
(『紙の爆弾』2026年7月号掲載記事を再編集しました)

5月11日の文化放送「大竹まことゴールデンラジオ」でゲストのジャーナリスト・適菜収(てきな・おさむ)氏が、高市早苗が政治家としての最初の一歩からウソと駄ボラを重ねてきた過去を暴露した。たとえば彼女は「元アメリカ連邦議会立法調査官」という肩書きでマスコミデビューを果たし、世間に大いに名を売ったわけだが――自著にも(図2)、テレビ出演時にも(図3)そういう肩書きを堂々と掲げてきた――実際にはこの肩書きは虚偽であり、単に米国民主党のパトリシア・シュローダー下院議員の事務所でほんの一年ばかり“研修生(インターン)”をしていたに過ぎなかった。
(この「インターン疑惑」については、その後2か月もたってから、7月6日の国会参議院決算委員会での立憲民主党・羽田次郎議員の追及に対して、高市首相は自分の公式ホームページ等で紹介している米連邦議会の「コングレッショナル・フェロー(CF)」という経歴に「間違いはない。インターンとは全く異なる」と反論した。彼女は、たしかに渡米後の最初の2カ月間は受入先の下院議員事務所で「インターン」の立場であったと認めたが、3カ月目から正式にフェローとしての要件を満たし名刺やデスクが与えられたと釈明したのである。……しかしシュローダー議員はすでに〔米国を生涯をすごし、今はすでに亡きアメリカ人に、こういう古代中国由来で日本に定着している民間信仰用語を使ってよいのかどうかは微妙だけれども……〕「鬼籍」に入って久しい。
「死人に口なし」なのである。伊東市の前市長や、小池百合子東京都知事などの学歴詐称疑惑と同様、疑惑の主のご本人が言いたい放題放言にしている言動を、外野がひたすら信じているかぎり、真相はわからない。
容疑者本人の発言を信じるだけで容疑の有無が決まるなら、警察や検察の「捜査」なんてまったく不要なのだから、そんな組織はさっさと解体するしかない……という理屈になる。あるいはまた、容疑者本人の発言だけしか“頼るべき根拠”がないとするなら、「容疑者の口を割らせる」ために拷問も許される、という理屈も成り立つであろう。……とにかく高市首相の米国議会関係の職歴詐称疑惑については、雇い主のシュローダー議員はすでに死去してこの世にいないわけだし、高市本人が巧言令色・美辞麗句でいくら調子のいい釈明をしようとも、明白で客観的な証拠〔エヴィデンス〕が示されぬかぎりは、信用できないのである。……なにしろ自分の嘘つきぶりを、かつては自慢していた政治家なのであるから。)
この日の放送で、適菜氏は、高市早苗ご本人が公言した(それゆえ大宅文庫に“記録”として残されている)資料を、大竹氏に朗読させた――「シュローダー議員へのアプローチは?って聞かれて高市さんは、私を雇ってくれって履歴書とか色々書いたんだけど、私の英語力って大したことなかったから、その頃付き合ってた男がすっごく英語ができる男だったんで、ずいぶん添削してもらった。だいたい私、自分は日本の軍事問題の権威だってウソかいたの」。……まさにウソにウソを重ねてのし上がってきたのが高市早苗のいう政治家なのである。
高市早苗は「元アメリカ連邦議会立法調査官」だと詐称して世間に名を広めた。


パット・シュローダー(生1940~没2023年)は日本で言えば福島瑞穂みたいな立ち位置で「保守」とはほど遠く、「リベラル・フェミニスト」とか「過激なリベラリスト」などと呼ばれてきた政治家だった。だから高市早苗が松下整形塾、もとい、政経塾で学んで「保守政治家」をめざしていたならば、民主党の「(当時としては)極左」議員のもとでの“修業”なんぞあり得ぬ話であって、共和党政権時代だったから当然“研修”先は共和党議員の事務所を選んだはずであるが、共和党は当時は政権党だから(小泉進次郎みたいな“親の七光り”が使えれば別だけど)生半可な知識では採用されまい。だから政治的なド素人が「軍事問題の権威」などと詐称してもそれを見抜けぬほどズサンな、これまたシロウト議員(?)をカモにしたのだとも推測できる。
(この推測に無理があるなら、やはり高市早苗は当時の日本において“リベラル・フェミニストの女性代議士”の立ち位置を狙っていたのであろう。)
高市早苗が「平気でウソをつく」政治家だということは、アベ政権の総務大臣時代にやらかした“放送免許恫喝(どうかつ)”騒動の時からさんざん見せつけられてきたから、そのこと自体はもはや(我ながら情けないけど)慣れっこになっていた。……が、米国の議員事務所での研修採用のときからウソをついて相手を騙(だま)してきたことを知って、さすがに私は驚愕した。(ハッキリいってゾッとした。)
今回の記事のタイトルを「嘘つきサーニャ」としたのは、すぐれた作家・ロシア語通訳者だったがこの5月末に没後20年を迎えた米原万里さんの、代表作『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(2001年)に肖(あやか)ったわけである。本稿の「サーニャ」が誰を指すかは説明不要であろう。
さらに記事タイトルに用いた「パンパカパ~ン!今週のハイライト!」というのは、1960年安保闘争「敗退」直後(同年11月)にデビューした漫才コンビ《漫画トリオ》の“決めネタ”であった。前髪を「J」の字にまとめて広い額にたらしてタコ踊りで笑いを取る横山ノック(のちに国会議員や大阪府知事を歴任した山田勇)がボケて、両端の横山パンチ(上岡隆太郎)と横山フック(轟〔とどろき〕盛次)がツッコミをいれる「ニュース漫才(コント)」で、「今週のハイライト」を話題にしながら時事風刺を行なったのである。《漫画トリオ》はこのネタを演(や)るときには、図1のような(“3人そろって日章旗”のような)ポーズを決めた。

