の銘は「肉を斬らせて骨を断つ」。


◎『ヤクザと憲法』劇場予告編

映画「ヤクザと憲法」を元「週刊実話」の編集長と、手伝いにいっている編集プロダクションのデスク氏とで鑑賞した。このドキュメンタリーは東海テレビが制作し、すでに放映されたものだがヤクザの日常をレポートした内容ゆえに、当然、全国放映は不可能。そこで映画でしか観れないしろものとなった。本当は「憲法」とつく映画のタイトルゆえ「5月3日」に観たかったが、やはり混んでいると予測し、この日にしたのだ。

渋谷は、ゴールデンウィークのまっさい中だというのに、ガラガラだ。池袋は歩けないほど人ばかり(外国人の旅行者も含めて)ができているってのに、渋谷には「怖い」というイメージがあるのだろうか。

はてさて今、レビューを急いで書いているのには理由がある。ヤクザとつるむタイプのジャーナリストである俺は、警察に追われて近く、高飛びするからだ(なんていうのは嘘)。

そう、ヤクザは危険な生き物の代名詞だ。なのに、この映画に出てくる人はみな、ヤクザとはいえ等身大の「人間」だ。

この映画は、大阪の指定暴力団「二代目東組二代目清勇会」に100日にわたってカメラが入った稀少なドキュメントである。

今、ヤクザは人権がないかのごとく司法上は扱われる。銀行の口座を持てない。家をもてない、ゴルフはできない、宅急便は扱いを拒絶される。だが日本国憲法第4条は定めている。

『すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない』と書いてある。

作家・宮崎学は、この条文の後ろに『ただし、ヤクザを除く』と書いてあるとよく解説する。

僕もそのとおりだと思う。この映画は、確かにヤクザの日常をカメラで切り取っているという点で画期的だし、未来永劫、記録と記憶に残すべきしろものだと思う。

部屋住みの青年が言う。

「嫌いな者どうしでも一緒におれるというのがいい社会とちがいますやろか」

ヤクザはもともと、賭け事の仕切りと祭りの露天商を稼業としてきた。それが、覚せい剤の密売など犯罪行為へと傾斜していった。昭和40年代になると組どうしの抗争はエスカレートしていき、拳銃の大量所持や、抗争で一般人が犠牲となることが問題化してきた。

そうした中、平成3年に「暴力団対策法」が制定され、前科のある組員の割合などが一定を超えると「指定暴力団」として警察の強い監視下に置かれることになる。

こうなるとみかじめ料や用心棒代を要求しただけで「中止命令」が出る。これはいわゆる「イエローカード」で、無視すれば「逮捕」となる。お目こぼしは一回しかないというわけだ。

さて、このヤクザをとりあげた映画が「人権を守る」最後の砦として未来では扱われないことを切に願う。そして、この映画をよく作ってくれたと思う。感謝すらしている自分がいる。

「銀行口座が作れないと悩むヤクザ」「金を手持ちすると親がヤクザだとばれる」というきついご時世では、「自動車保険の交渉がこじれた」段階ですぐに詐欺や恐喝で逮捕される。

同時に、この映画では、山口組の顧問弁護士だった山之内幸夫弁護士が、恐喝で立件されて実刑10月の処分を地裁に言い渡されて弁護士資格を失った瞬間をもカメラはとらえている。このとき、「ああ、古きヤクザの時代が終わっていくのだ」と僕は映画館の最前列で滂沱の涙を流した。そう、古いヤクザの時代は、音を立てて終焉に向かっているのだ。

◎『ヤクザと憲法』HP http://www.893-kenpou.com/

▼小林俊之(こばやし・としゆき)
裏社会、事件、政治に精通。自称「ペンのテロリスト」の末筆にして松岡イズム最後の後継者。師匠は「自分以外すべて」で座右の銘は「肉を斬らせて骨を断つ」。

重い筆をとるときが来たようだ。ヤクザを擁護し、知り合いのいる「夕刊フジ」を攻撃しなくてはならない。

4月21日の「夕刊フジ」には、神戸山口組系暴力団が救援物資を配り始めたことが「復興利権」を狙うものだと書いてあった。この傲慢な記事は、斬りようがいくらでもあるが、まずは昨年の年末に北九州の小倉、つまり工藤會の足元に行ったときのレポートから展開しようと思う。

小倉の街並み

小倉は、いうまでもなく工藤會が支配してきた町だ。この町では工藤會をターゲットにまずは警察が徹底的に組員をマークし、特定危険指定暴力団として認定された。僕に言わせれば、これは後に山口組を切り崩したいがために試験的に「与しやすい」暴力団を狙ったにすぎない。つまり工藤會を攻めたのは、山口組を切り崩すためのモデルケース作りだ。

事実、福岡県警なんて警察庁には信頼されていない。だから警察庁は、多くの人員をこの小さな小倉に送り込んだ。僕はヤクザとも警察のエリートとも同等につきあうが、どうひいきめにみても、福岡県警とヤクザの癒着ぶりは目にあまる。腐っているといってもいいが、これは尊敬すべき先輩の宮﨑学氏の領域なので深くは追わない。

