如月の乱! ニュージャパンキックボクシング連盟20周年、新たな飛躍へ!

ニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF)が今年で満20周年を迎えました。NJKFは1996年7月、全日本キックボクシング連盟から脱退し、同年10月6日に東京ベイNKホールで初興行を開催。初代代表理事の藤田真氏が高齢により退任した2007年からは斉藤京二氏が第2代代表理事に就任。2009年には当時のMA日本キックボクシング連盟との統一的な王座として「WBCムエタイ日本王座」を創設しました。

2014年には国内初のWBCムエタイ世界戦を開催(梅野源治と大和哲也が奪取)に漕ぎ着け、昨年8月に15歳以下のWBCムエタイ・ジュニアリーグも開催、この団体の本道であるNJKF王座戦も従来のタイトル戦ではない、過去2回NEW JAPAN WARSとして挑戦者決定トーナメント戦として王座とランキングの充実が図られました。

◆やると言ったら諦めない──斉藤京二理事が実現した「WBCムエタイ日本王座」

2010年頃、斉藤京二理事が業界を指し、「過去、どれだけ統一を図りながら崩壊してきたことか、だがこのWBCムエタイは必ず成功させる」と語り、やると言ったら諦めない斉藤氏の姿勢はそのはるか昔の選手現役当時からでした。

WBCムエタイ(タイ・バンコク本部)はプロボクシングのWBC公認の傘下団体で、世界王座、インターナショナル王座の下、日本実行委員会目線で見れば、日本王座の下に2つの団体、NJKFとJKI(MA日本キック連盟から脱退し設立した日本キックボクシングイノベーション)を置き、構築したピラミッド型組織を作り上げてきました。

今後、選手層が充実し、世界王座と各傘下王座が活性化し、各メディアが注目すれば「メジャー化」と言える段階に立ちますが、現実的にはそう簡単なものではありません。この日の試合も観客席は満席には埋まらず、メインイベント(最終試合)に近付くにつれ観客の数が減り、正に身内・仲間内の試合が終われば帰ってしまう現象は毎度のこと。この競技が世間一般に浸透していない現状が伺える光景でした。そんな中でもメインイベントまで、プロボクシングの迫力に負けない高度な技術の展開が続き、元プロボクシング関係者重鎮もキックボクシングの可能性に注目し毎度立ち会う姿が見られます。手段は違えど縦の組織造りは他団体にもあり、乱立が生む悪循環の中でも興行の充実と観客動員を凌ぎあっている現状が続いています。

◆NJKF 2016 1st
2月21日(日)後楽園ホール17:00~20:35 主催:ニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF)

24戦目で初タイ人との対戦となったテヨンは破壊力増すパンチと蹴りで、一瞬即発の打ち合いに2度のダウンで失神状態のセイサックをレフェリーが止めるTKO勝利。セイサックの来日戦績はこれまで日本国内チャンピオンクラスに1勝1敗ながら、健太(ESG)にヒジで敗れるも攻勢の展開も見せた実力者で、テクニックで日本人の前に立ちはだかる壁となる存在。

セイサック・エスジムvsテヨン
破壊の激闘王、テヨン

テヨンは2011年8月デビューし、父親もチャンピオンになった血筋から、似たファイトスタイルで実力の片鱗は見えている中、期待通り2014年2月にNJKFスーパーライト級王座に就き、同年7月にWBCムエタイ日本スーパーライト級王座に就きました。現在は日本からインターナショナル王座へステップアップを図り、今、日本のトップクラスに立っている高度成長の経験値で今年の飛躍が期待されます。

健太は2年前に対戦して判定勝利している笹谷純と再戦。前回は挑戦者決定戦となる5回戦で、今回はノンタイトル3回戦ながらまたも圧倒する内容で判定勝利。2008年から2階級で王座獲得経験を積み、危険を回避せず、他団体チャンピオンとも対戦経験豊富なベテランの域に達している健太は3月21日(月・祝)ウィラサクレック興行で、先月NKBで大和知也(SQUARE-UP)を下したWPMF世界スーパーライト級チャンピオン.ゴンナパー・フェアテックス(タイ/対日本人戦績10戦10勝6KO)との対戦が予定されています。

年間表彰式で最優秀選手賞獲得し、挨拶する悠矢(大和)

NJKF 2015年度 年間表彰式がリング上で行なわれました。

突き上げる右ヒジ打ちで攻める健太

最優秀選手賞:悠矢(大和)
殊勲賞:健太(ESG)
技能賞:MOMOTARO(OGUNI)
努力賞:浅瀬石真司(東京町田金子)
新人賞:大田拓真(新興ムエタイ)
最高試合:健太(ESG)vs大和侑也(大和)

▼64.5kg契約3回戦
WBCムエタイ日本スーパーライト級チャンピオン.テヨン(中川勝志/キング/22歳/64.16kg)
          VS
セイサック・エスジム (タイ/23歳/64.2kg)
勝者:テヨン / TKO 2R 1:26 / 右ストレート、ノーカウントノレフェリーストップ / 主審 多賀谷敏朗

▼67.0kg契約3回戦

健太(前WBC・M日本ウェルター級C/ESG/28歳/66.95kg)
          VS
笹谷淳(TANG TANG FIGHT CLUB/40歳/66.85kg)
勝者:健太 / 3-0 (主審 中山宏美 / 副審 多賀谷 30-28. 小林 30-28. 竹村 30-29)

▼NJKFバンタム級タイトルマッチ 5回戦

後ろ蹴りがボディにヒット、前田浩喜が守屋将をあっさりKO

チャンピオン.前田浩喜(CORE/34歳/53.5kg)
          VS
1位.守屋将(新興ムエタイ/24歳/53.45kg) 
勝者:前田浩喜が初防衛 / KO 1R 2:08 / 後ろ蹴り(バックスピンキック)がボディにヒットしテンカウント / 主審 山根正美

▼NJKFスーパーウェルター級タイトルマッチ 5回戦

チャンピオン.YETI達朗(キング/31歳/69.6kg)
          VS
1位. 白神武央(拳之会/27歳/69.8kg)
勝者:白神武央が第5代チャンピオン / KO 2R 1:29 / ヒジ打ち顔面連打でテンカウント / 主審 小林利典

▼WBCムエタイ ジュニアリーグ東西対抗戦50kg以下3回戦(1分30秒制)
東日本代表.大田一航(神奈川県厚木市立南毛利中学校2年生) 
          VS
西日本代表.林佑哉(広島県福山市立松永中学校3年生) 
勝者:大田一航 / 3-0 (30-29. 30-28. 29-28)

▼NJKFスーパーフェザー級王座決定戦 5回戦

1位.鈴木翔也(OGUNI/28歳/58.9kg)
          VS
2位. 北野克樹(誠至会/19歳/60.8kg)
勝者:鈴木翔也が第5代チャンピオン / 2-1 (主審 多賀谷敏朗 / 副審 小林 49-48. 竹村 49-48. 山根 48-49)
北野克樹1.83kgオーバーで計量失格。

流血を伴なう激闘を制した鈴木翔也(OGUNI)

▼NJKFフェザー級王座決定戦 5回戦  

1位. 阿羅斗(ESG/27歳/57.1kg)
          VS
2位. 半田一覇(誠至会/19歳/56.9kg) 
勝者:半田一覇が第9代チャンピオン / TKO 2R 1:37 / カウント中のレフェリーストップ / 主審 中山宏美

▼NJKFフライ級王座決定戦 5回戦

1位. 大槻直輝(OGUNI/33歳/50.45kg)
          VS
4位.山下Spankey博史(誠至会/30歳/50.7kg)    
引分け三者三様 (主審 山根正美 / 副審 中山 49-49. 竹村 49-48. 多賀谷 48-49 / 延長戦三者とも9-10で山下Spankey博史の勝利、第9代チャンピオン)

NJKF若武者会主催DUEL.4は3月6日(日)海老名市総合体育館にて。
PITジム主催「絆」は4月3日(日)埼玉ふれあいキューブにて。
NJKF 2016.2ndは4月10日(日)後楽園ホールにて開催されます。

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない。」

◎ムエタイ日本人の壁──活躍する在日タイ人選手と来日タイ人選手の裏事情
◎芽が出始めたムエタイ新時代──タイで通用する若手選手が続々出現!
◎強くなるためにタイへ行く!日本キックボクサー「ムエタイ修行」今昔物語
◎ルール変更の紆余曲折から辿る日本キックボクシング界の栄枯盛衰クロニクル

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』7日発売!

