日本史の一大事件として有名な二・二六事件は、78年前の1936年2月26日に起きた。学生の頃勉強した当時の教科書を開くと、国家改造・軍部内閣樹立を目指すクーデターで、その後軍部が政治介入するきっかけとなり、高橋是清、斎藤実元首相と渡辺錠太郎陸軍教育総監が殺害されたとある。
私には、明治生まれで100歳まで生きた祖母がいた。4年前に他界したが、亡くなる直前まで元気で、孫、曾孫達に昔話を聞かせるのを楽しみとしていた。その祖母から聞かされた二・二六事件は、教科書で学んだものとは少し違う。
祖母は当時20代半ばで結婚しており、子供はまだいなかった。世田谷に住んでいたがその頃の世田谷は今のような住宅街ではなく、片田舎の様相を残していた。事件前日までは、特に何も変わった様子もなく、平穏な毎日だったという。
2011年に下関市で6歳の女児が殺害され、湖山忠志氏という在日韓国人の男性が殺人などの容疑で逮捕、起訴された事件について、筆者は当欄でたびたび取り上げてきた。それは、この事件は何かと問題が多いからである。
1966年に静岡県清水市(現静岡市清水区)で味噌製造会社の男性専務とその家族3人が惨殺された「袴田事件」。強盗殺人罪などに問われた元プロボクサーの袴田巌さん(77)は1980年に死刑判決が確定したが、世間では冤罪とみる人が多く、今春にも再審開始の可否が決まる見通しの第2次再審請求の行方に対する注目度が日増しに高まっている。
2月15日、「労働組合は役に立つのか」と題されたシンポジウムが、専修大学で行われた。
「弁護士の先生は一審も二審もよくやってくれました」