母、民江さんの異変が気になり始めたのは、まだ2年ほど前、民江さんが87歳の時でした。二人の娘を嫁に出した後に夫が亡くなり、ひとり暮らしが17年。「私は今が一番幸せ」が口癖になっていた頃の事です。

いつからか自分で作る食事といったら、トーストと温泉卵と牛乳という簡単な朝食のみ。昼食は、近所のサンドイッチ屋さんやカニクリームコロッケが自慢の洋食屋さん、わざわざ電車に乗ってデパートの地下にあるステーキ屋さんへ行くこともしばしば。日替わりで美味しいランチを食べ、サトウのごはんとスーパーで買った好みのお総菜を夕食にしていました。量だって普通の一人前をペロリと平らげます。食事のついでに立ち寄ったデパートで買った高価でそっくりなデザインのブラウスは、いったい何枚あるのでしょう。日々の暮らしがこうなのですから「幸せ」に間違いないと私は思っていました。

二年前のある日、「あら、なっちゃん。もう退院してきたの?あのね、隣の○○さんがね……」と。毎朝欠かさず電話していた私が、忙しくて三日間も電話をしそびれてしまった後の民江さんの言葉です。えっ?!ピンピンしている私を勝手に病人にしたの?!と、まず思いましたが、そんなことは仕方ありません。私が電話をしなかったのですから。

それより問題は「娘の私が入院しても、全く心配をしていないこと」です。驚いたと言うか、がっかりしたと言うか、悲しかったと言うか……。このとき私が初めて意識した民江さんの異変でした。もちろんそれまでも民江さんの老いを感じることは度々ありました。何度も何度も同じことを聞かされると私は、「もうそれ百回聞いたよ」と返事していました。けれども、同じ話をまるで初めてのように喋る民江さんを見て「ああ、昨日や一昨日どころじゃなくて、いま話したこと自体を忘れるからこうなるのね」と思ってあげられるようになりました。この一件がきっかけです。

あれからたった二年です。たった二年で変わってしまいました。どんなふうに変わったかと言うと、まず、歩き方が大変遅くなりました。若い頃から民江さんは運動が得意で、80歳を過ぎても一日に二、三回は散歩に出かけていましたし、スクワットを披露してくれていました。ところが明らかに歩みが超スローになったのです。足腰に全く問題がないのに、「転ぶといけないから」と本人は言います。もっともな理由ですが、どうにも遅すぎます。

第二に、顔つきが変わりました。会話中に目が合うことはほとんどありません。視点が定まらず空を見ているようですし、たまに娘の私が見たことのないほど目を細くして微笑みます。別人のような表情になりました。怒っているのではなくて笑っているのですからまだマシですが、娘としては不自然で受け入れがたいものです。

第三に、言葉数がすっかり減ってしまいました。PTAの役員をやっていた全盛期は、それはそれは恥ずかしいくらいのお喋りでした。それが普通になったというレベルではありません。元が100だとしたら、今は0.2ぐらいかと思います。認知症初期の頃、何度か「80歳になったなっちゃんを見てみたいわ」と言いました。その都度私は「見れるものなら見てよ」と言い返しながら、心の中で反省していました。私の口調が厳しいことを、民江さんは遠回しに訴えていたのでしょう。現在はそれすらありません。

そして最も深刻な変化は、清潔に対して無頓着になったことです。きれい好きだったはずなのに、いつの間にか全く気にしていないのです。これは大変衝撃的でした。洗濯をしていなかったのです。掃除をしていなかったのです。食器を洗っていなかったのです。これらに関して気が付いてあげられなかった私達の責任は重大です。「洗濯は洗濯機がしてくれる」と言いながら、まさか着替えをしていないとは思わなかったし、白髪が茶色っぽいと思ってもまさか髪を洗っていないとは思わなかったのです。それが何か月に渡っていたのか、知ることはできません。相談に行った福祉の窓口の方はおっしゃいました。「大丈夫ですよ。お食事さえ忘れずに食べることができていれば、まだお一人で暮らせますよ」と。でも娘としては、とても頷くことはできません。安全で清潔に生活できる方法をせめて本人に代わって考えてあげなければなりません。

最近の電話口での民江さんの第一声は「ハアハア(荒い呼吸)、なっちゃん、もう寝るね」です。(何時でもです!)けれども二年以前の第一声は、いつも「だいじょぶよー」でした。あの声を思い出しては後悔しています。その頃から大丈夫ではない状況が始まっていたのでしょう。「大丈夫かどうかなんて聞いてないのに」と思っていてごめんなさい。

最近私と同様に50歳を過ぎた者が数人集まると、認知症の家族の話題になります。ですから65歳以上の7人に1人は認知症という統計には納得です。こんなどこにでもいるような民江さんですが、日々いろいろな事が巻き起こっています。

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く

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