また、警察の警戒が強化する中で、工藤會は飲食店からみかじめが取れず、スナックなどは警察が来るときには「暴力団排除」標章のシールをドアに張り、工藤會組員が来るときはそっと外すして店内に張るというわけのわからない行動をとらざるえなくなった。

「かなり平和になった」といわれているが……

小倉では、バスに乗っても「暴力団は予告なくやってきます」と注意勧告のアナウンスが流れてくる。そんな街中でスナックで、ホステスのA子さん(仮名)は言う。

「本音と建て前はうまく使いわけないといけない。暴力団は確かに悪いと思うけれど、それを理由にヤクザにたかりすぎた福岡県警はやりすぎた。なにしろ好き勝手に飲んで喰って、工藤會のツケにして帰っていく。これでは町はいつになってもヤクザか警察、両方の支配下に置かれることになるわ」

人々は工藤會を恐れて小倉への旅行をパスする。だが僕にとっては古いつきあいのある組員がいる小倉は落ち着く。熱海は、稲川会に知己があるのでさらに落ち着く。新宿・歌舞伎町は極東会の知人が多いので安心は安心だが、いつ何時、トラブルに見舞われて力関係が変わるとも限らない。
「それじゃ密接交際者じゃないの」と揶揄するなかれ。警察ともヤクザとも仲良くするのがジャーナリストの生きる道なのだ。

そして今、小倉のカメラ店の店主の言葉を借りれば「かなり平和になった」という。だが警察が力を誇示してかろうじて成り立っている平和など、クソくらえである。事実、刑事が無料でスナックで飲んでいるのを目撃した。金を払うそぶりすらない。
「俺が来てるから、工藤會が来れない。用心棒代をくれ」と彼ら刑事は臆面もなく言ってのける。
これこそ「利権」じゃないのか、ええ?

小倉のスナックで話を聞いた

本題に戻す。震災だ。緊急事態なのだ。政治が悪いなどといっているときではない。国民がひとつにならないといけないときに、神戸山口組系組員が被災者に食料や水を配って何が悪い?!

たとえば衆議院議員の先生がたたちが何人、熊本に入って食料を配ったのか? 日ごろから耳ざわりのいいことばかり言っている地震学者たちが「当たりませんでした」と熊本まで土下座に来たのか? 偉そうに講釈をたれる僧侶が何人、車を飛ばして熊本に入ったのか? そんな中、ひとまず民衆のために食料を配るヤクザは、行為自体を評価すべきである。

いうまでもなく、戦後、不良の在日朝鮮人や中国人から国民を守ったのは、今は嫌われまくっているヤクザたちだ。ヤクザたちが原点に返って、食料支援をしている。これは、義侠心からなせることだ。復興利権だなんだという前に、マスコミはおにぎりのひとつでも配りに来たほうがいいんじゃないのか? 恥を知るべき腐れ右翼メディア、汝の名は「夕刊フジ」である。

▼小林俊之(こばやし・としゆき)
裏社会、事件、政治に精通。自称「ペンのテロリスト」の末筆にして松岡イズム最後の後継者。師匠は「自分以外すべて」で座右の銘は「肉を斬らせて骨を断つ」。

7日発売!タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』5月号!

抗うことなしに「花」など咲きはしない『NO NUKES voice』Vol.7

昨年の秋、長崎の平戸市を巡る旅に出た。
平戸湾は、こじんまりしており、湾を囲む陸地は1日でまわることのできる観光スポットが集中している。具体的には「平戸オランダ商館」(復元されている)や「平戸城」や「松浦史料博物館」や「平戸ザビエル記念協会」などだ。

まちがいなく、平戸はある時期、「FIRAND」と外国人に呼ばれ、日本全体の貿易の中心だった。その端緒は1609年、オランダから船が2隻やってきたことだ。当時の松浦藩主の松浦隆信は歓迎し、幕府にかけあいオランダ人に商館建設の許可を与えた。

1611年にオランダ商館は住まいと倉庫を新築し、1616年には倉庫と防波堤を作り、さらに1618年の大増築で、まるで要塞から敵を守る「ルパン三世カリオストロの城」ばりの塀が築かれた。

今もオランダ堀やオランダ井戸、そして民家とオランダ倉庫の境界線を表す壁やオランダ埠頭らが残っている。

今、復元されているオランダ商館は、倉庫なのだが、これはもともとは1639年にできた巨大な石造りの倉庫であり、日本で初めての洋風建築物だ。ここには、約2万個もの砂岩切石や48センチ角の大きさの柱などが使われて、外観や造りはオランダの建築物に酷似している。

まあ、観光ガイド風に紹介するとこうなるが、今、このあたりでは残念かな、地元の暴走族が激増している。僕が肉眼で見ただけでも、夜深くに爆音でかっとばす暴走族風バイクは、数台も見かけた。地元の飲食店のスタッフは言う。
「夜になると、くしゃみすらも街中で響きそうなほど静かなこの街で爆音が響いていて、眠れない人が急増しているのは残念ですね」