プルサーマルの悪夢──玄海原発再稼働に反対する石丸初美さんたちの闘い(後)

昨年10月25日に行われた報告会「玄海原発再稼働をSTOP!させるには」(戦争と原発のない社会をめざす福岡市民の会)では、「玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会」の代表・原告団長である石丸初美さんがはつらつと活動報告した。前回に続いてその内容抜粋の後編を紹介する。なお石丸さんたちの闘いの詳細については2月25日発売の『NO NUKES voice』7号にインタビュー記事が掲載されたので一読していただけると幸いだ。

「玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会」代表・原告団長の石丸初美さん

◆裁判所にさえ「企業秘密」として情報を出さない九電

今日、お配りした真っ黒塗りの資料にありますが、九電は私たちが情報公開を求めても、「企業秘密」として裁判所にさえ情報を出しません。九電は川内原発再稼働に集中させていた社員を玄海シフトという言い方で230人を玄海によこしています。

3・11前から原爆も原発も同じだということを聞いておりましたが、事故が起きればどうなるだろうかという心配しかありませんでした。しかし原発事故は、3・11の被害は想像をはるかに超え、その被害の甚大さを知り、今も信じられないという思いです。二度と地球上に原発事故を繰り返してはならないと思います。

岸本町長は原発を早く動かしてほしい、早く早くと、本当に金の亡者のようにほかの言葉を知らないのかと思うような言葉しか発しません。田中俊一原子力規制委員長も自ら「安全とは言わない。原発事故は起きますよ」と何度も私たちは聞かされていると思います。

◆再稼働の説明会はこれからもするつもりはないと断言した九電瓜生社長

事故が起きる前提の川内原発再稼働は犯罪行為だと思っております。もし玄海原発で事故が起きたらどうするという避難計画こそ、被害を受ける私たち住民に事前に説明があるのが当然で、そのことは重要だと思っております。私たち佐賀県民も、福岡県民の皆さんも地震が起きて原発が暴発すれば、全部被害者になるわけです。
しかし「住民にはなるだけ知らせないでおこう」としているのが今の避難計画です。九電の瓜生道明社長は、住民への説明会について、「大上段に構えて説明するより、顔と顔をつき合わせて、フェイストゥフェイスで住民の方々を解きほぐしながら話すほうが理解が高まる」として玄海原発の再稼働の説明会はこれからもするつもりはないと断言しております。

九州電力の原発事業は国が保証人です。こんな会社はどこにもありません。企業が起こした事故ならその企業が全面的に責任をとるのが当然です。しかし電力会社だけは極めて特別扱いで、法律が守ってくれます。事故の賠償は国民が払ってくれます。マスコミはこのことを伝えません。この理不尽な政治状況を私たちが伝えるしかないと私は思っております。

◆原子力事業者の責任記述は70頁の災害対策指針の中でたった5行

70ページ近くの『原子力災害対策指針』というものがありまして、何度も何度も都合のいいように、私たちにとっては都合の悪いように改定されている原子力災害対策指針の2ページに『原子力災害及び原子力事業者の責任』ということがたった5行あります。5行の最後の2行を読みます。

「原子力事業者が、災害の原因である事故等の収束に一義的な責任を有すること及び原子力災害対策について大きな責務を有していることを認識する必要がある。」
認識するだけでいいと書いてあるのです。私たちは、避難計画は加害者である九電に対して、「あなたたちは加害者であるのにどうされるのですか?」聞きました。そうしたら「支援します」と。「当事者が支援ということじゃ間違っているじゃないですか」とと問いただすと「あっ、それはごめんなさい」と。じゃあほかの言葉で回答してくださいといったところ、回答はまだです。都合のいい言葉が見つからないようで、返ってきておりません。

◆事故時の食べ物の基準は2000ベクレル/Kg

私たちは2014年から、全国の皆さんと連携して原発災害の避難計画などを中心に国、県、市町村を回って「福島の事故を学び国民の生活を守ってほしい」と交渉をやってきました。現在、進められている今の原子力避難計画は、責任を国がとらない。地方自治体や学校や幼稚園、保育園、病院の管理者等々に押し付け、日常生活では考えられないような500マイクロシーベルト毎時いくつという、そういう過酷な環境の中に「屋内退避してください、国が命令するまでそこにおってください」という、国民を被ばくさせる計画となっております。原子力対策指針にはなんと書いてあるか。

「事故時の食べ物の基準は2000ベクレルパーキログラム」となっております。この世の中にないプルトニウムまで記載されております。私はこれをみてとてもひどいと思って、環境省の原子力規制庁に電話をしました。「これは本当ですか」と。そうしたら回答は「その通りです、書いてある通りです」と。

「じゃあ私たちにその2000ベクレルの根拠を教えてください」と言ったら、15分くらい保留されたまま「あと2時間待ってください。即答できませんから」とのことで2時間後に電話しました。そうしたら回答はないですよ。ここに書いてある通りですよ、「みなさんを被ばくさせますが、本当のことですから」ということでしょう。向こうは弁解ばかりです。「1日中食べているわけではないから、そんなに心配する必要はないと思います」という言い方です。「なるだけ外に出さないように頑張って、フィルタベントでしますから」と。

「なんでプルトニウム食わにゃならんのですか」というのにそういう回答にもならないことを繰り返す。国民は不在です。ぜひ皆さんも、そこに規制庁の番号が書いてありますので、電話をしてください。

玄海原発や川内原発が事故を起こしたとき、2000ベクレルを、そういうおにぎりを食べにゃいかんのですか、電気のためになんで私たちが被ばくしなければならないのですか。私は本当に腹立っているのです。マスコミは伝えない、政治も命を守ってくれない市民の私たちが広報するしかありません。

今、ご説明した主張を一人でも伝えられると思って200回くらい原発の悲惨さを伝える市民レベルの座談会をしてきました。非核三原則なんてまったくのウソです。世界一厳しい規制基準なんてとんでもない。議会制民主主義なんてまったく機能していない、三権分立など表向きだけで。私はまだまだ、一部しか、このひどい国のことをわかっていないと思います。自分で知ろうとすること、わからなければ聞く。そしてわかったら一人でも伝える、そういう運動を今からでもやっていこうと思っております。(了)

★玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会HP http://saga-genkai.jimdo.com/

(小林俊之)

『NO NUKES voice』第7号!総力特集3.11福島原発事故から5年─その現実と社会運動の行方

反原連はなぜ原発避難や被曝問題を争点にせずに「再稼働反対」だけ唱えるのか?

