足立昌勝(紙の爆弾2026年8月号掲載)

2026年は、袴田巖さんが犯人とされた静岡県旧清水市こがね味噌一家殺人放火事件の発生(1966年6月30日)から60年、前川彰司さんが犯人とされた福井市女子中学生殺人事件の発生(1986年3月29日)から40年の節目の年である。
そのような年にあって法務省は、冤罪被害者の立場を考慮せず、新たな再審法制の原案を自民党の部会に提示したが、一部議員から批判を受け、法務省は数回にわたる原案の修正を余儀なくされた。
これを詳述した『紙の爆弾』6月号の拙稿「『再審制度見直し』に表れた冤罪構造の深層」で筆者は、〈しかし、法務省は、そんなに単純に落ちる組織ではない。最小限の手直しですませようとするだろう〉と述べたが、残念ながら事態はそのとおりに進んでいる。
自民党の一部の反対を「部会長一任」で切り抜けた法務省は、再審開始決定に対する検察官抗告を認める修正案を確定し、国会に提出した。
提出された刑事訴訟法改正法案によれば、裁判所の行なった再審開始決定に対し、検察官による即時抗告を原則として禁止するとしながらも、例外的に許容する規定を残した。すなわち、「当該決定が取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合」には、検察官は即時抗告ができる(445条の2)。
ここでの「十分な根拠」に該当するか否かは裁判所の判断に任されている。すなわち、形式上「十分な根拠」があるとみなされれば、再審開始決定が覆される可能性が強くなったとみることもできる。
◆法務省に対する冤罪被害者の思い
6月9日、衆議院法務委員会で審議されている再審法制に関する参考人の意見陳述が行なわれた。
再審で無罪が確定した袴田巖さんの姉・ひで子さんは、被疑者とされ、被告人とされ、死刑囚とされた巖さんを見守ってきた立場から、心からの叫びを委員らに伝えた。その中で、検察官の抗告と証拠開示について、彼女は次のように訴えた。
「それから検察の抗告についてね。そういうものがあるから、再審開始という、一審で再審開始になっても、それからあと10年経って再審開始になったんですが、そういうものがあるから長引いて58年もかかったんです。私は闘っているうちは、日数なんて考えなかった。それこそ、今日が何日で、何年で、何年かかっているということも、全然考えておりませんでした。おかげさまで、皆様の応援のおかげで、巖は無罪になりました。私と、今は暮らしております」
続けて、証拠開示について、このように述べている。
「証拠開示につきましては、弁護士さんは証拠開示があったおかげで、それまでは再審開始も戸惑っていたんですが、あの証拠開示があって、600点ぐらいのものが出てきました。そしたら弁護士さんがおっしゃるには、巖が無罪になる証拠ばっかりだということでした。それで勢いづきまして、今の結果になっております。(中略)警察は証拠を隠していた。いたというとおかしいけど、隠していたんじゃないかと思います。ですから、いい証拠も悪い証拠も、全部出して裁判をやっていただきたいと思っております」
再審は、裁判所の決定が出てすぐに始まるわけではない。それに対する検察官の不服申立て=抗告により、再審を開始するか否かの裁判が高等裁判所、さらには最高裁へと続けられ、最終判断が出されるまでに数十年かかることもまれではなかった。
また、検察官の証拠隠しにより、多くの事件で真相がわからず、泣き寝入りをしてきた被告人も数知れずいるだろう。
このようなひで子さんの切実な思いが、なぜ実現できないのであろうか。この声を聴いた法務委員会委員は、この思いに応える自覚を持ったのか。
刑事再審法制は、戦後改正されたことはない。不十分ながらも、その改正案が国会に提出され、議論されることになったのを好機ととらえ、冤罪被害者を救済し、二度と発生させないための努力を重ね、法改正の実現に努力すべきである。
このような思いは、冤罪被害者はもちろん、一定の問題意識があれば、誰もが共通して持っているものだろう。
法務省にとっても、自らの立場において、冤罪の元凶である検察官抗告を認める規定を削除することが、今まで被害者に与えてきた苦しみを反省する一助となるのではないのか。
◆自民党内での議論と政府案の決定
5月13日、再審制度の見直しについて、自民党は、法務部会と司法制度調査会の合同会議を開き、法務省が示した検察官による不服申立ての原則禁止を刑事訴訟法の本則に位置づける改正案を了承した。
改正案では、前述のとおり、刑事訴訟法の本則にある再審開始の決定に検察官が不服申立てできるとする部分を削除したうえで、十分な根拠がある場合に限って可能とする条文を新たに設けるとした。
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