ここらへんの名物は平戸牛、あごだしラーメン、そして魚ならなんでもうまい。よく、長崎の人が「東京の寿司屋には行かない」と言っていたが、納得できる。


さて、僕自身は、この平戸にやってきた目的は、ここの平戸に「江戸時代、日本で初めての天気予報をしていた山崎氏がいた」ということだ。この平戸にある遠見公園という場所で、江戸時代に、「天気見」、つまり山のてっぺんから雲を見て天気予測をしていたという記録が残っているという。

特別に気象機器がない文政二年(1819)、大船頭だった山崎家では、約200年にわたる間、孫三代にわたって「天気記録」が残された。その記録とは「日の出るとき、赤きは風、黒きは雨、青白きは風雨としるべき」という具合に、今の天気予報の先駆けともいえるものだ。

この「天気見の男」の記録について、僕はいつか小説に書き記そうと思う。いつか、どこかでこの男の記録に諸兄たちはお目にかかるであろう。

ゴールデンウィークに行く場所がない諸兄はぶらりと出かけてみてはいかがだろうか。歴史上では重要ながら、忘れられた「時代の顔」がそこにある。

(小林俊之)

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』!

抗うことなしに「花」など咲きはしない『NO NUKES voice』Vol.7

「ナベツネ」こと渡辺恒雄=読売巨人球団最高顧問をも辞任に追い込んだ野球賭博──。その闇を探るべく作家・影野臣直氏が、かつて胴元をしていた男性のインタビューに成功した。タレントや有名人はなぜかくも野球賭博にはまるのか? その理由の一部始終を3回に分けて公開する。今回がその最終回。

── では、野球賭博へのヤクザの関与は?

堂本 野球賭博も博打ですから、必ずどこかの博徒が絡んでいることは確かでしょうね。まぁ、あくまでも想像ですが、関西は山口組で関東は住吉か稲川かな、という推測はできますがね。

── 噂では弘道会の名前があがっていて、巨人選手の事件が表に出たのは山口組の分裂の影響という説がでていますが、なぜなんでしょう?

堂本 ボクは、まったく関係ないと思います。だいたい、賭けたカネが払えなくて球場まで来たってことですが、行った方もバカだし、来られた方もバカですね。これは、客が野球賭博に関与していることに対して胴元のコンプライアンスが疑われる。

警察関係では名前が挙がったのは、巨人の1軍選手にコーチ、中日の有名選手やフロントの職員の関与。
中日=(イコール)名古屋=(イコール)弘道会、の式ができあがったのではないだろうか。そこから尾ひれがついて分裂の余波との話が推測される。
少々のカネを集金にキャンプにいくってのは、世間を騒がせるのを分かってやったのか。いまだ今回の事件は謎が多い。

── なぜ、巨人にいるようなスター選手がハマるんでしょうか。どうやって、巻き込んでいくんでしょう?

堂本 たぶん、他の博打が関係してると思いますよ。ボクなら麻雀とか、もっと一般的な博打から進展していったんじゃないかな、と予想します。ただ、巨人の選手だっていえば、知らなくても張らせますよ。

日本一の人気球団である、巨人の現役選手。その利用価値は莫大だという。
先発選手の近況や、監督やコーチの不仲説。
それを得れば、博打を優位に進めることができる、さまざまな情報まで入手できるのである。

堂本 野球賭博にハマるヤツって、間口の広い博打から間口の狭い賭博に入ってきますよね。たとえば、雀荘ではテレビで野球中継や競馬中継やってるじゃないですか。そんなところからはじまるんですよ。もしかしたら、ハメられている可能性も感じますよね。博打が好きなんですね、アイツらは……。

最近では、野球賭博に関与する客の年齢層が下がっているという。
客の中には学生もいるし、オレオレ詐欺で稼いだ若手の実業家モドキなども野球賭博の太い客なのだそうだ。

2020年、東京オリンピックで正式種目となる野球競技。
メジャーリーグの日本選手の流出や、WBCやプレミア12などの国際大会などの増加。
これからの野球賭博は、国際化していくのかも知れない。(了)

[文]影野臣直+[プロデュース]小林俊之

◎元胴元が語る──野球賭博〈闇〉のからくり《1》
◎元胴元が語る──野球賭博〈闇〉のからくり《2》
◎元胴元が語る──野球賭博〈闇〉のからくり《3》

小林俊之+影野臣直!強力タッグの短期連載ルポ[全8回]
新宿・歌舞伎町ぼったくり裏事情──キャッチ目線で見た「警察の対応変化。
《1》「ぼったくり店。はどうやって生まれるのか?
《2》なぜ銀座のクラブにはゴタがないのか?
《3》メニューに金額明示があれば違法性はない?
《4》東京五輪を前に警察が浄化作戦を始動?
《5》御一人様51万円「クラブ・セノーテ」事件の衝撃
《6》ベテランキャッチが語る「ぼったくり」の世界
《7》「ガールキャッチ。復活と増えるプチぼったくり
《8》警察の弾圧が盛り場の「食物連鎖」を増殖させる

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』7日発売!

福島原発事故5年の現実と社会運動の行方を総力特集『NO NUKES voice』Vol.7!

「ナベツネ」こと渡辺恒雄=読売巨人球団最高顧問をも辞任に追い込んだ野球賭博──。その闇を探るべく作家・影野臣直氏が、かつて胴元をしていた男性のインタビューに成功した。タレントや有名人はなぜかくも野球賭博にはまるのか? その理由の一部始終を3回に分けて公開する。今回は第2回。

── ハンデは、いつ連絡してくるんですか?