「安倍政権NO!0214大行進in渋谷、無事終了しました。約一万人の参加者でした。皆さまお疲れ様でした!安倍政権妥当の為に引き続き、力を合わせて頑張りましょう!」

これは2月14日に反原連Twitterに記されたメッセージだ。誤字脱字が日ごろから多い私は、このメッセージの中の「安倍政権妥当」の揚げ足とりなどするつもりはない。とんでもない変換ミスや打ち間違えを頻繁に繰り返す自分への反省から、「この部分は訂正されてはいかがですか」とご指摘申し上げておくだけだ。

◆原発避難や被曝問題を排除して再稼働反対だけを唱える違和感

しかしながら以下のインタビューで語られた反原連の「女帝」氏のコメントとの整合性はどのように理解すればよいのであろうか。

「参加者のなかには福島からの避難者のこととか、子供たちの被曝のこととか、自分たちのイシューをかぶせようとする人もいます。私も被曝の問題は重大だと思ってますけど、まず大飯の再稼働を止めることで、大きな風穴を開けたい。『野田政権打倒』を掲げる人たちもいるけど、私たちはそれが目的ではない。代替案として誰々を首相にしろと、そこまでいえるのなら具体性が出てくるけど、具体的なイシューがないと焦点がぼやけてきて、運動に酔うだけの人が増える気がする。だって内閣を打倒して運動が収束して、いざ他の内閣になったら、もっと原発が悪いことになる可能性だってあるじゃないですか」

このコメントは週刊ポスト2012年8月31日号に掲載されている上杉隆氏による女帝氏へのインタビューにおける発言である。社会問題を自分なりに考察した経験のある人間ではない、との吐露のようなこのコメントは前述の「安倍政権妥当(正しくは打倒)」とどのように整合性を保つのであろうか。女帝氏はここで「野田政権打倒」を掲げることが「私たちはそれが目的ではない」と断言し、その後は詳述するのも憚られるような理屈にもならない思い込みだけを語っている。「野田政権打倒」は「目的ではなく」、「安倍政権妥当(打倒)」なら整合性があるのか。

ここに私は痛烈な違和感を禁じ得なかった。「シングルイシュー」を看板に活動し始めたこの団体は女帝氏が述べている通り「福島からの避難者のこととか、子供たちの被曝のこととか、自分たちのイシューをかぶせようとする人もいます」と切り捨てていた。

私自身、2007年頃から反原発運動を始めたばかりの新参者だし、いまデモを主催する反原発連合に入っている13のグループのうち、11団体は3・11以降にデモを始めた人たちです。みな一般の感覚に近いので、とにかく普通の人たちが来やすい雰囲気を心がけました」(赤文字は田所)。

この時点で既に私は一見反対運動を纏った、「翼賛運動」あるいは「ガス抜き」が堂々と登場したことに大変不快だった。「一般の感覚」や「普通の人たち」の定義は何だ。自分を「新参者」と認識しておきながら、何十年も脱原発運動をして来た先輩の運動は「一般の感覚」や「普通の人たち」に受け入れられないとでも言わんばかりである。傲慢とはこのような態度を示す言葉だろう。

◆自由な公道で警察と協力して他者を排除する「市民運動」の矛盾

さらに「排除の論理」を確信していることは以下の発言から明らかである。

「(略)3・11以前も反原発の集会などをすると、革マルや中核っていうのが来るわけですよ。私はその頃からとにかくアンチセクトでやっているんですが、(参加しないでくれという)クレームをつけると面倒くさいので、来られても放置みたいな状況でした。
いま、私たちの反原発連合では、組織や反原発以外ののぼり旗を立てない、勧誘のビラを配らないといった(自主的な)ルールを設けています。それは反セクト的な意味だけじゃなくて、一般の人が入りやすいという理由もあるんですけど、それで裾野が広がった。だんだんシングルイシュー的な部分が理解されて、運動が成熟してきたわけですが、やはり最後はこの問題なんですよ。
 結局、デモが巨大化してから、(セクト系が)またドーッと来るようになった。でも、これに始末をつけなければ、本当の意味での市民運動にならないっていう思いが私の中で強い(略)」(赤文字は田所)。

これは完全な勘違いと思い上がりである。女帝氏たちは当初日の丸を掲げて抗議運動を行っていた。私は中継越しにその姿を見て「なんなんだ、こいつら」と強烈に不快感を覚えた。片方で「組織や反原発以外ののぼり旗を立てない」ように要請しておきながら、主催者の横には「日の丸」がある大矛盾。その方が「一般の人」が入りやすいと決めつける傲慢。そして極めつけは「(セクト系が)またドーッと来るようになった。でも、これに始末をつけなければ、本当の意味での市民運動にならないっていう思いが私の中で強い」という公安警察顔負けの弾圧思想である(赤文字は田所)。

誤解なきように付言しておくが、私はどのような政党や政治団体であれ集会に参加するのは自由であると考える。個人的に政党や党派への感度の差はもちろんある。自民党や創価学会の旗を持った参加者が居れば議論をしたいと感じるだろうし、嫌いな党派には近づくこともないだろう。しかし場所は路上集会である。誰が来ようと拒む筋合いはない(公安警察が市民を装い侵入していた場合は別だが)。

そして極めつけは、
「野田首相と面会するときもこの運動を一緒に作ってきた警備の警察官に同行してもらいたいってコアメンバーと話しているほどなんです。彼らが人事異動するのが一番怖いですね(笑い)」

(笑い)じゃないだろう。ここまで警察権力との合作、癒着を誇示している市民運動は世界にも例を見ない恥ずべき現象だ。社会を構成する力学や政治、国家や暴力に対するごく基本的な知識すら欠いていることに唖然としたものだ。

「皇室の存在を日本が世界に誇るものと」語る上杉隆氏を私は信用していない。自由報道協会は一定の成果を収めているが上杉信の「タヌキ」振りには要注意だとまだ気が付かない読者には警告しておく。その上杉氏が女帝氏に問う。

「これまでのデモは、『権力側は敵だ』という前提から入っていたけど、今回は政治とも話し合いの場を持とうとしている」と。女帝氏が答える。

「デモとか抗議って、それ自体は国策を変えるわけではない。やっぱりエネルギー政策の転換は国会で政策を練らないといけないことだと考えています。数で押すことによってようやく議員さんが反応を示すところまで来たな、と」

私の感想はもう述べない。述べる気にもならない。「安倍政権妥当(打倒)」に異議はないが。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

◎『NO NUKES VOICE 』VOL.7本日発売!「反動」と決別し、再決起戦闘宣言!
◎高浜原発4号機一次冷却水漏れ事故から分かる原発再稼働の無理
◎山本太郎が闘った原発推進派、石原伸晃を「護憲派」とつぶやく反原連の女帝
◎菅直人VS安倍晋三裁判──請求棄却判決の不当とねじれ過ぎた真実

『NO NUKES voice』Vol.7!

プルサーマルの悪夢──玄海原発再稼働に反対する石丸初美さんたちの闘い(前)

昨年10月25日に行われた報告会「玄海原発再稼働をSTOP!させるには」(戦争と原発のない社会をめざす福岡市民の会)では、「玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会」の代表・原告団長である石丸初美さんがはつらつと活動報告した。その内容の抜粋を2回に分けて紹介する。なお石丸さんたちの闘いの詳細については2月25日発売の『NO NUKES voice』7号にインタビュー記事が掲載されたので一読していただけると幸いだ。

川内原発建設反対連絡協議会の鳥原良子会長(2015年10月25日)

石丸さんの活動報告

今日は佐賀平野では黄金色に色づいて、収穫時期になっています。私はこの佐賀平野が好きなのですけれども、ここで、玄海原発で事故が起きたらこれが元も子もなくなるとなったらと思うと、いても立っても居られない気持ちでおります。

みなさんもきっと同じ気持ちと思いますが、普通においしいお米、食べ水を飲んで、お魚を、お野菜をと、これからもずっと安心して食べたいという思いでおられると思います。

しかし、たった一度の東電の事故は今も大地を、海を汚しています。セシウムは30年半減期と言われていますけれども決して短い時間ではありません。安倍首相は全責任を持って対処すると無責任な発言をしていますが、放射能で汚染された大地は今をいきる私たちでは、だれももとに戻すことはできません。国策として進めてきた自民党政権を私たちは決して許してはいけないと思います。