「パンパン」を差別してきたのは誰か?
大竹まこと氏のラジオ番組のなかで、適菜氏が高市早苗をことを「令和のパンパン」と表現したことから、女性差別であるとか職業蔑視であるとかいう“クレームの嵐”がSNS界隈の“名無しの権兵衛(ケンペー)”たちのあいだで俄(にわ)かに沸(わ)きだして、文化放送の社長が謝罪するなど事態は例によって「言葉狩り」「言論封殺」の方向に動いているが、終戦直後に占領軍のヤンキー将兵にぶらさがらざるを得ず、それをやっかむ敗戦国民の“名無しの権兵衛”たちから「パンパン」と呼ばれて社会的に疎外された女性たちの人生をの悲惨を思えば、安直に「差別語」扱いして封殺するのはセカンドレイプのような虐待であることが容易にわかるはずだ。
当時の「パンパン」女性たちの心情を嘆いた「星の流れに」という歌がある。こんな歌詞だ――
星の流れに身を占って、何処(どこ)をねぐらの今日の宿。
荒(すさ)む心でいるのじゃないが、泣けて涙も涸(か)れ果てた。
こんな女に誰がした?
煙草ふかして口笛ふいて、あてもない夜のさすらいに、
人は見返る、我が身は細る。
町の灯影の侘(わ)びしさよ。こんな女に誰がした?
飢えて今頃、妹はどこに。一目逢いたい、お母さん。
唇紅(ルージュ)哀(かな)しや、唇かめば、
闇の夜風も泣いて吹く。こんな女に誰がした?
(作詞・清水みのる、作曲・利根一郎、歌・菊池章子)
従軍看護婦として満洲(奉天)に赴任していた女性が、戦争が終わって東京に帰ってみると、あたり一面焼け野原で、家族もすべて失われ、まったく寄辺(よるべ)がないので「娼婦」として生きるしかなくなり、その悲しみを手記にまとめた。これを新聞で読んだ清水みのるが“戦争への呪詛(じゅそ)”の歌として徹夜で詞を書き上げ、利根一郎も戦災孤児や「パンパン」が屯(たむろ)する上野駅の地下道や公園などで悲惨な現実を見ながら曲を作ったという。(ちなみにこの歌の原題は「こんな女に誰がした」であったが、GHQから「反米感情を煽(あお)る」とクレームがついて無難(ぶなん)な「星の流れに」に変更したという。占領米軍当局は天皇や帝国陸海軍のボスたちは容易に飼い慣らしたが、容易に懐柔できぬ日本国民には恐怖を抱いていたようだ。)
80年前、終戦直後の国民は、それこそ「パンパン」に“身を落とし”たり、「闇市」で政府いうところの「経済犯罪」となる「ヤミ売買」に頼らなければ生命維持すら困難だったのだ。つまり「パンパン」は大日本帝国の失政の悲惨な「産物」である。しかも8月15日の「玉音放送」の直後に、日本政府は早くも「上陸してくる占領軍から帝国婦女子の貞操を守るため」と称して、国立の性的慰安体制(「特殊慰安施設教会」のちに「RAA(Recreationand Amusaement Association)」と改称)を設置し、若い女性たちを大量に雇い入れて(占領軍の)性的従軍慰安婦として働かせ、ヤンキー将兵の大群に“人身御供”として提供した。それこそ「国定パンパン」「国立パンパン」を、日本政府が率先して“生産”して国家規模の管理売春をしていたのだ(詳しくはドウス昌代著『マッカーサーの二つの帽子(特殊慰安施設RAAをめぐる占領史の側面)』を参照)。