堂本 試合当日の16時~17時くらいに、直接ハンデ師から電話がきて、ハンディを知らされます。だいたい、試合がはじまる2時間くらい前かな。それから顧客に連絡し、プレーボールの受けつけの締め切りまで待つわけですよ。

ハンデ師からの連絡がくると、胴元から顧客全員に連絡がいく。客はすぐスポーツ新聞等で情報を集め、試合開始直前ギリギリに勝ちチームを決める。野球賭博にハマっている連中は、このときが最高の楽しみなのだという。

── カネの流れは、どうなっているのですか?

堂本 野球賭博は、シーズン144試合あります。その全試合、開帳されています。だいたいの1週間の流れは、金土日の3連戦の分を翌週の月曜に集金する。火水木の3連戦では、金曜に集金です。勝った客に配当を渡すのは、当日ですね。もちろん、テラを1割引いてね。

── 集金方法は? また、そのとき、払わない人はいないのですか?

堂本 もちろん、自宅や会社までいって対面で手渡しです。口座はアシがつくから使えない。もし、現金がないっていったら、『つくらせるか、貸しつけるか』ですね。 

ここで、賭博の収入だけでなく、金融としてシノギも生じる。だから家も商売も、身柄のしっかりしている人にだけしか張らせないのだ。

── この稼業に入ったきっかけは?

堂本 もともと、16歳でヤクザの部屋住みになったのですが、賭場の見習いの一つとして野球賭博を始めたのは25歳から……おいしいシノギだと思ったから、1年くらいで独立しました。それから、3、4年はやってましたね。

もともと、才覚があったのだろう。堂本氏にはタニマチ(=スポンサー)衆がいたうえに、当時は暴排条例もなく景気も良かったうえに、ヤクザがメシを食うのが楽だった時代だった。堂本氏は巨万の富を築いた。

── そんなに儲かっていたのに、なぜやめてしまったのですか。

堂本 そりゃ、摘発されたからです。最後は、なんと高校野球でパクられてしまいました(笑)。

逮捕され、堂本氏は野球賭博から足を洗った。
堂本氏は実刑にいくことなく、執行猶予を科せられ社会復帰した。

── では、同じように逮捕された、ダルビッシュの弟も胴元だったのですか?

堂本 いや、胴元は人脈がないとできないですね。彼は『中継(ちゅうけい)』と呼ばれる、客をまとめて手数料を抜く業者だったと思いますよ。胴元と違い、簡単に開業できるのが特徴です。

中継も、やってることは胴元と同じである。ただ抜ける額が、胴元には遠く及ばない。

堂本 それでも、逮捕されたときは賭けさせた金額が問題になる。いくら儲かったかは、罪状に関係ないから、ダルビッシュの弟も胴元として賭博開帳図利で起訴されるでしょうね。ま、初犯だったら、執行猶予で出てきますね。

よく人数を集めまとめて買うグループがいるが、もし捕まったら胴元でなくてもグループの代表者が逮捕される。それが、今回のダルビッシュの弟の事件ではないかという。

── ただ、ダルビッシュの弟の場合、ハンデメールが出てましたが……

堂本 ハンディは関西と関東では違うんです。だからといって、ハンデ師がメールでハンディを報せるわけがない。証拠が残るから。

ハンデ師は口頭でしか、ハンディを知らせない。そこには博徒ならではの徹底した守秘義務が守られている。

── それでは、そんなハンデ師への報酬はどのくらいなのでしょう?

堂本 胴元の仲間内でも、ハンデ師がどこの誰か知っている人は少ない。ヤクザでも大きな組織の親分か、それに準ずるクラスの幹部連だけでしょう。それくらいトップシークレットですから、ハンデ師への報酬は胴元クラスではわからないでしょうね。

ハンデ師によって、売り上げが大幅に変動するという野球賭博業界。ハンデ師は、野球賭博をシノギとする組織の命運さえ握っているといっても過言ではない。(つづく)

[文]影野臣直+[プロデュース]小林俊之

◎元胴元が語る──野球賭博〈闇〉のからくり《1》
◎元胴元が語る──野球賭博〈闇〉のからくり《2》
◎元胴元が語る──野球賭博〈闇〉のからくり《3》

小林俊之+影野臣直!強力タッグの短期連載ルポ[全8回]
新宿・歌舞伎町ぼったくり裏事情──キャッチ目線で見た「警察の対応変化。
《1》「ぼったくり店。はどうやって生まれるのか?
《2》なぜ銀座のクラブにはゴタがないのか?
《3》メニューに金額明示があれば違法性はない?
《4》東京五輪を前に警察が浄化作戦を始動?
《5》御一人様51万円「クラブ・セノーテ」事件の衝撃
《6》ベテランキャッチが語る「ぼったくり」の世界
《7》「ガールキャッチ。復活と増えるプチぼったくり
《8》警察の弾圧が盛り場の「食物連鎖」を増殖させる

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』7日発売!

福島原発事故5年の現実と社会運動の行方を総力特集『NO NUKES voice』Vol.7!