◆4つの裁判

いま私たちは4つの裁判で戦っております。2006年からの運動の延長線で反原発運動を戦っておりますが、2010年8月9日、玄海原発3号機のMOX燃料使用差し止め裁判。そして2011年7月7日、玄海原発2号、3号機はたった2カ月か3カ月しかたたない事故の後だったにもかかわらず、再稼働されました。そして私たちは玄海2、3号機再稼働差し止め仮処分を起こしております。今も係争中です。2011年12月27日、原発すべてが停まってほしいということで、全機運転差し止め裁判。この3つは九電相手です。2013年11月13日に、国に対して運転停止命令義務を果たしなさいという行政訴訟を起こしております。私たちが裁判に至った理由はプルサーマルも原発も止めたい、その一心です。命の問題だからです。核のツケを未来に押し付けると知ったからです。

当たり前と思っている水や空気や、生きるための第一次産業が放射能で汚染されると知ってしまったからです。もし原発事故で病気が増えたり、ガンが増えたりしても、国は『因果関係はありません』と言うような無責任な政治だと私は思っております。本当に大変な時代になったと思っております。

2006年2月、佐賀新聞で『プルサーマル安全宣言』という大きな文字を見たとき、佐賀のおばさんたちが立ち会がった。私はそれに参加した一人です。世間知らずの私は、反原発運動をそれまで何十年も戦ってこられた人たちがたくさんおられたことを、そのときやっと知ったようなものでした。そのころ『六ケ所村ラプソディー』という映画を見ました。その中である農家の方が言っておられました。「私は、原発は反対でも賛成でもないといってきたけれども、どちらでもないということは賛成していることにかわりない。だから反対運動に参加したんだ」という運動の経緯を聞きました。今まで何も知らずにいた私も同じだと思いました。被ばく労働者の問題についても、「知らない」ということは「知らないうちに多くの被ばく労働者たちに対して加害者となっている」ということを知りました。

◆2006年3月──プルサーマルの事前了解を強行した古川前佐賀県知事

2006年3月26日、古川前佐賀県知事は住民の声を聞かずに玄海3号機、プルサーマルの事前了解を強行しました。このことを受けてたった5日後の2006年3月31日、六ケ所再処理工場が動き出しました。日本原燃は2005年度分として、年度内ギリギリのたったわずか、31日の数時間の作業で1年分の約2800億を受け取るという事実がありました。

その2006年、大事なことは住民投票で決めようとプルサーマル県民投票条例制定の署名活動をやりました。有効数(4万9,609筆)をはるかに上回る5万3,191筆の署名を集めましたけれども、あっけなく自民党、公明党で否決されました。理由は間接民主主義の逸脱だそうです。住民はこんな難しい問題は判断できないというものでした。「署名の法定数をクリアしても、をやるかどうかは県議会で決められるんだ」と聞かされました。わたしは何も知らなかったので、そのときはじめて知りました。こういう住民投票は「事前の議会対策、議員対策がいかに大事か」ということを学習しました。その後も「原発はいらない。細々としたロウソクの灯を消さない」原発反対運動をし続けてきました。

◆2009年5月──フランスから玄海原発にMOX燃料到着

2009年5月23日、そのMOX燃料はフランスから玄海原発に到着し、その年2009年12月2日、佐賀県民のみならず全国の反対を無視し玄海3号機で、日本初のプルサーマルが始まってしまいました。私たちはこの商業運転を受けて、反対運動の延長線上にプルサーマル裁判を決意し、翌2010年8月9日、原告130人で提訴にこぎつけました。

みなさんもご存じのように、プルサーマルの再稼働は、石油ストーブにガソリンを使うような危険なものです。使用済みMOXは処理方法も、いまだに世界中で決まっておりません。多くの世界中の科学者が反対しているプルサーマルです。猛毒、プルトニウム。これは毒性が半分になるまで2万4000年、その半分になるのにまた2万4000年と、無毒化するのに気が遠くなるような歳月がかかります。軽々しくも責任を取るなどと言わせません。またプルサーマルの使用済みMOXは、動かせるようになるまで、ウランと同じように100度くらいになるまで100年とも500年とも、やってみなければわからんというような状況です。フランスはこの使用済みMOXの扱い方は「100年先に考える」といっています。後のことは知らんと、傲慢極まりないのが原発です。

◆佐賀県民はプルサーマル実験のモルモット

2006年、佐賀の私たちのところにアメリカからエドウィンライマンさんがやってきて言いました。「プルサーマルは佐賀県民をモルモットにするものですよ。原発は運転しながら実験している機械ですよ」と言われて身の震えるような思いがしたのを今も覚えております。今もその玄海3号機は4号機とともに今、再稼働の準備対象となっております。

プルサーマル裁判で九電の証人尋問のときの話です。私たちの弁護士さんが「使用済みMOXの話について、100年先の使用済みMOXについて誰がどのように責任を取りますか」という質問に九電は「今は九電です」という答えでした。弁護士は「それではそのときに九電は存在しないということですか?」と尋ねたところ、「そのようなことを言っているのではないのですが」ということで、それ以上の答弁はできませんでした。

2009年12月2日、私たちは「プルサーマル運転は理解も納得も佐賀県民はしていません」という主張を掲げ、反プルサーマルの日として毎年12・2行動を、翌年からやり続けてます。今年も第6回目になります。例年同様、玄海町で戸別訪問し、自分たちのわかったことそして地元の人の声を聞いて歩いていこうと思います。(つづく)

★玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会HP http://saga-genkai.jimdo.com/

(小林俊之)

『NO NUKES voice』第7号!総力特集3.11福島原発事故から5年─その現実と社会運動の行方

気鋭の憲法学者、木村草太氏の白熱講義!──第5回「前田日明ゼミin西宮」

2月28日(日)、前田日明ゼミ in 西宮(第5回)がゲストに木村草太首都大学東京准教授を迎え、「憲法と日米安全保障の重大問題~メディアが伝えない重大問題」をテーマにノボテル甲子園で約100名参加の中、行われた。

木村草太=首都大学東京准教授を迎えての第5回前田日明ゼミin西宮(2016年2月28日開催)

春めいた晴天の中、定刻通りに14:00松岡社長の挨拶から会は始まった。事前に配布されていたタイムスケジュールでは木村氏、前田氏それぞれ30分ずつ講演の後休憩をはさんで両氏の対談、と告知されていたが木村氏が聴衆へ配布する極めて詳細なレジュメをご用意頂いたなどの事情から冒頭1時間程度木村氏が講演を行った後に、前田氏との討論に入るという形式で会は進行した。

◆一体あの「安保法案」は何であったのか?

安保法制参議院特別委員会の参考人として同法案に「反対」の意見表明をおこなった木村氏は明快ながら実に多くの要素が盛り込まれた6頁にわたるレジュメにそって、一体あの「安保法案」は何であったのか、また国会内で交わされた議論の中で注意を払うべき個所はどこにあるか、さらにはほとんど報道されることがない(したがって国民にほとんど知られていない)「付帯決議」の存在などを明らかにした。

憲法学専門の木村氏にとっては極めて初歩的な講義だったのであろうが、大学の講義のような雰囲気で進行される立て板に水のお話についていくのには、かなり頭が錆びついている私にとっては結構な集中力を必要とした。

「安保法制」の全体像を理解するため「武力行使と治安活動」の定義から始まり、国際法(国連憲章)は原則として「武力不行使原則」(2条4項)を定めていること。その例外として「集団安全保障措置」(憲章42条)が国連安保理決議を根拠に認められてはいるものの、国連安保理決議には内容が不明確な場合が多いという問題を孕むこと。「個別的自衛権」、「集団的自衛権の行使」要件などが詳述された。

この辺りの知識を昨年の議論以前に広く国民が知っていれば国会や特別委員会で首相や、防衛大臣、外務大臣から答弁された内容の多くに基礎的な誤りが多く含まれていたことに、もっと敏感な反応があったのではないかと考えさせられる内容だった。

◆安保法制は「違憲」もしくは「不要」

写真右から前田日明氏、木村草太氏、松岡利康鹿砦社代表

続いて日本国憲法が「武力行使」をどのように定めているか、そしてそれにはどのような議論があるかが紹介された。「武力行使」といえば「9条」がすぐ頭に浮かぶが国民の幸福追求権を定めた「13条」にも「武力行使」(とりわけ個別的自由権の議論)は深くかかわりがあると紹介された。