「パンパン」女性たちは身を売った。そして日本を「敗戦」に追い込んだ国陸海軍の高級司令官(天皇を含む)や参謀格は、GHQに媚(こ)びを売って(まさに「國家(くに)」を売って)命乞(いのちご)いを行なった。
731細菌戦部隊の総元締めだった石井四郎軍医中将はアメリカ占領軍の幹部と“ボス交渉”して、アジア地域の各地で展開した生物戦争のノウハウを米軍に提供することで「戦犯」訴追を免(まぬが)れた。参謀たちはGHQに媚びを売り、ネンゴロな説得を続けることで「日本再軍備」を追求しつづけ、朝鮮戦争をきっかけにこの“願望”が果たされて、それでいまの「自衛隊」がある。ついでにいえば昨今の世界をにわかに騒がせているハンタウイルス感染症だって、そもそもは石井731部隊が「朝鮮出血熱」として着目し、兵器化の研究を進めた病原体である。このウイルスの研究データが米軍に渡って以後の詳細な展開は不明だが、近年になってハンタウイルスに(新型コロナウイルスと同様に)遺伝子操作による「機能獲得研究」を施し感染力を格段に強めたウイルス株が作出されたことまでは判(わか)っている。米国が中南米を“実験場”として感染実験を企てた可能性は否定できないし、日本でだって石井四郎の母校で731部隊の“人材の草刈り場”であった京都大学に近すぎず遠すぎもしない大阪で、戦後1960年代まで「梅田奇病」などと呼ばれるハンタウイルス感染症がたびたび発生していたのだ。
敗戦によって国家存亡の危機に追い込まれた日本で、米兵相手に「からだ」を売った女たちがいたからこそ、この国は存続できたのだ……とさえ言える。もしも本土決戦になったり、敗戦直後にあまりの苦しさに堪(た)えられず悲観した女たちが次々と自殺していたなら、この国は今頃は、文字どおり亡びていただろう。
その意味で「パンパン」はまさに「畏(おそ)れ多くも賢い」国民の典型なのであった。彼女たちの「生存への執着」がこの国を救ったのだ。……それに比べて、ウソにウソを重ねて政界を渡り歩いてきた高市早苗はどうだろう? よほど下劣な生き方ではないか?戦後の「平和」と「繁栄」を享受(きょうじゅ)してきた我々は、「パンパン」を讃(たた)えて顕彰(けんしょう)すべきである。彼女たちの多くは、結局、病気などで不本意な一生を終えたにちがいないし、なによりも一般国民の蔑視を浴びながら寂しい生涯を送ったであろう。
「パンパン」を差別してきたのは戦後にのうのうと生きてきた我々自身である。
「紫」の意味をしらぬ“蓮っ葉むすめ”が
皇室を汚して「ポルノクラシー」をやらかす
4月10日に英国のハードロックバンド《ディープパープル》が来日し、東京に着くやただちに首相官邸を訪問した。サナエ総理は中学生時代からの「憧(あこが)れのバンド」と面会して大感激し、「夫とケンカした時は『バーン』を(ドラムで)叩いて呪いをかけています」と冗句を言ってサービスしたそうだ。バンドの公式インスタグラム(deeppurple_official)には面会時の記念写真が載っているが、なんと首相官邸内でサナエ総理もいっしょに日本公演をポスターを広げて宣伝している。首相官邸がこういう宣伝に利用され、家主の総理みづから嬉々(きき)としてチンドン屋の役割を演じているのだから、ロックを聴いて“ギャル発作”を起こすような蓮(ハス)っ葉(パ)な奴がこの先も総理大臣になるのであれば、こういう“表敬訪問”は増えるだろうな。