プロ野球界のみならず守旧メディアの要に長年にわたり居続けた「ナベツネ」こと渡辺恒雄=読売巨人球団最高顧問をも辞任に追い込んだ野球賭博──。その闇を探るべく作家・影野臣直氏が、かつて胴元をしていた男性のインタビューに成功した。タレントや有名人はなぜかくも野球賭博にはまるのか? その理由の一部始終を3回に分けて公開する。

プロ野球史上最大の汚点と揶揄される、昭和の『黒い霧』事件から46年。ペナントレースも終わり、CSファーストステージで賑わうプロ野球界に、突然の野球賭博問題が発覚し球界を震撼させた。しかも、その渦中の人物が、名門巨人軍の現役投手だったという。それに加え、メジャーリーガーのダルビッシュ有の弟までが野球賭博に関与した疑いで逮捕された。平成の『黒い霧』事件の勃発である。
だが、一般に競馬競輪は熟知していても、野球賭博をしる人は意外に少ない。いったい、野球賭博とはどのようなものなのか。
過去に胴元を務めていたという、元業界関係者に訊いてみた。

堂本勝和(どうもとかつとも)(仮名)52歳

16歳から関西の組織に稼業入りし、主に賭博を中心にシノギを行う。39歳で野球賭博で逮捕。出所後は堅気になり、現在は建築関係の会社を経営。

堂本 まぁ、野球賭博って、簡単にいえばプロ野球の対戦カードを、どちらのチームが勝つかを当てる博打ですね。丁半博打と同じで、引き分けはありません。

── だって、野球だったら引き分けもあるじゃないですか?

堂本  試合に引き分けはあっても、野球賭博に引き分けはありません。その時のチーム状況で、強い方から弱い方にハンディキャップを与えるんです。たとえば、巨人阪神戦に張るとしますよね。われわれの上にはハンデ師というのがいて、そこからハンディを報せてもらって始めて野球賭博が開帳されます。

ハンデ師はチーム事情を徹底的に調べ上げ、適切なハンディキャップを算出する。
チーム防御率や、チーム打率に打点。また先発選手の調子の好不調から、先発ピッチャーと相手打線の相性。選手の体調の良し悪しから、球場との相性までも加味するという。

堂本 現在のチーム事情で、ハンデ師が巨人から1、5を阪神に……とでたら、試合で巨人が2対1で勝ったとしても、賭博上では2対2・5で阪神の勝ちとなるわけです。逆に3対1で巨人が勝つと3対2・5で巨人の勝ちとなるわけです。

ハンデ師は、元プロ野球選手か野球関係者など、野球に精通した人だろうと噂されている。
また、ハンディキャップは多くても少なくてもいけない。野球賭博をおもしろくするのもツマらなくするのも、ハンデ師がつけるハンディのさじ加減一つで決まるのである。

── それで、試合にかける金額はどのぐらいになるのですか?

堂本 人によって違いますね。最低は1万円から、青天井(=上限なし)まで……でも、そこは賭けるお客さんの器量次第ですよ。

── 堂本さんの賭博で、一番大きく張られた試合はどのくらいですか。

堂本 1試合に200万円賭けた豪傑がいましたね。それに、ソープの経営者や自営業者などは1試合100万とか平気で張ってきますし、そういうダンべ(=旦那衆)が多いときは1試合合計で4500万円ぐらい張ってきたかな。

しかし、4500万円すべてが利益というわけではない。
野球賭博では、張ってきた金額をIN(イン)といい、支払うべき金額とOUT(アウト)と呼ぶ。野球賭博では、勝ったOUT側から10%のテラ銭(=場代)をとる。100万円勝って受けとるカネは90万円、負けて支払うカネは100万円。差額が胴元の利益である。
だから、この日の堂本氏は勝ち側に2250万円から1割の225万円を引いた金額2025万円を支払い、負け側から2250万円を集金し、225万円もの金額が残ったことになる。

── じゃあ、胴元は絶対に損をしないじゃないですか。

堂本 いや、そうでもないですよ。たとえば、負けてる人が取り返そうと思って賭け金が上がっていくと、ちょっとこれを張らせてやろうかな、とか慈悲の心を持つでしょ。でも、負け分の金額以上のカネを1試合だけ張られて、勝ったらやめてしまう。それじゃ、困るんですよ。最低、3試合は張ってもらわないと、こっちが一方的に負けてしまう。ウチも張らせてあげたんだから……。

勝ち負け2つの選択肢しかない野球賭博。負けた金額の倍の金額を張り続け、勝った時点でやめれば絶対に負けることはない。負けているだけに熱くなり、野球賭博の盲点を突いて張ってくる客もいる。

── タチの悪い客もいるわけですね。

堂本 だから野球賭博を開帳している人は、信頼関係がある人しか張らせませんよ。それに知らない人間に張らせると、負けがこむとチンコロ(=密告)するヤツもいますからね。だから、地元の社長や自営の人などの地位のある方が多い。あるいは、サラリーマンでも家などの資産を持ってる方。ヤクザ同士なら、代紋を保証にヤクザも客になるケースもあります。

