新聞報道によると、長崎県西海市でストーカー被害を訴えていた女性の母と祖母を殺害したとして、殺人罪などに問われた男性被告が14日から長崎地裁で始まった裁判員裁判で無罪を主張しているという。率直な感想を言えば、報道されているような証拠が本当に存在するなら、無罪判決が出る可能性は低そうに思う。しかし一方で、このニュースに触れ、個人的に反省させられたところもある。

警察に捕まっただけに過ぎない人が世間の人々から「犯人」と思い込まれてしまうのは今も昔も変わらない。中でも「ストーカー殺人」と形容されるタイプの殺人事件は、その傾向がとくに強い。被疑者が「ストーカー」だったという情報がマスコミに報じられただけで、被疑者が白か黒かは議論にすらならず、「犯人の暴走」を防げなかった警察に批判が集まるのが常だからだ。かくいう筆者もこの長崎の事件の男性被告については、初期報道に触れた時に「犯人」だと思い込んだし、裁判で無罪を主張するなどとは夢にも思っていなかった。個人的に反省させられたというのは、自分のそういう見通しの甘さである。

ところで、「ストーカー殺人」といえば、この手の事件が起きるたび、マスコミが必ず引き合いに出す事件がある。1999年に埼玉県で女子大生が刺殺された、いわゆる「桶川ストーカー殺人事件」である。警察の怠慢捜査が批判され、ストーカー規制法ができるきっかけにもなった事件として有名だが、この事件の「首謀者」とされた男性が「冤罪」を訴えていることを読者諸氏はご存知だろうか?

その男性の名は小松武史氏(46)。この事件は発生当初、小松氏ではなく、被害者の元交際相手である「小松氏の弟」が被害者にストーカー行為をはたらいていたとされ、マスコミに被害者殺害の「首謀者」であるように書き立てられていた。ところが、捜査の結果、「首謀者」とされたのはなぜか弟ではなく小松氏で、その唐突な展開に疑問を投げかける声は当時から存在した。しかし、小松氏は一貫して被害者殺害の容疑を否認したものの、裁判では2006年に無期懲役判決が確定。そしてこの裁判の結果に疑問を投げかける声はほとんど聞こえてこなかった。

しかし、知っている人は少ないだろうが、実は小松氏の裁判では、被害者を刺した「実行犯」の男性が「小松氏に殺害を依頼された」という捜査段階の供述が虚偽であることを「告白」し、被害者の殺害に小松氏が関与したことを否定しているのである。この男性の証言内容や小松氏が再審請求をした顛末などは今月末に発売される「冤罪File」という雑誌(第19号 http://enzaifile.com/)で記事にしているので、もし興味があれば読んで頂きたい。

長崎の事件の公判では、どんな事実が示されるかわからないが、この桶川ストーカー殺人事件は警察捜査に批判が集まったこともあり、小松氏らの裁判で明らかになった数々の重大事実がことごとく見過ごされてきた感がある。この事件については目下、こつこつ取材検証中なので、今後新たな報告をさせてもらうこともあるだろう。

(片岡健)

★桶川ストーカー殺人事件の被害者が刺殺された桶川駅前の現場。