さらにそもそも憲法の原則は「組織法的な権限規定」であることが説明され、政府に負託された権限は「行政権」(国内統治作用のうち立法・司法を控除したものと「外交権」(外国の主権を尊重して関係を取り結ぶ権限)に限られることが明らかにされた。

その後、憲法から見た安保法制への数点の指摘の後、結論として「安保法制」はそもそもそれ以前イラク戦争に日本が派遣した行為に対する「反省」、「検証」が全くなされていないとの言及があった。

イラク戦争への自衛隊派遣については名古屋高裁が2009年4月17日に「航空自衛隊の活動の一部は違憲である」との判決がある。外務省は「イラクの大量破壊兵器が確認できなかったとの事実については、我が国としても厳粛に受け止める必要がある」とこっそりHPには掲載しているもののそれは4頁に過ぎない短い文章であることが木村氏により批判された。
「普通虐めで子供が自殺したら4頁の報告書で済ませるという事はないと思いますが、戦争に加担しておいて僅か4頁の検証は軽すぎるのではないか」。
まさにその通りだと首肯した。

そして安保法制の「法的」課題や、現実に「集団的自衛権」が違憲ではないかどうかを木村氏は解析し「違憲」もしくは「不要」と結論付けた。

次いで安保法制は成立してしまったものの国会答弁では横畑法制局長官や中谷防衛大臣、そして安倍首相本人から、かなり「武力行使」を困難にする言質が取れていること、及び元気・改革・次世代の三党が付帯決議と閣議決定を求めるよう与党に要請し、それが実現している(このことが殆ど報道されていないが大きな意味を持つ)ことが語られ講演は終了した。

前田日明氏と木村草太氏の白熱討論

◆前田日明氏と木村草太氏の白熱討論

休憩をはさんで前田氏との議論に移った。前田氏は終戦時以来のサンフランシスコ講和条約の不可思議さ、国連における旧枢軸国に対する「敵国条項」が未だに完全に撤廃されていない状況などから「改憲」などは無理であり、隠された問題の本質は他にあるとの説を展開し、それに関連して日本と同様敗戦国であったドイツでは憲法がどのようになっているのか、国際社会でドイツはどのように扱われているのかを木村氏に問うた。

木村氏は日・独の憲法(ドイツでは「基本法」と呼ばれた)の成り立ちの違いや政治制度の違いのポイントを挙げて解説し、日本とは相当な歴史的違いがあることが明らかにした。

対談の最後には司会松岡社長の指名で、この日聴衆として参加していた西宮ゼミ第一回のゲストでもあった鈴木邦男さんが感想を述べた。
「昔右翼をやっていた時は押し付けられた憲法を変えてしまえばそれですべてが解決すると思っていたが、最近の動きを見ると押し付けられたものであれ何であれ、戦争をしない憲法で闘うという木村さんの姿勢が大変印象的だった。憲法を変える必要はないでしょう」と語った。

本来は会場から集められた質問に木村氏、前田氏が回答する予定だったが、熱のこもった討論に予定時刻はあっという間に過ぎてしまい前田日明ゼミ第5回は終了した。

◆最終的には国民投票で可決されるのは難しい

第1回前田ゼミのゲストだった鈴木邦男氏も参加。「戦争をしない憲法で闘うという木村さんの姿勢が大変印象的だった」と語る

引き続き講師のお二人を含め希望者が懇親会に移った。どうでもよいことだが、木村草太氏は健啖家だった。多数の人から語りかけられ、それに答えながらも絶妙なタイミングで料理の並ぶカウンターへ何度も足を運びたくさん召し上がっていた。

歓談に忙しい合間を縫って私は1点だけ質問した。
「ここ数年の流れを見ると『改憲』が現実味を帯びてきたように思う。マスコミの加担は益々露骨で安倍政権の支持率が現在も5割近い。かつては考えられない現象が起こっている(森政権退陣前の支持率は3%を割っていた)。自民党も選挙で『改憲』を明言するようだが『改憲』の現実的可能性についいてはどうお考えになるか」。

これに対しての答えは「最終的には国民投票で可決されるのは難しいと考えるので『改憲』はないのではないかと考える」というお答えだった。

これまで様々なホストとゲストの組み合わせで5年に渡り行われて来た「西宮ゼミ」の中でもアカデミックな色合いがことさら強く、多くを学ぶことが出来た1日となった。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

◎『NO NUKES VOICE 』VOL.7本日発売!「反動」と決別し、再決起戦闘宣言!
◎高浜原発4号機一次冷却水漏れ事故から分かる原発再稼働の無理

『NO NUKES voice』Vol.7!福島原発事故から5年──その現実と社会運動の行方

九電の横暴と闘う!川内原発反対連絡協議会の鳥原良子さん

どうやら鹿砦社は反原連とは袂を分かったので、どうやって反原発というものを表現していくのか僕なりに悩んだ。しかしやはり自分が見たもので、なおかつ「心にとどめたい」事件については、記述を続けていこうと思う。

報告が遅れたが、昨年10月25日に福岡で行われた勉強会「玄海原発再稼働をSTOP!させるには」(戦争と原発のない社会をめざす福岡市民の会)に招いていただいたので、その様子をレポートする。

◆原発周辺の住民を抱き込んでいく九州電力と推進派

川内原発建設反対連絡協議会の鳥原良子会長(2015年10月25日)

まず、川内原発建設反対連絡協議会の会長である鳥原良子さんが、
「原発2基による交付金と固定資産税など薩摩川内市における1・2号機による経済効果は30年間で約1700億円と試算し、定期点検による商店街の経済効果は、年間5億円にもなると商工会は述べている。市の財政は、原発による交付金財政比率は2%にも満たないのです。それなのに原発依存から抜けられない町作りをしている」と指摘。

また原発推進側が、工作を激しくしている姿も浮き彫りに。
「金にものを言わせて、ただで飲める飲み屋、タクシーもタダにするなど、九州電力と推進派は続々と、とくに原発周辺の住民を抱き込んでいきます。久見崎町の女性ふたりだけが反対運動に最後まで関わりましたが、地域の中で孤立させられて、しかも2人については、お互いの悪口を吹き込む工作をして、分断させました」

このほか、鳥原さんは貴重な証言をしているが、折々に触れて紹介していきたい(別にもったいぶっているわけではない。次から次へと「推進派」がアホなことをやってくれて、書くべきことがあふれているからだ)。

◆原発輸出に向かう東芝の墓穴

頭をバットで殴れたような衝撃が走ったのは、中国企業、つまり原発メーカーが輸出拡大を狙い、日本の複数の大手電機メーカーと極秘に接触、原発輸出での協力を打診していたという毎日新聞のトップニュースを見たからだ。

この報道は、12月30日の新聞だったが、年末で心も体も癒したいのに、実はとても不愉快な気分になった。こうした話が、新しい日中交流の場として、「日中企業家及び元政府高官対話(日中CEO等サミット)で行われたのも腹がたつ。そもそも、文化や産業のお互いの未来ある提携の場所ではなかったか。中国の原発メーカーが暗躍するために、この場が設定されたとするなら、政府は責任をとるべきだ。

「玄海原発再稼働をSTOPさせるには」(戦争と原発のない社会をめざす福岡市民の会主催。2015年10月25日)

さて、話をもとに戻す。参加したメンバーの中に中国側として大手原発メーカーの2社のトップ、中国核工業集団の銭智民社長と国家電力投資集団の王炳華会長の姿があった。日本でのわずか数日の滞在期間の間にこの2人の「中国を原発まみれにしたい」経済人は、「海外での原発建設に力を貸してほしい」と日本の大手電機メーカーに原発輸出での協力を打診しまくっていたというから恐れ入る。

「電力投資集団の王会長は、電力大手のJパワー(電源開発)と日立、東芝も訪問していたと聞く。とくに東芝は不正会計で足下が危ういのに、原発メーカーの中国からのメッセンジャーと技術協力の話に応じているとは。1万人のリストラが断行される裏で、ふたたび〝悪夢のエネルギー〟の増幅を謀るとは、もはや天に唾するメーカーであり、福島の被災者にケンカを売る行為ですよね」(地方紙記者)

東芝よ! どこまでも悪魔に魂を売って口に糊するのか。全社員は、福島の原発被災者ひとりひとりに土下座して懺悔せよ。

さあ、そしてこの二つのふざけた中国の原発メーカーの動きは、〝悪魔の画策〟として注視していこう。そして、機会があれば、この九州での貴重な「脱原発の勉強」は、僕が九州で観光地を訪ねた記録とともに、ここで紹介していきたい。もんじゅの廃炉も検討されているようだが、これについても僕は追跡する。
「原発推進」の旗を、やつらが降ろすまで、僕のレポートは続くだろう。

(小林俊之)

2月25日発売!『NO NUKES voice』Vol.7!