賭博は、開帳した者も客となった者も罰せられる。

地元の社長や自営業者、資産家のサラリーマンにヤクザ。彼らにとって博打は、手慰(てなぐさ)みであり、密かな楽しみでもある。 賭場が摘発されると、一番困るのは客自身なのだ。

それだけに常連は、警察などにチンコロすることはない。

── そんな顧客を、一番多いときでどれくらい抱えていたのでしょう。

堂本 だいたい20人くらいかな。質の悪い客を多く持っていても仕方がない。どれくらい質のいい客を持っているかですよ。良質の客ばかりだと3日間の3連戦で、INが3000万ぐらいあったかな。

── すべて口頭でのやり取りですよね? 負けてても、オレは勝った方に張ったなどと居直られませんか。

堂本 だから、ミスがないように全部録音してありますよ。1日最高6試合開催される、野球賭博の事務所はあわただしい。だって、試合開始直前にハンデ師から、当日行われる全試合のハンディキャップが知らされるのですから。

聞き間違えたでは、すまされない博徒の世界。たった1つのミスが、信用を著しく傷つけることになる。信用がなくなれば、顧客は去っていく。賭博の世界は厳しい世界なのだ。(つづく)

[文]影野臣直+[プロデュース]小林俊之

◎元胴元が語る──野球賭博〈闇〉のからくり《1》
◎元胴元が語る──野球賭博〈闇〉のからくり《2》
◎元胴元が語る──野球賭博〈闇〉のからくり《3》

小林俊之+影野臣直!強力タッグの短期連載ルポ[全8回]
新宿・歌舞伎町ぼったくり裏事情──キャッチ目線で見た「警察の対応変化。
《1》「ぼったくり店。はどうやって生まれるのか?
《2》なぜ銀座のクラブにはゴタがないのか?
《3》メニューに金額明示があれば違法性はない?
《4》東京五輪を前に警察が浄化作戦を始動?
《5》御一人様51万円「クラブ・セノーテ」事件の衝撃
《6》ベテランキャッチが語る「ぼったくり」の世界
《7》「ガールキャッチ。復活と増えるプチぼったくり
《8》警察の弾圧が盛り場の「食物連鎖」を増殖させる

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』7日発売!

福島原発事故5年の現実と社会運動の行方を総力特集『NO NUKES voice』Vol.7!

昨年10月25日に行われた報告会「玄海原発再稼働をSTOP!させるには」(戦争と原発のない社会をめざす福岡市民の会)では、「玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会」の代表・原告団長である石丸初美さんがはつらつと活動報告した。前回に続いてその内容抜粋の後編を紹介する。なお石丸さんたちの闘いの詳細については2月25日発売の『NO NUKES voice』7号にインタビュー記事が掲載されたので一読していただけると幸いだ。

「玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会」代表・原告団長の石丸初美さん

◆裁判所にさえ「企業秘密」として情報を出さない九電

今日、お配りした真っ黒塗りの資料にありますが、九電は私たちが情報公開を求めても、「企業秘密」として裁判所にさえ情報を出しません。九電は川内原発再稼働に集中させていた社員を玄海シフトという言い方で230人を玄海によこしています。

3・11前から原爆も原発も同じだということを聞いておりましたが、事故が起きればどうなるだろうかという心配しかありませんでした。しかし原発事故は、3・11の被害は想像をはるかに超え、その被害の甚大さを知り、今も信じられないという思いです。二度と地球上に原発事故を繰り返してはならないと思います。

岸本町長は原発を早く動かしてほしい、早く早くと、本当に金の亡者のようにほかの言葉を知らないのかと思うような言葉しか発しません。田中俊一原子力規制委員長も自ら「安全とは言わない。原発事故は起きますよ」と何度も私たちは聞かされていると思います。

◆再稼働の説明会はこれからもするつもりはないと断言した九電瓜生社長

事故が起きる前提の川内原発再稼働は犯罪行為だと思っております。もし玄海原発で事故が起きたらどうするという避難計画こそ、被害を受ける私たち住民に事前に説明があるのが当然で、そのことは重要だと思っております。私たち佐賀県民も、福岡県民の皆さんも地震が起きて原発が暴発すれば、全部被害者になるわけです。
しかし「住民にはなるだけ知らせないでおこう」としているのが今の避難計画です。九電の瓜生道明社長は、住民への説明会について、「大上段に構えて説明するより、顔と顔をつき合わせて、フェイストゥフェイスで住民の方々を解きほぐしながら話すほうが理解が高まる」として玄海原発の再稼働の説明会はこれからもするつもりはないと断言しております。

九州電力の原発事業は国が保証人です。こんな会社はどこにもありません。企業が起こした事故ならその企業が全面的に責任をとるのが当然です。しかし電力会社だけは極めて特別扱いで、法律が守ってくれます。事故の賠償は国民が払ってくれます。マスコミはこのことを伝えません。この理不尽な政治状況を私たちが伝えるしかないと私は思っております。

◆原子力事業者の責任記述は70頁の災害対策指針の中でたった5行

70ページ近くの『原子力災害対策指針』というものがありまして、何度も何度も都合のいいように、私たちにとっては都合の悪いように改定されている原子力災害対策指針の2ページに『原子力災害及び原子力事業者の責任』ということがたった5行あります。5行の最後の2行を読みます。

