孫崎享(紙の爆弾2026年7月号掲載)

「高市早苗首相は嘘つきである」ということが、にわかに大きな話題となっています。筆頭は、本人が語ってきた「米国連邦議会立法調査官」という経歴が事実ではなく、コングレッショナル・フェロー(研修生)どころかインターンにすぎなかったことでしょう。過去の雑誌のインタビューで、アメリカの下院議員の事務所に入る時に、「自分は軍事問題の権威だって嘘を書いたの」と自慢げに告白したことも明らかになっています。
政治家としても、総務相時代の放送法解釈変更問題をめぐる行政文書について「もし捏造でなければ大臣も議員も辞職する」と国会で発言しながら辞めなかったことや、旧統一教会との関係についても論理矛盾が指摘されています。
そのような中で、国民に対する「最大の嘘」といえるのが、「安倍晋三元首相の継承者である」という、彼女が掲げる根本的な政治理念です。
◆安倍外交と高市外交
高市首相は常々、安倍首相を「政治の師」と語り、仕事始めの1月5日に伊勢神宮を参拝した時には、遺影を胸に抱えた姿も話題になりました。ただ、その遺影が安っぽいクリアファイルに入れられていたことが物議をかもしています。
それでも、彼女は〝安倍後継〞を自身の軸としたことによって非常に明確な政治的立場を示し、自民党内で信頼を得て、国民からも支持を得る基盤となりました。
しかし、実際に高市首相が行なってきた政治を見ると、疑問に思わざるをえません。
安倍元首相が2020年8月に辞任するまで、もっとも重視していた政治テーマの一つが外交です。中でも対ロシアに力を入れていたことは、首相として27回もプーチン大統領と直接会談を行なったことから明らかです。
辞任後の2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻して戦争が始まりました。その時にまず安倍氏が何を言ったかということから、分析を始めてみたいと思います。
日本では、このウクライナ戦争は「ロシアが悪い」の一辺倒であるためにあまり注目されなかったのですが、開戦3日後の2月27日、フジテレビ系「日曜報道 THE PRIME」に出演した安倍氏は、次のように述べています。
「プーチンの意図はNATO(北大西洋条約機構)の拡大、それがウクライナに拡大するということは絶対に許さない、東部2州の論理でいえば、かつてボスニア・ヘルツェゴビナやコソボが分離・独立した際には西側が擁護したではないか。その西側の論理をプーチンが使おうとしているではないか」
「米ロ関係を語る時に(プーチン大統領は)基本的に米国に不信感を持っている。NATOを拡大しないことになっているのにどんどん拡大している。ポーランドにTHAADミサイルまで配備した。プーチンとしては領土的野心ということではなくて、ロシアの防衛、安全の確保という観点から行動を起こしていることと思います」
もちろん、安倍元首相を再評価しようというのではありません。しかし、彼がどう思っていたかを正確に把握する必要があると思います。
さらに興味深いことに、英「エコノミスト」が同年5月に安倍氏のインタビュー記事を掲載し、7月8日の安倍氏暗殺直後にも再掲しました。その中で安倍氏はこう述べました。
「侵略前、彼ら(ロシア)がウクライナを包囲していたとき、戦争を回避することは可能だったかもしれません。ゼレンスキー(ウクライナ大統領)が、彼の国がNATOに加盟しないことを約束し、東部の2州に高度な自治権を与えることは可能でした」
つまり、安倍氏は一方的にロシアを糾弾するのではなく、ロシアの言い分も我々は理解すべきだというポジションをとったわけです。
一方、高市首相はどうだったか。当時、自民党の政調会長だった彼女は、安倍氏が2月27日にフジテレビで発言した翌日の自民党役員会で、次のように発言しています。
「ロシアによるウクライナ侵攻に関し、今回の暴挙が高い代償を伴うことを国際社会と結束して示すことが必要です。昨日、(岸田文雄)総理が発表した制裁措置は大きな一歩です。あわせて、ウクライナに対する支援も表明していただき感謝申し上げます」
さらに、関連会合でも「国際社会と連携して対露制裁をとことん強めるべき」と強調しました。
したがって、「私は安倍元首相の一番の継承者」と自称する高市首相が、安倍氏の主張を完全否定するような、真逆の立場をとったのです。
いったいなぜなのか。ことは安倍氏の存命中です。高市氏に対し、安倍氏以上に影響を与える者がいたのかという疑問がわきます。ところが当時を見渡すと、安倍氏以上に力を持っている政治家は日本にいません。では、安倍氏が言ったことを覆せる政治家が、どこかにいたのか。
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