清原逮捕の過剰報道で一息ついたジャニーズ事務所

清原和博容疑者が覚せい剤取締法違反(所持)で逮捕されて「恩恵」を受けているのは、マスコミが群がってきている不倫騒動のベッキー、川谷絵音(ゲスの極み乙女。)と並んで、SMAP分裂騒動でスポーツ新聞をはじめとして集中報道されたジャニーズ事務所だろう。

「清原逮捕の一報を受けて自宅周辺に毎日、記者の姿を見かけてうんざりしていたメリー喜多川副社長は逮捕の翌日、『ホッとしたわよ。神様、仏様、キヨハラ様よね』と側近に漏らしたようです。ですが、側近のスタッフがSMAPの中居(正広)がゴリ押しで自分がMCの番組『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS・去年の4月3日放映)に淸原を呼び、予定調和の『お遍路シーン紹介』とお涙ちょうだいの『薬はやっていない』『息子がいなかったら、この世にはいなかった』『自殺しようかと思ったけど子供たちのためにがんばる』と、淸原の復帰を訴えるといっても言い過ぎではない〝PR〟タイムをつくってしまった事実の功罪をマスコミに突かれると聞いて不機嫌になってしまったようです」(芸能記者)

淸原逮捕の報道以降、スポーツ新聞や週刊誌記者は蜘蛛の子を散らすように消えていった。

「SMAPの元マネージャーの飯島三智のマンションの張り込みも、SMAPのそれぞれのメンバーの自宅の張り込みも解除して、淸原の周辺の取材に有力な記者をつぎこむ体制に変化しました」(週刊誌デスク)

そんな中、スポーツ新聞記者によると「連日、SMAPのマネジメントについては会議で方向性が吟味されている」との話がある。

「ですが、メリー喜多川副社長は、SMAPについては、木村拓哉以外のメンバーにはまったく興味がないらしく、〝美魔女〟と呼ばれる新マネージャーがスケジュールと仕事の内容を説明してもまったく聞いていない様子だそうです。あきれた娘のジュリー喜多川副社長が『マミー、聞いていますか?』と何度も確認したほどだそうです」(スポーツ新聞記者)

ところが木村拓哉についてはメリー副社長は「本人の希望もあるけど、映画のほうに徐々に仕事をシフトしていったほうがいい」と積極的にアドバイス。

「まあ、今回の独立の騒動ももちろんだけど、メリー副社長は自分自身でおっしゃっているように『私は白馬の王子様タイプ以外は興味がない』としているので、木村以外の4人は、日常から関心がなかったのでしょう。今となってはそう考えざるをえません」(同)

果たして、一時期は積極的に飯島氏と4人をつるし上げるようなネタをマスコミにリークしていたとも言われるジャニーズ事務所。メディア相手に手練手管を使う幹部たちはしたたかだ。もしかして巷に流れる淸原関連のニュースのネタ元…という可能性は…ゼロではない。

(伊東北斗)

◎小保方手記本で再び高まる早大理工学部への「風評被害」
◎誰もテレビを見ない時代が到来する?──テレビが売れない本当の理由
◎反原発の連帯──来年4月、電力は自由化され、電力会社を選べるようになる

ジャニーズ50年史―モンスター芸能事務所の光と影

チャンピオンベルトは誰のものか?──王座の証をめぐるキック界四方山物語

「このベルトは俺のものだ、誰にも渡さない」
「いや、そのベルトは俺が頂く」

JBC認定日本Cベルト。初代コミッショナー名入り(後楽園ホールに掲示中)

タイトルマッチを行なうチャンピオンベルトを争う舌戦で、ボクシングでもキックボクシングでも、こんなやりとりが昔からありました。また単にチャンピオンの象徴だけでなく、チャンピオンベルトも時代とともに美しく進化して来ました。古き良きものもあり、そこに注目する価値も生まれます。

◆チャンピオンベルトは持ち回り制か?

現在のJBC認定日本Cベルト。IWGPに似た形(掲示中)

チャンピオンベルトは持ち回り制という形で、挑戦者が勝ってチャンピオンは陥落した際にそのベルトは新チャンピオンに回ってくるのが一般的で最も分かりやすい流れですが、そのシステムが機能しているのが、現在のプロボクシングJBC管轄下の日本タイトルで、キックボクシングの各団体でもこの持ち回り制になっているところがほとんどです。

このシステムの上では「誰にも渡さない、いや俺が頂く」対話は成り立ちますが、「チャンピオンベルトはその代のチャンピオン個人のもの」と限定される場合が存在します。

これは一般ファンの方から観れば一見不可解に感じられるかもしれませんが、昔から存在する形で、プロボクシングでは現役当時、具志堅用高が巻いていたベルトもガッツ石松が巻いていたベルトも皆当時の世界チャンピオンがすでに名前入りで個人所有するものでした。後援会から贈られる場合がほとんどと思われます。WBAやWBCの認定団体から贈られるものではなかったのですが、後にこれらの認定団体が造るベルトが存在し、渡されるようになりました。

WBC山中慎介&WBA内山高志 2014.1.24

◆数万円から十数万円でチャンピオンベルトを購入する現実

現在の世界戦では、挑戦者が勝った時点で、リング上でそれまでチャンピオンだった側のベルトを渡されて腰に巻き、控室に帰ってから前チャンピオンに返し、その数日~数週間後、新チャンピオンは認定団体から新しいチャンピオンベルトが送られて来るのを待つということになります。

この場合、チャンピオンベルトを買うことになるようです。それはその選手の知名度によりますが、数万円程度から十数万円と言われ、何か納得いかない気もしますが、ベルト造るにも経費と手間が掛かり、これが現実でしょう。

◆一生自分のものとして手元に置いておけるムエタイ二大殿堂のベルト

ムエタイ、ルンピニースタジアムCベルト。サガッペット・イングラムジム所有 2006.6.4獲得

これはムエタイのルンピニースタジアム、ラジャダムナンスタジアムでも同様のシステムです。「お前のチャンピオンベルトは俺のものになる」と言う挑戦者がタイ国にはいないと思いますが、その固有のベルトは相手に渡らず、ムエタイのベルトは選手個人名(リングネーム)が刻まれるので、正に一生自分のものとして手元に置いておけます。

ムエタイ、ラジャダムナンスタジアムCベルト。ジョイシー・イングラムジム所有 2013.7.4獲得

どの競技も団体乱立が進み、各王座ベルトのデザインも派手になったり、大きくなったり変化がありました。しかし、ムエタイ二大殿堂のラジャダムナンスタジアムは創設70年の歴史を持ち、若干のデザイン変更はあるものの形は変わらず、ルンピニースタジアムは創設60年で、デザイン・形とも変わらないようです。

二大殿堂に敵わぬも世界王座が幾つも君臨するムエタイ世界王座のベルトは、WPMFがシンプルに形取られたもので、基本的にベルトは持ち回り制です。ただ、本人が希望すれば名前と獲得年月日が入ったベルトを注文出来るという形です。WBCムエタイは本家WBCの型が見た目の形そのままで、ムエタイらしさのデザインが加わっています。

◆主催団体がチャンピオンベルトを忘れてきた!