「原子力事業者が、災害の原因である事故等の収束に一義的な責任を有すること及び原子力災害対策について大きな責務を有していることを認識する必要がある。」
認識するだけでいいと書いてあるのです。私たちは、避難計画は加害者である九電に対して、「あなたたちは加害者であるのにどうされるのですか?」聞きました。そうしたら「支援します」と。「当事者が支援ということじゃ間違っているじゃないですか」とと問いただすと「あっ、それはごめんなさい」と。じゃあほかの言葉で回答してくださいといったところ、回答はまだです。都合のいい言葉が見つからないようで、返ってきておりません。

◆事故時の食べ物の基準は2000ベクレル/Kg

私たちは2014年から、全国の皆さんと連携して原発災害の避難計画などを中心に国、県、市町村を回って「福島の事故を学び国民の生活を守ってほしい」と交渉をやってきました。現在、進められている今の原子力避難計画は、責任を国がとらない。地方自治体や学校や幼稚園、保育園、病院の管理者等々に押し付け、日常生活では考えられないような500マイクロシーベルト毎時いくつという、そういう過酷な環境の中に「屋内退避してください、国が命令するまでそこにおってください」という、国民を被ばくさせる計画となっております。原子力対策指針にはなんと書いてあるか。

「事故時の食べ物の基準は2000ベクレルパーキログラム」となっております。この世の中にないプルトニウムまで記載されております。私はこれをみてとてもひどいと思って、環境省の原子力規制庁に電話をしました。「これは本当ですか」と。そうしたら回答は「その通りです、書いてある通りです」と。

「じゃあ私たちにその2000ベクレルの根拠を教えてください」と言ったら、15分くらい保留されたまま「あと2時間待ってください。即答できませんから」とのことで2時間後に電話しました。そうしたら回答はないですよ。ここに書いてある通りですよ、「みなさんを被ばくさせますが、本当のことですから」ということでしょう。向こうは弁解ばかりです。「1日中食べているわけではないから、そんなに心配する必要はないと思います」という言い方です。「なるだけ外に出さないように頑張って、フィルタベントでしますから」と。

「なんでプルトニウム食わにゃならんのですか」というのにそういう回答にもならないことを繰り返す。国民は不在です。ぜひ皆さんも、そこに規制庁の番号が書いてありますので、電話をしてください。

玄海原発や川内原発が事故を起こしたとき、2000ベクレルを、そういうおにぎりを食べにゃいかんのですか、電気のためになんで私たちが被ばくしなければならないのですか。私は本当に腹立っているのです。マスコミは伝えない、政治も命を守ってくれない市民の私たちが広報するしかありません。

今、ご説明した主張を一人でも伝えられると思って200回くらい原発の悲惨さを伝える市民レベルの座談会をしてきました。非核三原則なんてまったくのウソです。世界一厳しい規制基準なんてとんでもない。議会制民主主義なんてまったく機能していない、三権分立など表向きだけで。私はまだまだ、一部しか、このひどい国のことをわかっていないと思います。自分で知ろうとすること、わからなければ聞く。そしてわかったら一人でも伝える、そういう運動を今からでもやっていこうと思っております。(了)

★玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会HP http://saga-genkai.jimdo.com/

(小林俊之)

『NO NUKES voice』第7号!総力特集3.11福島原発事故から5年─その現実と社会運動の行方

昨年10月25日に行われた報告会「玄海原発再稼働をSTOP!させるには」(戦争と原発のない社会をめざす福岡市民の会)では、「玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会」の代表・原告団長である石丸初美さんがはつらつと活動報告した。その内容の抜粋を2回に分けて紹介する。なお石丸さんたちの闘いの詳細については2月25日発売の『NO NUKES voice』7号にインタビュー記事が掲載されたので一読していただけると幸いだ。

川内原発建設反対連絡協議会の鳥原良子会長(2015年10月25日)

石丸さんの活動報告

今日は佐賀平野では黄金色に色づいて、収穫時期になっています。私はこの佐賀平野が好きなのですけれども、ここで、玄海原発で事故が起きたらこれが元も子もなくなるとなったらと思うと、いても立っても居られない気持ちでおります。

みなさんもきっと同じ気持ちと思いますが、普通においしいお米、食べ水を飲んで、お魚を、お野菜をと、これからもずっと安心して食べたいという思いでおられると思います。

しかし、たった一度の東電の事故は今も大地を、海を汚しています。セシウムは30年半減期と言われていますけれども決して短い時間ではありません。安倍首相は全責任を持って対処すると無責任な発言をしていますが、放射能で汚染された大地は今をいきる私たちでは、だれももとに戻すことはできません。国策として進めてきた自民党政権を私たちは決して許してはいけないと思います。

◆4つの裁判

いま私たちは4つの裁判で戦っております。2006年からの運動の延長線で反原発運動を戦っておりますが、2010年8月9日、玄海原発3号機のMOX燃料使用差し止め裁判。そして2011年7月7日、玄海原発2号、3号機はたった2カ月か3カ月しかたたない事故の後だったにもかかわらず、再稼働されました。そして私たちは玄海2、3号機再稼働差し止め仮処分を起こしております。今も係争中です。2011年12月27日、原発すべてが停まってほしいということで、全機運転差し止め裁判。この3つは九電相手です。2013年11月13日に、国に対して運転停止命令義務を果たしなさいという行政訴訟を起こしております。私たちが裁判に至った理由はプルサーマルも原発も止めたい、その一心です。命の問題だからです。核のツケを未来に押し付けると知ったからです。

