当時、世間から忌み嫌われていたものが、1に三島由紀夫、2に『平凡パンチ』、3に全共闘だった。それが、『平凡パンチ』が三島由紀夫に書かせていた理由だという。
三島由紀夫の自決に衝撃を受け、「一水会」を創設した鈴木邦男も、「そうですか、へえ!?」と感嘆する。
その内幕を明かしたのは当時の『平凡パンチ』の編集者で、『完全版 平凡パンチの三島由紀夫』の著書もある、椎根和である。
3つが嫌われていた理由は、「三島が言うことは、そろそろ信用できないよな」という世間的風潮、『平凡パンチ』はスケベな記事ばかり載せている、全共闘は共産党から外れた未婚の母から生まれた子供みたいな見られかた、と語られている。

全共闘の行った、10.21新宿騒乱の現場取材に、三島を連れて行ったのも椎根氏である。
新宿騒乱の現場に三島が来ていたという話は、今渦中にある猪瀬直樹都知事が副知事だった時に聞いたことがある。新宿騒乱の40周年で記事にするためで、2008年のことだった。猪瀬直樹は信州大学全共闘議長として新宿騒乱に参加しているので、そのことを聞いたのだが、三島の話を持ち出してきた。それによると、当時自衛隊の調査学校の情報教育課長だった山本舜勝と、自衛隊の治安出動の可能性を探りに行ったのだという。

それが椎根氏の話ではまるで違う。「デモは好きですか」と聞くと、「おお、あんな面白いものないよ」と即答して、三島は現場に来たのだという。
板坂剛・編著『三島由紀夫と全共闘の時代』(鹿砦社)では、板坂剛と鈴木邦男、椎根和が語り合っている。
板坂氏は、学生時代は日大芸術学部闘争委員会の一員として日大闘争を闘い、現在はフラメンコダンサー・演出家。三島由紀夫研究家で、『三島由紀夫と1970年』『憂国か革命か テロリズムの季節の始まり』(ともに鹿砦社)などの書籍に関わっている。

三島を語らせたら日本で5本の指に入る、3人である。
格式張って語られがちな三島由紀夫の、生身の姿が鼎談によって浮き彫りにされていく。
知られざる三島を知ることのできる、一冊である。

前半では、板坂剛が日大闘争の現場を綴っている。
学生運動に関する著述は世に溢れているが、日大全共闘を襲った側の体育会学生の視点を交えていて、これは新鮮だ。「いいアルバイトがあるぞ」と誘われて、大学をバリケード封鎖した全共闘と対決しにやってきて、逆に捕虜になってしまったこともある彼らの心情は、今まで語られていない。

三島も平凡パンチも全共闘も知らない、という若者にも読んでもらいたい。

(深笛義也)