キックボクシングに於いて、過去に本当にあった話ですが、「チャンピオンベルトにカビが生えていた。どこに保管していたんだ、あいつ(前チャンピオン)。」と嘆く新チャンピオンや、チャンピオンのアパートが火事になってチャンピオンベルトも燃えてしまったという話もありましたが、王座剥奪はされなかったようです。

日本キックボクシング協会チャンピオンベルト。須田康徳(市原)1984.10.7

全盛のMA日本キックボクシング連盟の初期の頃(1985年頃)では、チャンピオンベルトは連盟事務局が保管していたようでした。タイトルマッチの時に連盟事務局から持ち出されるというもので、個人保管では紛失される、持って来るのを忘れるといった事態を避ける意味があったようです。チャンピオン個人が撮影に使いたい、祝勝会で披露したいという場合は持ち出し可能でしたが、王座に君臨している間だけでも自分のものだから、自分で持って居たいチャンピオンも多かったことでしょう。

近年では、ある主催団体側がチャンピオンベルトを忘れてきたこともあり、無いものは仕方がないと潔く、ベルト掲揚無しで王座決定戦が行なわれていましたが、後の興行で新チャンピオンに手渡しされていました。

キックボクシングの老舗、日本キックボクシング協会が創生期から活動休止に至るまで使用された型が、日本ライト級最終チャンピオン、須田康徳(市原)が巻くベルトでした。日本全7階級と東洋王座も同様のベルトで沢村忠(目黒)が巻いたのもこの型でした。近年のものと比べると見た目粗末な感じがしますが、皆これを目指して全国から血気盛んな若者が上京してきたのでした。

須田康徳氏が巻いているこのベルトには小さな5つのダイアモンドが埋め込まれていましたが、すべて、ほじくり出された跡があり「元チャンピオンらが一個ずつ盗っていったかな」なんて笑うトレーナーがいました。

日本系復興(複製)Cベルト。小野寺力(目黒)1999.1.30

小野寺力(目黒)が巻いたのは同・協会が復興した1996年5月に、日本フェザー級王座を奪取した時の複製版ベルト。デザインはいっしょで、皮の黒ベルトに複製された王冠メダルが埋め込まれて豪華さが出ました。しかし1998年5月に新日本キックボクシング協会に移行した為、翌年、現在仕様のベルトに変更されています。

プロボクシングではその世界最高峰のWBAやWBCのベルトも凄くカッコいいでが、「現在の日本ベルトはIWGPベルトみたいでカッコ悪い」と言うプロレスと似たベルトに嘆く関係者もいましたが、JBC第2代コミッショナー、真鍋八千代氏の名前入りベルトも渋く、現コミッショナー名入りで復刻版にしてみても価値がありそうです。

持ち回り制と個人所有制はどちらがいいのか意見が分かれそうですが、勝って得るチャンピオンベルトはトロフィーやメダルと違った重みがあります。今後も最高峰が歴然としている競技は、チャンピオンベルトの価値を崩さず、守っていって貰いたいものです。

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。

新日本キックボクシング協会Cベルト。重森陽太(伊原稲城)2015.10.25

「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない。」

◎ムエタイ日本人の壁──活躍する在日タイ人選手と来日タイ人選手の裏事情
◎芽が出始めたムエタイ新時代──タイで通用する若手選手が続々出現!
◎強くなるためにタイへ行く!日本キックボクサー「ムエタイ修行」今昔物語
◎ルール変更の紆余曲折から辿る日本キックボクシング界の栄枯盛衰クロニクル

2月25日発売!『NO NUKES voice』Vol.7!

高浜原発4号機一次冷却水漏れ事故から分かる原発再稼働の無理

2月22日本コラムで高浜原発4号機の一次冷却水漏れ事故を大雑把に紹介した。抗議行動中に目前の原発内で「事故」が起こっていることを抗議行動参加者はもちろん誰も知り得なかったし、それは私も同様だった。

ただ、1.7キロほどのデモ行進の間に横を歩く男性に「もし今大きな事故が起こったら私たちはどうすればいいんでしょうか。逃げようにも1本しかないトンネルは片側車線に警察車両が並んで駐車されているし、海は冷たいから凍え死ぬでしょ?」と問いかけたら「心配せんでも皆いかれてまう(死んでしまう)から大丈夫や」と笑顔で返された。そのとおりだ。

◆中央制御室で警報が鳴り響いても外部には緘口令が敷かれる

想像してみる。中央制御室で警報が鳴り響く。4号機建屋内の線量が急上昇している。異常個所はまだ特定できない。中央制御室の関電社員から4号機内の作業従事者へ「異常発生個所を特定せよ」の指示がアナウンスされる。防御服を着た下請け作業員の方々が線量計と懐中電灯を頼りにあちこちへ散らばる。関電社員は上層階の壁際(いつでも逃げ出せる場所)で形ばかりの指示を送り報告を待つ。異常発生場所が発見された。漏れている!「漏れてるぞ!」の声がモーターや動力器の音にかき消されそうになる中、順々に伝えられる。関電社員は作業従事者へ「そこに留まるように」指示をして自分は建屋から走り出る。

中央制御室では「重大事故」を矮小化するための密議が始まる。中央制御室だけではなく事務棟にも「事故発生」は伝えられるが「外部へは一切連絡をしないよう」緘口令が敷かれる。

正面ゲート前からは再稼働反対に集まった人々叫びが聞こえる「再稼働反対!」、「ポンコツ原発を動かすな!」、「事故が起きたら関電はどうやって責任をとる!」、「若狭の自然を汚すな!」うるさい奴らめ!こっちはそれどころじゃないんだ。漏えいだよ!漏えい!しかも1次冷却系だ!運転中なら原子炉が暴走を初めてもおかしくない場所。再稼働前で助かった・・・。制御棒を抜く前に気が付いてよかった。あと数日遅れていたら4号機は運転停止どころか、抜け穴だらけの規制委員会もさすがに運転は許さないだろう。

あんな場所でどうして水が漏れたんだ? 配管が一段と薄い場所だから小さな亀裂が入っていた可能性が高い。他の場所はどうだ?一々全部の配管を調べ直す? 馬鹿な。まっすぐに伸ばしても何十キロ、あるかわからない複雑な配管の全ての強度検査なんか出来る訳ない。上層部もやるつもりはないだろう。時間と金がかかりすぎるし、そもそもそんな検査は技術的には不可能なんだ。とにかく再稼働にさえたどり着けばそれでいい。あとのことは知らない。4月からは本社勤務に移れるんだ。毎週金曜日には反対派の連中がやかましいらしいけど、若狭に居て事故処理に直面させられたらたまったもんじゃない。東電だって福島現地は戦場だったけど東京本店は結局無傷だったじゃないか。

あ、そうだ。いざという時のために購入してある豪州行の1年オープンチケット(ビジネスクラス)の期限がもうすぐ切れる。今年は使わなかったけど高浜4号が再稼働すれば必要性はますます高まるから早めに購入しておこう。

といった気分なんじゃないのか。関電の社員は。

◆今から考えるとわずかに異変が起きていた

2月20日高浜原発正面ゲート前から見渡せるゲート近くの建物内には今から考えるとわずかに異変が起きていた。通常抗議運動でそこそこの人が集まるとゲート前に警備員や警察が立つだけでなく、建物の中からもこちらを眺めている関電社員の姿が必ず確認できた。20日は天候が悪く社屋の中には照明が灯っていたのでより内部の様子ははっきり確認できたが、この日は建物の中からこちらを眺める社員の姿は(私の記憶に間違いがなければ)1人も確認できなかった。