当たり前と思っている水や空気や、生きるための第一次産業が放射能で汚染されると知ってしまったからです。もし原発事故で病気が増えたり、ガンが増えたりしても、国は『因果関係はありません』と言うような無責任な政治だと私は思っております。本当に大変な時代になったと思っております。

2006年2月、佐賀新聞で『プルサーマル安全宣言』という大きな文字を見たとき、佐賀のおばさんたちが立ち会がった。私はそれに参加した一人です。世間知らずの私は、反原発運動をそれまで何十年も戦ってこられた人たちがたくさんおられたことを、そのときやっと知ったようなものでした。そのころ『六ケ所村ラプソディー』という映画を見ました。その中である農家の方が言っておられました。「私は、原発は反対でも賛成でもないといってきたけれども、どちらでもないということは賛成していることにかわりない。だから反対運動に参加したんだ」という運動の経緯を聞きました。今まで何も知らずにいた私も同じだと思いました。被ばく労働者の問題についても、「知らない」ということは「知らないうちに多くの被ばく労働者たちに対して加害者となっている」ということを知りました。

◆2006年3月──プルサーマルの事前了解を強行した古川前佐賀県知事

2006年3月26日、古川前佐賀県知事は住民の声を聞かずに玄海3号機、プルサーマルの事前了解を強行しました。このことを受けてたった5日後の2006年3月31日、六ケ所再処理工場が動き出しました。日本原燃は2005年度分として、年度内ギリギリのたったわずか、31日の数時間の作業で1年分の約2800億を受け取るという事実がありました。

その2006年、大事なことは住民投票で決めようとプルサーマル県民投票条例制定の署名活動をやりました。有効数(4万9,609筆)をはるかに上回る5万3,191筆の署名を集めましたけれども、あっけなく自民党、公明党で否決されました。理由は間接民主主義の逸脱だそうです。住民はこんな難しい問題は判断できないというものでした。「署名の法定数をクリアしても、をやるかどうかは県議会で決められるんだ」と聞かされました。わたしは何も知らなかったので、そのときはじめて知りました。こういう住民投票は「事前の議会対策、議員対策がいかに大事か」ということを学習しました。その後も「原発はいらない。細々としたロウソクの灯を消さない」原発反対運動をし続けてきました。

◆2009年5月──フランスから玄海原発にMOX燃料到着

2009年5月23日、そのMOX燃料はフランスから玄海原発に到着し、その年2009年12月2日、佐賀県民のみならず全国の反対を無視し玄海3号機で、日本初のプルサーマルが始まってしまいました。私たちはこの商業運転を受けて、反対運動の延長線上にプルサーマル裁判を決意し、翌2010年8月9日、原告130人で提訴にこぎつけました。

みなさんもご存じのように、プルサーマルの再稼働は、石油ストーブにガソリンを使うような危険なものです。使用済みMOXは処理方法も、いまだに世界中で決まっておりません。多くの世界中の科学者が反対しているプルサーマルです。猛毒、プルトニウム。これは毒性が半分になるまで2万4000年、その半分になるのにまた2万4000年と、無毒化するのに気が遠くなるような歳月がかかります。軽々しくも責任を取るなどと言わせません。またプルサーマルの使用済みMOXは、動かせるようになるまで、ウランと同じように100度くらいになるまで100年とも500年とも、やってみなければわからんというような状況です。フランスはこの使用済みMOXの扱い方は「100年先に考える」といっています。後のことは知らんと、傲慢極まりないのが原発です。

◆佐賀県民はプルサーマル実験のモルモット

2006年、佐賀の私たちのところにアメリカからエドウィンライマンさんがやってきて言いました。「プルサーマルは佐賀県民をモルモットにするものですよ。原発は運転しながら実験している機械ですよ」と言われて身の震えるような思いがしたのを今も覚えております。今もその玄海3号機は4号機とともに今、再稼働の準備対象となっております。

プルサーマル裁判で九電の証人尋問のときの話です。私たちの弁護士さんが「使用済みMOXの話について、100年先の使用済みMOXについて誰がどのように責任を取りますか」という質問に九電は「今は九電です」という答えでした。弁護士は「それではそのときに九電は存在しないということですか?」と尋ねたところ、「そのようなことを言っているのではないのですが」ということで、それ以上の答弁はできませんでした。

2009年12月2日、私たちは「プルサーマル運転は理解も納得も佐賀県民はしていません」という主張を掲げ、反プルサーマルの日として毎年12・2行動を、翌年からやり続けてます。今年も第6回目になります。例年同様、玄海町で戸別訪問し、自分たちのわかったことそして地元の人の声を聞いて歩いていこうと思います。(つづく)

★玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会HP http://saga-genkai.jimdo.com/

(小林俊之)

『NO NUKES voice』第7号!総力特集3.11福島原発事故から5年─その現実と社会運動の行方

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