「バーン(BURN)」(邦題「紫の炎」)はディープパープルが“燃え尽きる”直前の、まさに“風前の灯火”のような楽曲だった。サナエ総理が小学生の頃に買ったというLP『マシンヘッド』収録の「ハイウェイスター」はギターの早弾き奏法をいわば“曲芸”に変えた作品であり、その意味ではロックギターの歴史に画期を成した名作だった。ギタリストのリッチー・ブラックモアはそれまでは「一曲ごとに演奏スタイルを変える」と豪語して極めて独創的な演奏スタイルを追求し続けた稀有のアーティストだったのだが、しかし「ハイウェイスター」の成功でその後は“曲芸弾き”を強いられるようになり、このバンドでの活動に飽きが来たのである。「バーン」のレコードジャケットは、メンバー全員の頭が蝋燭(ろうそく)になって、不気味な炎が灯(とも)っている(日本版の「紫の炎」も同じデザイン)。これは皮肉にも当時のバンドの気分を象徴している。この曲を出してまもなくバンドは空中分解したのだ。

自民党は五月二一日に《国力研究会》(英名「Japan is Back」、略称JiB)という、発起人たち自身にとっても予想外に大所帯の“(税金)盗賊団(バンド)”を発足させたが、ディープパープルの「紫の炎」に倣(なら)って「JiB」を“聖像(イコン)”に描くなら、図5のような“風前の灯火”の絵になるであろう。(サナエ総理の前髪は“横山ノック”のタコ頭ではなく、ジャパンのJである。)

ついでにいえば、ディープパープルは『マシンヘッド』を出した後に「ウーマン・フロム・トーキョー(Woman from Tokyo)」という楽曲を出した。このシングルレコードのジャケットは、梶芽衣子(めいこ)の「女囚さそり」を連想させるような(半世紀前の西洋人の、日本女性に対する、オリエンタリズムが混じった尖(とんが)ったイメージの)女性が写っているのだが、この曲はボーカルのイアン・ギランが来日公演で日本を“体験”して日本女性をたいそう気に入ったことで生まれたという。ディープパープルの「女」そのものをメインテーマに歌った数少ない楽曲で、オリエンタリズムへの過剰な憧(あこが)れが歌われている。
「紫の炎」と同様に、これもオリジナルのレコードジャケットはネットなどでご覧頂きたいが、サナエ・タカイチに関していえば、パット・シュローダー事務所に採用された彼女は、(彼女自身の発言がウソでないのなら)「コンウーマン・フロム・トーキョー(ConWoman from Tokyo)」だったということになる。
「コンウーマン」は「女詐欺師」を指すことばで、「コン(confidence)」すなわち「信頼」を裏切って詐偽を働く奴を「コンアーティスト(con-artist)」といい、男の詐欺師は「コンマン(con-man)」、女の詐欺師は「コンウーマン(con-woman)」という。

ハスッパ娘の癖(くせ)が抜けない“ロックおばさん”には想像もできないことなのだろうが、「ディープパープル(濃紫)」は、日本においては古来、皇室のもっとも高貴な格式を示す色彩であった。首相官邸で「濃紫」と称する“毛唐”の男たちの宣伝を、嬉々(きき)としてやらかす総理などというのは、明治維新期の“尊皇攘夷”勢力がもし今も存在していれば(きっともはや絶滅したであろうが)斬り捨てられるべき対象であったに違いない。
「国力研究会」という名のハレンチ
文化放送の「大竹まことゴールデンラジオ」で「サナエ令和パンパン説」が噴出した10日後に、自民党は、麻生太郎の号令で、来年以降も“サナエ総裁体制”を支え続ける拠点づくりとして、《国力研究会》という“派閥もどき”を発足させた。
「国力」とは何だろうか、と先ずもって疑問に思うわけだが、そういうマジメな疑問はどうやら無意味なようだ。なにしろ《国力研究会》の英語名は、主催者によれば「ジャパン・イズ・バック(Japan is Back)」で、略称もそれをそのまま約(つづ)めた「JiB」なのだそうだ。
「ジャパン・イズ・バック」は中学英語のレベルで訳せば「日本は帰ってきた」となるが、ならば一体いつ、日本は姿を消し、どこに帰ってきたのか? かつて安部晋三は「日本を取り戻(モロ)す!」をスローガンに唱えたが、これは米帝(ベ~て~)支配の「日本が米国に従属する“敗戦国”体制(レヂーム)」からの脱出をハッキリと意味していた。
ならばサナエ総理が唱える「帰ってきた」とは何か? 日本は国連体制に「帰って」きて(1956年12月13日)もうすぐ70年になるし、ほかに“失踪(しっそう)”していたこともない。要するに「ジャパン・イズ・バック」を言挙(ことあ)げしている連中は、無用な劣等感で身を焦(こ)がす“中2病”のガキンチョのようなものだ。
一国の与党の政治家たちが「JiB」などという結社に押しかけたわけだが、ならば「JiB」とは何かと英和辞書を引くと、「jib」の第一義は「【名詞】尻込みする動物(馬など)、【動詞】尻込みする、怯(ひる)んで立ち止まる」であるという。これはまさに自民党の議員たちの憶病(おくびょう)ぶりを示す言葉だ。
しかも「jib」の第二義は「CIAの工作員が用いる替え玉人形(Jack In the Box dummy)」の略称なのだという。これもまさに、米国のスパイ組織であり続けた自民党の本質を喝破(かっぱ)する言葉である。
ところで「こくりょく研究会」を英語でいうと、どういう意味になるのか? 日本語の発音にいちばん近い英単語を探すと、「こくりょく」は「Cock-Lick」になるが、これは「陰茎(コック)を舐め回す(リック)」という意味になる。フェラチオである。『紙の爆弾』5月号でアベ政権の(そしてサナエ政権も)悪弊(あくへい)は「悪友内輪(ワルダチ)政治(フェラクラシー)」(fellaは「友だち(fellow)」の口語表現)であると指摘したが、こんなところで自民党の「おフェラ」が復活するとは思っていなかった……。