それがおかしいなとは感じたが内部で事故が起きていようとは思いいたらなかった。あそこにいた時間確実に抗議する私たち、警備員、警察官の全てが「平等」に被曝していたのだ。原発は差別的だけれども「放射能」は極めて平等だ。反対派も事業者も警備員も機動隊も平等に「被爆」させる。

原発の安全を確立するのは無理だ。普段は気軽には使わない言葉だけれども「絶対」に無理だ。逆に原発が事故を起こすシナリオは際限なく想定できるし、今回の冷却水漏れも関電に言わせると「目の届きにくい場所」で起きたそうだ。そんな場所いくらでもあるだろう。

整備不良の自動車、特にブレーキの利きが悪い自動車を泥酔した人間が運転する。場所は通行人の多い狭い道路。こんな例えが適切かもしれない。泥酔者は「私は酔っている」とは言わない。「あー酔った」と言えるのはまだ理性が残っているうちだ。足元がふらついて、呂律が回らない泥酔者に「大丈夫か」ときけば10中8、9「大丈夫、酔ってない」と答えるものだ。

◆何十万人の人の生活を蹂躙しても「原発」には罰金すら課されない

原発は新しかろうが、古かろうが「整備不良の自動車」、電力会社は「泥酔者」、私やあなたは狭い道を歩く通行人だ。問題はこの事故発生確実な状況を修正しようとする公的な意思が皆無であること。実際の泥酔運転は「事故」を起こさなくとも免許取り上げと罰金50万円が課されるが、事故を起こしてたくさんの人を殺し、何十万人の人の生活を蹂躙しても「原発」は罰金すら課されない。

仕方がないからあれこれ知恵を絞って私たちが電力会社と「原発」を懲らしめるしかない。さあ、『NO NUKES voice』7号が発売された。私たちは福島を中心とする被災地に寄り添い、原発立地にも可能な限り出かけて行きながら微力ながらも全力を尽くす。
「われわれは連帯を求めて、孤立を恐れない。力及ばずして倒れることを辞さないが、力尽さずにくじけることを拒否する」(『NO NUKES voice』編集部)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

2月25日発売!『NO NUKES voice』Vol.7!

『NO NUKES voice 』vol.7本日発売!「反動」と決別し、再決起戦闘宣言!

紛い物の「民主派」や「反権力」、そして原発問題においては「脱(反原発)」に名乗りを上げる団体や個人は左右問わず引きも切らない。自己総括をすればその紛い物の口上に絡めとられ、誌面を荒らされた1年を反省せねばならない。

『NO NUKES voice』第7号2月25日発売

そしてそれ以上に彼らと権力、あまつさえ警察権力の結託が明らかであったにもかかわらず、それを容認してしまった責は重いと考える。よって『NO NUKES voice』7号は我々が再決起する、「戦闘宣言」である。

脱(反原発)運動の中に蔓延る一見「新しさ」をまとった、実は極めて原則的に最も犯罪的な「反動」との決別と糾弾を内包した覚悟の「宣言」であることを再確認しておく。

◆「原発=核」の根源的課題

そもそも「脱(反)原発」運動は、もちろん「3・11」未曾有の死滅的危機をきっかけに大衆的な広がりを見せたものであることは間違いないが、「3・11」が端緒であったのではない。「反戦」・「反核」運動は原水禁発足から世界的に展開されていた運動であり、その歴史は「ヒロシマ・ナガサキ」を一方的に被害者として捉えるのではなく、日本のアジア侵略、とりわけ朝鮮半島から中国への侵略の歴史(15年戦争)と分かちがたく連綿としたものである、という認識は一部の反動を除いては明白な前提であった。

かといって我々が「3・11」をその延長線上に必ず起こる災禍として万全な準備を怠らなかったのか、と問われれば、全くそうではない。確かに「反帝国主義」、「反ネオリベラリズム」といった21世紀型の課題と直面しながら、末期資本主義の加速=資本の寡占、規制緩和、労働者搾取の激化、階級格差の拡大といった目前の現象に我々が目を奪われていたのは事実だ。

だが、そういった「人為的作為」をも全てのみ込み、あらゆる論争をも無にしてしまう危険性を極めて高い確率で包含する「原発=核」の根源的課題には東西冷戦終結後、配慮が希薄になっていた。これは確実に希薄だった。改めて自己批判する。

◆「無責任」構造の中で進行する「原発」問題

そもそもこの島国では「明治維新」以降、突然祭り上げられた「天皇制」があたかも神聖かつ万能であるかのように皇民化体制が築かれ、その上に3000万のアジア人民を虐殺し、自国民も300万が死を強制された戦争があった。

本来、その敗戦とともに「天皇制ファシズム」、「天皇制ボナパルティズム」は人民の手によって裁かれ、断罪され、跡形もなく消し去られるのが道理だったのだが、占領軍は手軽な統治の方便として昭和天皇、並びに「天皇制」を不問に付すのが最善策だと判断し、昭和天皇を赦免した。

極めて「日本」に似つかわしい不思議な赦免である。それを受け入れた当時の国民に大きな違和感はなかったようだ。私には不思議だ。矛盾ではない。完全な背理ではないのか。何が解決したのだ? 曖昧に過ぎる。

「原発」問題を論じる際に曖昧かつ他者依存的な、この島国の「心象」を忘却してはならない。

「誰が責任を取るのか」(原発「推進」にしても「反対」にしても)、「事故が起きたらどう対処するのか」(対処できる道理はない)、「事故後の補償はどうするのか」(補償など尽くせない)といった初歩的な問いへの回答すら忌避して、総体としての「無責任」構造の中で進行してきたのが今日的惨劇の元凶である。

したがって『NO NUKES voice』は「全原発の即時廃炉」を求めるのは当然だが、運動内に跋扈する「反動分子」あぶり出しも責務であると考える。これは所謂「連合赤軍」事件や、新左翼諸党派に見られたような狂信的「粛清」とは全く異なり、「脱(反)原発」が文字通りその目標を見据えて行動しているか、手段として権力や権威、天皇制を利用していないか、警察権力と結託してはいないかといった極めて単純かつ初歩的な数か所を点検するに過ぎない。

しかしながら、そのような点検作業すら「普通の人」、「広がりやすい運動」といった、それこそ定義があいまいな言葉によって踏みつけにされている。「戦後民主主義」終焉を迎えた今日の惨状を誘引したのは、そのような「曖昧さ」が原因ではないのか。「差別」、「排外主義」、「戦争」、「反動」への反対と「原発反対」にはなんら小難しい論議は必要ないと私たちは考える。

◆悪夢のような現実に回答を出す時間的猶予はわずかだ

安倍自公政権の推し進める「戦争への最短道」はどのようにすれば阻止できるのか。

一次冷却水が漏れた、つまり運転中ならば原子炉暴走を誘引するよう状態の原発再稼働はいかにして止められるのか。TPP協議の中心的役割を担っていた重要大臣の「口利き」辞任があっても「内閣支持率」が下がらない(下げさせない)メディアと、国民はどう対抗すればよいのか。

上記の問いにいずれも明快な答えは無い。しかし私たちは逃げられない。不幸にも悪夢のような現実は厳然と立ちはだかり、しかも回答への時間的猶予はわずかだ。

各々が可能な模索を全力で手探りするしかなかろう。私たちは、差し当たり本日発売される『NO NUKES voice』7号の編纂に全力を挙げた。十全とは言えずとも全力は尽くした。

花言葉やお気軽な自慰行為に陥りたくはない。その為には高い授業料も払った。だからこそ本号で展開できる内容がある。私たちは過去の過ちや、誤解を正当化しはしない。そこまですれっからかしではない。皆さんには是非『NO NUKES voice』7号を手に取りお読みいただきたい。この号からは血が流れている。被災者悲しみの血、終生原発と闘った闘士の血、欺きにより斬られた血、そして未来に向け憤怒する闘いにみなぎる血だ!

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

2月25日発売!『NO NUKES voice』Vol.7!